なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 「なんでこう、トラブルが続くんだ? 僕らは一応、潜入作戦中なんだけど」

 「まあ、よろしいのではありませんか? 食事の味に文句を付けて、ここまで目立つ工作員も居ないでしょうし」

 

 フィリップとアンテノーラは宿に併設された食堂のテーブルに着き、隣り合って顔を寄せ、ひそひそと囁きを交わす。

 

 その視線の先には、厨房に殴り込み、料理人を食堂へ引きずり出して馬乗りになり、マウントポジションのままボコボコにしているカノンがいた。

 

 激昂しているのかと思えばそんなことはなく、むしろ機械的なまでに冷静に見える。

 

 発端は、ほんの十数秒前。

 注文していた料理──吸血鬼用の食事をカノンとミナの二人分、人間用の食事をフリードとフィリップとアンテノーラの三人分──が届き、ほぼ同時にカノンがブチ切れた。

 

 運ばれてきたのは縄で拘束された人間が二人と、パンとミートシチューとサラダのセット。

 

 フィリップは香草とスパイスの香りから料理人の腕前をなんとなく察し、期待に満ちた笑みを浮かべる。

 ほかほかと湯気を立てるシチューは久しぶりだったのか、フリードも口元を綻ばせ、二人で顔を見合わせた。

 

 アンテノーラはその手の調味料があまり好きではないから、二人ほど喜んではいなかった。

 

 そしてトレイがテーブルに置かれ──直後、カノンがフィリップの前に置かれたトレイを引っ掴み、両手で持ってフルスイング。給仕の顔面に叩き付けた。

 

 トレイも皿も木製で、カノンの握力と激突の衝撃で粉々に砕ける。

 料理が無惨に飛び散り、給仕は完全にノックアウトされていた。歯や鼻が折れていたが、そこは流石に吸血鬼、じわじわと修復されていく。

 

 他に居た客が騒然となる中を、カノンは無言のまま肩を怒らせて厨房に入っていき、今に至る。

 

 「……ヤバい魔物だな。毒か?」

 「さあ? 一応、まだ食べないでくださいね」

 

 フリードは咄嗟に立ち上がり、低い姿勢で身構えていた。

 その反射速度だけで、身に付けた技量と研鑽が生半なものではないと分かる。

 

 彼はカノンが暴走したのではなく理性と敵意を以て吸血鬼に攻撃を仕掛けたのだと察し、慄きつつも再び着席する。

 戦慄の大半は唐突に暴れ出したカノンに対するものだが、一割くらいは、他の三人が、全く何事も無かったかのように平然としていることに向けられていた。

 

 ミナとアンテノーラにとっては、まあ精々子供が駆け回っている程度のもの。

 煩いし食事のマナーに適っているとは言い難く不快だが、まあ、驚いたり恐れたりすることはない。

 

 フィリップは突然の騒音と暴挙には驚いたが、カノンの素性を一番よく知っているだけに、その行動に大した興味が無かった。

 ナイアーラトテップの用意した従僕が、まさか理由も無く食事を妨げるはずがない。それに、道化のやることを真剣に取り上げるほど、フィリップはまともではない。

 

 「料理に毒でも入っていたのか」と推理しつつ、フィリップは両隣のフリードとアンテノーラの皿を覗き込む。

 

 ペットの関心につられたのか、ミナはアンテノーラの皿を覗き込む。

 いつの間に平らげたのか──いやカノンの暴挙を意にも介さず食事をしていたのだろう、彼女の前に横たわっていた少女は、今や枯れ木のように干乾びたミイラだった。 

 

 それに気付いたフリードは目を瞠るが、何も言わない。

 彼女の機嫌を損ねて「じゃあ助けない」なんて言われることを恐れたのか、単に、この町で同じものを見慣れているのか。

 

 ただ見慣れている度合いで言えば、やはり生まれついての(ナチュラルボーン)マンイーターであるミナが突出している。

 

 「……老人の肉ね。私のメイドに何人か好きなのが居たけれど、まあ、そうね。臭みもあるし、好んで食べる者は珍しいわ」

 「うわ、人肉か……」

 

 ミナはシチューに入った肉を一切れ見ただけで、それが何なのかを判別した。

 それはフィリップがビーフとポークとチキンを判別するようなもので、人肉を料理させて食うほど上位の──十分すぎるストックを持ち食事を娯楽にするレベルの吸血鬼には、出来て当然のことなのだろう。

 

 吸血鬼の言葉だけあって信憑性は抜群で、フリードも息を呑み、「マジかよ……!?」と自分の皿を遠くに押し遣った。

 

