なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 「……何だったかしら。頭が破裂して死ぬまで逆さ吊りにして、舐めた口を利けないようにする、だったかしら。……そこまで血が流れていると、破裂はしそうにないわね」

 

 無作法な同族に自らのペットを恫喝され、ミナは背筋が凍りそうに冷たい声を出す。

 

 六人の吸血鬼はその全てが頭を下にした状態で、地面から生えた杭に串刺しにされたうえ、アザミのように咲いた無数の棘が身体の内側から飛び出ていた。

 

 ドバドバと滝のように血が流れ続け、地面が赤く染まっていく。起伏によって小さな川のようになっている場所さえあったが、それでも、まだ全員生きていた。

 まあアンデッドを「生きている」と表現するのは微妙なところだが、とにかく全員、灰になって消滅することはなく意識を保っている。

 

 「痛みで動きが止まる、傷付いた身体を修復することも、身体を霧にして拘束を逃れることも、魔術で槍を折ることさえできない。まるでヒト、そのザマで私の同族を名乗るなど片腹痛い」

 

 ミナは基本、人間の言葉には耳を傾けない。

 そのせいでフィリップと誰かの──よくある例だとルキアやステラ、特に困るのは冒険者ギルドの職員やリリウムの──会話を頭から尻まで丸ごと聞いておらず、説明が二度手間になることがある。

 

 100パーセント聞いていないわけではなく、気紛れに耳を傾けて答える場合もあるのがなお困る。聞いているのかいないのか分からないからだ。

 

 ともかく、普段はフィリップが何を言われようが何をされようが、流血でもしない限り反応が薄いミナだが、同族相手となれば話は別だった。

 

 「私を前に跪かない不遜は、まあ、いいわ。今の私は吸血鬼陣営の統括者ではないし。けれどその上、私のペットを脅すとなれば、単なる不遜や不敬とは別な話になってくる」

 

 幼い頃から帝王教育を受けてきたミナにとって、全ての同族は隷下の存在。命令に従わなかったり反抗的な者は全て殺してきたし、それが役割でもあった。

 

 魔王軍の吸血鬼陣営における彼女の責務は、秩序の維持だ。

 魔王の勢力が“群衆”ではなく“軍勢”として機能するように、命令系統と序列を確立し維持しなくてはならない。

 

 そんな社会的な理由を抜きにしても、彼女は吸血鬼の始祖の系譜。全ての吸血鬼にとって造物主の末裔、人間にとっての天使や神の化身にあたる存在だ。

 命令は絶対であり、恭順以外の選択肢はない──それほどの“絶対”だった。

 

 自分を前に跪かない時点で、彼女が疑問と不快感を抱くには十分だ。あと何か一歩分、彼女を不快にさせたら終わる。

 意に沿わない言葉、間の抜けた表情、礼儀に沿わない仕草──くしゃみをしそうになって鼻を掻いただけで、血の槍が頭蓋を吹き飛ばすかもしれない。

 

 そして今、彼らはそのラインを助走付きで飛び越えた。

 

 「誰の食べ残しか知らないけれど、“親”にまともな教育を受けていない残飯はこれだから嫌いなのよ。礼儀も常識も、彼我の強さを測る目も、誰に吠えているのかを考える頭もない」

 

 かわいいかわいいペット相手に吠え立てる無作法な愚か者に、ミナはいたくご立腹だった。

 

 怒りは、血の槍を六つ生やしたくらいでは収まらない。

 口から尻まで貫き、内臓と血とそのほかの液体が混ざった泥がボトボトと零れ、苦悶の呻きを降り注がせる大輪の花を前にしても、まだ気は晴れない。

 

 その不快感は、間抜けな残飯モドキをのさばらせている“誰か”へと向いた。

 

 「“親”は……いえ、街を汚染した大元は誰?」

 

 自らの魔術で高い位置に持ち上げた肉塊を、ミナは億劫そうな動きで見上げる。

 

 「し、知らな──ぎゃあぁぁぁぁっ!?」

 

 震え声の答えは悲鳴によって途切れ、地面に流れ落ちる血が勢いを増す。

 具体的なことは分からなかったが、槍が激痛と出血を伴う動きをしたことだけは理解できた。

 

