『星獣戦隊ギンガマン』第十四章『二人のサヤ』
◾️第十四章『二人のサヤ』
(脚本:荒川稔久 演出:田崎竜太)
導入
予告やサブタイトルの時点でお分かりだろうが、戦隊におけるアイドル回担当の荒川脚本回(笑)
まあおそらく「二人のサヤ」というサブタイ、及び「自分のそっくりさんが出る」という影武者ネタはシリーズ構成の小林靖子が当てがった題材かとは思うが、先に言ってしまうとあまり面白くない。
第九章に続き、本作はサヤメイン回がぶっちゃけハズレ回ばかりであり、この時代の戦隊の中ではサヤは「空気ヒロイン」として扱われていたという不名誉な記録がある。
とはいえ、これは演じる宮澤寿梨に責任があるのかというとそんなことはないので、やはりメインライターとサブライター並びに演出陣の連携・意思疎通が取れていない気がしてならない。
当時の宮澤寿梨は確か「ねずみっこクラブ」に所属していた、今風にいう「地下アイドル」(後のあいどりんぐ!みたいなの)というものだった。
だから、こういうアイドルというかキラキラ担当をやらせたかったのはわかるのだが、それを扱うには本作の世界観・物語との相性が悪すぎたというのが率直な所感である。
サヤはヒロイン担当としては『忍者戦隊カクレンジャー』のニンジャホワイト/鶴姫以来のシングルヒロインだが、なぜだか「空気キャラ」認定されていた。
このあたりから戦隊シリーズの問題点として「ヒロイン=女の子キャラをどう立たせるか?」という課題が浮き彫りになっていたと言えるだろう。
一方でバルバンの作戦そのものにもあまり奥行きというか捻りがなく、陰陽師のようなキャラを出して札を貼って爆破してギンガの光を炙り出すというのはギャグなのかシリアスなのかわからない。
「魔人ブウ編のピッコロかお前は」とついつい突っ込みたくなるような発想力の薄さであるが、よくもまあこんな雑なアイデアで脚本として通ったものだと思う。
戦隊初のサブライターを担当した「ジェットマン」のアコちゃんラーメンの回から何にも進歩していないのが荒川稔久というぶらざあのっぽ出身の脚本家なのだ。
本人も「アバレンジャー」のムック本で「ジュウレンジャーやギンガマンのような正統派・王道の戦隊は苦手」と言うくらいだから、決して王道ど真ん中ではないことは熟知しているのだろう。
まあ本作ではまだマシな方ではあり、これが後の『炎神戦隊ゴーオンジャー』のG3プリンセス辺りになるともはや単なる役者の売り出しが目的のPVでしかない。
つまり「エンタメ」としての「戦隊」の中であり得そうな話のリアリティーを超えてもはや大きなお友達のメタ的な楽しみ方しかできなくなってしまう。
本作もそういう意味では素直に「ファンタジー」として楽しみにくいところがあり、ほっと一息の箸休めとして入れたかったのはわかるのだが、もう少しどうにかならなかったのか?
いずれにせよ、個人的嗜好を別としても、これを楽しめるのは余程変わった感性の持ち主か、荒川脚本ならどんな駄作でも評価できるという奇特な方くらいだろう。
荒川脚本お約束?のアイドル回
以前に感想・批評サイトを運営していていた時からずっと思っていたことだが、荒川脚本の代名詞になっているアイドル回が本作でも出てきた。
それらしき回を以下列挙してみよう。
『鳥人戦隊ジェットマン』第10話「カップめん」
『五星戦隊ダイレンジャー』第33話「アイドル初体験」
『電磁戦隊メガレンジャー』第37話『どうして? 千里がオヤジ声』
『忍風戦隊ハリケンジャー』第30話「アイドルと友情」
『轟轟戦隊ボウケンジャー』第37話「憧れの芸能界」
『炎神戦隊ゴーオンジャー』第31話「歌姫デビュー」
大体2010年代以降もカウントするともっと挙げられるが、まあ大体この辺りがある意味での荒川稔久らしさが出た回と言えるだろうか。
なぜこの人はこんな話を、それも誰に向かって書いているのか、リアルタイム当時から今もって全くの理解不能であると言わざるを得ない。
言葉を選ばずに言って仕舞えば、この人の描いているものは完全に単なる自己満足というかオ⚪︎ニーでしかない。
正にこれだ。
まあそれを言えば、戦隊シリーズが、というかほとんどの「芸術」と呼ばれるものが何らの意味もないマスターベーションでしかないのだろう。
しかしながら、これほど気持ち悪いおっさんの自慰前回の脚本を髙寺成紀をはじめとしてよく周囲が許していたものだと思う、私がプロデューサーだったら絶対こんなの通さない(笑)
親友の黒羽翔も「荒川稔久が戦隊を安売りしてしまったと思う」と言っていたのは今思うと本当にその通りで、こんなつまらない脚本でも当時は通っていた。
それで今はこの荒川稔久の見習ってはいけない部分を見習ってしまったがばかりにこんなことになってしまったんだというのが荒川アイドル回を見ていて思うことだ。
そもそもこの人に限らず後輩の香村純子もそうなのだが、なぜ戦隊シリーズには上原正三・曽田博久・井上敏樹・小林靖子などの一流を除くと概ね「二流のC」以下しかいないのだろうか?
