新型コロナバカクソ騒動について総括をしたらプレジデントオンラインが掲載拒否したのでnoteで書くよー!(全3回の第1話)
プレジデントオンラインに新型コロナウイルス騒動の総括原稿を書いたら、編集長の横田良子さんから「ここまで正面切ってワクチンとマスクを否定する原稿は掲載できない」みたいなことを言われたそうです。編集をしてくれた漆原直行さん(フリーランス)は私に謝罪をしましたが、いえいえ、横田さんの感覚がおかしいのです。次のパンデミックが来ても、マスクと急ごしらえのワクチン的なもので対処できるだろう、という方向にしてはいけない。
というわけで、私は新コロバカ騒動について総括をしました。それは尾身茂さんがワクチンが感染対策に効果がそこまでなかったことを認めたから書いたのですね。入稿から1ヶ月、漆原さんは頑張ってくれたのですが、お蔵入りに。だったらnoteで勝手に出すわ、ということで、漆原さんが編集してくれた原稿を出します。長いので3回に分けます。
そして、たいへん恐縮ですが、私はプレジデントオンラインの原稿を書くと3万円のギャラをもらっていました。そこに出せないわけです。別に私はカネに困っているわけではないのですが、コロナ脳のプレジデントオンラインに書くよりも、noteで好き放題書いた方がいいわ、と思えるように、スイマセン、これまでやったことはないのですが、内容に同意できた方は「投げ銭」をお願いできませんでしょうか。いや、読んでいただいただけでありがたいです。
残りの2つの原稿はこれから私が最終編集をします。まぁ、本業はライターではなく編集者なので、慣れてますので、7月29日、本日第2・第3弾まで漆原さんの編集をベースに投稿します。それでは私なりのコロナ総括です。
【連載タイトル】
中川淳一郎の「それって要するに……!?」
【記事タイトル】
《メイン》
「若者は重症化しにくい」「ワクチンは副反応が強い」と前々から指摘していたが、メディでは報じられなかった…コロナ対策のリーダーがした「言い訳」
5年目のコロナ総括【前編/全3回】
【クレジット】
ライター 中川淳一郎=文
《リード》
なし
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【前編】
※1ページ
■コロナのこと、早く忘れようとしてないか?
開始から5年半が経過し、どこか遠くへ行き去った新型コロナ騒動。近ごろこのことについて述べると「まだこだわってるのw」「まだマスクの話をしてるのw」「もう過去の話じゃん」といったニヒルでクールでスマートな反応が返ってくる。なぜ私がこの話題に触れ続けるのか。それは、無駄な感染対策とワクチンに苦しんだ人々が報われないからだ。「幽霊病床」を活用して多額の補助金を得た医療機関や、補助金を不正に得た者も多数存在する。しっかりと検証・総括をしなければまた同様のバカげた事態を招くだろうに、公の機関やメディアは積極的に振り返ろうとしない。むしろ「早く忘れてくれ!」という鬱勃たるパトスを感じてしまうのである。
検証や総括をするにしても、感染対策とワクチンを推進した人々はきっと「適切な感染対策を提言した専門家や政治家のリーダーシップ、そして民度の高い国民の協力により、日本のコロナ対応は成功したのだ」という陳腐な神話を唱えるのだろう。あのぉ~、モデルナの神奈川県のmRNAワクチン工場、撤退になりましたが、単にもはや需要がないんですよね? コロナは終わってないのに需要がないってどういうことですか?
しかし、感染対策とワクチンを推進した人々は自己正当化を試み、なんとか逃げようとしている。そうした流れにはまったく同意できないので、本稿では改めてコロナ騒動について検証・総括をしてみる。日本国内で最初の感染者が確認された2020年1月を起点に捉えるなら、新型コロナは五類扱いとなった2023年5月8日、つまり3年4カ月ほどで一旦の区切りがついたように扱われてきた。しかし2025年7月になっても、新型コロナにまつわるさまざまな事象は存在し続けており、騒動の火種は未だくすぶっていることを忘れてはならない。そう言ったところで、どうせコロナ対策推進派からはスルーされるだろう。が「コロナ対策禍」「専門家禍」「メディア禍」「政治禍」「暴走する末端組織人禍」に苦しんだ人から、少しでも共感してもらえればそれでいい。
■尾身氏が変節した!?
