もう少し、オバマ演説について続ける。
「アフリカの将来は、アフリカ人の手にある。」と、オバマ大統領は訴える。そして、アフリカの人々自身が、自分たちの未来に責任感をもって取り組む必要がある、と説く。まったく、大統領の言う通りだ。コートジボワールの人々と話していてうんざりすることがある。自分たちの生活が良くならないのは、フランスや欧州諸国の新植民地主義が、依然として自分たちの経済を牛耳っていて、搾取で苦しめているからだ、という。だから、そういう国々は自分たちを助ける義務がある。そう力説する人がいる。
オバマ大統領は、演説でこう述べる。たしかに西側諸国が、アフリカに対して、親分子分の関係で接してきたということはある。対等の相手としてではなく、資源の供給先とだけしか見てこなかったということもあろう。しかし、とオバマ大統領。
「他人を指さして、こいつが悪いんだ、と非難することは簡単だ。しかし、西側諸国は、ジンバブエの国がここ10年の間に台無しになってしまったことに、責任はない。子供たちを兵士にして戦うような紛争に、責任はない。」
アフリカの悲惨や貧困には、アフリカ自身にも原因があるのだ。オバマ大統領の言いたいことは明確である。だから、アフリカの人々が、自らの責任を認識して、問題の克服に力を出していく必要がある。修辞や婉曲のない、直截な説諭だ。多くのアフリカの人々が、オバマ大統領の言葉を、しっかり肝に銘じたことであろう。
さて、このオバマ大統領のメッセージとほとんど同じ論旨を、同じように明瞭かつ率直に、ちょうど2年前に演説した別の大統領がいる。その大統領は、こう論じた。
「植民地主義に、アフリカが現在直面する困難についての、すべての責任があるわけではない。アフリカは、自分自身の不幸において、自らの責任による部分がある。若者たちよ、アフリカの未来はあなた方の手の中にある。この未来を作り出すために、一緒に働こうではないか。」
ところが、この演説は大いに物議を醸した。
その大統領とは、フランスのサルコジ大統領である。2007年7月に、セネガルを公式訪問し、首都のダカール大学でそう演説した。この演説に対して、アフリカ諸国から批判が続出した。フランス国内でも、野党の社会党のロワイヤル党首が、今年の4月にダカールに出かけて、大統領の発言はアフリカに対して申し訳なかった、と謝った。大統領の顔を野党党首が潰したようなものだ、と野党党首の行動の是非を巡って、これまた大論争になった。サルコジ演説も、オバマ演説も、アフリカ人の自立を促すという、ほとんど同じ内容なのに、どうしてこれだけ受け取られ方が違うのか。
コートジボワールの新聞のひとつが、この点について論評を載せている。
サルコジ大統領の国フランスは、われわれを植民地にした張本人ではないか。そして、フランスこそが、われわれアフリカ人の知識人たちに、そういう他力本願の考え方を植え付けてきたのだ。それを今さら、アフリカ人の責任だと言われても、それはないだろう。それに比べて、米国は植民地の宗主国ではない。何より、オバマ大統領は、アフリカ出身である。オバマ大統領が話すというのは、自分たちの大統領の話を聞くみたいなものだ。だから喜んで耳を傾ける。ところが、サルコジ大統領が話すときは、それはわれわれには尊大な態度に見え、まったく余計なお世話だ、とこうなるのである。論説はそう述べる。
そうだろう。やはりアフリカに対しては、オバマ大統領の方が断然、説得力があるのだ。オバマ大統領は、演説でこのように説く。
「私の父は、ケニアの小さい村で、山羊を追いながら育った。そののちに、米国の大学に出て学んだ。父が成人した頃、アフリカは夢が一杯だった。父の世代は、苦心をして国々を建国した。しかし、そのころにアフリカの皆が夢見た目標は、多くが達成されていないままになっている。私が生まれたころ、ケニアの一人当たりの国民生産は、韓国のそれを上回っていたのだ。今は、すっかり抜き去られている。父の世代は、最初は希望を持っていても、やがて諦めと失望に取ってかわってしまった。ケニアの中での、部族主義、親分子分のえこひいき、縁故採用、そういうものに職歴が左右された。こうした汚職は、日常茶飯事だったのだ。」
そういうふうに、同じ体験を分かち合っているのだ、という語りかけをされたら、これは話を聞かざるを得ないだろう。それこそが、オバマ大統領の強みだと思う。一方で、コートジボワールをはじめ西アフリカの旧仏領植民地の諸国では、フランスに対して、複雑な気持ちを持たざるを得ない。フランスとは関係が近すぎ、深すぎるのだ。フランスは、いわば家族のようなもの。これに対して、米国は友人である。家族の助言は、素直には聞けない。でも、友人の助言には、耳を傾けようという気がする。
