悪い予感があたった。コンサート開始までまだ時間がある午前中に、一度会場の様子を見に来たのだ。そうしたら、欧州諸国の国旗、フランスやスペインやスウェーデンなどの国の国旗は、ステージ前の横断幕に並んでいるのに、日本の国旗、日の丸がない。
今日は、コートジボワールの西の端にある、マン(Man)という街に来ている。ここで、小型武器追放のキャンペーンの一環で、若者たちを集めて野外コンサートが行われるのである。主催は、「西アフリカ小型武器撲滅運動」、略称「ラザラオ」(RASALAO ; Réseau d’Action Sur les Armes Légères en Afrique de l’Ouest)というNGO。歌うのは、世界的にも有名なレゲエ歌手の、ティケン・ジャー・ファコリ(Tiken Jah Fakoly)さん。私は日本大使として、このコンサートに招待された。なぜなら、コンサートの勧進元は、日本とデンマークであるからだ。ところが、その会場に日の丸がない。
主催者ラザラオが、うっかりしていたというわけではない。パンフレットなどの印刷物には、日の丸もデンマークの国旗も、ちゃんと大きく刷り込んである。キャンペーン用のTシャツには、両国の国旗が左右の袖に刷り込んである。ラザラオは、最大限に日の丸を見せようとしてくれていた。ところが、欧州のほうが、一枚上手だった。
つまり、日本やデンマークが資金を出したのは、コートジボワールを対象とする小型武器撲滅のプロジェクトである。それとほぼ同趣旨のプロジェクトが、もっと広範囲に西アフリカ全体について実施中で、欧州諸国が共同で資金援助している。武器を捨てようという、同じメッセージの活動だから、欧州プロジェクトの横断幕も、他の横断幕などと一緒に貼られたのである。そして、そこには欧州各国の国旗が、しっかり刷り込んであった。日本は、そうした横断幕を用意していなかった。
ティケン・ジャーさんは地元の出身で、欧州でも人気の歌手。コートジボワールでは、現代の英雄のひとりだ。しかも、コンサートは、入場無料。だから、もうマンのみならず地域じゅうの若者たちが詰めかけるだろう。テレビ映像も録画されるだろう。ところが、コンサートの胴元が日本であるにもかかわらず、肝心の日の丸がない。コンサートの会場で目につくのは、このコンサートには直接関係のない、欧州諸国の国旗だけということになったのだ。これは困った。
いやいや、こんなことくらいで漫然と腕組みをする私ではない。こういうこともあろうかと、ちゃんと用意をしてきたのだ。つまり、大使館から、日の丸を持ちだしてきている。それを取り出すと、準備中の主催者に指示をした。欧州諸国の、さらに上を行く、ある手を打った。
さて、このコンサートの背景は、次のとおりである。ここマンを中心とする西部地域は、隣国リベリアやシエラレオネと近く、これらの国々で起こった紛争に、いろいろな面から巻き込まれてしまった。多くの難民が流れてきて、経済は混乱した。リベリアやシエラレオネの内戦で戦う武装勢力が、国境を越えてギニアやコートジボワールなどの密林に隠れ、そこから敵対勢力に攻撃をする。隣国は、嫌が応でも紛争に巻き込まれる。そして、紛争を起こす元凶、小型武器が流れ込む。
小型武器というのは、小銃、拳銃、手榴弾、機関銃や携帯迫撃砲など、一人で操作できる、比較的手軽な武器である。手軽という言い方は不謹慎だろう。人を殺す道具なのだ。これが、多くの紛争地帯に大量に出回ってしまい、対立する武装集団の手にわたって、人々の殺戮に使われる。旧ソ連製のAK47、別名カラシニコフ銃は、とくに有名だ。あまりによくできた銃であるため、つまり性能が優秀かつ構造が簡単で、取り扱いや手入れが容易なため、いろいろな国で模造品が作られ、紛争地に大量に普及してしまった。
こうしたカラシニコフ銃などの小型武器によって、紛争は激しい流血を伴うものとなる。そして、紛争がなくなった後も、小型武器が社会から容易に去らない。小型武器が人々の手にある限り、また紛争に逆戻りしてしまう可能性が高い。社会に残る恨みや憎しみが、簡単に暴力や殺戮を呼ぶからだ。だから、紛争による混乱が収まったら、ただちに社会から小型武器を回収しなければならない。人々に、手元の武器を捨てるように、呼びかけなければならない。
コートジボワールの、とくに西部地域の人々に、小型武器を捨てよう、と呼びかける運動に、日本はデンマークと一緒に、お金を出すことにした。日本からの資金として、約百万ドル(1億円)が、この運動に割り当てられた。その啓発活動の主要行事として、今日のティケン・ジャーさんのコンサートが催されることになった、というわけだ。
日が傾き、夕刻になった。私は、マン市内の別の場所での視察をひととおり済ませると、マン市長や、州の副知事など、賓客たちと一緒に、車で会場に向かった。コンサート会場は、市内のサッカー競技場である。特設ステージが設けてあり、すでに前座の演目が始まっている。ティケン・ジャーさんの登場を待つ若者たちで、競技場はぎっしりだった。
そして、私は日の丸を見つけた。日の丸は、私の指示どおり、舞台背景のど真ん中に掲げられていた。これから何万人かの観客は、コンサートを通して日本と向き合う。やっと日本の手にコンサートを取り返した気分で、私は貴賓席に座った。
(続く) 「小型武器は要らない」
舞台の下にも「小型武器は要らない」
その横に欧州諸国の旗が並ぶ
Tシャツの袖には日の丸
ここにもほら、日の丸
舞台に日の丸が揚がった
武道館みたいだ