goo blog サービス終了のお知らせ 

コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

大使の気品

2009-07-29 | Weblog
小型武器追放のコンサートが始まる前に、公式の開会式と、来賓からの挨拶がある。私も、挨拶の言葉を述べるように求められていた。マン市長、主催者の「ラザラオ」代表、国連開発計画(UNDP)代表に次いで、4番目にお願いしたい、と言われた。今日の行事は、単なるコンサートではなく、集まった人々に、平和へのメッセージを伝え、小型武器の危険について訴えるという趣旨である。つまり、この挨拶の部は、音楽と同じくらい重要である。

それだから、私はマンに赴く前に、演説文をしっかり準備した。資金協力を行った日本の大使からの挨拶である。日本の存在を印象付けるような、内容のしっかりした演説にしよう。大使の挨拶だから、それなりの品格を備えていなければならないことはもちろんである。私は、3頁ほどの演説原稿を用意した。

「ご列席の皆さま、日本国の大使として今日の行事に参加できますことを、心から光栄に感じるものであります。」
私の演説原稿はそう始まっている。そして、関係者の全ての努力を讃え、マンの人々の参加に喜びを表明する。そして、小型武器追放というテーマを解題する。私自身のコソボでの経験を踏まえ、小型武器が社会に及ぼす危険を丁寧に説いた演説文である。大使としての気品がある文章にした。

ところが、われわれ賓客が会場に到着した頃には、もうコンサート会場では、大音響で前座の音楽がはじまり、満場の観客席では、若者たちが既におおいに沸いている。司会者も、一曲ごとに観客を煽っている。
「マンのみんな、熱くなっているか。」ウォーと大歓声。
「マンのみんな、今日は乗りたいか。」ウォーと大歓声。
なんだか、演説台に立って演説を聞かせる、というような雰囲気ではない。

司会者が、さあいよいよ、本番のコンサートの始まりだ、ティケン・ジャーが登場するぞ、と宣言する。大歓声が止まない。音楽の前に、今日このコンサート開催に力を尽くした方々から、お言葉をいただこう、と司会者は続ける。私は原稿を取り出して、さてどうするか、思案する。私の直前に演説する順番のUNDPの代表は、先ほどから自分の演説原稿を取り出しては、細かく手を入れていた。彼が真面目な演説をするなら、私もそれに続こう。まず、様子見だ。

促されて、私を含む来賓は、ステージの上に立つ。すごい観衆だ。若者たちの熱気と、数万の視線がこちらに向かう。まず、マン市長。マンでこのコンサートが開かれるのは、喜びだ、今夜は楽しもう、と当たり障りのない挨拶を短く、そのまま終わる。主催者ラザラオの代表が呼ばれる。小型武器撲滅の運動について少し説明をするが、聴衆は歓声を上げて聴いていない。若者たちの勇気に期待する、という話をして切り上げた。次のUNDPの代表はどうするだろうか。マイクが向けられた。彼は、先ほどから推敲していた原稿はポケットに入れたまま、こうしてコンサートが開かれることは、平和が戻ってきた証である、というような話を適当にしている。

さて、今日のコンサートは、日本の協力で開催されている、と司会者が述べた。ここに、日本の大使がご来臨である、ご挨拶をいただこう。そして、私にマイクが向けられた。私は、覚悟を決めた。そして一計を案じた。

マイクを受け取ると、私はおおげさに懐から原稿を取り出した。
「ご列席の皆さま、日本国の大使として今日の行事に参加できますことを、心から光栄に感じるものであります。」
原稿の棒読みである。たどたどしくフランス語をゆっくりと読む。思った通り、聴衆は戸惑っている。熱気が白けそうになるのであるが、ブーイングもできない。何といっても、日本の大使の演説である。私は、このコンサートの開催にご尽力された方々に謝意を表明したい、と述べるとともに、日本の協力で行われる運びになったことは、たいへん嬉しいところである、と、そこまでは原稿を読んだ。