日本は総じて「なかったこと」ムードではあるが、最近、テレビは検証・総括を少しだけするようになってきた。2025年6月8日、新型コロナウイルスの政府対策分科会会長だった尾身茂氏(76)が『そこまで言って委員会NP』(読売テレビ)に出演。仰天の発言をした。文字起こしのリンクは本稿最後に添えるが、趣旨としては「新型コロナウイルスは、若者には重症化しにくく、ワクチンは副反応が比較的強い」「だからこそ私は早い段階から接種は個々人の自由だと言っていた」「感染防止効果は残念ながらあまりないワクチン」といったところ。さんざん感染対策とワクチン接種を訴えてきた人物が今さら何を言うか?
尾身氏は後に毎日新聞の『コロナワクチン「予防効果あまりない」は本当? 尾身先生を直撃した』という記事に登場。記者の『「コロナ禍では正反対のことを言っていた」という批判をどのように受け止めましたか』というコメントについてはこう答えた。
https://mainichi.jp/articles/20250624/k00/00m/040/161000c
「それぞれの立場や価値観が違うので、同じ情報でも受け止め方が違うこともあり得ます。危機が長く続いた時のコミュニケーションの難しさを感じています」
まぁ、毎日新聞は感染対策とワクチン至上主義の報道をしていたから、尾身氏を守ろうとしたのだろう。私のようにさんざん対策について疑問を提示し、ワクチン推進派から批判された人間としては、毎日新聞のこのインタビューは尾身氏擁護をするためだけの姑息な記事にしか見えない。貴殿らは反対派を押さえつけたいだけだろう。なぜ、一方向の論調に邁進したのだ。先の大戦で新聞各社が暴走し、日本を戦争の熱狂の渦に巻き込んだ反省はないのか。
ネットには以前の尾身氏の発言が多数残されているが、2022年4月7日のNHKの記事には「尾身会長 ワクチン接種を若い世代に促す方策 岸田首相に助言」という見出しのものがある。当時首相だった岸田茂氏が、若い世代にワクチン接種を促す方法について聞くべく、尾身氏ら政府分科会と厚労省専門家会合の専門家に面会したときの話だ。
尾身氏は「ワクチンによる重症化予防効果は間違いなくある。感染の予防効果も一定程度あることがわかっている」と説明。さらに「社会のために打つわけではないが、結果として家族や友人への感染防止にも繋がる」とも述べた。それを経た4月28日、首相官邸は岸田氏登場の動画で「若い方々へのワクチン3回目接種のお願い」をした。ここで岸田氏は「感染そのものを防ぐ効果があります」と言い切っている。
私は2021年9月の『ABEMA Prime』でワクチン推進の旗振り役かつ、ファイザーの広告にも登場した大阪大学教授の忽那賢志氏と対峙したが、若者はコロナで亡くなっていないことをデータで示した。すると同氏は「若者は自分のためというよりはまわりのために打つという意味合いが強い」といった発言をした。これは感染予防効果がある場合にのみ成立するロジックだが、残念ながらわが国はワクチン開始後に陽性者数が激増したのである。医者やXの「医クラ」は現在は「ワクチンは重症予防に一定の効果があった!」と主張するが、忽那氏は「まわりに感染させない」を目的にしていると述べていたのだ。とにかく「打て、打て!」という空気感をあのときはつくっていたのである。
