なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』
 シナリオ23 『堕落都市ランナゲート』 開始です

 必須技能は各種戦闘系技能です。
 推奨技能は【目星】等の基本探索技能、および【言いくるめ】等の対人捜査技能です。


堕落都市ランナゲート
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 ある日の午後。

 フィリップは王都から遠い、国土南東の小さな村に居た。

 

 家の数からして、人口は40人程度。小さな畑と近郊の森での狩猟で自給自足が成立するだろう、小規模な集落だ。

 或いは「だった」と言うべきか。

 

 「……可哀そうに」

 

 農耕馬を入れていた家畜小屋は、そのまま死体置き場になっていた。

 たった二頭。それだけいれば十分だったのだろうが、今や折り重なるように倒れ伏し、瘦せた身体はピクリとも動かない。

 

 飼い葉桶に牧草は無かったが、ボロい屋根の穴から入ったらしい水が溜まっている。

 

 秋も過ぎ、空気は冷たく乾いている。

 腐臭こそしないものの、死体には既に蝿が集り、孵化した蛆虫も蠢いていた。

 

 「逃げるなら馬を使うだろうし、そんな暇も無くやられたって感じかな……?」

 

 耳元で煩く飛び回る蝿を払いつつ、フィリップは呟く。

 と、そのとき、蝿の羽音に混じって、遠くから特徴的な重低音が届いた。

 

 小屋を出て耳を欹てるまでもなく、複数の馬の足音が近付いてくるのが分かった。

 

 

 ◇

 

 

 どこぞの町が吸血鬼に支配されてしまったらしい。

 そんな話を、「で、僕はどうすべきでしょうか」なんて、ぼんやりした行動指針の相談と共にステラに持って行くと、想像以上のことになった。

 

 というか、大きな問題になった。

 

 アンテノーラは“楽器”という自己定義が強固で、王都に来るまでの道中は自分の歌を磨いたり伴奏者を教えたりしていて、道のりや現在地などは殆ど気にしていなかったそうだ。

 それでも吸血鬼の跋扈する町は気になったようで、名前も場所も覚えていた。

 

 城塞都市ランナゲート。

 王国南東部に存在するそこは、以前は帝国隷下の小規模国家だった。

 

 たった一つの都市と近郊部の支配権しか持たない、総人口3000人程度の小さな国。

 魔王支配下の暗黒大陸にも近く、帝国の国境線から王国領内に膨らんだコブのような位置は、王国としても帝国としても面倒臭い。

 

 災害発生時や魔物の出没に際して、帝国は彼らを庇護する義務がある。

 しかし軍隊を動かすとなると王国を刺激する位置だし、王国側も「どうせランナゲート絡みでしょ」と思ってはいても、「どうぞご勝手に」とはいかない。

 

 ランナゲート側も大国二つに挟まれて、双方から「ここ邪魔だなあ」と思われている状況は大変よろしくなく、三者合意の下で、彼らは王国の一部となった。

 

 ランナゲート王家はアヴェロワーニュ王国のランナゲート侯爵となり、旧国土を自治領として改めて下賜された。

 そんな成り立ちもあって、辺境の都市にしては立派な防壁と、入れ子状の城壁に守られた立派な城を持つ街並みが、旅行好きの間では有名だ。

 

 そんな場所が──暗黒領にも帝国領にも近い町が吸血鬼に支配されたとあっては、王国も本腰を入れて動かざるを得ない。

 魔王軍が動き出そうとしている今、足掛かりなど作られては困る。もしも帝国に被害が拡大すれば、王国は何をやっていたのかと謗られるだろう。

 

 そんなわけで、王国は真面目に作戦を立てた。

 ──ステラは、ではない。勿論彼女も案も口も出したが、作戦は旧近衛騎士団長レオナルド・フォン・マクスウェルを筆頭に、軍事部門の要員たちが立案したものだ。

 

 城塞都市ランナゲートに跋扈する吸血鬼掃討作戦。

 拙速のみを尊ぶのであれば、聖痕者を送り込めば簡単に片が付く。何ならステラ自身が出向いたっていいくらい、簡単に。

 

 しかし、王国はあくまでそれを最終手段として考えていた。

 

 結果、作戦は大きく三つの段階(フェーズ)に分けて進行する。

 

 第一段階は小規模戦力、斥候部隊による状況の確認。

 吸血鬼の実在を確定させ、数や強さを調べ、残っている人間の数や位置など、とにかく可能な限りの情報を集めて持ち帰ることが彼らの任務だった。

 