「君たち、日本だ。知っているか。」
私は突然、原稿を下ろして、マイクに叫ぶ。舞台の後ろの日の丸を指さす。
「あの国旗の国だ。その日本がなぜ協力をしたか、知っているか。」
大使の気品を捨てる。口調は先ほどまでの司会者と同じ、アジ演説調に変える。
「それは、日本は平和を愛する国だからだ。マンの人々も平和を愛する。平和を愛するどうし、われわれは友達だ。だから協力するのだ。」
ウォー、と聴衆は声を上げる。あやうく白けそうになったところ、また盛り上り続けられるので、喜んでいる。

「君たち、コートジボワールではいろいろあった。でも過去ばかり見ていては、進歩はない。」
一呼吸置いて、私は問いかける。「違うか。」
ウォーと聴衆が答える。
「過去は横において、未来を見なければならない。違うか。」
ウォーと聴衆が声を上げ、こぶしを振り上げている。
「若者こそ、それができるぞ。若者こそ、新しい生活に向けて、力を注げるぞ。違うか。」
違うか、と私がいうたびに、ウォーと答えるリズムが出来る。

そして私は、アフリカ大陸に武力紛争という病気が蔓延している、その病気をもたらすのは、小型武器というウィルスだ、と話を進めた。病気を治すためには、ウィルスを撲滅しなければならない。マンの人たちには、それが出来る。皆で一緒に取り組もう。ときどき、「違うか」、ウォー。

「今日は、ティケン・ジャーが歌ってくれる。彼の平和のメッセージを聴こう。コートジボワール万歳、平和万歳。」
そう言って、挨拶を終えた。数万人の聴衆があるいは叫び、あるいは拍手をしてくれた。これだけ大勢の人々を前に話をしたのは、生まれて初めてだ。挨拶の時間が終わって、音楽が再開された。私たち来賓は、ステージに相対する貴賓席に向かって戻って行った。観客席を埋めた若者たちから、私に向けて、「ジャーポン、ジャーポン」とエールが沸いた。私は大きく手を振った。

(続く)

最新の画像もっと見る

4 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

コメント日が  古い順  |   新しい順
嬉しいです! (M.SANOGO)
2009-07-29 10:54:20
日本の国旗がステージのど真ん中に!そして、日の丸が日本の国旗だと印象付けられて嬉しいです。
街を歩いても、スーパーに買い物に行っても、近所を歩いても『中国人、中国人』と呼ばれ、警察官にですら『Bonjour, Chinoise』とか言われ、『違います、日本人です。』と言い返しても『日本と中国と一緒だろ?』と言われ、あげくの果て『Sonyは中国か?』と聞かれ....空手、カンフー、テコンドー...みんな同じに思われて。正直、嫌気がさします。でも大使の演説を耳にした若者達が少しでも日本の事をわかってくれて、コートジボワールに対する日本の働きを知ってもらえれば嬉しく思います。
もう少しコートジボワールの若者達に日本への理解を高めてもらい、日本のいい所を学んで欲しいと切に願っております。
返信する
凄いですね (オボー)
2009-07-29 12:42:33
27日のブログにもあった「日の丸」をステージの真ん中につけてそのステージで何万人もいる観衆の前でのスピーチの様子を読んで鳥肌が立ちました。 海外にいると自分が日本人脱兎言うことを強く意識する機会が多く、大使のブログに出てくる事柄に共感することが多いです。今後もこのブログの中で是非コートジボワールの事、教えてください。
返信する
Unknown (しょうこ)
2009-07-30 20:30:37
日の丸の写真、一日本人としてとてもうれしく思いました。是非、スピーチを拝聴したかったです。今度はスピーチプラス、ピアノの演奏はいかがでしょう?
返信する
平和の大使 (たかし)
2009-07-30 23:14:51
眼光鋭い平和の大使。いつもその時の状況が目に浮かんでくる日誌で楽しませてもらっています。舞台の大きな日の丸は圧巻ですね。これ程輝かしい日の丸を見たのは初めてです。日本人としての誇りを感じると伴に、自分なりに世界貢献をしていこうと思います。
返信する

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。