なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 「ふぅ……。ごめん、お待たせ」

 「いえ、私もいま終わらせたところですわ」

 

 穏やかに笑うアンテノーラ。

 だがフィリップは、彼女が数分前に残りのチンピラ──もとい、包囲していた吸血鬼の残りを皆殺しにしていたことを知っている。

 

 吸血鬼を狩り立て、弄びたいのを我慢して、フィリップの戦いの趨勢を把握できる位置で。散り散りに逃げ出した残党を、百メートルも逃がさずに。

 

 「さて……殺しちゃったけど、どうしよう」

 

 情報なんか与えられていないだろうチンピラの方は、まあ、いいとして。

 

 「仕方なかったのではありませんか? あの手の輩は口が堅いでしょうし、そもそも霧化できる相手を拘束も出来ませんから」

 「そうなんだけど……」

 

 それでも、あの男は間違いなく一般人ではなかった。

 街の中枢に属する、“大元”の情報を持っているかもしれない重要人物だったはずだ。

 

 「カノンの言葉を借りますが、“大元”も最後には殺すわけですし、詳細を知っておくことに大した意味はないのでは?」

 「うーん……」

 

 初日に襲われた時は、「誰の差し金か」「フィリップたちが狙われているのか」を気にしていて、カノンがその無益さを指摘した。

 

 実際、この町の誰に敵対視されていようが、最後には全員殺す。

 既にフィリップたちを敵と見做しており排除に動き始めていたとしても、全く問題はない。明日には町を出ていくし、直後に吸血鬼たちは全員死ぬ。

 

 だからカノンの指摘は正しかったし、さっきはフィリップ自身もそう判断した。

 

 だが“大元”の情報は必要だ。

 残飯モドキの質を見るにディアボリカ(始祖級)ではなさそうだが、確定ではない。そして万が一、魔王の加護によって神罰術式への耐性を獲得したディアボリカの仕業だった場合、衛士たちの陣形や学院長の本気度も変わってくる。

 

 一発撃って終わりではなく、本気の魔術戦──仲間に気を払っている余裕もない、全霊の殺し合いが勃発する。

 

 「“大元”の正体も目的も見えないしなあ……」

 

 一応、上級吸血鬼(第二世代)以上であることは確定した。

 さっきの男は下級吸血鬼(第三世代)。それを生み出せるのは第二世代であり、生産者が“大元”と同一か、もう一人、間に挟んでいるかで分かれる。

 

 人類陣営と魔王陣営の開戦前にこれほど大きな動きを起こすのは、魔王の方針に反している。

 これまではミナという絶対的な懲罰者を恐れ、吸血鬼たちは従順だった。

 

 しかし彼女は職務を放棄し、ディアボリカは最後にフィリップが見たとき発狂していた。家族に関する記憶を失っていた。

 吸血鬼陣営統括者としての記憶は持っていたが、あれから悪化しているのかもしれない。

 

 棟梁を失い、吸血鬼たちが自由に振舞い始めた可能性はある。

 

 或いは、ディアボリカ本人が起こした騒動という可能性も。

 あの自由人が遊び半分で、と言われたら、彼の性格を知るフィリップとミナは「アイツは本当に」と呆れこそするものの納得できる。

 

 「……まあ、アレの考えを推し量るのは一旦諦めるとして、上級吸血鬼が懲罰のリスクを呑んでまでこんなことをする理由って何だと思う?」

 「さあ、私は吸血鬼について明るくありませんので、想像になりますが……一番大きな可能性としては、功を焦った、では?」

 「うーん……」

 

 人間なら、確かにアンテノーラの仮説はありそうなものだ。

 魔王復活に先んじて前線基地となる街を手に入れ、住人すべてを吸血鬼化させて支配していた──そう聞くと、なんだか良い仕事をしたようにも思える。

 

 だがそもそも、魔王軍における戦力の大部分は魔物──休息も補給も必要としない魔力の塊だ。

 吸血鬼や人狼といった、高度な知性と並の魔物とは比にならない戦闘能力を持つ、魔族や魔人と呼ばれる上位種もいるにはいる。しかし拠点を必要とする彼らは、言うなれば高級士官。ごく少数だ。