ワクチン推進派は歴史改竄をしているようにも映る。『そこまで言って委員会NP』で尾身氏は「その(当初から若者は重症化しにくい、ワクチンは副反応が強いと指摘していた)ことについて、メディアでは報じられなかった」と発言した。いや、会見全体が中継されることもあったが、貴殿はそんなこと言っていなかったではないか。そもそもメディアは、それまでと異なる論調のことを口にしたら「尾身氏、変節!」といった調子で嬉々として報じるものである。ワクチンだけに限らず、貴殿は感染対策にしても「人流」にこだわり続け、行動制限を常に呼びかけた。
だが、結局「第〇波」という表現ばかりが注目を浴び、感染者が増えたり減ったりした後に数カ月の膠着状態が続く、というサイクルは2年目の第5波の段階でもはや明確だった。人流を抑えることに拘泥し続けた結果、意味もなく経済活動を停滞させてしまい、活動を制限された飲食店や生活困窮世帯などに補助金をジャブジャブと投入するという、場当たりの施策を打つばかりの状況が続いたのである。
あとは、「尾身食い」と呼ばれるようになった食事作法も忘れてはならない。食べ物を口に運ぶ際に片耳だけマスクを外し、食べ物を口に入れたらマスクを再び着けるという異常な食べ方を尾身氏は提案。このような人物が訴える「科学」とは一体何だったのだ。
■逃げを打ってばかりの専門家たち
尾身氏は日本全体を陰うつとした自粛ムードに追い込んだ重要人物の一人である。一部の人とっては着用がキツく、屈辱感すら与える猿ぐつわ的なマスクを強要したうえで、相互監視社会を生み出した。さらには、ワクチン被害を訴える人を多数生み出すきっかけをつくった人物でもある。そんな人物が今になってこのような手のひら返しをしたことについて、もともと過度な感染対策と半強制的なワクチン接種に懐疑的だった少数派から怒りの投稿がXに相次いだ。
専門家は過去に自分が発した言葉との矛盾を突かれても「情報はアップデートされるもの」と逃げを打つ。絶対に過去の発言の誤りを認めないのだ。一般人もそうだ。基本的なやり口は「あのときの状況であれば、あの判断・行動は正しかった」と正当化することである。見事なまでに「提言をした専門家」と「それに従って実行した一般人」が自身の行為が正しかったということにしたいがために、絶対に誤りを認めないのだ。それは、本稿の掲載を拒否したプレジデントオンライン様(笑)も同じだろう。
プレジデントオンライン様(笑)、編集部員全員にマスクさせ続けましょうねー! あと、編集部員は8回打ってる? 編集長様は当然8発打ってますよねw 連日35度超の東京ですが、あなた、当然マスクはしていますよねw していないんだったら私の原稿を落としたこととの整合性がつきませんよ。コロナはまだあります。殺人ウイルスにマスクは効果があると貴殿は言ったそうですね。「飛沫にはマスクは効果がある」とおっしゃったそうですが、すいません、コロナは空気感染です。不織布マスクの網目では防げません。そもそもあなた、今外しているでしょ? そこで私の原稿落とすのですか? おかしいでしょうよ。整合性を取るべく、編集長様は部下に命令して打たせなさい! マスクも必須にさせなさい! 反ワク編集部はいけません! 世の害悪です!