こんなのを楽しめる感性を少なくとも私は持ち合わせていないのだが、その理由がなぜなのかについてはここまで読んでいただいた皆様ならもはやお気づきであろう。
俺はヒーローがとにかくかっこよく活躍する作品・物語・世界観を画面の運動として見たいのであって、ヒーローがアイドルやる姿を見たいわけじゃない!!
そんなしょうもない凡人レベルの発想なんぞは同人誌でやればいい、それこそ「アキバレンジャー」でそれをやっていたようなものじゃないのか。
荒川稔久が歴だけは無駄に長いにも関わらず大した功績もインパクトも後世に残せていない理由がこの1話だけを見ても判ろうというものだ。
アイドルが見たいのであれば、どこぞのELALKみたいに「アイカツ!」や「アイマス」ら二次元のアイドルアニメか「キミとアイドルプリキュア♪」「推しの子」でも見てればいい。
あるいはモー娘。や秋元康グループでも応援するか、いずれにしてもスーパー戦隊の貴重なリソースが無駄なことに割かれているということだけが画面上から伝わってくる。
え?アイドルとヒーローは似たようなものじゃないのかって?
そんなことは最低でも小林靖子レベルのクオリティを出してから言え。
90年代戦隊の課題であった女戦士の立たせ方
さて、この回はもはや単なる宮澤寿梨推しに向けたPVでしかないわけだが、一方で荒川脚本がこんなにつまらなかったことが戦隊シリーズにとって1つの課題を浮き彫りにしていた。
それこそが正に「女戦士の立たせ方」であり、「カクレンジャー」以来のシングルヒロインであることが大きな問題というか深刻な欠点を露呈させていたのではないかと思う。
それは「ダブルヒロインにしないとうまいこと女性戦士がキャラ立ちしないこと」であり、実際90年代戦隊のヒロインを見ても、やはりシングルヒロインよりダブルヒロインの方が成功している。
それぞれの成否を判定してみると以下の通りだ。
『鳥人戦隊ジェットマン』ブルースワロー/早坂アコ&ホワイトスワン/鹿鳴館香 ⚪︎(成功)
『恐竜戦隊ジュウレンジャー』プテラレンジャー/メイ ×(失敗)
『五星戦隊ダイレンジャー』ホウオウレンジャー/天風星・リン ×(失敗)
『忍者戦隊カクレンジャー』ニンジャホワイト/鶴姫 △(部分的成功)
『超力戦隊オーレンジャー』オーイエロー/二条樹里&オーピンク/丸尾桃 ×(大失敗)
『激走戦隊カーレンジャー』イエローレーサー/志乃原菜摘&ピンクレーサー/八神洋子 ⚪︎(成功)
『電磁戦隊メガレンジャー』メガイエロー/城ヶ崎千里&メガピンク/今村みく ⚪︎(成功)
ここを見てもらうとお分かりだろうが、90年代戦隊の中では「オーレンジャー」を除いてダブルヒロインの方がシングルヒロインよりもうまくキャラの書き分けがなされている。
シングルヒロインにしても成功したのは「カクレンジャー」の鶴姫だけで、しかも鶴姫の場合は本来意図されていた「女性リーダー」としてではなく「悲劇のヒロイン」としてのキャラ立ちだった。
なにしろ15歳そこそこの娘に二十歳を超えた男たちを従えろというのが無理な相談であり、鶴姫は忍の巻の試練で実質リーダーの座を下ろされてその役目をサスケに明け渡し、実際後半はサスケが引っ張っていたのである。
それぐらい女性リーダーというのは歴史においてもあまり例のないことであり、なぜならば男のカリスマ性にはどう頑張ったところで女キャラでは太刀打ちしようがないからだ。
こちらでも述べられている通り、スーパー戦隊は「ジェットマン」で女性キャラを書き分ける手法を井上敏樹が確立していたわけであり、要するに明朗快活な体育会系とお嬢様な文化系女子に別れたのである。