 

 しかも、その大部分は暗黒領内(ホームグラウンド)で待ち構え、勝率を最大化して勇者を迎撃する役目を帯びている。

 “鍵”の存在もあり、ミナやディアボリカといった強大な戦力は前線に投入されない。

 

 故に、前線基地獲得の功は、命令違反の罪と相殺できるほどのものではないはずだ。魔王陣営に於いては。

 

 それに、魔王の目的は人類の()()だとされている。

 ()()()()ではない。餌となる人間を必要とする吸血鬼にしたところで、その存続には人間が必要となる。

 

 まあ少数なら“牧場”で賄えるし、人類総数が二億人だとすると、今回吸血鬼化したた二千という数は「たかが」と言えなくもない。

 

 ……では、その「たかが」と言えてしまう数のために、ミナやディアボリカに罰せられるリスクを呑めるか──否だ。

 というか、フィリップが吸血鬼陣営の棟梁なら、「たかが」二千人を残飯モドキにするために命令に背いたと言われたら、無能な働き者(駆除すべき害悪)と見做して殺す。

 

 だが実際に街を歩いてみての印象からすると、どうも違いそうだ。

 

 「ここの残飯モドキは自由過ぎる気がする。魔王や“大元”の気配が薄いというか……」

 「……仰りたいことは分かりますわ。吸血鬼にはなっている、けれどその目的が見えない。戦力として使えるレベルではなく、誰かが魔王への忠誠心を植え付けている様子もない。「何故こんなことをしたのか」が判然としない。そこに不自然さを感じておられるのでしょう?」

 

 漠然とした違和感はアンテノーラも共有していたようで、フィリップが思っていた通りのことが言語化される。

 

 「確かに、この程度のことをするのに魔王を裏切り、棟梁に背くことが出来るほど、吸血鬼は無知でもなければ強くもありませんわ」

 「昨日会った……ボルドマート? あの下級吸血鬼の反応を見るに、それは分かる。だからこそ気になるんだ。ミナやディアボリカを敵に回してまでやりたいことって何?」

 

 死すら許容してでも為すべきこと、或いは死という判決を覆すだけのこと。

 それが、この町には見られない。

 

 少なくともフィリップは、こんなことのためにミナやディアボリカと戦いたくはない。カルト狩りとかなら話は別だが。

 

 ……いや、魔物は人類種への憎悪によって殺戮を振りまく。

 となると、魔物にとって人間の町とは、フィリップにとってカルトの一団に等しいのかもしれない。

 

 そう考えると、感情的に襲い掛かったとしても不思議はないが──吸血鬼は並の魔物とは違い、高度な知性と高い社会性を持っている。絶対的な強さを持つ棟梁の下、秩序立った組織性を有している。

 

 仮に吸血鬼の中に、人間に対して憎悪しか抱いていない個体が居たとしても、感情のままに行動することはできない。絶対的強者に頭を押さえつけられているからだ。

 

 ディアボリカが発狂の影響で機能不全を起こしており、統率が取れていない可能性は否定できないが──住人の大半を吸血鬼化させるというやり方には、憎悪や殺意を感じない。

 むしろ、“大元”の無関心さが見て取れる。

 

 「陸の価値観を完全に理解しているわけではありませんが、領地の取り合いで戦争すら起こすのでは?」

 

 眉根を寄せて考え込んでいたフィリップに、アンテノーラが仮説を提示する。

 ランナゲートという土地、王国にも帝国にも、人類領域と魔王領域の境界線からも近い、前線基地として有用な場所そのものが目的だったという説。

 

 だが、それについてはもう疑問が出ている。

 前線基地化が目的にしては、ここの住人は自由過ぎるという疑問が。

 

 だからフィリップは、アンテノーラの言葉の内容ではなく、前置きの方が気になった。

 

 「まあ、そういうこともあるけど……海では違うの?」

 「単純な広さだけで考えて、海は陸の倍以上も広いですから。深さも考えれば、土地は余り過ぎるほどですわ。それに人魚は一か所に定住しなかったり、季節に応じて住む場所を変える回遊種も多いのです」

 