一般人についていえば、たとえば静岡県庁職員が2020年のゴールデンウィーク、熱海で「いまは静岡に来ないで」と書かれた幟を神奈川方面から来る人々に対して掲げたことをおぼえているだろうか。いま振り返ってみれば、実に失礼で不愉快な対応だが、人々の記憶が薄れていくのをいいことに、なかったことにして済ませている。自身が組織人としての立場を守るために対策を強化したこと、ワクチンを事実上従業員に強制したことなども、なかったことにして終わりである。
■メディアの煽り次第で空気が変わる
家庭では、親の方針が子どもにも引き継がれた。2025年夏になっても、両親がマスクをしていたら子どもたちもマスクをし続けている光景を目にする。本気でまだ怖がっているのかもしれないが、要するに自分のやってきたこと、子どもにも要求してきたことを否定するわけにはいかないのである。
推進側が圧倒的多数だったから、いつまで経ってもフラットな視点での検証や総括はおこなわれず、なんとなく時が経って「なかったことになる」のを待つ。これが日本の姿である。太平洋戦争における玉音放送や東京裁判といった責任の所在を明らかにするような機会はコロナ騒動では見込めないから、まぁ、誰も被害の責任は取らないだろう。
コロナは日本全体が集団ヒステリー状態に陥ったかのような騒動だったが、現在はマスク依存系の人を除いて、社会は日常をしれーっと取り戻している。2023年5月8日のコロナ五類化以前と今で、何が違うのだろうか? 尾身氏も認めているように、コロナウイルスは今も存在する。ただ変わったのは「世間の空気」と「他人の行動様式」だけなのだ。感染対策をやめて、ブースター接種も打たなくて構わない空気感になり、「他人がしないのであれば私もしない」と適当にやめただけなのである。
だが、マスクやワクチンといったコロナ対策には意味がないと自分の頭で判断し、両方ともやらなかった私のような人間からすれば、「2020年から2023年にかけ、いまと同じ生活様式で自分も周囲も健康状態は何ら問題なかったけど……」「強いていえばワクチン接種後に体調を崩す人や突然死する人はいたが……」と感じざるを得ない。結局、メディアの煽りが減れば、社会の空気はしぼむだけなのだ。
■有名人になって得意げな専門家
このような話をすると「志村けんさんガー!」「岡江久美子さんガー!」といった反論が来る。2020年3月と4月、コロナ騒動初期のころに亡くなった2人の著名人にすがることで、感染対策をなんとか正当化したい人間は自我を保とうとしている。小池百合子東京都知事など、志村さんに対しては「最後に悲しみとコロナウイルスの危険性について、しっかりメッセージを皆さんに届けてくださったという、最後の功績もたいへん大きいものがあると思っています。お悔やみ申し上げます」と、勝手に意味づけをする始末。志村さんがわが身を呈してコロナの危険性を伝えた、とは暴言に等しい。言語道断である。
コロナの影響はもはや医療の分野に留まらず、政治・経済・社会・文化・教育・労働・個々人のQOLや生きる喜びなど、人間生活全般に及んだ。感染症専門家の言うことが絶対だとされ、彼らはメディアに登場しまくり時代の寵児となった。
有名人になったことをX上で誇る者まで登場する始末。「会合に行ったら『あれ、〇〇さんじゃない?』とチラチラと見られた」「いいんですよ、声をかけても」といった発言を見て、薄ら寒くなったものだ。芸能事務所に所属する者もいた。テレビの専門家枠ないしは、会見枠として著名なのは、岡田晴恵氏、北村義浩氏、二木芳人氏、倉持仁氏、伊藤博道氏、忽那賢志氏、松本哲哉氏、舘田一博氏、脇田隆字氏、中川俊男氏、尾崎治夫氏らだ。
■専門家が神格化される
そして不思議な現象なのだが、専門家にXで疑問を呈したら、専門家本人だけでなくその「信者」からも反論や誹謗中傷が殺到するようになった。専門家本人が「医学部に入ってから、医師免許を取ってから私に意見しろ」と返してくるのは、まぁ理解はできる(とはいえ相当不遜な態度である)。だが、一般人の「信者」も同じようなことを言ってきたのだ。尊敬する○○先生に歯向かう素人は許せない、ということか。「コロナを恐れないヤツは非国民である!」という感覚を多くの人々が抱いてしまったといえよう。
