なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 外神トルネンブラは、人類やその他の種族に対して、それなりに友好的だ。

 ヒトやミ=ゴといった三次元的生物の中で卓越した才能を持つ個体を見繕い、蕃神の集う外宇宙の宮殿で、眠りこける魔王の無聊を慰める音楽を奏でる奏者──生きた楽器に変じさせる。

 

 それは敵対行動、悪意に基づく行動ではない。

 彼の存在は自らもまた生きた楽器の一つであり、蒐集した楽器の演奏者であり、奏者と踊り子たちの指揮者でもある。それと同時に、楽器を作るメーカーであり、奏者を集めるリクルーターでもあるのだ。

 

 ……で。

 

 そんな彼が──音そのものに性別なんかありはしないが、便宜的にそう呼ぶ──フィリップに対して干渉するのは、彼の支配域である音に纏わること。

 特殊な音波を介した無詠唱支配魔術や錯乱系魔術、つまりゴエティアの悪魔の“声”や、セイレーンの“歌”などの無害化。あとは、落雷など聴覚にダメージを負わせかねない大音響の遮断。

 

 そして、()()の用意。

 

 アザトースに対してそうするように、フィリップに対してもまた、“生きた楽器”を用意した。

 あの、地図に載っていない漁村で会った、インディゴブルーの髪を持った人魚──アンテノーラ。

 

 流石に人魚、海の生き物だけあって連れ帰りはしなかったが、そのうち再会できるだろうという確信はある。

 

 しかし──恐らく、トルネンブラはそれが不満だったのだろう。

 だから新たに、フィリップに対して音楽教育を施すべく用意されたのがスグルオ・フィルだ。たぶん。

 

 フィリップを害そうとは考えていないはずだ。

 しかし実際に無害かどうかは別の話というのは、先の帝都の一件で十分に思い知っている。

 

 まあ、でも、とはいえ。

 コンサートを開いただけで、まさか王都の四分の一がクレーターに変わったりはしないだろう。流石に。

 

 ……まあトルネンブラも外神なので、真体が顕現するだけで三次元世界が崩壊するのだが。

 

 そんなフィリップの考えが表情に出たのか、ステラは警戒も露に眉根を寄せた。

 

 「……王都公演は中止にさせるか?」

 

 既に話題沸騰となっている建国祭の演目だが、公権力、というか最高権力の前では、下々の期待など些末なものだ。

 ステラが一言命じれば、きっと如何様にでも出来るのだろうとフィリップにも分かる。

 

 しかし、そこまでの必要性は感じない。というか──勿体ない。

 神が認める音楽の天才が一堂に会し、ただ一人のために演奏する機会なんて、ステラでも作るのは難しいのではないだろうか。

 

 人を動かす財力や人脈、権力はステラにだってあるが、音楽家の才能を見極める能力においては確実にトルネンブラが勝るだろうし。

 

 そう思えば、強制中止は忍びない。

 

 「いえ……逆に、参加をお勧めします。人類屈指の才能を集めた天才集団──その触れ込みに偽りはないでしょうから。きっと素晴らしい演奏が聴けますよ」

 「そうか?」

 

 この機会を棒に振るのは惜しい。

 フィリップはスグルオ・フィルに参加した「高名な演奏家」のうちの、きっと数名の名前を聞いたことがある程度だ。それでも、トルネンブラが用意したのなら、演者の質は約束されているのだから期待が高まる。

 

 「はい。ルキアと殿下には是非聴いて欲しいですし、招待状が手に入ったら教えてください。僕が安全を確保します」

 「どうするつもりだ? さっき話した通り、楽団にカネやコネで人を仕込むのは難しい。必然的に外からになるが」

 

 真剣な表情で言い切ったフィリップに、ステラは演奏会の開催や参加への是非は一先ず脇に置く。

 

 スグルオ・フィルはスポンサーとなった商人や貴族にも奏者の編成への口出しは許さず、どれほどの権力や名声、或いは金銭によって加入を望もうと、技術という唯一絶対の基準によって判断される。

 

 彼らの演奏を聴いて加入を望んだ高名な音楽家も、全てが歓迎されたわけではないそうだから、その基準は相当に厳しい。

 