 なるほど、とフィリップは何度か頷く。

 大陸も相当に広いが、半分は魔王支配下だし、人類領域にも高山や峡谷といった生活に向かない場所は多い。食料生産に適した肥沃な土地や、長期居住に向いた安全な土地は更に限定的だ。

 

 だから土地の価値が高く、複数階建てや地下室といった工夫をする。

 

 対して、海はもっと広く、人魚という種族の高いスペックゆえに危険な場所が少ない。

 大抵の海棲生物は魔術や武器戦闘技術を持つ彼らの敵ではないし、高いフィジカル性能故に環境変化に対しても強い。ある程度はどこにでも住めるし、食料も豊富だ。

 

 だから土地の重要性が、陸とは違うのだろう。

 

 「領地の概念も薄そうだね」

 「はい。国家間の戦争などもありませんし、陸より幾分か平和と言えるかもしれませんわね」

 

 「そうなの?」とフィリップは聞き返す。

 人類の歴史は戦争の歴史、領地と利権、たまに名誉を懸けて殺し合ってきた時間の蓄積だ。実感こそないが授業でそう習っているフィリップとしては、かなり意外だった。

 

 人類と同等程度の知性と社会性を持つマーメイド属が──アンテノーラを見る限り、特に温厚な種族というわけでもないのに、殺し合わないというのは。

 ……魔王という共通の外敵がおり、環境やその他の野生動物に対して絶対的に優越するわけでもない惰弱な人類でさえ殺し合うというのに。

 

 その考えは正しく、そして甘かった。

 

 「はい。その代わり、と言うのは可笑しいかもしれませんが、人魚属同士以外に脅威が多いですから、安全というわけでもないのですけれど。例のマーマン擬き……深きもの、でしたか。ゾス=オムモグを召喚したあれらもそうですし、海棲龍種のサーペント、巨大原種のクラーケ、異常潮流メイルシュトローム……私たちは人魚の中では最強の種と呼ばれますが、海の中で一番強いというわけではありません」

 

 マーメイド属という一見して強大な種族にとってさえ、海中は安全ではないだけだ。

 土地や食料を巡って殺し合う必要がない程度に豊かではあるが、人魚がそれらを食い潰すほど繁栄出来ない程度には危険なのだった。

 

 よくよく考えれば、クトゥルフだのダゴンだのグラーキだの、地球外産の旧支配者が棲みついている危険地帯だ。

 存在歴も約40億年と、森林(シルヴァ)でさえ遠く及ばない原初クラスの環境。膨大な数の生命が生まれ、死に、新生し絶滅してきた。

 

 安全とも危険とも、陸地からでは言い切れない──或いは海棲生物でさえも見たことのない場所があるかもしれない。この大陸に前人未踏の秘境が存在する可能性より、ずっと高い確率で。

 

 そんなことを考えて、フィリップはふと思い出した。

 

 「……そういえばアンテノーラ、国を滅ぼしたとか言ってなかった?」 

 

 いや厳密にはアンテノーラ自身ではなく、ミナが揶揄い交じりに言ったのだが。

 フィリップとしては楽器の来歴に然程の興味はないし、自分の知らない人を知らないところでどれだけ殺そうと、それこそ知ったことではない。

 

 だから本当に、ただ話の流れで思い出しただけだ。

 

 そしてそれは、アンテノーラもまた同じだった。

 「そういえばそんなこともあった」とでも言うように、「あぁ」と小さく笑う。

 

 「あぁ……アレは別に、誇るようなことではありません。そもそも戦争をしたわけでもありませんし。雑魚が舐めて掛かってきて、当然のように私たちが勝ったという……この町で貴方様が何度か経験なさったことと同じですわ」

 

 たぶん何千万と殺したのだろうが、アンテノーラの口ぶりには卑下も誇りもない。本当に当然のことのように捉えている。

 

 僅かに覗いた悪感情は、そこに至るトラブルに対してのもの──大量殺戮そのものではなく、手間をかけさせられたことに対するもののように見えた。

 

 そのことが、フィリップには妙に可笑しく、嬉しかった。

 

 化け物とはこうでなくては、と。

 “楽器”の持ち主は満足そうに口元を綻ばせた。

 

 

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