なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
翌日、昼。
作戦は正午の鐘と同時に始まった。
フィリップとアンテノーラの担当は元豪邸である第三管理場。
収容者総32名を救出。職員吸血鬼8名を惨殺。
ミナの担当は元留置場である第一管理場。
救出者は収容総数127名中115名。解放直後にミナに襲い掛かった人間を含め職員及び警備担当の兵士など、42名を瞬殺。
カノンの担当は元奴隷商保有の地下牢、および合流地点である競売場ホールと、併設された一時保管庫。
収容者総30名、警備要員含む職員、巡回中の兵士など47名を暗殺。こちらも彼女の魔物然とした外観から、救助者数名が襲い掛かったものの、こちらはミナと違い殺してはいない。
合流後「ボコボコにしたら全員従順になりましたよ」と手際を誇るように言われたフィリップは、こいつもボコボコにすべきか、それとも褒めるべきかと、かなり悩んだが。
予め確認しておいた人気のない逃走ルートを用い、再集合した時には、177人もの人間が集まった。救出直後は静かだったものの、一息つくと安心感が生まれたのか、俄かに騒がしくなる。
家族や知人同士が再会を喜び合う声、或いは会えていない家族や友人の安否を尋ねる声は、喧騒の広がりに比例するようにボリュームを上げていった。
救出された人の中には状況を把握しており、「まだ静かにしろよ」と警告する者もいたが、数に押し潰される。
周囲を巡回していた兵士も、ホールのある競売場の職員や警備員も、既にカノンが全員殺している。とはいえ、これから町の外まで逃げなくてはならない。
おしゃべりしている暇はないし、移動中もペチャクチャ話されては目立ってしょうがない。ただでさえ、ここから四チームに分けても45人くらいの大所帯になるというのに。
フィリップは引率役たちの様子を窺うが、誰もこの状況を不味いと感じている様子はない。
ミナとアンテノーラは我関せずといった様子で、退屈そうに欠伸をしたり鼻歌を歌ったりしている。カノンはガスマスク越しにも分かる嘲笑を浮かべていた。
それはまあいい。
誰に怪しまれようが呼び止められようが、事ここに至っては「目立ってしまうかも」なんて気にしなくていい。
障害は全てブチ
だからこれはフィリップにとってだけ不味いことで、フィリップが対処しなければならないことだ。
だがフィリップはあまり人前で話すことに慣れていないし、外見に威圧感もない。
果たしてどうなるかと若干の不安を抱きつつ、競売の時に司会者が立っていた演壇に登る。
質素だが頑丈そうな
ホールに響く音によって喧騒が静まり、幾つもの視線がフィリップに集中する。
龍狩りの折の勲功会議やパレードほどではないが、それでも中々経験のない注目度合いだ。
「はい、静粛にしてください。僕が救出した人には名乗りましたが、念のため──僕らは王都から派遣された救出部隊です。その目標は町外への脱出であり、現在は作戦の半分──」
「──俺の家族がいない!」
誰かの叫び声を皮切りに、再び沈黙が破られる。
一度押さえつけたからか、今度は先ほどより声量が大きく、お上品にガベルを叩いても効果は薄そうだった。
視界の端に、ポキポキと拳を鳴らして群衆にダイブしそうなカノンと、「顧客の求めていないことをするのは、サービスとは言わないそうですわよ」なんて言いながら、羽を掴んでカノンを制止しているアンテノーラが映る。
そっちはまあいい。
問題はミナの方だが、彼女はむしろニコニコしていた。吸血鬼に絡まれるのはともかく、フィリップが同族と戯れている分には微笑ましいようだ。
まあ攻撃されたらその瞬間に排除に動くだろうが、流石に、この状況でフィリップに襲い掛かる馬鹿はいない。
フィリップが助けた32人は吸血鬼を惨殺する場面を見ているし、他の管理場に居た人も、状況からフィリップが見た目通りの子供ではないことくらい分かる。
それなら、と、フィリップは徐に剣を抜いた。
龍骸と王国最高の錬金術、そして付与魔術を組み合わせて作られた人造の魔剣、淡く輝く
吸血鬼に抑圧されていた彼らは、暴力の気配に敏感だった。
並の武器とは一線を画する凶器を目の当たりにして、口を噤まない者はいない。
怯懦から生まれた沈黙に、フィリップの静かな声が通る。
「ください、なんて言ったから勘違いさせたかな。なら申し訳ない。
いや、厳密にはそんなことは言われていないのだが──「二人生かすためなら一人殺せ。100を生かすためなら99を殺せ」というアドバイスを、フィリップはそう解釈した。
そしてそれは正解だ。
生存者が最大数となる選択肢が、この場における最適解となる。