 結果──斥候部隊30名、作戦行動中行方不明(MIA)

 

 彼らの失踪は情報を事実と断定し、王国によりいっそうの警戒をさせるに十分な情報ではあるが、それだけだ。

 

 だが斥候を送るまでもなく、分かっていることが一つある。

 それは、街には吸血鬼だけでなく人間も居るということ。

 

 奴らにとって、人間の血液は唯一の食糧であり、理性を保つための薬であり、命そのものだ。

 

 血液サーバーや家畜のような扱いか、或いはミナのように愛玩する個体もいるかもしれないが、とにかく吸血鬼化していない人間が必ずいる。

 吸血鬼が2000人居るというアンテノーラの話が本当なら、1000人程度、最低でも500人は居るだろうと、ヘレナは推測していた。

 

 故に、最終段階──衛士団とヘレナによる都市制圧・掃討戦に移行する前に、もう一段階踏むことになった。

 

 第二段階は中規模戦力、少数精鋭の戦闘部隊投入による改めての情報収集、および残留している民間人の救出だ。

 

 最終的に神罰術式が街を薙ぎ払う以上、民間人の生存も絶望的なものとなる。

 戦闘部隊は“可能な限り”人間を助け出し、街を取り囲むような形で近郊集落に駐在する後衛部隊のところまで送り届け、最終段階の掃討戦をスムーズなものにするのが目標だ。

 

 つまり、第二段階で助け出せなかった人間は神罰術式によって死ぬことになる。仮に誰も助けられなかった場合でも、状況がそれほど悪かったものとして、作戦は無慈悲に進む。

 

 必要性が確定している救出はさておき、まだ足りない情報とは何か。

 最終フェーズが聖痕者による神罰術式を初撃とする以上、成功は()()約束されている。

 

 ヘレナ曰く、失敗する可能性は一つ。

 汚染源となった吸血鬼がディアボリカで、神罰術式を防ぐ魔王の加護を得ていた場合だ。

 

 第二段階での調査目標の一つはそれだ。

 汚染源が何者なのか。残飯なのか、魔王陣営に属していながら方針に背くほど功を焦った愚か者か、或いはもっと別な行動基準を持ったものなのか。

 

 なんにせよ、調査と救出が主任務である以上、第二段階担当の部隊は街に入らなければ話にならない。

 

 吸血鬼が支配する街に、だ。

 故に、その編成は異例のものとなった。

 

 名目上のチームリーダーは、古龍が相手でも一定時間は逃げ回ることが可能な“英雄”──もとい、どれだけ悪い状況でも、なんやかんや生還するだろうという篤い信頼のあるフィリップ。

 

 しかし相手は2000体もの吸血鬼だ。

 街は本職の斥候さえ潜入できなかった魔境と化しており、フィリップは特殊作戦の訓練を受けたプロというわけではない。

 

 故に、()()を使う。

 

 作戦の中心となるのは、吸血鬼の中でも最上位の個体であるミナだ。 

 彼女が同族の集まる街に興味を持ち、ペット同伴で物見遊山に訪れた──そんな設定で、正面から堂々と入る。

 

 編成権を与えられたフィリップは、人間(エサ)を自分一人だけに絞った。

 

 チームメンバーは他に二人。

 情報提供者であり優れた支援能力を持つアンテノーラ。そして斥候として使うに十分な能力を付与されたカノンだ。

 

 それぞれミナが用意したペットの世話係という設定で、あの古城でもペットの世話に限らず雑事を配下に任せていたミナには「上位の吸血鬼を知っているなら、それほど不自然には思われないんじゃない?」と好評だった。

 

 ちなみにアンテノーラは「演技は専門ではないのですが」と不安そうにしつつの同意。“原住生物殲滅兵器”は「フィリップ様のお世話ですか? 任せてください、本分と言っても過言じゃありませんからね」と自信満々だった。演技に関しては触れていない辺りが少し不安だが。

 

 

 ◇

 

 

 フィリップは現在、後衛部隊が展開する予定のランナゲート近郊の集落の一つを訪れていた。

 そんな予定はなかったが、王国が用意してくれた足──勇壮()()()軍馬が三頭、交代でとはいえフィリップとアンテノーラが相乗りしていたせいで弱り切っていたからだ。

 外神の気配と頂点捕食者の存在感は、相変わらず動物に不評だった。

 

 故にフィリップたちは馬を休憩させて様子を見て、限界なら諦めて馬を預けて歩くつもりだった。

 