 「──ふぅ。十回も殺さないと死にませんでした。やっぱり面倒ですねえ、吸血鬼って」

 

 カノンは返り血を拭いながら、やり切った顔で戻ってくる。

 浴びた血は黒い粒子に変わって消えていき、スプラッタ・ホラーの怪物じみた様相はすぐに解消された。

 

 「で、なんで人肉が入ってたの?」

 「さあ? 調理過程でミスしたのか、ちょっとした悪戯なのか、或いはプリオンやB型肝炎などの感染症のことを知った上で殺意を持っていたのか。正直、それはどうでもいいんですよ」

 

 カノンは苛立ちも露に、床に転がった食器を蹴る。

 冗談半分とはいえ給仕としての能力を付与されているだけに、彼女はフィリップが口にするものに敏感だ。

 

 好き嫌いに五月蠅いとかそんなことはなく──むしろ肉と野菜をバランスよく食えと言ってくるのはミナの方──毒などの有害な成分が混ざっている場合に、とても激しく反応する。

 今もそうだし、以前に深きものども(ディープワンズ)の村に赴いたときもそうだった。

 

 再生しなくなるまで執拗に顔面を殴り潰すという残忍な殺し方をするほどに。

 

 「厨房に食材はあったので、ちょっと待っててください。この私がフィリップ様の晩御飯を作って差し上げましょう」

 「言い方がちょっと引っかかるけど、まあ、よろしくね」

 「ふふん! お任せを!」

 

 自信満々に厨房に消えたカノンの背に、「俺の分もあるのかな……?」とフリードが心細そうな呟きを漏らす。

 

 「無かったら半分こしましょう」なんて安穏とした会話をしている横で、アンテノーラは人肉スープをぺろりと平らげて「……30点くらいですわね」なんて採点していた。

 

 毒でないなら人肉を口にすることに何の躊躇もない辺り、やはり彼女も化け物だとフィリップは再認識する。

 なお彼女はフィジカル性能のみで大抵の毒物に抵抗できるので、彼女が気にしていたのは毒による生命への影響ではなく、()への影響だった。

 

 

 ◇

 

 

 宿屋の食堂での一幕から、ほんの一時間後。

 ランナゲート城の居住区で二番目に豪華な旧王妃居室──現在はランナゲート侯爵夫人の居室となっているそこに、二つの人影があった。

 

 一つは絢爛な衣装を身に纏った女の吸血鬼。

 一つは闇に溶けるような漆黒の外套を纏う、外見からは人相も性別も判然としない長身の吸血鬼。

 

 「──以上が、宿屋で起こった事件の顛末でございます。如何なさいますか、奥様」

 

 フィリップたちが食堂で繰り広げた騒動のみならず、オークション会場での一幕まで詳細に報告したのは、恭しく膝を折り跪いた黒衣の吸血鬼。

 声は低い男性のものであり、確かな敬意を感じさせるものだ。

 

 「如何、と言われてもね。この町のルールに従わないのなら排除するまでよ。適当に人を向かわせなさい」

 

 答える女吸血鬼の声は尊大で、彼女が執務机に掛けていなくても、両者の関係性は容易に察せられる。

 

 「畏まりました」

 

 男は恭しく頭を下げ、身体を霧に変えて消える。

 それを満足そうに見送り、女は執務机に山積された書類や書籍に視線を戻した。

 

 半分は町の現状についての報告、四分の一は吸血鬼についての資料で、残りは法律関係の文献だ。

 

 ルールなどとは言ったものの、法律はまだ完成半ばといったところ。

 人間の街には人間の生活があり、それに応じたルールがあるように、吸血鬼の町では吸血鬼の生活に応じたルールを作らねばならない。

 

 そうして街を運営することこそ自らの使命であると、彼女──ランナゲート侯爵夫人は考えていた。

 

 だが──この町の(ローカル)ルールは、優先度で言えば下の下。

 貴族が所領に於ける裁定権や立法権を持ちつつも、王国法に頭を押さえられているのと同じ。

 

 同じように、“吸血鬼”には“吸血鬼のルール”があり、裁定者が──断罪人が存在する。

 

 「先走り馬鹿の処断に来てみれば、いつぞやのお嬢ちゃんにペットちゃん。遠くには風属性聖痕者。因縁を纏めて清算でもさせてくれるのかしら。正直、片方だけでお腹いっぱいなんだけど」

 

 町を見下ろす遥か高空で、口髭をロワイヤル・スタイルに整え、長い黒髪を風に靡かせる紳士が呟いた。

 

 

 

 

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