なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
ボーナスシナリオ 『Just for You.(仮題)』 開始です
推奨技能はありません。
例によって副題は仮です。もっといいものを思いついたら差し替えます。
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子供の頃、お姫様になりたかった──と言うと、言葉が足りず夢見がちに聞こえすぎるか。
私たちの国には、そういう伝統があった。
数十年に一度だけ開かれる“コンサート”で選び出された、最も歌の上手い雌個体が「姫」となり、つがいと共に次世代の国を治めるという制度が。
古い時代から脈々と続いてきた伝統であり、大人気の“コンサート”に参加できた幸運な国民と、厳正な審査員たちによって選ばれることで、王権の正当性を認められるのだとか。
表向きにはそういう触れ込みだったが、大人になってみれば、そんなことは無かった。
少し考えてみれば子供にだって分かる。国を治めるのに必要なのは、どう考えたって歌の上手さではないだろう。
実際は、普通に王家が継承する。
きちんと教育を受け、為政者として必要な知識や心構えを叩き込まれた、国を治め王権を継ぐためだけに生まれ、育ってきた者が。
伝統と格式に則り“コンサート”は開かれる。参加者だって大勢いる。
しかし、全ては出来レース。審査員も観客も満場一致で、とうに決まっている“姫”を褒め称える。
よくよく考えてみれば、観客も含めて大勢の審査員により評価される形式の発表会なのだから、普通は「コンペティション」か「コンクール」と呼ばれるはずだ。実際、正式名称はそうだった。
しかし、長ったらしく格式ばった正式名称を使わないのなら、誰もが「コンサート」と呼ぶ。
そこには形式的な評価に価値のない
別に、それが物凄く嫌だったとか、気に食わなかったわけではない。
幼い頃は大人になれば何でもできると思っていても、少し成長すれば、そんなことはないと気付く。華やかに見えて憧れていた職業が、実は生活を犠牲にするような苦しいものだと知る。
夢と現実が乖離していることに気付き、子供は大人になるのだ。
それでも“コンサート”に出たのは、子供の頃の夢を思い出して、今後一生無いだろう折角の機会だと思ったから。そして、家族や友人の勧めだけでなく、自信もあったからだ。
世界で一番上手いのは私だ、と。
……実際のところは知らないが、そのくらいの成果は出せたのではないだろうか。
本番、国内最高の管弦楽団が伴奏する中で、私はそれなりに楽しんで歌い上げた。
オーケストラの演奏は微妙だった。自分で竪琴を弾いた方がマシだと思う下手糞も混ざっていたが、中には師事したいと思える程の巧者もいて、まあギリギリ許容範囲。
歌い終えた後の自評としては、100点満点で75点くらい。
オケの中にいたヘタクソに気を取られて集中を乱したし、そもそも「意味はないけど折角だから」なんて心境で歌ったから、いまいち心が乗り切らなかった。
結果──私は、国を追われた。
他評、審査員と観客の総意として、彼女は上手かった。
上手かった。上手すぎた。審査員と観客の全員が、「たとえ国に背くことであっても、自分くらいはこの歌声に正当な評価をしなければならない」と思ってしまうほど。
国内最高の育成環境で育ち、当然ながら音楽に関しても最高の教育を受けてきた「姫」が霞むほど。
王家としては堪ったものではないし、黙ってなどいられない。彼女は不遜にも精神操作の魔術を使い、審査員と観客を欺いたということにされた。
そうして彼女は国を追われ──悲劇が起きた。
彼女には、強く、獰猛で、何より思いやりの深い家族と友人が大勢いた。
国は三つあった。北の国、南の国、流れの国。
それが二つになった。
なんとなくの薄い動機で夢を叶えた。
裏切りに報復を、仲間の無念に復讐を。そんな当たり前の行動で、祖国を滅ぼした。
それが、彼女の罪だ。
◇
魔王陣営の動きが活発化し始めている。
その情報が齎されたのは、暗黒大陸を監視している王国南部の砦からではなく、むしろ北側──エルフの首都からだった。
彼らは人類より更に深く、魔王支配域である暗黒大陸へ斥候を送り込み、色々な情報を集めているそうだ。