 「ぼ、ぼんどうだ! ぼんどうにじらな──」

 「今のは嘘だと思ったからじゃなくて、君が無知だったからだよ。“本当に知らない”なんて弁解は無意味だ」

 

 血と涙と涎と吐瀉物で濁った声を、フィリップが淡々と遮る。

 なんとも言えない顔をしているのは、高めた戦意とやる気の行き場を失くしたからだろう。

 

 これから吸血鬼の町に潜入し、調査し、最後には人間を救出して切った張ったの大脱走だ。その予行演習か準備運動がてら、弱い個体と戦っておくのはいい経験になると思ったのだが。

 

 「……君たちの選択肢は三つ。一つ、自発的に全ての情報を吐き楽に死ぬ。一つ、僕らに罵声を浴びせるという最大限の反抗をして、拷問され苦しんで死ぬ。一つ、拷問されてなお情報を吐かず僕らの不興を買い、無惨に死ぬ。これは楽な順だ」

 

 まあ、情報を喋ったところで、ミナが嘘だと思ったら、或いは何か機嫌を損ねるようなことを言ったら、また苦痛に襲われることになるのだが。

 

 信じられないものを見るような目が複数、フィリップに向けられる。

 顔面が原型を留めていないモノと、片目が何処かに行ってしまったモノがいて、磔刑に処された肉塊の全てが目を動かせたわけではない。

 

 「あくま、か……?」

 「ははっ。人間みたいな罵倒は止めて貰える? 笑っちゃうから。……あぁ、まあ、うん」

 

 苛立ちに任せて六人の吸血鬼を一瞬で無力化したミナと、少し離れたところで会話しているアンテノーラとカノンを順番に見遣る。

 

 「吸血鬼って血がある限り再生して、ストック次第じゃプール一杯分ぐらいの血液量があるわけじゃないですか。じゃあ一匹確保するだけで、一年分のブラッドソーセージが作れたりするんでしょうか」

 「内臓も好きなだけ食べ放題ですか。ふむ……栄養価と味次第ですわね」

 

 人間では有り得ないほど大量の血を流す吸血鬼を見上げながら、二人は燻製肉でも見るような目をしている。

 

 カノンは悪食──というか設計思想からして戦闘用なので、何を喰っても体組織や活動エネルギーに変換できる。効率の良し悪しで食の好みはあるが、貧血になったら土を喰わせて水を飲ませればいいレベルだとナイアーラトテップは言っていた。

 

 アンテノーラはそこまでではないが、彼女も大概だ。質より量を重視するし、大抵の肉は生でイケる程度には胃が強い。海で暮らしていた時は、魚から海鳥、アザラシや熊まで食べていたそうだ。魔物は肉をドロップするかどうかが運なので、遊びで狩る程度だったらしい。

 

 「……君らは化け物(彼女ら)寄りか人間(ぼく)寄りかというと、後者ではあるけどね」

 

 偏食家という意味でも、強さという意味でも。

 

 そんなこんなで、すっかり心の折れた吸血鬼たちへの尋問は恙なく進んだ。

 

 まず、ここまで仮定だったペットの存在が確定した。

 ランナゲートには人間を食用ではなく愛玩用として飼育する吸血鬼が、多くはないが珍しくもない程度には居るらしい。

 

 衛兵の詰め所や旧冒険者ギルドなどを流用した“登録所”で、ペットであることを示す首輪を受け取り、着用する必要性がある。

 それを付けていれば、主人と逸れた場合に血を吸われたり、“野良”や“脱走”と間違われて殺されたり食用個体の管理所に送られることはないそうだ。

 

 それから、街でのルールとして『吸血鬼同士の殺し合いは禁止』というものがあるらしい。それと並んで重要なルールが二つ。

 『食用人間の独占は禁止』。これは食い逸れによる飢餓衝動の暴走によって被害が出ることを防ぐためだ。

 