 しかし、実際に立ち寄ってみればもぬけの殻。

 馬を預かってくれそうな人はいない。

 

 「……さて、何か話が聞けるといいんだけど」

 

 遠くの蹄音に引かれて家畜小屋を出てみると、ちょうど街道を走る馬群が見えた。

 乗っているのは平服の男女で、冒険者や兵士と言った風情ではない。怪訝そうな顔のフィリップに向こうも気付き、集落を通り過ぎようとしていた彼らは声を掛け合って馬群の向きを変え、集落に入ってくる。

 

 馬たちは速度を落とし、フィリップの傍で止まると、嫌そうに数歩離れた。

 

 「君、こんなところで、一人で何してるんだ?」

 

 馬に乗っていたのは若い男女の一団だ。

 全部で六人。非武装どころか軽装もいいところで、鞄さえ持っていない。敵意が無いことを示すように手を振って、皆ニコニコと──笑顔を貼り付けている。

 

 フィリップの耳が確かなら、彼らはランナゲートの方から来た。

 遠乗りが趣味という格好ではないし、逃げ出してきたという風情でもない。もう肌寒い季節だというのに、薄いシャツにズボンだけだ。乗馬は強度の高い運動だし、そこまで厚着をする必要はないとはいえ、少し不自然といえる。

 

 「……吸血鬼か。ちょうどいいや、街の様子とか汚染源についてとか、色々聞かせてよ」

 

 結局、フィリップは彼らを人外と断定した。

 赤く染まった虹彩、病的に血の気が薄い肌、鋭利に発達した牙。そんな外見的特徴は、断定材料にはならない。生まれつきとか病気とか、なんとでも理由は付けられる。

 

 魔力を見たり感じ取ることが出来る魔術師なら簡単だが、フィリップには無理だ。

 

 だから状況から判断して、決めつけた。

 

 幸いにして間違いではなかったようで、六人のうち半数ほどが動揺したように顔を見合わせ、フィリップに鋭い視線を向けた。

 

 「吸血鬼? 何を言ってるんだ? 俺たちは──ただ散歩をしてるだけだぞ? この村はずっと前から廃墟のはずなのに人の姿が見えたから、気になって来ただけだ」

 動揺を見せなかったうちの一人が、ヘラヘラと笑いながらもフィリップに一歩近づく。

 

 そこで足を止めたのは、フィリップが腰に佩いた長剣に、かなり使い込んだ跡があるのに気付いたからだろう。視線が向き、固定されている。

 

 かなり大きく間合いを取っており、結果として伸長した蛇腹剣の射程外、六メートルほどの位置にいる。クイックドロウは必中の距離だが、複数の命を持つ吸血鬼相手に、急所に穴を開ける程度の攻撃は無力だ。

 

 そしてそもそも、フィリップに攻撃の意思はなかった。

 

 「おさんぽ?」

 「そう、お散歩」

 

 ふむ、とフィリップは小さく頷く。

 拙い言い訳なんかどうでもいいが、情報は欲しい。今すべきは戦端を開くことでも、邪神を呼んで彼らを吊るすことでもなく、任務遂行に必要なだけの情報を引き出すことだ。

 

 そう考えて会話を続けようとしたが、すぐに状況が変わった。

 

 会話によって情報を引き出す必要性が無くなった。

 

 「……まあ確かに、吸血鬼にしちゃ不自然だ。空が飛べるんだから馬になんか乗らなくていいし、魔眼があるから騙し討ちや不意討ちを狙う必要もない。何より──目が悪すぎる」

 

 フィリップが呆れたように嘆息するのと同時に、六人が六人とも同時に、はっとしたように振り返る。そして少し遅れて、フィリップの耳にも複数の足音が聞こえた。

 

 「一人っていうのは、まあ、間違ってはいない。実際集落に入ったのは僕だけだし、人間は僕一人だ。でもだからこそ──」

 

 新たな足音の主が姿を見せる。

 フィリップの同行者、集落の外で馬を繋いでいた三人──三体の化け物たち。

 

 「周りをよく見なきゃ。こんなところに、人間が一人で居るわけないじゃないか」

 「──フィル、人も居ない場所で何を長々と遊んでいるの」

 

 血溜まりを歩くためのハイヒールを硬く鳴らし、長く艶やかな黒髪とコルセットドレスを翻しながら、ミナは吸血鬼(同族)たちの横を平然と通り過ぎる。

 