当然ながら、そんな状況で“次期種族王”様を──つまりエレナを、放蕩王女のままでは居させられない。
人類学者であり人語話者のリック翁が迎えに来て、ぶつくさ文句を言いながらも連れ帰られた。
フィリップやミナと離れることと、リリウムとカノンも含めた五人で冒険できなくなることを、馬車に押し込まれた後どころか、首都に着いてからも嘆きっぱなしだそうだ。あと、いい機会だからと帝王教育を改めて仕込まれるのがダルいとか、なんとか。
人類側は人類側で、ルキアやステラだけでなく、王国中枢部は文官まで忙しそうにしている。
……しかし、それは別に、戦争に備えてというわけではなかった。それもあるが、それだけではない、と言った方が正しいか。
「そんな中でもやるんですね、建国祭」
王城、ステラの居室から繋がるバルコニーでのティータイム。
優雅な午後のひとときに提供された話題としては、あまり似つかわしくない。
ティーテーブルに着いたのはフィリップとステラの二人だけだ。
バルコニーや居室には多くの使用人が控えているが、今日はルキアは家の仕事で不在だった。
「戦争が始まってもいないのに気を張ったって仕方ないだろう? そもそも魔王戦役で戦場になり得るのは南方の一部だけだ。一部の品薄と物価高以外で、王都の住民が戦争を身近に感じることはない」
上品な所作でカップを傾けながら、ステラはフィリップの疑問に応じた。
人類と魔王軍の戦いについては、勿論、魔術学院で習っている。
「魔王戦役……。二人も参戦するんですよね?」
「……予定の上では、な。聖痕者六名に勇者を足した七人を中心に、ごく少数で魔王城までの最短ルートを突破し、魔王を封印するというのがこれまでのセオリーだ」
魔王側は人類全てを敵と見做し、大陸南部に長大な前線を築き、それを北上させ押し上げる形で進攻する。大陸北部に住む人間全てを殺そうとするかのような、無謀とも言える、戦術も何もない行動だ。
対して人類側は国の枠組みを超えて団結し、敵進軍を抑えつつ、勇者と聖痕者による少数精鋭による浸透突破作戦で戦域を通過、暗黒大陸を縦断し、魔王本拠である魔王城に乗り込んで魔王を封印。というのが基本にして伝統的な戦術だ。
戦線を押し上げて暗黒大陸内に逆侵攻をかけるのは兵站的に不可能。大軍を動かして魔王相手に物量作戦も、魔術数発で全滅することを思えば無駄すぎる。
魔王に対し抵抗可能な──いや有効な戦力である聖痕者と、魔王に攻撃を届かせるのに必要な聖剣の一撃、その担い手である勇者。
これが必要最低限かつ、用意可能で有効な戦術単位だ。
王族だから参加しません、は通らない。
当時の国王や皇帝、教皇など高い地位を持っていた聖痕者が参加した歴史もある。地位を超越した特権を持つように、地位を超越した責務もまた持つのだ。
しかし、今回は歴史をなぞるばかりではない。
「だが今回は魔王真体、魔王龍サタンに対して、初めて接触を試みる。“鍵”の所有者に対して聖痕者を分散投入する可能性もあるし、随伴に通常兵力を付けるかもしれない。対応については、まだ他国と協議しなくてはならないが」
ミナ曰く“鍵”は四つある。
吸血鬼の古城、封鎖海峡の海底都市、ダークエルフの住む地下街、そして闇属性聖痕者が作り上げたという魔王城下の町。それぞれに一つずつ保管されているそうだ。
吸血鬼相手には攻撃速度と射程に長けたルキアが、海底都市にはノアが、地下街攻略にはステラが向いている。それぞれが同時に攻撃を仕掛けて“鍵”を手に入れ、速攻で魔王真体にアプローチ……という作戦だ。
その軍事的妥当性は、フィリップには計算できない。
しかし、そうなると面倒だとは思った。
「え、分散? 困るんですけど。せめてルキアと殿下は一緒に居てくれないと」
帝都の一件で、フィリップは自分の目や声の届かない場所で邪神を使うことの危険性を学んだ。
あの時は帝都の二割がクレーターに代わる程度で済んだが、ルキアやステラが巻き込まれていた可能性だってあった。
フィリップもたいそう焦ったし、何なら二人の無事を確認した時には安堵のあまり泣いた。
だから別行動する二人のどちらかにフィリップが付いていき、他方には邪神を付ける、というのはナシだ。
「だが聖痕者の集中運用は難しい。特に、敵が強力な複数の個である場合はな」