 もう一つは、『迷い込んだ人間は個人で対処せず、管理所へ通報する』というもの。

 下手なことをして街から逃がさないように、街の情報を他の町や王国へ知られないようにするためだ。住人同士で奪い合って逃がすのが一番駄目、とのこと。

 

 街の治安維持は元衛兵や領主軍の吸血鬼が担当している。彼らは武装しており戦闘経験もあるため、他の個体より強いからだ。

 

 他にも“収穫班”と呼ばれる町人グループが複数存在し、フィリップたちが捕まえたのはその一つだそう。街の人間はあらかた食い尽くしたため、近隣の村から食料を調達してくるのが彼らの仕事だとか。

 

 「……妙ね」

 

 色々と聞き出して各々思索を巡らせていると──カノンだけは「もうこれ食べていいですか?」とか言っていたが──ミナがぽつりと呟いた。

 

 この場で最も吸血鬼そのものに詳しい人物が疑問を呈したとあって、フィリップとアンテノーラは揃って目を向ける。

 有象無象とは違い、認知し意識する二人の視線に、ミナはきちんと反応した。

 

 「大元の正体が見えない。これらが何世代目か自分自身でさえ知らなかったけれど、普通なら三世代目くらいで増殖が止まるわ。つまり孫世代の吸血鬼は、眷属や子を作ることが出来ないはず」

 

 ミナの言葉に、フィリップはまず家系図を思い浮かべ、より単純な樹形図に修正した。

 吸血鬼はごく一部の例外を除き、交配による有性生殖を行わない。二から一が生まれるケースは極めて稀で、大抵は一から二へ増える。

 

 樹の根本に居るのは“始祖”。そこから幾つもの枝が分かれ、枝が更に分岐する。しかし分岐点の総数は決まっており──とそこまで考えて、結局それが幾つなのかで詰まった。

 

 「始祖から見て孫?」

 「私たち(始祖の系譜)が第一世代、直接の眷属(上位吸血鬼)が第二世代、眷属の作った配下(下位吸血鬼)が第三世代。始祖の眷属は勿論、私の役割も魔王軍の規律も知っているし、私の強さも知っている。町一個を支配するなんて目立つことをするとは思えない」

 

 ミナの言葉に、フィリップも頷いて同意を示す。

 始祖級吸血鬼の強さを知っていれば、普通は敵対されるような行動は避けるだろう。

 

 「ミナやディアボリカが殺しに来るからだね。なら、第三世代なんじゃない? 絶対に眷属を作れないってわけじゃないんでしょ? こいつらは吸血鬼にしては滅茶苦茶弱かったし、本来は作れないはずの第三世代──下位吸血鬼が頑張ったとか」

 「頑張りはともかく、少し特殊な可能性はあるわね」

 

 三世代目以降が発生する可能性は「少し特殊」程度ではあるが、頑張ったところでどうにかなるようなものでもないらしい。

 

 体質とかだろうか、と益体のないことを考えているフィリップの横で、アンテノーラが揶揄うような笑みを浮かべた。視線の宛先はフィリップではなくミナだ。

 

 「……あら、興味が出たのですか、ウィルヘルミナ? その調子でやる気も出していただけると、私たちも楽が出来るのですが」

 「そうね……、私が街に入った時点で諦めて、眼前に這いつくばるなら善し。気付かない間抜けや、静かに眠っていれば嵐が過ぎ去ると考えるようなら──フィルの仕事が終わった後にでも、殺しに行こうかしら。こんな低俗な残飯モドキを私のペットに嗾けた罰は、与えないといけないものね」

 クスクスと冷たい笑みを交わす化け物二人。

 

 吸血鬼の頂点に君臨する──自分より強い吸血鬼が存在しないミナだけでなく、アンテノーラまで余裕の表情なのは、彼女に付けられた最大の“枷”が、今は取り払われているからだろう。

 

 「伴奏無しのソロでは極上には至らない」という彼女の歌は、自己強化術式と考えれば十分な効果を発揮する。

 そして衛士団が彼女に付けた枷である発話制限の首輪は、王都を出る時に外してもらった。

 

 今の彼女は、正しくミナに比肩するだけの──魔王軍幹部に相応しいフィジカル性能を発揮できる。

 

