それは2017年、テレビ局で楽屋に向かおうと、エレベーターに乗ったときのことでした。
突然、地面が傾くような感覚と、頭の圧迫感に襲われたといいます。
ふだんから悩まされていた偏頭痛とは、少し違う感覚でした。
病気だと疑うこともなく、「行っておけば安心だろう」と軽い気持ちで医療機関を受診。
脳のMRIを撮っていたときでした。
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特集
安田章大さん アイドルとしての生き方変えた 脳腫瘍
アイドルグループ「SUPER EIGHT」の安田章大さん(40)は、8年前、脳腫瘍と診断されました。
手術の後遺症に、今も悩まされています。「光過敏」です。
強い光が目に入ると、立ちくらみやめまいなどに襲われるため、サングラスが欠かせません。
病気を経験したからこそ、得られたこと。
それは「ありのままに生きれるようになった」こと。
求められるアイドル像とのギャップに苦しんできたという、その生き方を変えたきっかけとは?
(機動展開プロジェクト記者 金澤志江・おはよう日本ディレクター 山野弘明)
感じた違和感 脳に約8センチの腫瘍が
「撮ってる最中に起こされて『ちょっと来てもらっていいですか』って言われて。で『脳腫瘍がここにあるんです』って見せてもらって『マネージャーさん呼べますか』、『ご家族の方にも電話してもらっていいですか』って。即入院からの手術ですと」
MRI画像を医師と確認すると、左前頭葉に8センチほどの腫瘍が映し出されていました。
医師の診断は「髄膜腫」。
脳腫瘍の1つで、脳を覆う髄膜に腫瘍ができていました。
良性でしたが、右脳まで広がって脳や血管を圧迫している状態で、病気の受け止めにも影響を及ぼすほどだったといいます。
「めちゃくちゃ平然でしたね。それはのちのち先生に聞くと、脳の腫瘍があった場所があんまり感情が高ぶらなかったり、リアクションが薄くなるような位置にあったからというふうにも言われてますけど。驚くほど何も思わなかったです」
その後入院し、緊急で行われた手術はおよそ12時間にも及びました。
術後1か月たたずに復帰 後遺症に悩まされて
手術から1か月たたずに、仕事に復帰した安田さん。
復帰の際、病気や手術のことは公表しませんでした。
「当時は病気を公表するハードルは高かったと思います。最大限テレビに出ない時間を短くすることで、いかに変なうわさが広がらないようにするか。(ファンに)心配をかけないようにするかという事務所の計らいであり、僕自身もそれに同意したというのはありました」
イベントやステージで、照明や撮影の光が目に入ると、めまいや吐き気を感じるようになりました。
当初はこれが後遺症の症状だとわからなかった安田さん。
その後、「光過敏」だとわかり、サングラスが手放せなくなりました。
そして生死をさまようような出来事が起きたのは、手術から1年2か月たった時のことでした。
自宅の浴室で、てんかんの発作が起きて転倒。
背中と腰の骨を折る大けがをしました。
これも後遺症によるものでした。
発見が少しでも遅れたら、命を落としていたかもしれない危険な状態でした。
失った心のよりどころ 自分が「壊れた」
さらに安田さんを苦しめたのは、人生の一部だと思えるほど大好きだった、スキューバダイビングができなくなったことです。
「すごくストレスを抱えたりして気持ちが上がり下がりの人生だったんですよね。それを救ってくれたのがスキューバダイビングで、海につかっていろいろなものを流したり、自分がどれだけちっぽけかっていうことを教えてもらったり。海の中から太陽を見上げてみたり、そういうことを繰り返してなんとか気持ちを保ってきてたんで、それができなくなって本当に壊れたんだと思うんですよね。どう生きたらいいだろうって」
心のよりどころを失ったのをきっかけに、自分の生き方そのものを見つめ直すようりになりました。
「芸能界って、本当に自分に合ってないと思っているので『アイドルやらんでええやろ』と。そもそもこの生き方すべて間違ってきたなとも思ったし。そのこととどう向き合うかっていう」
「12歳から芸能界に入って32歳で腫瘍が発覚するまで20年間、自分は誰かのための存在、誰かのために自分がある。キャラクターを作ったりとか、虚像でなければならないのがアイドルやと思ってたんで。自分がこうありたいと思っていても誰かのためにそれが邪魔になる。すごく無理してやってきていた。で(病気を経験した)32歳でそこから『生き方変えてかなきゃな』って思って」
たどりついたのは“ありのまま生きる”こと
そこから数年、苦しい時期が続いたという安田さん。
書籍を読みあさり、たどりついた答えは“ありのまま生きる”こと。
「新しい価値観みたいなものを頑張って持とうとしたんですよね。持てるようにするためにはどういうふうに生きてどういうふうに挑めば、その価値観を持てるようになるのかってトライしていって」
「それを繰り返してやっと新しい価値観みたいなところにたどりついたのが、本当に自分らしくありのままに生きるっていうところにたどりついて」