「それは分かりますけど……」
魔術は同時に重ねて撃ったら威力が倍になる、なんてことはない。
ルキアとステラが同時に、同じ相手に、同じ威力の魔術を撃った場合、互いが干渉してしまう。それによって標的から逸れたり、掻き消されたり、思いもよらぬ誤作動を起こすことがあるのだ。
だから複数の聖痕者を最大効率で運用するには、集中投入よりは分散させた方がいい。どうせ一人でも物凄く強いのだから、変に連携だの何だのと気を遣わせたりするより、一人で突っ込ませて全部蹴散らすのが手っ取り早い。
ディアボリカをはじめとした四人の、魔王真体にアクセスするための“鍵”の保有者を相手取るにしても、同時運用は精々二人まで。それ以上は過剰というか、余分になる。
聖痕者全員が連携しなければならないような例外は、超のつく強敵──魔王くらいのものだ。
「まあ、私とルキアを並べて使うのはそれほど非合理的な作戦と言うわけではないし、私たちとしてもお前には一緒に来て欲しいんだが」
「……二人の意思以上に強い意見があるんですか?」
一応聞いてみたフィリップだったが、答えは半ば分かっていた。
ステラが、実際に戦う人間の意見より、それも最強の魔術師である自分やルキアの意見よりも優先するものがあるとしたら、それは合理性だ。
「私とルキアの同時運用は、非合理的とまでは言わずとも、最適とは強弁できない程度には過剰なんだよ。……聖痕者の中で一番強いのは誰だと思う?」
「……話の流れからすると、ルキアか殿下なんですよね? ルキアは聖痕を二つ持ってるわけですし、単純に考えるなら、並の聖痕者の倍の手札を持ってるってことで、ルキア? いやでも、本人は殿下の方が強いって言ってたし、ワンツーですか?」
並の魔術師同士では、戦闘には中級以上の魔術を使う。
初級魔術──フィリップのような才能のない人間でもズルをすれば身に付けられる程度の魔術では、真っ当な魔術師の耐性を貫通出来ないからだ。
そして聖痕者同士ともなると、耐性も防御能力も常人を遥かに上回り、並の魔術師が切り札に据えるような上級魔術をジャブ代わりに撃つ。切り札になるのは神域級──人間を外れた域にある魔術。
そんな聖痕者同士の戦闘となれば、やはり手札の多い方が強いのだろうとフィリップは考える。
だからルキアは聖痕者の中で、相当に上位の強さを誇るのだろうと。
そしてルキアもステラも、二人が戦えばメンタルの差でステラが勝つと言っている。
「確かに、美しさに拘るあいつの精神性は泥臭い殺し合いには向かない。だが……私たちの中で最速の攻撃と、最大の火力を持つのはルキアだよ」
殺し合えばステラが勝つが、しかしスペック的にはルキアが勝る。という意味だと解釈して、フィリップは納得を示すように軽く頷いた。
「最速、はまあ、そうでしょうけど。最大火力もルキアなんですか? 確か、ノア聖下は自分が聖痕者で一番攻撃範囲が広い、って言ってましたけど」
流石に、光より速い攻撃は存在しないはずだ。時間遡行とかがあるなら話は別だが。
しかし攻撃範囲に関しては、射程だけでなく機動力も加味する必要がある。
ルキアは意外と健脚だし乗馬の心得もあるが、それでも機動力で騎竜には敵わない。長大な射程を誇る固定砲台か、中規模破壊──と言っても帝都の三割近くを水没させるほどだが──を撒き散らしながら飛び回る移動砲台か。
そう考えると、本人談の通りノアの方が上回りそうではある。
しかし、ステラは小さく頭を振って否定した。
「確かに、制御可能な破壊という意味ではアルシェが勝る。あいつは騎竜のおかげで機動力も高いからな。しかし──それでも『明けの明星』が強い」
ルキアが持つ物理的最高火力、光属性神域級魔術『明けの明星』。
光の収束と変換によってエネルギーを用意することで、魔力使用量どころか、総量すら上回る破壊力を実現する。光ゆえに無音で、光速。しかし魔力によって疑似的な質量を持った光は絶大なエネルギーを持ち、射線上の一切を薙ぎ払う。
その有効射程は約4.5キロ。
重力すら振り切る絶対的な直進性と弾速、そして射程によって、地平線を超えると、あとは宇宙に向かって飛んでいく。
あれが人類の最高火力だと言われて、フィリップがすんなり納得できる凄まじい魔術だ。
「へぇ……。あぁ、なるほど。そんなルキアと、ルキアにメンタル差で勝てる殿下を同時運用するのは過剰ってことですか」
