なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

540 / 593
540

 フィリップが買った──正確には「脅し取った」元兵士の男は、フリードと名乗った。

 彼を受け取ってすぐにオークションがお開きとなり、それ以上の話は宿の部屋に場所を移してから改めて始まった。

 

 フィリップとフリードの二人部屋を急遽取り、一行はそこに集まった。

 テーブルは二人掛けだったので諦め、ベッドに座る。

 

 話す態勢になると、まずフリードが深々と頭を下げた。

 

 「改めて、助けてくれてありがとう。というか、えっと……助けてくれた、んだよな?」

 

 衰弱しつつも明瞭な理性の光を湛えた双眸が揺れ、カノンの様子を窺う。

 ミナは一見するとエルフで、アンテノーラは人間のように見えるからだろうが、一番弱い相手に一番の警戒を向けられると、やはり少しだけ可笑しくなってしまう。

 

 魔力を知覚する才能がない以上は、仕方がないのだが。

 

 「えぇ、勿論。僕たちは、この町で囚われている人たちを救出するために、王都から派遣された部隊です」

 

 フィリップは彼を安心させるように、しっかりと頷いて素性を明かした。

 子供一人では信憑性も無かっただろうが、吸血鬼を蹴り殺したアンテノーラと、ただ同じ空間に居るだけで背筋が震えるほど卓越した戦士であるミナが居るお陰で、“特殊な部隊”であることは疑われない。

 

 「王都の? それじゃ、手紙が……いや、それにしちゃ早いか? まあなんでもいい。何か手伝えることはあるか? 正直、戦力にはなれないと思うが」

 

 フリードは長身で、身体もしっかりと鍛えられている。“高級品”扱いだったからか食事や水分もきちんと与えられていたようで、肉体的な衰弱は見られない。

 

 ただ精神的には参っており、「戦えない」という言葉に反駁しようとは思わなかった。

 

 それに、そもそもフィリップたちに、救助対象を戦わせるつもりはない。

 欲しいのは情報であり、元より、情報源を求めて競売所を見に行ったのだ。

 

 素晴らしい“人間”が売られていて、フィリップがちょっと熱くなったせいで惨劇が起きたが──まあ、どうせ二日後には跡形もなくなる化け物が数匹、一足早く死んだだけだ。

 

 「問題が幾つかあります。解決のため、知識を貸してください」

 

 目立ってしまったことは一旦置いておくにしても、情報の不足には対処しなければならない。

 フィリップの要請に、フリードは頼りがいのある真剣な面持ちで「何でも言ってくれ」と頷いた。

 

 「僕らには土地勘が無く、情報も殆ど無い。どこにどのくらいの人が捕まっていて、いつどのルートで逃げるのが最も安全か。そういう話を聞かせてくれますか?」

 「分かった。ええっと、地図はあるか?」

 

 問われて、フィリップは「しまった」と顔を顰める。

 事前準備の段階で、ステラに「どうにかして詳細な地図を手に入れろ。具体的な作戦を立てやすくなる」とは言われていたが、すっかり失念していた。

 

 全裸のペットに競売と、インパクトのある出来事が続いたせいだ。

 

 「いえ──」

 「──フィリップ様。こちらに」

 

 頭を振りかけたフィリップに、カノンが横から紙の筒を恭しく差し出す。

 巻き留められていた紐を解いて中を見ると、複数色のインクが使われ複雑に書き込まれた、詳細な地図だった。一見しただけでは分からないが、タイミング的にランナゲートのものだろう。

 

 「え? いつの間に……しかも紙のやつ。こんなの売ってた?」

 

 ランナゲートはそこそこ発展した街だが、王都と比べると文明レベルは大きく落ちる。

 錬金術による紙の製造、物品の複製などは全く普及していない。そのはずだが、地図は日焼けして黄色っぽいものの、樹皮や羊皮ではない滑らかな錬金紙だった。

 

 「詰め所にあったやつを、ちょちょいっと」

 

 驚きに目を瞠るフィリップに、カノンはサムズアップと共に答える。

 

 「優秀だねぇ……。手癖は悪いけど」

 「うへへへ」

 

 やや気色の悪い照れ笑いを零すカノンを横目に、フリードはベッドの上に広げられた地図を覗き込む。

 一瞥と同時に、彼は目を丸くして驚愕の息を漏らした。

 

 「……確かに、衛兵が使う地図だ。地下通路とか抜け道までちゃんと描かれてる」

 

 太い指が地図上の赤い線をなぞる。

 建物の中を突っ切って描かれている部分もあるから、それが地下道なのだろう。

 

 「俺の知る限り、奴らは大多数の人間を一か所に集めない。管理所を複数作って、そこに分散して監禁、もしくは軟禁してるんだ」

 「管理所……」

 