子連れ旅行客よろしく「静かに! ちゃんとついて来て!」なんて言いながら街を駆け抜けるわけにはいかないし、道中で兵士に見つかって戦闘になれば、45人グループのうち半分は死ぬだろう。
なら、ここで10人程度を殺して統制を取りやすくした方が最終的な生還者は多い。
まあ恐怖政治は破綻しやすいが、一時間もあれば衛士たちと合流できるし、そこで解散するグループだ。どうでもいい。
「他にも収容所……じゃない、管理場があることは知ってるよ。でもルート構築と人数の関係上、これが限界だ」
「地獄の四番……第四管理場は? あそこが一番ヤバいって噂よ」
演壇から程近い場所に居た女が声を上げるが、声量は通常会話より更に抑えられていた。
「僕らが何も調べてないとでも? 第二と第四は管理状況が劣悪で、救助者が肉体的または精神的理由により自力移動困難──助けても走れない以上、枷にしかならないと判断した」
フィリップは意図的に冷たく、はっきりと言い切った。
事前の情報収集と作戦立案の段階で、襲撃する管理場はその二つ以外と早々に決めたのだ。
栄養状態、虐待による負傷、精神衰弱などを理由に走ることも出来ないような人間が多く、救助を完遂することが難しいと判じて。
せめて最期は安らかに、一瞬で終わる神罰術式によって迎えるのがいいだろうという思いもある。
「そんな言い方──ッ! これだけ居れば、背負って逃げることだって出来るでしょ!?」
激高しつつある女に、フィリップは冷ややかな一瞥を向けた。
「それ、総意?」
「……は?」
端的な問いに、女性は目を丸くする。
「ここにいる177人全員、「物理的に走れないヤツ、走る気力もないヤツを抱えてのんびり街を横断して、吸血鬼に見つかって殺されても、家族と一緒なら構わない」って思ってるの? 「最悪そいつらを囮にして逃げればいいや」とか、「見つかったら悪いが置いていく」とか、そんな考えの人はいない? というか、死ぬ寸前に「足手纏いが居たせいだ」とか思わない? 今この時点で「ふざけるな、喋ってないでさっさと逃げよう」って思ってる人はゼロなの?」
そうではないと、集まった人々の反応を見れば分かった。
不道徳という判断か声こそ上げないが、フィリップに向けられる視線の大半は肯定的なものだ。
ここで人間同士の論戦や喧嘩に発展しても困るので、そのくらいの反応の方がありがたい。
「あぁ、別に名乗り出なくていいし、賛成もしないでいいよ。分断を煽る気もないし、皆に求めるのは雛鳥よろしく僕らの後ろについてくることだけだ」
また意識的に冷たい声を出す。
雛鳥なんて言い方をしたが、フィリップたち“親鳥”に甘えられても困るのだ。足が痛いとか疲れたとか泣きつかれても構っていられないし、「足が遅い」という理由で見捨てることさえあるかもしれないのだから。
「どうしてもと言うなら、助けに行きたい人だけ出て行ってくれる? もしかしたらそれが陽動になって、本隊が安全に脱出できるかも」
露悪的な言い方は如何にもわざとらしく、フィリップに扇動の才能はなさそうだった。
それでも、状況が状況だ。極限環境下とまでは言わないまでも、間違いなく緊急事態ではあり、異常事態。
全く効果がないというわけでも無かった。
「……クソ野郎が! 家族を見捨てられるか!」
「そうだ!」
「私も!」
演壇の前にいた女性も含め、何人かが人混みを掻き分けてホールを飛び出す。
フィリップも他の人も誰も止めようとはしなかったが、カノンだけは「……捕まって私たちのことを吐かれても面倒ですし、殺してきます?」と、億劫そうに扉の方を示した。
「収容所の感じを見るに、まあそうなるだろうね。それか、道中で雑魚のオヤツになるか。僕らはさっさと脱出しよう」
ここの吸血鬼は低劣だ。
フィジカルは人間以上だが、フィリップ程度の技量があれば捻じ伏せられる。所詮は一般人が力と速さと再生力を手にしただけだし、それも飛躍的なものではない。
だが一般人同士──戦闘技量ではなく単純な腕力同士の勝負になる場合は、人間の側に勝ち目がない。
獣のようなものだ。
フィリップにしては珍しく、戦力評価と推測の両方が正しい。
しかし──話はすんなりと進まなかった。
「頼む! 俺より先に買われた家族が居るんだ! 妻と、5歳になったばかりの息子だ!」
まだ声が上がる。フィリップはつい舌打ちをしそうになった。
どうしても譲れない者は飛び出していった後なのに──死ぬ覚悟もない奴が、まだ喋る。
悲鳴にも近い叫び声の主は、三十歳くらいの男だった。
長く捕まっていたのか痩せており、少し声を張り上げただけなのに肩で息をしている。
フィリップが不快そうに目を細めるのを見たカノンが、「殺します?」と面倒そうに伺いを立てた。
「僕たちに頼らず、自分で行けばいいじゃん。他の人みたいにさ」
