なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 頭上に現れた吸血鬼は、垂直落下と共に短剣を突き立てるのみならず、回避したフィリップに追撃を加える。

 地面を滑るような動きで追いかけ、“溜め”と一瞬の攻撃が連続する。まるで蛇だ。

 

 首、手首、太腿、股間と、薄黒く燻された短剣が急所を狙ってくる。

 フィリップは攻撃を躱し、時に腕を切り落としながら後退するが、切断した腕は一秒程度で再生した。

 

 一太刀入ったが、フィリップが巧いからではなく、相手が無頓着だからだ。防ぐ素振りさえ見せなかった。

 

 「っと、流石に第三世代、ちゃんとした吸血鬼はキツいな」

 

 フィリップはごく至近距離から投擲された短剣をすんでのところで躱し、強化された速度に任せて、頭の横を通過した柄頭を掴む。

 そのまま腕のスナップだけで撃ち出すが、時速二百キロの剛速球は二メートル先の相手を取り逃がし、地面に刺さった。

 

 「ズルいよそれ」

 

 フィリップが跳ね上がったフィジカル性能を扱いかね、投擲を仕損じたわけではない。

 狙いは合っていたし、回避は間に合わない距離と速度だったが、寸前で霧化されて攻撃を透かされたのだ。

 

 「……あの距離で投擲を選べるか。凄いね」

 

 二メートルの間合いで武器を捨てる選択は、咄嗟に出来るものではない。

 それに吸血鬼の膂力があるとはいえ、寸前まで──()()()寸前まで、夜闇に紛れる薄黒い色に塗られた短剣が耳元を掠めるまで、投擲を悟らせない小さなモーション。なのに頭蓋骨を貫通し得る威力を出す。

 

 正面戦闘内での奇襲。

 フィリップ自身そういう戦形だからこそ分かる、有用な技で──生半な訓練で身に付くものではない。

 

 殺しに慣れている。

 

 吸血鬼(捕食者)として人間(獲物)を殺すことにではない。

 戦闘に、殺人に、()()()()()()()()慣れている。

 

 少なくともチンピラの親玉という感じではない。対峙した感覚はアズール・ファミリーや暗殺者が近い。

 

 「元アサシンか何かか。でも殿下の派遣した斥候が食われて寝返ったって感じじゃないな。そのレベルだとしたら、僕は死んではいないにしても、何発か喰らってるはずだ」

 

 フィリップは独り言ち、思考を回す。

 補助魔術によって身体能力を底上げされているお陰で、普段より酸素の消費が少ない。全力で戦ってもなお、思考したり喋ったりする余裕があった。

 

 王国が派遣した第一陣の斥候は全滅──正確には失踪した。

 どういう編成だったかは聞いていないが、潜入と隠密行動に長けたチームだったのだろう。それも第二陣でミナを、最終段階で聖痕者と衛士団を投入するレベルの作戦の先駆けとなるだけの。

 

 そのレベルの相手と戦って無傷で居られるとまでは、アンテノーラの支援ありきでも流石に自惚れられない。

 

 となれば。

 

 「ランナゲート侯爵の子飼いかな? とはいえ侯爵は王都だし、その手の者が動くとなると、夫人か代官辺りが食われたのか、或いは“大元”に直接仕えているのか……」

 

 フィリップは敢えて聞かせるように語ってみせたが、黒衣の男は無反応だった。

 目深なフードの下には目元以外をすっぽりと覆うフェイスマスクを付けており、表情を窺うことも出来ない。

 

 「ふむ……。あぁ、いや、そうだった」

 

 どうやって情報を引き出すか。元暗殺者なら拷問したって口を割らないだろうし、そもそも霧化できる相手を拘束する術がない──なんて考えて、フィリップはぽんと手を打った。

 

 昨日、そんな話をしたばかりだ。

 

 ──情報なんか必要ない。どうせ全員殺すのだから。

 

 フィリップたちがすべきは、あと一日──もうあと半日ほどになったが、とにかく管理所襲撃と脱出まで、街を平穏に見せかけることだ。

 道の真ん中で乱闘騒ぎが起ころうが、オークション会場で強盗殺人が起きようが、町人が町から逃げ出しさえしなければいい。

 

 となると。

 

 「──生きて返しちゃいけないな。戒厳令ぐらいなら構わないけど、一斉に逃げ出されたりなんかすると凄く困る」

 

 特に構えも無く──構えから動きを推測されたり、敵意を気取られないよう「構えていないように見える」構えを取っていた黒衣の男が、僅かに、しかし傍目にも分かる程度に片足を引く。

 

 それは明らかな行動の予兆であり。

 

 「っ──!!」

 

 弾かれたように飛び出した男の、暗殺者にあるまじき失態。

 怯懦故の、逃避行動としての戦意──恐ろしいものを遠ざけるための戦意の表れだった。

 

 戦士としては正しいのかもしれない。

 或いは化け物としては。己を恐れさせるモノなどあってはならないと、排除に動くのは何とも“らしい”。

 

 だが命を賭してフィリップたちを殺すことを命じられた暗殺者なら、冷静に、計算された殺意の下で動かなければならない。

 迂闊に前に出ると──、

 

 「ッ、!?」

 

 音速を超えた龍骸の刃が、その首を切り落とす。

 

 男とて高い技量の持ち主であり、フィリップの間合いは完全に把握していた。

 ロングソード、片腕プラス刃渡り分。補助魔術による身体強化と踏み込みを加味した上で、攻撃範囲を正確に見切っていた。

 

