なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 子供ではなくなって──“お姫様”など幻想だったと知ってからも、竪琴と歌を手放さなかった理由は、正直なところ判然としない。

 

 強いて言えば、惰性、なのだろうか。

 

 磨けばその分だけ光る才能もあったし、周りもその道を勧めてきたけれど、自分自身には、あまり熱意が無かった。

 道を究めようとか、有名になろうとか、そういうモチベーションが、ずっと欠けていた。上手くなろうと思っていたかさえ怪しい。特に思わなくても、練習すればした分だけ上手くなった。

 

 周りに咎められたことも何度かあるし、諭されたり、激励されたりもした。その全員が、呆れるより先に勝手に絶望して折れていった。

 自分たちには熱意がある。目的がある。()()()、とでも思っていたのだろうけれど、そうはならなくて。

 

 彼ら彼女らの熱意を込めた渾身の練習は、それでも、私の才能に届かなかった。

 

 同じ道を行く仲間や先達の自信を軒並み圧し折っても、あまり心は動かなかった。

 教えを乞うていた先生が「私にはもう無理だ」と、存在を否定されたかのような顔で言ってくることにも慣れて、「次は誰に教わればいいのだろう」と思うだけになった。

 

 沢山の人の自信やプライドをズタズタにして、最後には適当な心持ちの歌で国を滅ぼして。それでもやはり、竪琴と歌は捨てられなかった。

 

 

 ◇

 

 

 「……名前、正確ですか? 間違いなく確実に、“スグルオ・フィルハーモニー交響楽団”ですか?」

 「……問題がある、という顔だな」

 

 ステラは指を弾き、給仕していた者や警護のためバルコニーに出ていた使用人を、全て部屋の中に入らせた。

 フィリップの顔を見てか、その反応でか、“問題”の種類に察しが付いたのだろう。話が早くてフィリップとしては助かるところだ。

 

 「……まず確認を。スグルオ、って何ですか?」

 「私に訊かれても困るが、発足地や本拠地の地名か、最大出資者の名前だろう」

 

 淡い期待が弾けた。

 偶然の一致だったりしないかな、という──実はフィリップが知らないだけで、普通にこの大陸内にある地名だったり、珍しい人名だったりしないかな、という希望的観測があったのだが。

 

 いや、ステラだって全知ではないし、地名や人名にめっぽう詳しい雑学王というわけでもない。偶然の一致である可能性はゼロではないが、かなり低い。

 

 「……僕の知るスグルオは、この大陸じゃなく、時間の流れから切り離された夢の世界……夢の世界にある地名なんです」

 「何故二回言ったんだ?」

 

 フィリップがつい言い淀んだ空白に、ステラが当然引っかかる。

 

 「まあこの現実世界も言ってしまえば“夢”だけど」とか口走りそうになって、ギリギリ踏み止まったからだ。

 ステラは、ある程度フィリップと価値観を共有している。とはいえ、この辺りの細部については知らないし、知らなくていい。

 

 「……とにかく、偶々同じ地名や人名があった、なんて平和なオチじゃなければ、良からぬ存在が絡んでる可能性が高いです」

 

 しかも、音楽絡みでその名前を使うということは、それなりに智慧のあるモノが絡んでいる。

 夢の世界、ドリームランドについて知っているのか。過去に入ったことがあるのか、出入りしているのか。

 

 それとも、完全にそちら側の住人──現実世界の存在ではないのか。

 

 ……そんな真面目な思考の傍らに、油断して、弛緩し切った確信もあった。

 

 トルネンブラ本体ではないだろうか。そして外神が画策してのことなら、少なくともフィリップ自身に害はないだろうという、今のところ根拠の薄い、甘い確信が。

 

 「話を聞く限り、構成員は人間ばかりみたいですけど……天才集団、と言われると、実はちょっと心当たりがあったりします」

 「不味い相手か?」

 

 ステラの表情が険しくなる。

 自分より智慧の低い彼女が何を考えているのか、フィリップには想像がつかない。

 

 彼女が天才集団と言われて真っ先に思い浮かべたのは、“集団”を形成し得る、個にして複なる存在による、()()()()()()()だった。

 ナイ神父とナイ教授を包含する、フィリップに仕えながら嘲笑うような謎の邪神──つまりはナイアーラトテップの集合。

 

 ただ、その想像はすぐに彼女自身が棄却した。

 もしそうなら、フィリップがもっと鬱陶しそうな、嫌そうな顔をするだろうと思ったからだ。

 

 実際、フィリップは困惑や警戒こそしているものの、嫌悪感は見せていない。

 

 「僕の考えている通りなら、ノーです。……敵かという意味では、ですけど」

 「うん、まあ、確かに邪神が蠢動しているというだけで、私たちとしては不味いことなのだろうが……どうすべきだ? 各国の有名な音楽家が集まった団体だし、今や我が国でも注目の的だ。流石に、全員殺して存在を闇に葬る、というわけにはいかないぞ」