「アフリカの将来は、アフリカ人の手にある。」と、オバマ大統領は訴える。そして、アフリカの人々自身が、自分たちの未来に責任感をもって取り組む必要がある、と説く。まったく、大統領の言う通りだ。コートジボワールの人々と話していてうんざりすることがある。自分たちの生活が良くならないのは、フランスや欧州諸国の新植民地主義が、依然として自分たちの経済を牛耳っていて、搾取で苦しめているからだ、という。だから、そういう国々は自分たちを助ける義務がある。そう力説する人がいる。
オバマ大統領は、演説でこう述べる。たしかに西側諸国が、アフリカに対して、親分子分の関係で接してきたということはある。対等の相手としてではなく、資源の供給先とだけしか見てこなかったということもあろう。しかし、とオバマ大統領。
「他人を指さして、こいつが悪いんだ、と非難することは簡単だ。しかし、西側諸国は、ジンバブエの国がここ10年の間に台無しになってしまったことに、責任はない。子供たちを兵士にして戦うような紛争に、責任はない。」
アフリカの悲惨や貧困には、アフリカ自身にも原因があるのだ。オバマ大統領の言いたいことは明確である。だから、アフリカの人々が、自らの責任を認識して、問題の克服に力を出していく必要がある。修辞や婉曲のない、直截な説諭だ。多くのアフリカの人々が、オバマ大統領の言葉を、しっかり肝に銘じたことであろう。
さて、このオバマ大統領のメッセージとほとんど同じ論旨を、同じように明瞭かつ率直に、ちょうど2年前に演説した別の大統領がいる。その大統領は、こう論じた。
「植民地主義に、アフリカが現在直面する困難についての、すべての責任があるわけではない。アフリカは、自分自身の不幸において、自らの責任による部分がある。若者たちよ、アフリカの未来はあなた方の手の中にある。この未来を作り出すために、一緒に働こうではないか。」
ところが、この演説は大いに物議を醸した。
その大統領とは、フランスのサルコジ大統領である。2007年7月に、セネガルを公式訪問し、首都のダカール大学でそう演説した。この演説に対して、アフリカ諸国から批判が続出した。フランス国内でも、野党の社会党のロワイヤル党首が、今年の4月にダカールに出かけて、大統領の発言はアフリカに対して申し訳なかった、と謝った。大統領の顔を野党党首が潰したようなものだ、と野党党首の行動の是非を巡って、これまた大論争になった。サルコジ演説も、オバマ演説も、アフリカ人の自立を促すという、ほとんど同じ内容なのに、どうしてこれだけ受け取られ方が違うのか。
コートジボワールの新聞のひとつが、この点について論評を載せている。
サルコジ大統領の国フランスは、われわれを植民地にした張本人ではないか。そして、フランスこそが、われわれアフリカ人の知識人たちに、そういう他力本願の考え方を植え付けてきたのだ。それを今さら、アフリカ人の責任だと言われても、それはないだろう。それに比べて、米国は植民地の宗主国ではない。何より、オバマ大統領は、アフリカ出身である。オバマ大統領が話すというのは、自分たちの大統領の話を聞くみたいなものだ。だから喜んで耳を傾ける。ところが、サルコジ大統領が話すときは、それはわれわれには尊大な態度に見え、まったく余計なお世話だ、とこうなるのである。論説はそう述べる。
そうだろう。やはりアフリカに対しては、オバマ大統領の方が断然、説得力があるのだ。オバマ大統領は、演説でこのように説く。
「私の父は、ケニアの小さい村で、山羊を追いながら育った。そののちに、米国の大学に出て学んだ。父が成人した頃、アフリカは夢が一杯だった。父の世代は、苦心をして国々を建国した。しかし、そのころにアフリカの皆が夢見た目標は、多くが達成されていないままになっている。私が生まれたころ、ケニアの一人当たりの国民生産は、韓国のそれを上回っていたのだ。今は、すっかり抜き去られている。父の世代は、最初は希望を持っていても、やがて諦めと失望に取ってかわってしまった。ケニアの中での、部族主義、親分子分のえこひいき、縁故採用、そういうものに職歴が左右された。こうした汚職は、日常茶飯事だったのだ。」
そういうふうに、同じ体験を分かち合っているのだ、という語りかけをされたら、これは話を聞かざるを得ないだろう。それこそが、オバマ大統領の強みだと思う。一方で、コートジボワールをはじめ西アフリカの旧仏領植民地の諸国では、フランスに対して、複雑な気持ちを持たざるを得ない。フランスとは関係が近すぎ、深すぎるのだ。フランスは、いわば家族のようなもの。これに対して、米国は友人である。家族の助言は、素直には聞けない。でも、友人の助言には、耳を傾けようという気がする。