それほどまでに医者を中心とした専門家が神格化されたワケだが、彼らはその分野において専門家であるものの、社会・経済・文化・政治・教育といった他領域では素人である。そんな素人がこれらの分野にずけずけと入り込んで、専門外の思い付きを言って国民生活に制限を与えた。「祭は中止」「帰省するな」「入学式と卒業式は危険」「20時を過ぎると感染しやすくなる」――自分たちには意見するな、だが私は全分野に意見する、ということである。ダブスタも甚だしい。
分科会にしても、医療関係者の力が強過ぎた。社会学者や文化人類学者、教育学者、心理学者などを含めたさまざまな分野の専門家がメンバーに必要だっただろう。
■コロナ騒動を象徴する「マスク」と「ワクチン」
私自身は学者でもなんでもないが、コロナ騒動をつぶさに見続け、「非国民!」といった罵詈雑言にも屈することなく批評や提言をし続けた文筆家だと自負している。そのうえで、いま改めてコロナ騒動の検証と総括をしてみようと思う。
本稿で述べるポイントは以下の通り。長文になること、お許しいただきたい。
【1】ことごとく的外れだった感染対策
【2】煽り過ぎた専門家・政治家・メディア
【3】自らの頭で考えることを放棄し、自己保身のために自分とは異なる考えの者を攻撃する醜い日本人。謎の一体感醸成と暴走する現場
【4】あまりにも設定が変わる不可解さ
【5】鮫島伝次郎化する日本人と「あのときは仕方なかった」の愚
【6】感染対策反対派は「頭の狂った少数派」扱いのまま騒動を終える。現在、少数派の声は「後出しジャンケン」などと揶揄されているが、我々は渦中からジャンケンをし続け、批判され続けてきた。後出しなどしていない
コロナ騒動を象徴する2大要素は「マスク」と「ワクチン」である。このツートップのうち、ひとつを尾身氏は『そこまで言って委員会NP』で否定した形になった。実際同氏は現在マスクをしていないし、「マスク会食」も定着しなかったからマスクのことも否定したと見てよいだろう。なお、感染対策をいくら続けようが、高いブースター接種率を達成していようが、被害は2020年よりもその後のほうが高かったことは後段にて数字で示す。
政府分科会は本来政府に「助言をする」立場だったが、いつしか菅義偉首相や西村康稔経済産業大臣(どちらも当時)が「分科会の了承を得た」と発言するようになり、立場が逆転した。政府が発表する内容について、分科会に「おうかがい」を立てるようになったのだ。実質的に分科会は政治団体と化した。
■効果がないこと、本当はわかっていたのでは?
政府のコロナ担当大臣や自民党コロナ対策本部長を務めた、政治家の西村康稔氏著『コロナとの死闘』(幻冬舎)には「前代未聞の諮問案取り下げ」という項目がある。ここでは、2021年5月の緊急事態宣言とまん延防止等重点措置(マンボウ)をめぐる政府と分科会のせめぎ合いが描かれている。政府は北海道・岡山・広島でマンボウを実施するべきだと考えていたが、西村氏は緊急事態宣言にするべきと主張。
そう考えるに至った理由を、西村氏はこう説明している。「毎日、尾身先生をはじめとした専門家と一時間は意見を交わし、感染状況を分析していた私は危機感を共有しています」と菅首相に伝えたところ、次のような反応だったという。
〈菅総理は顔色を変えることもなく「専門家がそこまで言うなら」と理解されました。分科会の途中で政府として諮問案を取り下げ、緊急事態宣言を出すことで新たに示す形となったのです〉
国の最高決定者たる首相の考えすら「専門家と危機感を共有しています」で覆すことができる。それだけ分科会に権限があったわけだ。そうはいっても、尾身氏もマスクとワクチンという2大象徴にそこまで効果があるわけではないことは、2021年中にわかっていたのではないだろうか。だからこそ「ワクチン接種は、若い人には早い段階から勧めていない」「マスクやワクチンにはそれほど効果が期待できないことはわかっていた」といま、振り返っていると推察する。
ビビる世論に忖度した形だろうが、当時尾身氏の発言は絶対的だったため、場合によっては「尾身さんが言うんだったら、もう対策をやめていいか」となった可能性はあるのだ。まぁ、自身が理事長を務める医療組織に多額の補助金が入り大幅黒字になったから言えないか……。