「自分らしくありのままに生きる」
それは、周囲が求めるアイドル像を生きるのではなく、自分らしい実像のアイドルとしての生き方だといいます。
「生きたいように生きてる。それで初めて、その人の生き方を尊敬できるなあ、好きやなあ、追いかけたくなるなあっていうのが、自分にとっての憧れやな。虚像じゃない本当の実像としてのアイドルなんだなって思ってもらえるように進もうっていうふうに至って」
「飾らないとか、そのまま好きになってもらうとか、『裸です。どうぞどうぞ見てください』みたいな。それでテレビに出てますね。ライブしてる時も街なか歩いてる時も、舞台立ってる時も、歌歌ってる時も。だから日常生活でも何にも気にしなくなって、皆さんに声かけられたら『はい、どうも~』っていう感じになったんやと思います。好き放題見てくださいなっていうような形に切り替わりました」
病気は“授かりもの” ネアカに人生を楽しむ
後遺症の「光過敏」に今も日々悩まされながら、向き合い続ける安田さん。
病気や手術を公表したのは、手術から1年5か月後のことでした。
今では、サングラスのプロデュースなど活動の幅を広げています。
「光過敏に関しては生きづらさ、しんどいっていうのはもちろん大前提にあって、仕事でダンスするにしても演奏するにしても邪魔。てんかんも、最近ライブのリハーサル中に起きたのは、やっぱり自分の心の痛みになります。ストレスになる。それでもやっぱり僕は(病気は)授かりものだと思ってるので。痛みを感じてきたけど、確実に病気してなかったらこんな人間になれてないんで。ネアカになって人生がこんなに楽しくて」
「僕は最初に病気のこと公表する必要があったのかな、と今になっては思いますね。皆さんもそうであってくれたらいいなと思うしなあ。そこに協力してくれる会社とか、周りの友達、知人、他者が囲んでくれる社会になってくれた方がいいなと思いますね」
病気と向き合う人へ “誰かと比較しないで”
最後に、病気を経験した人や、いま向き合う人たちへ向けたメッセージをたずねると、「何がいいかな…」としばらく悩んでこう答えてくれました。
「『あの人は頑張ってるから私は泣いちゃいけない』とか『怒っちゃいけない』とか。誰かと比較して強いとか弱いとかって言うのをやめてくれたらいいな。その人にしかない痛みはあって、その気持ちを理解してあげられるのは、本人しかいないっていうことを大前提に、自分を理解してくれた人を受け入れられるようなしなやかさを持っていられたらいいなっていうふうに思うので。この言葉は伝わったらうれしいなって思います」
「過去の自分と今の自分を比較してどれぐらい進化したのかみたいなことを日々、比較するのはいいと思う。その人なりの進み方で、遠回りしてても蛇行してても前には進んでるって思います」
専門家に聞きました
脳腫瘍や髄膜腫について、国立がん研究センター中央病院で脳脊髄腫瘍科長をつとめる成田善孝医師に聞きました。
脳腫瘍とは?
頭蓋骨の中にできる腫瘍を脳腫瘍といいます。
大きく分けると良性と悪性があります。
国内では大体、人口10万あたり23人から24人で、そのうち良性が4分の3。悪性は4分の1です。
一般的に、良性の脳腫瘍は頭蓋骨の中で、脳の外で脳を覆っている硬膜や脳から出ている神経など、脳の大脳、小脳の外側にできる腫瘍です。
一方、悪性の脳腫瘍は脳実質の中にできる腫瘍のことです。
髄膜腫って?
脳腫瘍の1つで、脳を覆う硬膜などの髄膜からできる腫瘍です。
大きくなると脳を外側から圧迫し、場所によってさまざまな症状が出ます。
ほとんどの髄膜腫は良性ですが、一部には悪性のものもあります。
原因や症状は?
明らかにこれが原因だというものはありません。
症状は腫瘍ができる場所によって変わります。
手足のまひや、ことばが出なくなるほか、理解できなくなるような障害、あるいは物忘れといったものもあります。そして、視力の低下、視野障害といった症状も出ます。
さらに、けいれん発作、いわゆるてんかんも症状としてよく見られることがあります。
治療方法は?
脳腫瘍は細かく分けると100種類以上になり、組織によって治療法が全く異なります。
ただ、悪性が疑われる場合や腫瘍が急速に大きくなっている場合は原則手術です。
手術によって組織の診断をすることが重要で、それによってその後の治療方針が異なります。
手術では後遺症を残さないということが一番重要です。
手足のまひを出さないため脳波をとったり、言語機能が落ちないよう、患者と話をしながら行う手術もしています。
髄膜腫は良性の場合は境目がはっきりしていて切除できるものがほとんどですが、悪性の場合は手術できれいに取っても再発することがあるため、手術に加え、放射線治療を追加することがあります。
手術で取りきれない場合は組織の悪性度を見たうえで、追加で放射線治療をすることもあります。
(8月3日おはよう日本で放送予定)
金澤志江
2011年入局
仙台局や政治部を経て現所属
更年期障害や子宮体がんなど女性の健康問題について取材
山野弘明
ニュース7や東日本大震災関連の番組などを経て
2021年から現在まで「おはよう日本」を担当