 その名前はこれまでにも聞いた。

 管理所だったり管理場だったり、人によって呼び方はまちまちだが、ペットや食用人間を置いておく場所として。

 

 「あぁ。作ったと言っても、ありものの流用だよ。元は留置場だったり民家だったり、魔物用のケージにぶちこまれる所もある。聞いた話になるが、こことここと、ここも……でも、もっと多いと思う」

 

 フリードの指が地図上の大きな建物を示す。

 元は衛兵の所有物だったからか、どの建物が何であるかまで書き込まれていて煩雑だが、こういう場合にはありがたい。

 

 一つは旧貴族──ランナゲートが帝国麾下の単一国だった時代の──の邸宅、一つは衛兵が使う留置場、一つはダンスホール、一つは裏路地から入る地下施設。恐らくは魔物か奴隷を扱っていた場所だ。

 

 「建物の規模からすると、ここが一番人が多そうですね?」

 

 フィリップは地図の中心付近にある、旧貴族の邸宅を指した。

 他の建物より明らかに大きく、地図上でも目立っている。流石に、近くにあるランナゲート城ほどではないが。

 

 「だな。だが、街の中心部で城に近い。汚染源が誰かは知らんが、城に入って出てきた奴はいねえ。近づくだけでもリスク覚悟だ」

 

 聞きたくなかった情報が増えた、とフィリップは辟易する。

 素直な表情筋は内心をそのまま反映するが、しかし、苦い表情はすぐに消えた。

 

 今回に限って言えば、“大元”が強いことは、そう悪いことではないと思い至って。

 

 「第二世代の吸血鬼が居るなら、確かに、窓から狙撃されるだけで終わりだけど……ミナ相手に撃ってくるほど馬鹿じゃない。そのリスクは無視できます」

 「そのレベルの馬鹿なら、もう襲い掛かってきているでしょうしね」

 

 アンテノーラが言葉を添え、ミナは無言で肩を竦めた。

 襲い掛かってくることは、そのままそいつの死を意味する。だからそれ自体は、別に大した問題ではない。

 

 ただ、“大元”が殺されたことを他の吸血鬼に気取られると、それは問題だ。

 「これで自由だ!」とばかり奔放に振舞うくらいなら全然構わないが、「これはヤバい」と町の外へ逃げ出されると、聖痕者投入による一掃計画が最大の効果を発揮しない。

 

 町人の吸血鬼は飛行能力を持っていなさそうだが、第三世代が居ないわけもないし、そちらの方が人類にとっては脅威度が高い。彼らの逃走を防ぐためにも、フィリップたちはなるべく静かに行動しなくてはならないのだ。

 

 ……既に、ちょっとはっちゃけてしまったが。

 

 とはいえ、だ。

 王が殺されたとなれば流石に大事件だが、殺人事件が起きた程度で町から人が消えることなどないし、“死”に鈍感な──或いは自分は強くなったと思い込んでいる吸血鬼となれば、尚更に危機感は薄いだろう。

 

 「……街の中心から大人数を連れて街の外に出るのは難しい。道中で更に救助しようとしてるなら尚更だ。救助脱出作戦の経験はないんだが、普通に考えるなら、ほぼ同時に全ての管理所を襲撃するのがいい。だがこの人数じゃあ厳しいな」

 

 管理所は分かっている限りで五つ。もっとあるはずだとフリードは言った。

 対してフィリップたちは四人。フィリップの単独行動を是とした場合でも、同時に襲撃できるのは四か所だ。

 

 「もし増援を要請できるなら、最初に中心部。それが成功したタイミングで周辺から外縁に、同心円状に順次。捕まるにしても最小の犠牲で済むようにバラバラに逃げながら敵の追跡を攪乱……町の外に出た後はどうするんだ?」

 「この町を取り囲むように、周辺集落に衛士団を含む護衛部隊が置かれます。第二世代はともかく、この町の吸血鬼相手なら余裕で倒せるので、安全です」

 

 衛士団は魔術師抜きの状態で、古龍に対峙して一人も欠けることなく生還した精鋭中の精鋭。それが今回は戦闘魔術師や付与魔術師も含めた完全な編成で参加している。

 

 流石に、「だと思う」なんて言葉が出ないほどに安全が約束されている。この町の大多数の吸血鬼を見た後では尚更、安全性を疑う余地はない。

 

 ただ、それでもフリードは不安そうだった。

 

 「心強いが……結構遠くないか? もっと近くで保護してもらうことはできないのか?」

 

 ふむ、とフィリップは思案する。

 吸血鬼に捕まって商品扱いされていて憔悴するのは分かるが、遠いと言っても、最寄りの集落まで歩いて三十分くらいだ。遠くても、まあ、プラス十五分あれば着く程度。

 

 必要なら馬を盗み出して使えばいいし、その場合はもっと短縮されると考えれば、そんなに遠くはない。

 

