あまりに文芸的なロクデナシの冒険 その四
本当に大切なものは、目に見えないんだよ。(キツネの言葉)
『星の王子さま』 サン=テグジュペリ
こそばゆい「日本文藝家協会」
生活費をさらに切り詰める必要に迫られ、国民年金を払うのをやめた。今になって思えば、若気の至りである。
それまで会社勤めをしていたので、厚生年金に加入し、月々そこそこの金額を納めていた。そのまま定年まで勤めていれば、老後は今よりかなり裕福だっただろう。
しかし、あの頃は自分の老後なんて不確かで、想像もしなかった。
人よりイマジネーションがあると自負しているくせに、そのバランスが悪いらしい。
まるで焦点を合わせにくい望遠鏡を覗いていたようだ。老後は死の向こうにあるようにぼんやりしていて、そんなことより今日のパチンコの勝ち負けにこだわりたかった。
それで、国民年金の支払いを放棄してしまったわけだが、国民健康保険となるとそうはいかない。会社の社会保険を抜けた場合は、自治体の国民健康保険に加入することが義務付けられている。
こちらは漠然とした未来の問題ではなく、切実な今日の生活に関わってくる。
健康保険に入っていないと、病気で治療を受けたその日に高額の医療費を請求されてしまう。さすがに、それはまずいので、未払いを決め込むわけにはいかなかった。
そこで、思い出したのが「日本文藝家協会」である。
あまり馴染みのない名称だが、かの文豪菊池寛が創設した由緒ある公益社団法人だ。
協会の会員になると、「文芸美術健康保険」なるものにも加入できる。その保険料は、自治体が運営する国民健康保険よりも割安だった。
もちろん、希望すれば誰でも会員になれるわけではない。
厳格な規定があり、単行本を一冊以上出版し、理事と会員それぞれ一名の推薦があることが条件だ。
以前、あなたはその条件を満たしているので入会資格がありますよ、といった内容の通知が届いていたのを思い出した。
その時は気にもとめず、手続きをしなかったのだけれど、割安な健康保険に入れるならありがたい。
早速、協会に電話し、今からでも入会できるかと尋ねてみた。年配と思われる男性が出て、こちらの名前を確認してきた。
名乗ると、相手は、しばらくお待ちくださいと言い、リストでも調べているらしい間があった。
それから、○○○○先生ですね? 加入可能です、と答えてくれた。
フルネームの後に「先生」を付けられるなんて、こそばゆいだけで、こちらは健康保険に入りたいだけなのにと恐縮した。
富士山には作家の墓がよく似合う
協会に入会すると、「文藝家協会ニュース」なる小冊子が定期的に郵送されてくるようになった。
協会の活動状況や新規会員の紹介、会員の訃報、エッセイなどが載せられている。
作家が確定申告をする際のアドバイスなどもあり、購入した書籍は取材費の名目にすれば経費で落とせるそうだ。
旅費なども場合よっては取材費になるらしく、それなら次回作の舞台を無理やり地方に変え、遊びに行こうかと考えてしまった。
さらに、協会の会員になると、「文学者之墓」(その一の伏線回収)に入れることも分かった。
協会は富士山麓にある富士霊園で文学碑公苑を運営しているそうだ。
そこには「文学者之墓」なる共同墓地があり、希望した会員はそこで眠ることができる。
ネットで画像を見たが、墓は趣きのある石の壁で、作家たちの名前が横並びで刻まれていた。名前の下には代表作も示されているので、訪れた人にとっては日本文学の知識を得るうえでも有益である。
周りは広々としていて、向こうには富士山が望めるし、わが母が入所予定のロッカーの墓などよりよほど見栄えがいい。
すでに800人以上が眠っているらしいけれど、そのうちの何人かの作品は『青空文庫』に納められているはずだ。
最近亡くなった作家たちも、死後七十年たって著作権が消滅すれば、『青空文庫の墓』(その一の伏線回収)にも入るのかもしれない。
地球は大きな墓である