 

 言いつつ、ステラは脳内で冷静に戦略を組む。

 フィリップの言う通り人間の集合であるのなら、殺すだけなら簡単だ。事故として処理することも可能だ。だが、初めから居なかったことには出来ない──並みの組織相手になら出来るのだが、如何せん、スグルオ・フィルは世間の口に上りすぎている。

 

 記念公演が行われる王都では勿論、王国諸侯は招待状を手に入れるべく動き回っているし、既に練習公演が行われた都市では、再訪を心待ちにする声が上がっている。

 地元で天才と持て囃されていた井の中の蛙が大海を知って自殺したとか、逆に大海の方から招いたせいで地元を出てしまったとか、そんな話もある。

 

 どうすべきか。

 まさか無警戒で王都に招き入れ、王侯貴族を集めた演奏会を開かせるわけにはいかないが、ステラには有効な対策が思いつかない。というか、策を組み上げるだけの情報が足りていない。

 

 真剣な顔のステラに見据えられ、フィリップは暫し考える。

 そして、苦々しそうに眉根を寄せ、バルコニーの手すりの外──秋晴れの空を示した。

 

 「……あっち向いて、耳を塞いでて貰えますか?」

 「何をするつもりだ? まさか邪神を呼ぶつもりではないだろうが、あまり侍女たちを怖がらせてくれるなよ」

 

 フィリップの答えを待たず、ステラは苦笑と共に椅子を動かしてフィリップに背を向けた。

 手で耳を塞いではいないが、何かの魔術を使ったらしく、肩越しに頷いて合図を送る。

 

 「……はい、勿論」

 

 合図を受け取ったフィリップは、試しに「こっちを向いてください」と言ってみるが、反応はない。聴覚は完全に遮断されているようだ。

 

 周りを見て声の届きそうな位置に使用人が一人もいないことを確認すると、フィリップは背凭れに体重を預け、虚空を見上げて口を開いた。

 

 「……で、どうなんですか、トルネンブラ」

 

 問いに答えるかのように音が揺らぐ。

 涼やかな風の音、眼下から届く人々の活気、フィリップ自身とステラや使用人たちの微かな息遣い。そういった空間に満ちた音の全てが、気温や湿度といった要因を無視して不自然な波長を形成する。

 

 それは声や言語の体を為していない。しかし言語に基づいて思考する人間の脳でも、そこに込められた意思が難なく理解できた。

 

 「……“お楽しみ”? なんですか、そのサプライズを隠してるみたいな……、あ? 待って、ホントに貴方の画策だったりしますか? ……あれ? おーい?」

 

 “音”が途切れ、フィリップはきょろきょろと視線を彷徨わせる。

 勿論、共感覚を持たないフィリップには音を見ることはできないし、トルネンブラを見つけられず無駄に終わった。

 

 暫し待てども返事はない。

 相手が人間なら「急用でも出来たのかな?」なんて考えるところだが、相手は外神、時間の流れの外に居るモノだ。フィリップと話しながら同時に用事をこなすことも、予め用事を済ませておくことも出来るだろう。

 

 となると……居留守だろうか。

 

 「え……? 無視? こういう場合の苦情って誰に言えばいいの? 先生……は、なんか一緒になって煽ってきそうだし、副王?」

 

 まあ、居留守でなければ他の外神による干渉の可能性が一番高いし、じゃあ誰なんだと言われると、その二柱の名前が真っ先に候補として挙がるわけだが。

 

 「……はぁ。まぁいいよ。貴方の企みが何であれ、僕に敵対したり、僕を害するものではないでしょうし……」 

 

 呟きには肯定の意思が返ってきたが、それから質問を重ねても答えは得られなかった。

 

 何度か試したフィリップは、「あ、これは本気でだんまりを決め込んだな」と察し、胡乱な目でぞんざいに手を振り、虫を払うような仕草で「話は終わり」と示した。

 

 フィリップは席を立ち、テーブルを回り込んでステラの肩を叩いた。

 その動きの気配は感じていたのか、彼女は特に驚くこともなく目を開ける。

 

 ステラが無言のまま立ち上がると、フィリップも自然と椅子の向きを戻し、彼女の着席をエスコートした。王女殿下の堂々たる振る舞いに釣られたのが半分、あとは慣れだ。

 

 二人ともが再びテーブルに着くと、ステラは紅茶で唇を湿らせてから言葉を紡いだ。

 

 「……それで?」

 

 短く端的な問い。

 勿論、何が訊きたいのかは分かっているフィリップだが……しかし、十分な答えがあるかと言われると微妙なところだった。

 

 だから答えるとすれば。

 

 「たぶん、大丈夫です」

 「たぶん……」

 

 そんな曖昧な言葉になってしまうのは、無理からぬことだった。

 

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