なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 建国祭当日。

 スグルオ・フィルハーモニー交響楽団、記念公演の日がやってきた。

 

 ステラにスグルオ・フィルとかいう不穏な名前を聞いてからというもの、フィリップもそれなりに情報を集めていた。まあ、実際に動いたのは公爵家が抱える情報要員で、フィリップはちょっとお願いしただけだが。

 

 純粋な人間が集められる限りの情報によれば、スグルオ・フィルは至極真っ当な組織だそうだ。構成員はすべて人間、なんてのは当然として。

 

 各地で高名な演奏家を魅了し加入させているという、やや怪しい──恩人や故郷、家族、果ては自分が代表を務める楽団を捨てた者まで居るという──魅了や発狂といった精神作用が疑われる逸話も、圧倒的な演奏と、既に際限なく高まっている付加価値、そして演奏家同士の人脈によるものだろうという結論が出た。

 

 付加価値。つまり“スグルオ・フィルは各地を巡り、一流の音楽家を集めている”という噂のせいだ。噂ばかりではなく実際に、そのような状態ではある。

 つまり勧誘を断った場合、「あいつは一流として認められなかったんだ」と後ろ指をさされる可能性がある状況では、NOと言いづらい。

 

 そしてそれ以上に、ドリームチームとでも言うべき環境で演奏する機会を棒に振ることになる。他者からの評価を気にしない、しかし自己研鑽に余念がない音楽家たちには、そちらの方が痛かった。

 

 人材蒐集は強固な人脈を形成し、次なる勧誘を容易にする。

 今や天才と呼ばれ、各々の楽団を持つような高名な音楽家たちにも、友人やライバル、或いは師匠や弟子といった関係性の同業者がいる。

 

 そういった関係の者が楽団に属していると、「我が師にも是非」とか、「私は加入を認められたが君はどうかな」とか、とにかく既存の関係性を利用した勧誘を行うことで、成功率を引き上げることが出来るのだった。

 

 楽団の方は、天才を集めた──人間を集めただけの、普通と言えば普通のものだ。

 これまでに行われた練習公演も、何ら魔術的・非常識的なところのない、ただ格式高く上等な演奏会でしかなかった。

 

 「……はぁ」

 

 会場に向かう馬車の中、フィリップは事前に集めた情報を思い返し、溜息を吐いた。

 倦怠や嫌厭のそれではない。むしろ、安堵の成分が多分に含まれた軽いものだ。

 

 「……」

 「……」

 

 溜息に物言いたげな視線が二つ、無言で向けられる。

 

 馬車には三人の同乗者がいる。

 うち二人は今更言うまでも無く、ルキアとステラだ。二人ともドレスコードを満たすよう着飾っており、ただでさえ内装の豪奢な馬車が、今や輝かんばかりだ。

 

 フィリップもルキアプレゼンツのタキシード姿ではあるが、ショルダーホルスターにはペッパーボックス・ピストルが納まっているし、ベルトは敢えて長めのものをしているし、背中には短剣を仕込んでいる。

 主力武器である龍貶し(ドラゴルード)こそ無いものの、何かあれば最低限の自衛が出来る武装だ。数秒──ルキアとステラが空間隔離魔術を使うだけの時間を稼げたら、それでいい。

 

 もう一人は世話役として、ステラの親衛騎士が気配を殺して座っている。

 

 「……楽団について調べていたようだが、真っ当な組織だっただろう? 確かに、これほどの才能を集めた手腕は驚くべきものだが」

 

 ステラは手にした小冊子──記念公演のプログラムをひらひら振って示す。

 中には演目だけでなく演奏者のリストまで書かれているが、造詣の深いルキアやステラは思わず感嘆の息を漏らしてしまうほどの顔ぶれだ。フィリップは精々、「この人の名前聞いたことあるかも?」くらいだが。

 

 「はい。僕の考えすぎだったみたいです」

 

 フィリップは笑顔を浮かべて頷く。

 そもそも万が一程度の可能性を恐れての調査だったし、確証が得られたとあって一安心だ。

 

 まあ、万が一の場合──トルネンブラが想定以上の本気度だった場合、蕃神の踊り子だの生きた楽器だのが大量投入されていたかもしれないので、調査は必要だった。

 それが無かったということは、彼は人間が演奏できる、そして未だ人の身であるフィリップが理解できる程度の音楽を用意してくれたのだろう。

 