 そこから更に、プラス三メートル。

 それも剣閃とは思えないほどの速度で、真正面から奇襲された。

 

 「くっ──」

 

 咄嗟の後退は間に合わず、頭部が浮かび、身体が沈むのを感じる。

 しかし、溢れ出た血が別離する身体を繋ぎ止め、癒着させるのに僅か三秒。

 

 そして、男の反撃はもう済んでいる。

 

 後退と同時に投擲した短剣(スローイングダガー)が、既に回避の間に合わない位置まで飛んでいる。

 

 シルエットを隠すような黒衣を纏う身体の正面で腕を振って投げる、トリックモーション。

 そして手の内に複数のダガーを隠し、同時に投げるコンシール。

 

 人間だった時分には三本同時が正確に狙える限界だったが、吸血鬼になったことで三倍まで増えた。

 

 握力に物を言わせて無理矢理に把握した十本の短剣は、心臓を狙って踏み込んだフィリップ自身の速度と合わせて、回避不可能な相対速度を有する。

 大まかに十字に広がった短剣群は疑似的な面攻撃だ。

 

 そうなると、フィリップは非常に不味い。

 

 飛来する短剣を走りながら切り払うのは現実的ではないし、そもそも、フィリップはこの手の遠距離攻撃を“拍奪”によって外させるのが前提だ。

 だが今は、拍奪の歩法を使っていない。一直線に、男の心臓を狙っていた。

 

 「しまっ──ッ!!」

 

 咄嗟に龍貶しを振るい、幾つかの短剣を払い落とす。

 しかし半分以上が健在であり、再び剣を振る余裕は無かった。

 

 とす、と僅かな音が連続する。

 

 顔を庇った左手、胸に二本、腹に一本。さらに一本が脇腹を掠め、都合五本の短剣が命中した。

 

 「っ!」

 

 フィリップの足が止まり、その隙に男は身体を霧に変え大きく下がる。

 彼我の距離は8メートル。短剣投擲が十分な威力を残しつつ、フィリップの蛇腹剣が届かない距離だ。

 

 フィリップに命中した短剣が地面に落ち、涼やかな音を立てた。

 

 「……そう。感性が人間から離れて油断すると、こういうミスをする」

 

 小さな声だが、吸血鬼の聴覚によって捉えられる。

 その呟きには苦悶の気配がなく、代わりのように、大きな苛立ちが宿っていた。

 

 短剣の当たった場所を見下ろし、フィリップは大きく嘆息する。

 服の穴から覗く肌には傷一つない。アンテノーラの“歌”のおかげだ。

 

 だがそんなことは当然に知っているし、問題なのは無傷の肉体ではなく、服の穴の方だった。

 

 「……ルキアが、というか公爵家がお抱えにしてるテーラーの逸品でね。これ一着で金貨10枚はする。ジャケットじゃない、ベストの方だ。ジャケットは穴を開ける前提で着てるから、流石にそんな高いモノは選ばない」

 

 高級ウールのベッドフォード地、裏布には魔術学院制服にも用いられる防刃防火繊維を当て、飾り糸は白金。

 

 勿論、フィリップが自分で選んだものではない。

 初めはルキアと二人だったのが、いつの間にか公爵と夫人とルキアの姉のガブリエラと、ついでとばかりメグまで参戦した、フィリップ単独ファッションショーの果てに選ばれた──フィリップの意思を無視して()()()()、フィリップに一番似合うらしい逸品だ。

 

 なおフィリップは公爵に「金貨十枚くらいかな。立て替えておくから、意思があるなら今度払ってくれればいいよ」と言われており、実際の値段を知らない。

 なんとなく「多分倍ぐらいするんだろうな」と察しは付いているが、貰った以上着ないわけにはいかないし、着ていないとルキアや夫人が「あれ?」という顔をするので着ざるを得ないところがある。

 

 回避前提の戦形だし、野営の汚れくらいなら簡単に落ちる加工はされているが、流石に吸血鬼の力と速度で投擲された短剣の直撃は想定していない。

 脇腹の部分はジャケットごと裂けているし、被弾部位には小さいながら確実に穴が開いている。一応、防刃繊維のはずなのだが。

 

 「修繕は場所と破れ方次第だけど、それなら新品を買うよって値段の時もある。ところで君、いま財布は持ってる?」

 

 フィリップの視線が自分の服から、穴を開けた張本人へ移る。

 短剣を構えた吸血鬼から、視線は一時的にだが完全に離れていた。視界にさえ入っておらず、師匠たちが見たら小言は免れなかっただろう。

 

 「……?」

 

 視線の動きは吸血鬼の男も見切っており、フェイスマスクから露出した目元に困惑の色が過る。

 

 確かに、あの人間は強い。

 補助魔術ありきとはいえ吸血鬼と戦えているし、一度は首に刃を届かせた。まだ隠し玉がありそうな気配もするし、ただの獲物と侮っていい相手ではない。

 

 とはいえ、別に絶対的に優勢というわけではなかった。

 自分から視線を外すほどの優位性は無かったはずだ、と。

 

 しかし──フィリップはもう、彼を敵とは認識していなかった。

 殺す必要性を見失ったわけではない。むしろ逆だ。

 

 「身包み全部置いてけよ(服と持ち物だけ残して消えろ)、クソ劣等種」

 

 

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