この手法は後の東映アニメ「ふたりはプリキュア」のキュアブラック/美墨なぎさとキュアホワイト/雪城ほのかで女児向けアニメの1つのスタンダードになるのだが、その走りといえるだろう。
「カーレンジャー」「メガレンジャー」共にその「ジェットマン」で確立したダブルヒロインの書き分けを継承することで成功したにもかかわらず、「ギンガマン」〜「アバレンジャー」まで再びシングルヒロインとなる。
そのシングルヒロインの立たせ方の中でサヤは「ガオレンジャー」の冴、「アバレンジャー」のらんる共々「目立たない戦隊ヒロイン」という不遇枠でかつて2chの特撮板で語られてた黒歴史が存在するのだ。
逆にいえば、後半の展開も含めて本作のサヤのキャラ立ちがうまくいかなかった反省があるからこそ、次作「ゴーゴーファイブ」のゴーピンク/巽マツリ、「タイムレンジャー」のタイムピンク/ユウリにそれが活かされたと言える。
それに小林靖子と他の脚本家でキャラ解釈が違う問題点もあり、例えば小林靖子だとお転婆な面はありつつ芯が強くヒュウガへの憧れがあるのだが、武上純希や荒川稔久が描くといかにもな「男の憧れる女の子像」になっているのだ。
この辺りの解釈の不一致もまたサヤのキャラクター性がブレてしまった原因にもなっていたわけであり、その理由が改めて今回によってある程度浮き彫りにされていたと言えるのではないだろうか。
あまりこういう言い方をしたくないが、スーパー戦隊シリーズのヒロイン枠という小さな枠の縦軸で見たときにサヤは明らかな反面教師であり、そこが本作の弱点の1つになっていることは間違いない。
バルバンの作戦もそんなに面白くはないので、好みがまるで合わず、評価としてはE(不作)100点満点中35点くらいだろうか、赤点レベルほどではないが乗れない部分があまりにも多すぎる話である。



コメント
4自分もG3プリンセスを視聴しましたがあれは男性全体の9割を占めるレベルの低い男性しか喜ばないでしょうね😰
少なくとも女児向けに親和性の高い上位6%を目指す男性視点から見たら偽物ヒロインです。
結論としては女性の活躍をみたいなら
カードキャプターさくら(1998)
ふたりはプリキュアスプラッシュスター(2006)
Yes❗プリキュア5(2007)
Goプリンセスプリキュア(2015)
女児向け傑作を視聴し続けるになります。
>伊藤さん
G3プリンセスを見た時は「戦隊ヒロインはいつモー娘やAKBになったんだよ!」って流石になりましたね、あんなので喜ぶのは戦隊ファン失格です。
ヒュウガさん
確かにサヤってメインヒロインですか、印象が薄いんですよね…
感情豊かで存在自体インパクトの強いゴウキや炎の戦士としてたくましく成長するリョウマのほうが好きです。
ギンガマンをリアルタイムで視聴していた時も、サヤより敵キャラのシェリンダのほうが印象に残っていました(ある意味シェリンダのほうが女傑感が強いですね)。
ヒュウガさんが挙げていたジュウレンジャーのメイ姫やダイレンジャーのリンは私も以前YouTubeで視聴した際、メインヒロインとしてのインパクトが無いのは感じていました。まあジュウレンジャーのメイ姫はビジュアル自体可愛いのでそれで何とかキャラが立っている印象ですね。
>文月さん
サヤに限らず、90年代戦隊の女戦士でまともにキャラ立ちが成功した例って少ないんですよね。昔とは違ってただ女一人を突っ込めば自然にキャラ立ちするような時代じゃないですから。
ギンガマンはぶっちゃけヒーロー側に関してはかっこいいも可愛いもヒーローもヒロインも男で成り立ってますね。ただ、鈴子先生はゲストキャラながらしっかり立っていたことを考えると、サヤの方だってもっと上手くやれば立ったんじゃないかとは思いますが。