 「──と、着いたな」

 

 乗っているフィリップが気付かないほど静かで滑らかな動きで、馬車は停止していた。

 フィリップが座っている側の窓の外には王都一等地の絢爛な町並みがあり、隣──ルキアが座っている方の窓に目を向けると、ひときわ大きな建物が見えた。

 

 記念公演の会場、王立劇場だ。

 宮殿のような外観からして絢爛だが、豪奢な馬車が幾つも並び、典雅な服装の紳士や婦人が期待に顔を輝かせ、洗練された立ち居振る舞いで入っていくのを見ると、建物自体がいっそう素晴らしいものに見える。

 

 時刻は夕暮れ時。コンサートは約一時間後なので、日没と同時くらいに始まる。

 白亜の建材がオレンジ色の光を浴び、荘厳な雰囲気を和らげて歓迎を示しているかのようだ。

 

 フィリップたちも、統一された燕尾服姿の案内役に導かれて会場に入る。

 

 が、しかし、劇場内の厚いカーペットを踏んだ瞬間、横合いから手が伸びてきてフィリップの歩みを止めた。

 ドアマンのように扉の傍に控えていた、スタッフで揃いの燕尾服を着た男だ。

 

 「失礼。武器をお預かりいたします。会場の警備は万全ですので、どうかご安心ください」

 「……」

 

 フィリップの隣に居るのが誰なのか、まさか知らないわけではないだろう。

 しかし彼は毅然とした態度で、表情にも姿勢にも怯んだ様子がまるでない。

 

 ルキアとステラは黙したまま、フィリップの様子を横目で窺う。

 彼が我を通すつもりなら一言添えるだけで十分な援護になるし、あとはそれを望むかどうかだ。

 

 セキュリティの男をじっと見ていたフィリップは、ややあって、腰の後ろから鞘に収まった短剣を取り出した。

 

 「こちらこそ失礼しました。貴方のように目の利くガードが居るなら安心ですね」

 

 技能と職務に敬意を、なんて言って、フィリップはにっこり笑って武器を手渡す。

 受け取った男は、武器とフィリップを交互に見て怪訝そうに目を細めた。

 

 短剣は三等地の投げ売りで買ったような、見習い鍛冶の習作レベルの代物だ。この演奏会の招待状を手に入れ、剰えルキアやステラと共に行動しているような人間が持つグレードの武器ではない。

 

 あからさまにダミーの武器だったが、ボディチェックを要求する前に、ルキアが腕を組んでフィリップをその場から引き離す。

 そこにステラが「職務ご苦労」と重ねては、呼び戻して身体をまさぐる真似は流石に出来なかった。

 

 ジャケットの上から観察した限りにおいて、短剣以外の武器は認められなかったのも大きい。

 

 劇場に入った一行は、三階の貴賓席に向かう。

 ロビーは「開演まで時間を潰すだけの場所なのに?」とフィリップが呆けてしまうほどに絢爛で、窓には幾何学模様の飾りガラス、天井には巨大なシャンデリアまであって煌びやかだ。足元のカーペットもかなり厚く、硬い靴でも足音がしない。

 

 一頻り会場の様子を見ていたフィリップは、いつものように一瞬で興味を失う──ルキアもステラもそう思っていたが、今日は少し様子が違う。

 諦観に濁った青い双眸は忙しなく動き、警戒するかのように鋭い視線を周囲に巡らせていた。

 

 本職の護衛──それこそさっきのセキュリティ程度の技能と経験があれば、その手の動きを誰にも悟らせないことも可能だ。しかし、フィリップにはできない。

 結果、当然のように二人とも気付いた。

 

 「……フィリップ、どうしたの?」

 「っ!」

 

 やばい、と内心が表情に過る。それがフィリップにも自覚できた。

 ルキアはそれに気付いた素振りを見せないが、それは単に表情の制御が卓越しているだけで、本当に気付いていないわけではないことぐらい、フィリップにもステラにも分かる。

 

 「トイレならもう少し奥だぞ」

 「……じゃあ、ちょっと行ってきます。ここで待っててください」

 

 ステラが出した助け舟に、フィリップはこれ幸いと乗っかった。

 実際、トイレにも用事があった。

 

 「……? えぇ、分かったわ」

 

