「世界人口デー」というのがあって、7月11日に定められているそうである。毎年、コートジボワールでは、一つの市を選んで、この日にそこで人口問題にちなんだお祭りを行う。今年は、アゾペ(Adzopé)という、アビジャンから北に100キロのところにある市が選ばれた。お祭りの主催者である計画開発省の、いつもお馴染みのボウン・ブアブレ計画開発相が、私に一緒に出かけないか、と誘ってきた。彼の招待なら、喜んで応えよう。
また、お祭りが行われるアゾペの市長は、レオン・モネ鉱山エネルギー相である(市長との兼務)。このモネ大臣は、つまり石油採掘の権益を所掌しているわけだから、この機会に親しくなっておいて損はない。人と知り合い、相手によく記憶してもらうには、執務室を訪ねるよりも、共通の場所・行事・時間を一緒に過ごしたという事実を作るほうが、数十倍効果が大きい。こういう行事があれば、できるだけ参加して、そういう機会を活用するように心掛けている。
それに何より、日本はコートジボワールでも、人口問題に積極的に取り組んでいる。国連人口基金(UNFPA)を通じて、日本は婦人と子供のため、母子の保健衛生環境の改善を目指した計画を進めている。資金4億フラン(約8千万円)をかけて、病院を5ヶ所修復し、53ヶ所の助産施設について設備の向上を図り、産児制限の啓蒙、エイズ教育などに力を入れている。
前置きが長くなった。ともかく、私はテントに囲まれた満場の式典会場に来ている。来賓席の最前列に、ボウン・ブアブレ大臣やレオン・モネ大臣と並んで座った。今年のテーマは、「女性に投資をしよう。それが危機脱出には重要な道」というものである。つまり、貧困撲滅や、生活の向上に、婦人の役割が大きい、女性の能力をもっと信頼して、大切にしよう、と呼びかける。伝統的で保守的な価値観の強い地方の村々では、なかなか難しいテーマである。どうやって啓発するのか。
寸劇が始まった。ひと組の夫婦が出てくる。奥方が旦那に、キャッサバ芋の粉砕機を購入する案を提案する。芋を潰すのは手間がかかる、粉砕機があれば、その手間と時間を別のことに使えるし、あるいは芋を製品化して売りに出せるようになる、と説得する。夫はよし分った、といって、融資を得るために、小規模金融の交渉に二人ででかける。
もうひと組、別の夫婦が出てくる。奥方が夫に、養鶏場をやりたい、養鶏をすれば卵は手に入るし、たくさん育てて鶏肉を売れれば、貯金して子供にいい教育を受けさせてやれるわ。奥方が訴えるが、夫は耳を貸さない。ひと組目の夫も出てきて、奥さんは堅実な計画を立てているのだから、女性を信頼するべきだ、と夫を説得しようとするけれど、夫はこう言って拒否する。
「女は、家で家事をしていればいいのだ。女が社会に出ていくと、ろくなことはない。」
ナレーターが「1年経ちました」と告げる。ひと組目の夫婦が出てくる。奥方はおしゃれな服を着て、夫もスーツにネクタイを付け、ビジネスマン風である。キャッサバ芋の粉砕機を活用して、おおいに商売がうまくいった、というわけだ。夫は奥方の知恵と起業精神を讃える。そして、もうひと組の夫婦はどうなっただろう。
ナレーターが促すと、会場の端から、奥方に投資をしなかった方の、もうひと組の夫婦が人目を忍びつつ出てくる。夫は、貧乏ななりで、汚れたシャツに、ズボンも破れている。傍らの子供が齧っているパンを横取りしている。お腹がすいているというわけだ。そして、ひと組目の夫婦と、ばったり出くわす。おい、久しぶりじゃないか、と互いに声をかけるけれど、勝者と敗者、結果の違いは歴然としている。女性の力を信頼しなかったほうの夫は、しょげている。
とまあ、「女性の潜在力をもっと活用しよう」というメッセージの、他愛のない寸劇だけれど、集まった人々は大いに沸いている。ここの小学校の先生方の自作自演であるという。寸劇のあちこちに、地元の話題が籠めてあるらしく、時折爆笑が起こる。
そのあとに、実際に成功した女性として、2人ほどが壇上に上がって、自分の体験談を話す。一人目は、アゾペで薬局を始めて成功した女性ビジネスマンの話。そして二人目に登場したのは、アゾペ出身で、今はアビジャンで中央官庁の局長をしている、50歳くらいの女性である。
「今でこそ、女子が学校に行くのは当たり前になったけれど、私が子供の頃は、女子といえば家で働くべきだ、と皆考えていた。学校に行くなど、時間の無駄だ、女性が教育を身に付けても何の得にもならない、とそれが世間の常識だった。」
女性局長は続ける。
「私は子供の頃、兄が学校に行っているのが、羨ましくてならなかった。6歳か7歳くらいのころ、家に学校の先生が来た。私は、この時を逃すまいと思った。先生の前で、ABCを7回となえ、兄から教わって丸暗記していた教科書の文章を、暗唱して見せた。それを見て、その先生が、この子は学校に行かせるべきだ、と父に説いてくれた。父も偉かった。周りの反対に関わらず、私を学校に入学させた。もちろん私は、子供の頃から猛然と勉強しました。」
そして、彼女は成績優秀を通し、フランス留学も成し遂げた。
「フランス語文法の知識で、私に勝てるフランス人は、まずいませんよ。それくらい勉強したのです。」
そして彼女は中央官庁の役人として、エリートコースを歩み始める。彼女の苦労話と、立身出世物語は、聴いている市民たちに少なからず感動を与えたようだ。話が終わると、みんな盛んな拍手を贈っている。
先ほどの寸劇といい、この体験談といい、とても効果的な啓発の方法である。「女性の活力を信じよう」というメッセージが、よく伝わってくる。それが全部、地元の人々の手作りであるから、感心なものである。 アゾペの部族長たちの入場
土地にお酒を捧げる儀式
いいか、女性は家事だけをしていればいいんだ。
と言っていると、貧しくなってしまった。
私の立身出世物語
ボウン・ブアブレ計画開発相の挨拶
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余り読んではいませんが、時々こうして
見に来ています。
今日は、以前コソヴォの活動をしていた、
S.浩之氏とメールを交換しました。
引き続きお元気で!♪