 王国が手を回したとしても、恐らく、フィリップが奏者や裏方である見習いとして加入するのは不可能だ。音楽的な素養が全く要らないポジションがあるなら、或いはといったところ。

 

 フィリップは正直、奏者たちにはそれほど警戒していない。

 だって──人間に響く音楽を奏でられるのは、きっと人間だ。

 

 それに、邪神やその系譜の神話生物が出てきたら、フィリップはコンサートどころではなくなる。それはきっと、トルネンブラの望むところではないだろう。

 

 だが、手放しで「絶対安全です」とは言い切れない。

 

 「いえ、危険があるとしたら楽団側じゃななく、客の方です。この僕が興味を惹かれて、二人にも聞いて欲しいと思うくらいですから」

 

 気を配るべきは観客の方。

 トルネンブラがそれなりに本気で企画した演奏会となれば、こんなド辺境の田舎惑星に足を延ばす星外存在がいてもおかしくない。

 

 だって──フィリップが興味を惹かれるくらいだ。

 例えばアルデバランでトルネンブラが企画したコンサートをやると知って、もし星間航行能力があったら、「ふーん、行ってみようかな?」と思う程度には。

 

 外神トルネンブラについて知っている、それなりに智慧のある存在が観光気分でゾロゾロやってきたら、どんなことになるか。

 

 「……邪神がワラワラ集まってくる、なんて言ってくれるなよ?」

 

 苦笑気味に言うステラは冗談交じりのようだが、強ち有り得ない想定でもない。

 

 フィリップの思考の根幹や視座は外神に大きく寄っている。

 人間的な思考をすべきである、人間的に在るべきである、なんて考えに基づいて動きはするが──正常なものは“正常”に憧れない。

 

 つまり。

 

 フィリップの人間の部分でなく、智慧に基づく興味であるこの場合、他の外神もまた同様に興味を持つということ。

 そして恐らく、それ以下の有象無象──旧支配者や旧神たちも、トルネンブラのことを知っているのなら。

 

 だが、そっちは正直、脅威ではない。

 

 「……ぱっと見て分かる異形や邪神なら、むしろ話は早いですよ。二人は目を瞑って空間隔離魔術で自衛して、こっちも邪神を使ってぶっ飛ばせばいいだけですからね。面倒なのは、僕には分からないけど二人は魔力的な感知能力で気付いてしまう手合い……人間に化けられるような存在です」

 

 フィリップは邪神を恐れない。

 邪神だろうが何だろうがどうせ泡だし、自分に絡んでくるような相手がどれほど愚劣かを知っているからだ。

 

 ハスター、ツァトゥグア、クトゥルフといった、深い智慧と高い知性を持ち合わせた存在は、フィリップに絡んでこない。

 それがどれほど愚かで、不毛で、無意味な自殺行為であるかを理解できているからだ。敵対行動に限った話ではなく、そもそも接触すること自体を恐れる。

 

 しかしだからこそ、フィリップの目に留まらないように動く可能性がある。

 

 「確かにその通りだが……それなら尚更、安全確保は難しくないか?」

 

 フィリップは神妙に頷く。

 ステラの言う通り、フィリップにはそれと分からない異物を探し出すなんて、言葉の上でも矛盾している。不可能なことをする、と言い換えられるのだから。

 

 だが、それならフィリップが自分でやらなければいい。可能な存在(出来る奴)を使えばいいだけだ。

 勿論、邪神を軽率に使うことの危険性は覚えているし、ナイ神父だのマザーだのは頼らない。こういうせせこましい、些事にちょうどいい相手がいるではないか。

 

 「やりようはあります。……たぶん」

 

 まあ、ちょっと不安もあるが。

 侵入、というか隠密と潜入によって客を監視し、人外の有無を探らせるつもりだが、果たしてアレにそんな高度なことが出来るだろうか。

 正直、肉の焼き加減と紅茶の淹れ方に関しての方が信用できる。 

 

 方針を決めたものの微妙な顔をしているフィリップを見て、ステラは「ふむ」と小さく頷く。

 そして、どこからか取り出した封筒を、テーブルの上を滑らせてフィリップに差し出した。

 

 お手紙交換なんて二人とも柄ではないし、したこともない。というかフィリップは未だに貧乏性が治っていないので、直接話せる相手に手紙を書くなんて高価な紙の無駄使いだと思っている。