 他の客に胡乱な目を向けられながらロビーを走り去るフィリップを、ルキアは素直に見送る。

 

 そして、表情の制御をやめた冷たい目でステラに振り返った。

 

 「ねえステラ。何か隠しているでしょう」

 

 ルキアの声は平坦だ。

 責めたり咎めたりといった感情の起伏は見受けられない。

 

 それだけに、ステラは背筋に冷たいものを感じた。

 

 「あぁ。隠し事なんか山とあるが」

 

 内心の焦りを完璧に隠し、ステラはいつも駄弁っている時のように平然と返す。

 この手の化かし合いでは、これまでは常にステラが勝っている。片や公爵家の人間とはいえ家督相続権では次点となる次女、片や次期女王だ。教育の質も量もステラが上。

 

 しかし──今回は一対一ではない。

 ステラの側、ルキアにとって手掛かりとなるものに、演技力ゼロのハンデが付いていた。

 

 そして、ハンデ……もといフィリップのこととなれば、ルキアも相当に敏い。

 

 「フィリップはこういう時「先に行って」と言うタイプだし、さっきから他の招待客におかしな視線を向けているもの。教えて、ステラ──フィリップは、私に教えるなと言ったの? 私が知るべきではないと考えているの?」

 

 問いかけるルキアの声は淡々としている。普段ステラと話すときと同じだ。

 だというのに、ステラは空気が湿度と粘度を持ったような錯覚に襲われた。

 

 「重い女め……。目敏いだけになお質が悪いぞ、ルキフェリア」

 

 ルキアの纏う空気に飲まれてか、「そうだ」と言えばルキアが引き下がることを分かっていながら、ステラは答えにならない軽口を苦笑と共に返す。

 

 「重い女」なんて初めて言われたルキアはというと、僅かに驚いたように眉を上げ、そして不愉快そうに眉根を寄せた。

 

 「重いのは自覚するところだし、揶揄されて揺らぐようなものでもないけれど、私の気持ちを量った気になられるのは不快だわ。……それで?」

 

 重ねての問いに、ステラは即答できなかった。

 「半分冗談で言ったが、次に言う時は全部本気になるな」なんて、内心ちょっと辟易としていたからだ。

 

 重いのは結構だし、ステラ自身もまあまあ重い感情を抱いている自覚はあるが、だからこそだろうか。

 

 「あいつは、私たちに今日の演奏会を心から楽しんでほしいそうだ。それで、今や天才集団となったスグルオ・フィル目当てに、良からぬ者が紛れ込んでいないかと警戒しているんだよ」

 「…………そう」

 

 「嘘ではない」答えに納得するまでに嫌な空白があったが、ルキアは最終的に軽く頷いた。

 納得した、というか、納得することにした、といった風情だが、彼女が自分で決めた以上蒸し返すような真似はしないだろう。ステラとしても、この場に居ないフィリップとしても一安心だ。

 

 「ちなみに私もここまでしか知らない。妬いてくれるなよ」

 

 ほんの数回の会話のラリーだというのに、いやに疲れた。

 そう言いたげな溜息と共に、ステラはまた冗談半分の軽口を言う。

 

 今度はルキアの神経を逆撫でするものではなく、返ってきたのは悪戯っぽい微笑だった。

 

 「嫉妬を表に出すほど醜くなるつもりはないわ。ただ、私も警戒すべきか──私が警戒してどうにかなることなのか知りたかっただけよ」

 「いや、そもそも妬くなと言ったんだが……と、戻ってきたな」

 

 ステラがルキアの背後に目を遣り、小さく手を振る。

 本当に用を足してきたのか、フィリップは濡れた手をハンカチで拭きながら、小走りで二人の所に戻ってきた。

 

 周りからは無作法な子供を見る、ちょっと嫌そうな視線が向けられていた。手がびしょ濡れとか、床に点々と水滴が落ちているとか、誰かにぶつかりそうになったなんてことはない。

 しかし、この華やかで荘厳な劇場には似つかわしくない振る舞いであることは確かだ。

 

 ルキアとステラも後で注意しようとは思いつつ、フィリップの顔を見て、つい安堵の息を吐いてしまう。

 

 「お待たせしました。行きましょう」

 

 ハンカチを仕舞いながら促す、その表情を見るだけで、フィリップが危惧していたことは起こらなかったのだと分かった。

 

 

 

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