 「……あのぅ、こいつら「大元を知らない」って言ってたじゃないですか。つまりそれ、大元から一世代以上は開いてるってことじゃないですか? 流石に自分の血を吸った“親”の正体くらいは知っているでしょうし」

 「あ、そうだ、気が逸れてた。ありがとうカノン」

 

 ミナが動くなら勝ったな、なんて思考を切り上げたが、まだ駄目だった。

 そもそもフィリップの目的は大元の駆除ではなく、人間の救出だ。敵を知ることは戦いの第一歩とはいえ、「殺せるのでヨシ」ではあまりにも大雑把過ぎる。

 

 実際に聞いてみると、彼らの感染経路はまちまちだった。家族が吸血鬼化して血を吸われた者もいれば、恋人が吸血鬼化し自ら首筋を差し出した者もいる。

 それは彼らだけでなく、街の殆どがそうらしい。身近な誰かが吸血鬼化し、更に感染が広がっていったと。

 

 だが、そうなるとやはり、“大元”から二世代は開いている。

 上位吸血鬼(第二世代)の食べ残し、つまり下位吸血鬼(第三世代)が発端だとしたら、末端は第五か第六世代辺りということ。

 

 「第五世代以降が生まれる可能性はどのぐらいあるの?」

 「第二世代が羽目を外したと考える方が現実的なくらい、ね」

 

 ミナが少し考えて答えると、フィリップは嫌そうに呻いた。

 

 「うわぁ……第二世代ってことは、ミナのお城に居たメイドさんたちぐらい強い、ってことだよね」

 

 端的に言って、彼女たちは強かった。

 不意討ちならディアボリカを撃墜できるレベル。或いは、100人居れば不死身化した悪魔からなる40万の軍勢を、数日に亘って抑え込めるレベルとも言える。

 

 Aクラス冒険者パーティーを容易に壊滅させ、「いいオヤツが居た」と連れ帰ってくるような化け物だ。フィリップが一対一で対峙したら、魔眼無しでも十秒持つかどうか。

 

 「出力や再生能力なんかは、そうね。尤も、ストックの量は個人差があるけれど」

 「……ミナより多い、なんてことはないよね?」

 「さあ? 普通は一人吸い尽くせば数日は血を飲まなくていいし、燃費のいい下位個体ならもっと保つけれど、強力な個体が長く生きていればストックの量も増えていくから、一概に肯定も否定もしかねるわね」

 

 そもそも命のストック量と強さは相関しないというのがミナの持論だ。

 長く生きていればストック量は増えるし、多くの時間を研鑽に費やせば強くなる。だから疑似相関はあるが、それだけ。

 

 ミナは強いが、それは天性のセンスと、剣師龍ヘラクレスに叩き込まれた戦闘技術によるところが大きい。ストックを増やす癖が付いたのは、両親が立て続けに失踪したせいで、幼くして吸血鬼の長になってしまったからだ。

 

 敵が増え、狙われることが増え、保険が無くては安心できなかったし、メイドたちに半ば無理矢理食わされたこともある。

 だが牧場から買った人間をメイドが食卓へ運び、それを喰ってストックを増やすだけでは、当たり前だが強くはならない。死ねる回数が増えるだけだ。

 

 上位の吸血鬼は、それをよく理解している。

 

 身体性能が人間とは隔絶している──そんなことは、戦闘魔術師相手では大したアドバンテージにはならない。

 

 命のストックがある限り何度でも死ねる──使い切ったら普通に死ぬし、邪悪特攻攻撃や、プールである心臓の破壊によってストックは大きく削られる。神罰術式を喰らえば、ストックなど関係なく即座に死ぬ。

 

 故に無限の寿命とリスクを無視できる不死性を使い、自己研鑽を積まねばならないと。

 

 そして、その上で──やはり、自分には届かないというのがミナの見立てで、事実だった。

 

 「でも、私より長く生きている個体はつまり、始祖かディアボリカの眷属。魔王陣営の規律を知らない新参ではないし、私も全員を把握しているわ。ストック量はともかく、殺し合って私に勝てる者は居ないわね」

 

 

 

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