カノンを片手で制しつつも、フィリップの声は彼女と同じくらい面倒そうだ。
あと二歩だ。
あと二度、フィリップを不快にさせたら閾値を超える。
認識が変わる。
「救助対象がうるさい」という認識から、「うるさい奴が救助者の中に紛れている」という認識へ──「うるさい救助対象」から、「救助活動を妨げる煩い奴」へ。
急激に冷えたフィリップの視線に、元は第三管理場にいた──フィリップに助け出され、吸血鬼が惨殺されるところも見ていた男が怯む。
しかし、彼は口を噤まなかった。
「それで上手く行くなら──俺が死んで済むならそうしてる! それが無理だから、力を貸して欲しいんだ! 二人を助けてくれたら何でもする! 今は金もないが、必ず礼をする! お願いだ!」
叫び、彼は深々と頭を下げた。
フィリップが数段高い演壇上にいなければ、人混みの中に隠れて見えなくなるほど深く。
その必死さに、フィリップの心は動かない。
ただ──主張の内容自体には感心を抱いた。
だって、彼の判断は正しい。少なくとも、感情のままに飛び出していった
「自分じゃ無理だから、でも何としてでも家族を助けたいから、自分より強い相手に頼る。その考え方は正しい。断言してもいいけど、自棄になって飛び出した人たちは早々に死ぬ。おじさんの立場における最適解は、僕らのうち誰かの協力を取り付けることで──説得の可能性があるのは僕だけだ」
フィリップは自分が感情で動くタイプだと自覚している。
好きだから守る、嫌いだから殺す──そして彼は、どちらかというと好きなタイプだ。
彼だけでなく、飛び出していった数人のことも、実のところ。
馬鹿だとは思う。
確実に死ぬし、目的は絶対に達成できない。
──それを承知で死地に赴く馬鹿を、フィリップは愛すべき馬鹿と称する。称賛する。
本当に感情だけで動くなら、今すぐ後を追いかけたいところだ。
……だが。
「とはいえ、僕も王女殿下のオーダーで動いてるし、最大多数の救出という任務を放棄する気はない。生き残るための最適解、感情的で短絡的な単独行動ではなく、僕らの庇護下に留まることを選択した──」
「172人ですね」
残った人々を示して言い淀むと、カノンが静かに口添えした。
フィリップは小さく肩を竦め、続ける。
「……彼らを、まさか見捨てるわけにはいかない」
別に、彼らが大切というわけではないけれど──どうでもいいからと見捨てるようなら、初めからこんな面倒な作戦に参加していない。
「……分かった。あんたらは他の人を連れて行ってくれ。俺が一人で探しに行く。それならいいんだろ?」
「おじさん、もしかして強いの? なら別に構わないけど、この周辺以外は安全化されてないから気を付けてね」
彼の声は僅かに震えていたが、それでも強い意志が感じられた。
体格から強さを判別できないフィリップが、もしかして戦えるのかと思う程度には。
「いや、戦ったことなんか一度もない。囮とか陽動になるなんて期待はしないでくれ。俺はただ──自分の命より、家族の方が大事なんだ。出来ることをやり切るまでは、絶対に逃げない」
「……カッコいいじゃん。カッコよさに免じて忠告してあげるけど、吸血鬼は種族的に人間に優越する化け物だ。奴らは不特定多数の命を持ち、僕ら人間の頭蓋を一撃で粉砕する膂力を持つ。力自慢程度じゃ話にならないよ」
フィリップは僅かに言い淀み、その空隙を誤魔化すように笑った。
だが続く言葉に笑みの成分はない。冷静で断定的な、希望が挟まる余地などないことを示すような声色だ。
それを向けられた男は怯みもせず、むしろ愉快そうに笑ってみせる。
「俺はここに住んでたんだ。そんなことは承知の上さ」
虚勢だと、周りの人には分かった。
手足が僅かに震えているし、声の張りも弱まっている。
明確な怯懦、恐怖の表れだ。
だが。
「……そりゃそっか。じゃあ止めない。頑張って」
男は頷き、踵を返す。
全身から迸るような鬼気──或いは死気は、異質な威圧感となって人混みを割った。
フィリップはその背を呼び止め、壇上から首輪を放る。
自身の首から外した、ペット証明の革首輪。フィリップにはもう必要のないものだ。
「事ここに至っては気休め程度だろうけど、着けておきなよ」
大規模脱走が広く露見するのは時間の問題。
その後どうなるかは分からないが、一人でフラフラ歩いているペットは取り敢えず拘束されるだろう。
単なるペットの集団脱走ではなく食料の大量消失と考えれば、民衆がパニックを起こしても不思議はない。
奪い合いに発展すれば、脆弱な人間の生存率は今以上に下がる。
それを、彼は理解しているのだろうか。
男は頷くように小さく頭を下げ、首輪を着ける時間も惜しいというように握り締めたまま駆け出し、ホールを後にした。