■引っ込みがつかないから推進する
マスクは「恐怖の感染症が猛威を振るっている」ことを視覚的に示す重要アイテムとして祭り上げられた。マスクは不要、などと言ってしまえば補助金で経営を立て直したい全国の同業者の怨嗟を買うため、尾身氏も「不要」とは言えなかったかもしれない。
だが、問題はワクチンである。2021年5月のサンテレビ報道によると、1977年2月から2021年12月までの45年間の新型コロナ以外の全ワクチン累計(参考値:1996年~2021年度の定期接種約10億回)で予防接種健康被害救済制度の認定件数は3522回。一方、新型コロナワクチンは2021年2月17日~2023年8月31日まで2年半に約4億回打って4098件。死亡関連は全ワクチンが151件に対しコロナは210件。
死者と関連する認定件数はその後も増え続けた。2025年7月11日、厚生労働省は疾病・障害認定審査会感染症・予防接種審査分科会の新型コロナウイルス感染症予防接種健康被害審査第一部会の審議結果を公表。接種後健康被害救済申請の審査にける進達受理件数は13906件で認定は9226件に。死亡一時金または葬祭料の認定件数はこれで1029件となった。これが「死亡関連」の数字である。
https://wellness-news.co.jp/posts/250712-1/
認定された人々も、煩雑過ぎる申請手続き、「ワクチンは安心・安全でーす!(だってオレたち推進しちゃったし、引っ込みがつかないもんね)」と考え続ける役所の壁、そして「ワクチンに疑問を抱くなんて頭がおかしい」と考える社会の空気に立ち向かって、ようやく認定されたのだ。加えて、体調不良にワクチンが影響しているか病院で尋ねると、医者から「そんなことはない!」と怒られると嘆く人もXには多かった。だから認定された人数は氷山の一角であろう。
■ワクチンを魔法薬のごとく礼賛
ワクチン接種に慎重な人々は「反ワク」と呼ばれ差別され続けた。接種後に不調を訴えたり、家族を失ったりした人は、ワクチンが原因かと疑問を抱いても妄想扱いされた。これは、政府・メディア・専門家がワクチンの素晴らしさばかりを喧伝したからである。「まれにアナフィラキシーショックが起きる」という注意はあったものの「回復する」がセットになっていた。
他にもこんな言説があった。「メリットがデメリットを上回る」「アメリカでは2億回打って死者はゼロ」「妊婦がワクチンを打って胎児に抗体をプレゼント」「発症予防効果95.4%」「このワクチンはすごく有効で安全性も高いので我々の健康に影響を与える可能性はかなり低いと考える。悪い影響を与えるという生物学的根拠はない」「副反応で熱が出るのはワクチンが効いてる証拠」「ワクチンは水道などと同じようなインフラ」「mRNAワクチンは神」「ワクチンの成分はmRNAと水、油、塩などが主成分なので、『ほぼドレッシング』と患者に答えると安心したような拍子抜けしたような微妙な表情をする」といった具合に、ワクチンを魔法薬のごとく礼賛する声が医師や専門家たちから連発された。
マスクを着用してのジョギングを推奨した京都大学の山中伸弥教授は「ワクチンでこの成分に対する免疫ができると、ウイルスは身体に侵入できなくなります。発熱などの副反応が多くの人で起こりますが、数日で必ず治ります」と京都府・京都市が作った動画で発言。ノーベル賞受賞者のこの発言に影響された人も少なからずいたことだろう。後にこの動画は削除された。
さらに、インフルエンサーも反ワクを過激に罵った。「ワクチン打たないやつ全員消えてくれ」「頭の悪い反ワクチン派全員聞け」「反ワクはフリーライダーだ」「反ワクチン派って全員馬鹿です」「ワクチン反対派の人はIQ低いです 馬鹿じゃないの?」──。
■ワクチンの薬害が認められるには時間がかかる
このように「ワクチン=至高」「ワクチンに慎重=バカな反社会的存在」という図式があったわけだ。これらのプロパガンダを信じてワクチンを接種した後に体調不良を訴える人の一部は「特定非営利活動法人駆け込み寺2020」理事の鵜川和久氏のもとに助けを求めた。鵜川氏に対しては、いまでもXで酷い誹謗中傷が寄せられ続けている。