 それに、大人数を投入した強襲救助作戦が組まれず、こうして少数精鋭の投入に留めている理由を鑑みれば、やはり街の周りを衛士がうろつくのはリスクがある。

 更に言えば、救出作戦は王都にとって──王国にとって、それほど意味のあるプロセスではない。

 

 「僕に作戦の決定権は無いので……。というか、この救出作戦に絶対目標は無いんです。一人も助け出せなかった場合でも、「仕方なかった」として作戦は次のステップに進みます」

 

 言葉の意味を測りかねたのか、フリードは暫く眉尻を下げて視線を彷徨わせていたが、ややあって愕然と目を見開いた。

 

 「……まさか、街を焼くのか?」

 「聖痕者と衛士団の投入が決定しています。彼らの最優先目標は全吸血鬼の掃討、都市の完全制圧。僕らは彼らが一切の躊躇も疑問も持たなくて済むよう、「助けられる限りを助けた」という事実を作るための……言い訳みたいなものです」

 

 淡々と語るフィリップは、救助作戦には口ぶり程度の思い入れしかない。

 見知らぬ誰かが吸血鬼に食われて死のうが、神罰術式に巻き込まれて死のうが、どうでもいい。それでも出来る限りのことをしようと思うのは、それが人間らしい行動だと判断したからだ。

 

 だがフリードは勿論、この町や人々に思い入れがある。

 同僚も、友人も、家族もいる。俯いて頭を抱え、髪を掻き、何度かの深呼吸のあと、ようやく視線が再び合った。

 

 「……初撃は聖痕者様の神罰術式か。なるほど、それを察知されないため、最低限の人員以外を遠ざけてあるわけだ。撃つ前に逃げ出されちゃ面倒だからな」

 「ご賢察ですね。学院長のは見たことないですけど、まあ街一つくらい余裕で焼き払えるんでしょう」

 

 重々しい声のフリードを和ませようと、フィリップは敢えて能天気に肩を竦めてみせた。

 残念ながら、彼はにこりともしなかったが。

 

 「なあ、その……救助作戦ってのはいつなんだ?」

 「二日後です。それまでに詳細な作戦を立てて、下見もしておきたいですね」

 

 フィリップは心理的ケアを諦め、淡々とした態度に戻る。

 

 しかし元兵士──精神を強靭に鍛え上げ、部隊最後の一人になっても戦い続けたほどの彼には、そちらの方が好ましかった。

 吸血鬼の町から人々を救い出すなんて難事を前に、必要なのは優しさではない。冷酷なまでの冷静さと合理性なのだから。

 

 「……そうか。俺も参加出来たら良かったんだが……それまでに体力は戻りそうにないし、大人しく避難するよ」

 

 草臥れたような口ぶりだが、フリードは肉体的にそれほど衰えているようには見受けられない。

 しかしフィリップは、彼の言葉にすぐさま頷いた。

 

 身体的疲労や衰弱が無いのなら、弱っているのは心の方だ。

 そちらは物理的な傷と違って外部からの判別が難しく、そのくせ治るのも遅ければ悪化もしやすい厄介な負傷だ。本人が弱音を吐いてくれるなら楽だし、そのSOSサインを見逃したり無視してはいけない。

 

 フィリップはこれでも人助けに来たのであって、人間のカタチをした肉の袋を運び出しに来たわけではないのだ。助けた人間が廃人になるのも後味が悪いし、可能な限りのケアはする。

 

 「それまでに、管理所の位置と脱出経路を確認しておこう。取り敢えずは、いま分かっている範囲だけでも」

 

 自分を鼓舞するように言って、フリードは再び地図に目を落とす。

 

 それを頼もしく思いながらも、フィリップは一抹の不安を抱かずにはいられなかった。

 

 「無理はしないでくださいね。ぶっ倒れた人間を担いで逃げる余裕は、多分ないので」

 「ああ」

 

 返答はすぐに。だが視線は地図に固定され、合うことは無かった。

 

 彼の態度には自傷や自罰の空気がある。

 兵士として民と町を守れなかった負い目か、仲間や家族を失った絶望か。

 

 自分が同じことをしていたら、きっとルキアが止めて、ステラが魔術で強制的に眠らせてくるのだろう──なんて、フィリップは他人事のように考える。

 

 或いは自分も、彼女たちに倣って実力行使してでも彼を休ませるべきなのかとも思う。

 しかし作戦に注力してくれるのはありがたいし、その分だけ多くの人を確実に助けられると思えば、フリードを止めるのは感情的誤謬──それこそステラに叱られそうな、非合理的な行動である気もする。

 

 結局、その日は夜遅くまで、四人で作戦を詰めていた。

 ミナだけは、「面倒だわ。決まったら教えなさい」と、早々に自室に戻ってしまったが。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。