 「貴方様、カノンがいい加減うるさいのですが、貴方様から黙るよう仰ってくださいませんか?」

 「はぁ……シャチは馬肉の美味しさを知らないんですか。仕方ないですねえ、先輩が教えてあげますから、そう言わずに一緒にフィリップ様に頼んでみましょうよ。腰の辺りとか特に美味しくて、タンパク質やアミノ酸も豊富で筋肉にも良いんですよ」

 

 ミナの後ろに続くのは、外見的には人間そのものだが、どこか捕食者のような身を竦ませる気配を放つアンテノーラ。

 「ズボンは違和感が凄くて」と、乗馬による長距離移動を舐め腐っているとしか思えないスカート姿だ。体幹を含めフィジカル性能が人外のそれ故に、馬に横座りで乗るという高負荷状態でここまで来た。

 

 その後ろには、いつもの貫頭衣にガスマスクを着けたカノンが引っ付いている。

 同じくフィリップに与えられたモノ同士で意外と仲は良いのだが、彼女は偶に「私の方が先にお仕えしてたんですからね」と、妙な先輩風を吹かせる。

 

 時系列を無視できる外神に「先」も「後」も無いのに、と、フィリップはそれを目にするたびに笑っていた。

 

 「な、なんだこいつ……!?」

 

 一団は最後尾のカノンを、甲殻に覆われた手足や背中の羽を見て驚き、後退る。

 

 その様子に、フィリップもまた驚きに目を瞠る。

 しかしこちらは、口元に恐れではなく愉快そうな笑みを浮かべていた。

 

 「え? カノンに反応するの? まあ確かに、見た目からして異形なのはカノンだけだけど……困ったな、滅茶苦茶低劣だ。なんか有益な情報持ってると思う?」

 「ぷすす、何言ってるんですかフィリップ様」

 

 フィリップの問いに、カノンは指を差して笑った。

 特におかしなことを言ったつもりはないフィリップは眉根を寄せるが、珍しく、カノンの反応が正しかった。

 

 「──吸血鬼なんですから、殺したって生き返るんです。脳味噌を引きずり出して、家族構成から最後におねしょした年まで洗いざらい喋らせてから、情報の有益性を検討すればいいんですよ」

 

 ガスマスクの下で大顎を咬み、哄笑するかのようにぎちぎちと鳴らすカノン。

 フィリップとアンテノーラは顔を見合わせ、よく似た視線を彼女に向けた。

 

 カノンの言っていることは正しい。

 アンテノーラとしては、自称従僕が主人を笑うのは如何なものかという思いはあるが、意見自体には同意だ。

 

 どうせ二度や三度は殺しても問題ないのだから、尋問のスキルが無い三人でもやりようはあるし、何なら彼らを練習台に色々と試せばいい。

 

 しかし、だ。

 

 「そんなこと言ったら貴重な情報源が怖がって逃げちゃうでしょ」

 「そうですわ。この状況で逃げ出さないほど目と頭と勘の悪い低劣な個体でも、そこまで脅かして怯えないほど愚鈍ではないでしょうし」

 

 二人は口々にカノンを咎め、吸血鬼たちを嘲る。

 アンテノーラは意図的だったが、フィリップは素で言っていた。

 

 素で、人間以上の化け物と自ら評した相手を嘲笑していた。

 

 当然、彼らはブチ切れる。

 吸血鬼とは人間を狩るもの、人間とは餌の入った袋でしかない。逃げたって追い付ける、抵抗したって捻じ伏せられる、筋力でも敏捷性でも吸血鬼が絶対的に優越する。

 

 そのはずなのに、数でさえ劣る側が何故か嘲笑を浮かべ、心底見下した目をする。

 

 化け物(強者)である自覚(驕り)を持つ彼らには、それが我慢ならなかった。

 

 「な、舐めやがって……! お前ら、今日の狩りは止め、いやこいつらを獲物にするぞ!」

 「おう! 持って帰る前にボコボコにして、持って帰ったら頭が破裂して死ぬまで逆さ吊りにしてやる! 人間の分際で生意気な口を利いたこと、死ぬまで後悔しな!」

 

 気炎を上げる吸血鬼たちにつられたように、フィリップとアンテノーラは獰猛に口角を吊り上げ、カノンは硬い鱗に覆われた両拳を打ち鳴らす。

 

 各々、やる気に満ち溢れた様子だ。

 だが──ミナが縦長の瞳孔を細め、底冷えのする眼光を向けている時点で、三人の出番は無かった。

 

 

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