同氏は青山雅幸弁護士とともに、国がワクチンのメリットばかり述べ、デメリットを十分に伝えなかったとして厚労省を訴えた。ワクチン被害そのものを論点にするのではなく、「広報としてメリットばかり述べたことは問題ではないか」という提訴である。
過去の薬害訴訟と同様に、厚労省が薬害を認めるまでには長い時間がかかるだろう。被害を訴える人々にとって、国という存在は巨大過ぎる存在であり、そう簡単に対峙できるものではない。ましてやコロナ対策、ワクチン接種については圧倒的世論が国の味方についている。国民の80%以上が2回接種したのだから、彼らはその行為を正当化したいに決まっている。
そして別件で鵜川氏と青山氏は、作家で医師の知念実希人氏がワクチン接種後に亡くなった人の死体検案書について「完全に偽造ですね」などとXに書き込んだことを受けて、名誉毀損で訴えた。実際に同様のことを書きこんだ人物は大量にいたが、影響力も大きく、執拗に偽造を指摘する知念氏を訴訟の対象とし、知念氏は東京地裁で110万円の賠償を命じられた。とにかくワクチンに疑問を抱くと著名人も含めワクチンの信奉者から一斉攻撃をくらう時期が続いたのである。
■感染対策ファシズムに支配される
ワクチンが原因で亡くなった、とXで書くと寄ってたかって「嘘松」「ガセ」などとリプやリポストされるのが定番の動きだ。2021年10月、36歳の夫を亡くしたXユーザー「すーさん」は「ワクチンで旦那が死んだ 基礎疾患なし、健康診断も何もひっかからない健康な人だったのに それなのに死因名付けるため解剖までされて包帯グルグル巻きで私の基に帰ってきた」と書いた。
すると小説家・臨床検査技師の北里紗月氏が「すいません。笑ってしまいました。デマが雑すぎます」と返信。これ以外にもすーさんに罵詈雑言を浴びせ、デマ扱いする人々が殺到する事態になった。これほどまでにワクチンが健康被害の原因では? と疑問を抱くことすら許されなかったのだ。
まさに感染対策ファシズム、公衆衛生ファシズムのような状態になったわけで、2021年の日本は異常だった。そのころ、MLBの試合で観客はもうマスクなどしていない。取りあえず「儀式」としてのワクチン接種を2回済ませたアメリカはもう先に進んでいた。
大谷翔平が松井秀喜を上回る、日本人最高となる32号HRを放った2021年7月の試合の映像や写真を見るとわかるが、観客はマスクをしていない。というか、開幕戦の3月ですらマスクをしていない。「ゼロコロナは無理だ」と賢い……いや合理的なアメリカ人は理解したのである。マスクをしても結局甚大な被害があったわけで、じゃあコレ、効かないだろ? となったのだ。要するに0.1μmのウイルスを50μmの隙間がある不織布マスクでは侵入なんて防げないということを理解し、空気感染を認めてマスクを外すという科学的思考をしたのだ。
(その2に続く)



コメント
6中川さんの記事が3万円なんて…安すぎます。
中川さんの記事を、初めて認識したのは2020年の夏のコロナ関連の記事。こういう考えが広まれば、コロナ騒ぎも早く収まるだろうと期待しましたが…
3年もかかるなんて思わなかったし、5年経ってもまだ超慎重ですか?!心底驚きます。
全く同感です。本当に危険な未知の感染症ならいざ知らず、風邪レベルで大騒ぎして、中高生の子どもの学習、スポーツ、修学旅行などすべてなくなりました。
私の商売も大打撃で、補助金で助けてもらうために無駄なアクリル板、足踏み消毒、アルコールなど買わされました。
PCR検査を水増しで大儲けしたような人、幽霊病床で黒字転換した病院、都や国の無駄遣い、そして結局意味がなかったとしか思えないワクチンに投入した巨額の費用など、それを総括するのは義務だと思います。
「打たせ逃げ」は許されてはなりません。
今こそメディアは「総括」する責任があるはずです。
でなければ、大本営発表を垂れ流した教訓も、ハンセン病を隔離した罪迄
肯定する事になる。
発言には責任が伴う事を、当の大人が成さないんじゃ教育にも悪影響です。
中川淳一郎さんには、コロナ禍の検証を頑張って頂きたいです。