 

 これはステラからではないだろう。封蝋の印章も、王家のものとも王国公式のものとも違う。フィリップが見たことのない意匠だから、一神教や公爵家のものでもない。

 

 文脈から察するに、これが。

 

 「この通り、既に招待状は確保してある。お前の分もな。まさか公爵家がこの手の競争で負けるはずもないし、ルキアもお前が勧めるとなれば、一緒に聴きたいと望むだろう」

 

 だろう、とは言っていたが、ステラの口調はほぼ断定だった。

 

 フィリップがそこまで言う演奏となれば、流石のステラも興味を惹かれる。折角なら、貴賓席で一緒に聴きたいと思う程度には。

 自分がそうなら親友も同じか、より大きな感情を抱くに違いないとステラは踏んでいる。

 

 「安全確保に必要なものがあれば何でも言え。そして確証が得られたら、一緒に演奏会に行こう」

 「……はい、殿下」

 

 フィリップは期待を感じさせる笑みと共に頷き、ステラも同質の笑顔を返す。

 

 その日はもう少し雑談とティータイムを楽しみ、夕刻ごろにお開きとなった。

 

 ◇

 

 フィリップは公爵邸には戻らず、王城で馬車を借りて投石教会へ向かった。

 ノックも無く、どこか粗雑にも感じられる手つきでドアを開けて中に入ると、いつものように二人の神官が歓迎を口にする。

 

 「今日はマザーが居るな」と目を留めたフィリップは、ヴェール越しに透ける人外の美に見惚れてしまう前に、意識的に視線を切った。

 

 視線の逃避先で、フィリップは黒い犬が教会内を徘徊しているのを見つけた。

 数日前──グール騒ぎの頃から教会に住み着いたらしい、墓守犬、チャーチグリムと呼ばれる妖精だ。

 

 名前の通り墓を守る習性があることと、グールの一件と投石教会の信用もあり、衛士団に届け出て正式に飼っているらしい。

 

 「お、今日はもふもふも居る。おーい」

 

 ぱんぱんと手を叩いて呼んでみるフィリップだったが、牙を剥いて唸られた。

 犬の姿をしているだけあって鼻が利くのか。

 

 「はぁ。やっぱり動物には嫌われるなぁ……」

 「低劣な生き物が上位の存在に向ける感情は、崇敬か嫌悪のどちらかに偏るものでしょう? 尤も、認知さえ出来ないほど愚劣であったり、理解できない蒙昧である場合もありますが」

 

 元凶その1、もといナイ神父が嗤う。

 もふもふをモフれないことに、それなりにストレスを感じていたフィリップの返す視線には、かなり険があった。

 

 「そうですね。僕が貴方を嫌うように」

 「おや、低劣な存在という自覚はおありでしたか。では──」

 「ではじゃない。人間はやめないです」

 

 ナイ神父の言わんとすることがなんとなく察せられて、フィリップは胡乱な顔で頭を振る。

 言葉を遮られて、長身の神父はこれ見よがしに肩を落とした。しょんぼり、なんて効果音が聞こえてきそうなほど大仰に。

 

 「残念です。それで、本日はどのようなご用向きですか、フィリップ君?」

 

 どうせ分かっているのだから一々聞くなよ、とも思ったフィリップだったが、何か言う前から完璧に全て終わっている状態も気色悪いので何も言わないことにする。

 

 「二週間後のトルネンブラ……じゃない、スグルオ・フィル建国祭記念公演で、カノンを観客の監視に使います。それ用にチューニングしておいてください」

 

 うっかり邪神の名前をそのまま口に出してしまい、フィリップは自分の言い間違いに苦笑する。

 ルキアとステラの前で同じミスをしないように気を配ろうと、心のメモ帳に書き留めつつ。

 

 カノンに潜入や監視といった機能があるのか、後付け可能なのか──もしもフレデリカに頼むとしたら、そんな質問をしてから頼んでいただろう。

 しかし、フィリップは当然ながら、ナイアーラトテップにはそんな配慮をしない。する必要もない。

 

 「畏まりました。隠密行動仕様にカスタマイズし、準備しておきます」

 

 長身の神父は恭しく腰を折り、流麗な所作で一礼した。

 

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