ちなみに自分は、文学者之墓には入れない。
こちらのド田舎に引っ越した後、日本文藝家協会を脱会したので、墓に入る資格を喪失している。
脱会の理由は三つある。
その第一は協会の健康保険に加入しているメリットがなくなったからだ。地元の自治体の国民健康保険に入った方が、保険料が割安だと分かった。
大して働きもせず、年金は繰り下げているので、所得はほとんどない。非課税世帯に当たり、保険料も最低額を払えばよいので、そちらに乗り換えることにした。
半分アル中で、酔っ払ってばかりいるくせに、こういうセコイことには頭がまわるようだ。
退会を決めた二番目の理由は、そもそも自分は墓というものにあまり興味がないからだ。
文学者之墓に入れるという理由で、協会の会員であり続ける人はいるかもしれない。
ただ、その墓は富士の裾野にある。富士山は活火山だし、いつ活動を再開するか分からない、
ひとたび噴火すれば、墓は火山灰か溶岩に埋もれてしまうだろう。墓そのものが、さらに埋葬されてしまうのだ。
また、地質学の分野では、五千万年もすると日本列島はなくなるという学説があるらしい。
地球のプレート運動により、ユーラシア大陸とオーストラリア大陸は毎年少しずつ接近している。二つの大陸の間にある日本列島は、やがて挟まれるように合体し、消滅してしまうそうだ。
イマジネーションの焦点を遠くの未来に合わせてしまうと、墓なんて虚しいだけである。
さらに想像力の焦点を大ざっぱに広げてしまうと、地球なんて巨大な墓みたいなものだろう。すべての生物の亡骸は、宇宙空間へ持ち出さない限り、地球に葬られる。
その地球だって 今の姿で永遠に存在し続けるわけではない。
以前は何十億年もすると太陽は燃えつき、地球は凍てついた死の星になると考えられていたらしい。
今日の宇宙論によると、太陽は核融合によって膨張し、地球を呑み込んで消滅させてしまうそうだ。そうなると墓なんて、泡のように、はかない現象でしかない。
中島敦 『狼疾記』より
地球が冷却するのや人類が滅びるのは、まだしも我慢が出来た。ところが、そのあとでは太陽までもが消えてしまうという。太陽も冷えて、消えて、真暗な空間をただぐるぐると誰にも見られずに黒い冷たい星どもが廻っているだけになってしまう。それを考えると彼は堪らなかった。それでは自分たちは何のために生きているんだ。自分は死んでも地球や宇宙はこのままに続くものとしてこそ安心して、人間の一人として死んで行ける。それが、今、先生の言うようでは、自分たちが生まれて来たことも、人間というものも、宇宙というものも、何の意味もないではないか。本当に、自分は何のために生まれて来たんだ?
退会の理由は、キツネの食費
そして、日本文藝家協会からの退会を決めた三番目の理由がキツネである。
まったくアホな理由であるが仕方がない。
当時は野生の子ギツネたちを養っていて、月々の食費が馬鹿にならなかったのだ。
(※念のため書き加えますが、現在、キツネの養育は行っておりません。野生動物の餌付はやめましょうね)
協会の会員であり続けるためには、毎年二万円の会費を払う必要がある。
だが、その健康保険を抜け、文学者之墓にも入らないと決めたのなら、会員であり続ける意味はなくなった。
この際、退会して年会費を浮かせ、それを「キツネ子ども食堂」の食材費に当ようと考えたわけだ。
年に二万円なら、一カ月で約千六百円を節約でき、八枚入りの食パンを十袋、キツネたちに与えることができる。
日本文藝家協会と言えば、一般の人は望んでも入れない権威ある組織である。
そのような社会的ステータスを捨て、キツネに入れ込むなんて、我ながら酔狂なことをした。まさに、♪面白きこともなき世を面白くである。
気まぐれでもしなければ生きて行けなくなるんです。
『或る女』 有島武郎


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