「そうだ。まあ、魔王討伐は伝統的に勇者と聖痕者のパーティーで行うことになっているし、分散投入も決定事項じゃない。“鍵”の保有者を一人ずつ、全力で潰していくプランもある。今は何もかもが未確定だし、あれこれ考えても仕方ないさ」
小さく肩を竦めたステラに、フィリップは顔を引き攣らせて笑った。
“鍵”の守護者は殆ど知らないが、一人だけは──吸血鬼陣営の棟梁、ディアボリカだけは交戦経験まである。その記憶からすると、聖痕者は二人でも過剰だ。
全力となると、そこにヘレナとノア、ついでに勇者──恐らくは存在格の隔絶を破壊するような超常の一撃を繰り出す戦士──がプラスされる。どう考えてもやりすぎだった。
「それより、今回の建国祭、これまでにない目玉があるぞ。今はこういう、平和な話をしよう」
フィリップは普通に世間話のテンションだったし、ステラも同じだったが、彼女は周りの使用人たちに気を遣っていた。
それが分かったフィリップも、大袈裟に肩を竦めてみせた。
「……そうですね。それで、その目玉と言うのは?」
「とある楽団の記念公演だ。彼らは大陸中を巡業して練習公演を行い、その各所で演奏に惹かれた高名な楽器奏者を加入させ、今や天才集団になっている。天才を才能で殴りつけ、その天才を取り込んで更に成長して、な。そんな彼らは、王都での演奏会を“練習公演”ではなく“記念公演”と銘打った。サークリス公爵家も含め、誰も彼も招待状を手に入れようと必死だよ」
聖国も帝国も、帝国麾下の小規模国家群も、勿論王国も、それほどの演奏を是非聞いてみたいし、ついでに高い経済効果が見込めるということで招待合戦をしている。
貴族や商人連中にもパトロンやオーナーの座を狙って足繫く通う者が多いが、上手く行った例でも、金は出すが運営や演奏には一切口を出さないという契約だったそうだ。
金を出すから知り合いの演奏家を入れろと言いに行った貴族が、実際に演奏を聞いてみるとその凄まじさに圧倒され、何も言わずに帰ってきたなんて話もある。
ステラは未だ聴いたことがないが、最上の音楽に触れ、最上の教育を受けてきた身としては興味があった。ルキアも同じようだが、しかし。
「へぇ……」
フィリップの反応はイマイチだった。
ステラが楽し気に話しているから興味は示す、程度の反応だ。好きな本の続編が出ると語る時と比べると、テンションは半減といったところ。
「興味薄か?」
「まあ、音楽って学院の授業で触った程度ですし」
学院の授業のおかげで管弦楽の有名どころは知っているし、教養の一環としてプロの演奏だって聴いた。テストに必要だったから譜面も読める。実技を乗り切るために、ルキアにヴァイオリンも教わった。
だが特別興味があるかと言われると、ない。
あくまで授業で習った知識であり、授業だから学んだことだ。ルキアやステラに誘われて演奏会に行ったこともあるが、自費で行くことはないだろう。
「あぁ……まあ、そうか。スグルオ・フィルハーモニー交響楽団と言えば、今や宮中の関心を独占するほどの……どうした?」
かちゃん、と甲高い音に言葉を遮られ、ステラは怪訝そうに目を細める。
ルキアやステラと長く一緒に居て、多少とはいえ綺麗な所作が身に付いてきたフィリップだ。急いでいたりしない限り、食器を鳴らすような無作法はかなり減った。
そのはずだったが、フィリップは今やテーブルに肘をつき、両手で顔を覆っている。
指の隙間から覗く両目は愕然と見開かれ、硬い声が漏れた。
「
午後の緩慢とした空気のなか、フィリップの脳内から“平穏”の二文字が消え失せる。
スグルオとは地名だ。ただし、この大陸や、この世界に存在するものではない。
そこには実体を持つ生物が存在せず、住人は全て“音”そのものであるとされる。
どうしてフィリップがそんなことを知っているのか。
それは──スグルオは外神トルネンブラの支配下にあり、スグルオの住人は須らく、彼の信奉者だからだ。
ステラの言からすると、人外の集まりではないのだろう。
だが間違いなく、どう考えても、まともな集まりでもない。
少なくともスグルオという土地の名を楽団の名に関した者は、そこが何であるかを知っている。
最低ライン、外神に関する多少の智慧を持っている。
そして最悪の場合──トルネンブラ自身の画策。