なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 フレデリカ・フォン・レオンハルトは天才だ。

 やろうと思えば何でも出来る、とまでは言わないが、強い好奇心をモチベーションに広範な知識と技術を身に付け、未知を詳らかにし、不可能を実現してきた。

 

 その彼女をして、朝方、公爵邸に帰ってきたフィリップの報告は、ぽかんと口を開けて呆けてしまうようなものだった。

 

 『グールの親分と話を付けて、お爺さんの死体の所有権を取ってきました。蘇生実験、してもいいですよ』

 

 ──そこまでは、彼女にとって喜ばしいことだった。

 しかし、彼はフレデリカの知的好奇心や学者の性質というものにまでは、理解も尊重も示さなかった。

 

 実験の結果を、既に観測された失敗を、平然と告げた。

 

 『あぁそれと、先輩の手法は厳密には“蘇生”ではなかったです。あの成果物は哲学的ゾンビっていう、心を持たない、外観上の振る舞いだけを模倣する人間モドキでした』

 

 ナイ神父から得たという答えを提示して、三時間しか寝ていないというフィリップは私室に引っ込んだ。

 

 『好きにすればいい。どうせ、死者の蘇生じゃないんだから。……とはいえ、ルキアの傍に気色の悪いものを長く置いて欲しくもないので、満足したら殺し直すか、別の所で保管してくださいね』

 

 と、眠気からか不機嫌そうに言い残して。

 

 どうすればいいのか、と、フレデリカは──悩まなかった。

 

 先人が検証した理論。誰かがやった実験。答えの出ている問題。

 だからやらなくていい、と、フレデリカは思ったことがない。むしろ、本当にそうなのだろうか、と興味をそそられる。

 

 本当にそうなのか。どうしてそうなるのか。前提を変えるとどうなるのか。

 

 誰もが既知だと信じて疑わない場所から、“未知”がポロポロと零れ出てくる。彼女はそれを、全て拾い集めなければ満足できなかった。

 その好奇心の強さこそが、彼女を天才たらしめる。

 

 だから、フィリップが用意した機会を、フレデリカは当然のように活かした。

 

 彼女の祖父は、人造の肉体を起き上がらせる。

 公爵邸の一室、フレデリカに貸し与えられた客間のベッドで身を起こし、カーテン越しに差し込む朝の光に手を翳す。

 

 もう二度と見ることはなかったはずの、生命の輝きを象徴するかのような温かさは──フレデリカの祖父の似姿の、存在しないこころに、何ら影響を及ぼさない。

 

 温かい。明るい。それだけだ。心地良さは感じない。

 

 そして彼は、ジョン・フォン・レオンハルト卿の行動を再現する。

 

 「……フレデリカ。これは失敗だ」

 

 無機質で、機械的なまでに冷たい声だった。

 フレデリカが、漸く再会できたという感動より先に、怖気を感じるほどに。

 

 「孫と再会できて嬉しい、死者蘇生などという外法に手を染めさせてしまって悲しい、きちんとした別れを告げられなかったことが恨めしい。そういう感情が無いんだ。“人間”を作れていない。これは、人間ではない」

 

 教え聞かせるような言葉なのに、そこには孫や、教え子に対する温かみが無い。

 見慣れていたはずの青い瞳は冷酷な光を湛え、笑い皺の刻まれた眦は鋭く眇められている。

 

 怒られているどころか、フレデリカは最早、敵対されているかのような感覚だった。

 

 「……えぇ、聞いていた通りです。おじいさま」

 

 フレデリカは頷いたが、声も足も震えている。

 それは恐れではなく、悲哀故にだ。

 

 「フレデリカ。私を──()()を処分しなさい」

 「……はい」 

 

 かちゃり、と微かに金属音を立て、フレデリカは懐から円筒状の機械──ペッパーボックス・ピストルを取り出した。

 

 フィリップが使っている、照準器のない六連装銃。

 グールに対する最低限の護身用にと思い、まだフィリップに返していなかったものだ。

 

 クイックドロウやドロウレスといった高度に実戦的な技能は持っていないフレデリカだが、動作確認などで何度も撃っている。二、三メートル以内なら狙った場所にぴったりと当てられる。

 

 慎重に狙いを定め、引き金に指を添える。

 彼女の祖父は、何も言わない。奇妙な形状の、見たことも無いはずの道具を向けられても、機械か人形のように。

 

 「……何も、聞かないのですね」

 「“私”であれば聞きたく思うだろうし、(これ)もそのように動くべきだ。しかし“私”は、お前が(これ)に親しみを覚え、錯覚を起こさないよう、なるべく無言で無感動でいるように繕う。故に、(これ)もそう振舞う」

 

 淡々と、行動原理を語る。

 それが機械的で、非人間的な行動であるという判断……いや、本来のジョン・フォン・レオンハルトならそうするという動きの再現。

 

 しかし……それは、いや彼女の祖父は、そういう冷たい演技が出来ない人らしかった。

 何をすれば人を傷つけ、祖父の似姿に銃弾を撃ち込ませられるのか。それが分からない程度には。

 

 「私は──っ」 

 

 フレデリカの声が、手が、突きつけた銃口が震える。

 

 「私には──撃てない。撃てないよ、お爺ちゃん……っ!」

 

 慟哭と共に、遂に膝が折れる。

 へたり込んだフレデリカは、客間の扉が開いていることにも、ノックもせず不躾に覗き見ている人間がいることにも気付いていなかった。

 

 彼は──フィリップは平然と扉を開け、ずかずかと部屋に踏み入った。

 

 「──じゃあ僕が撃ちましょう」

 

 呆れたような、或いは嘲笑うような声だった。

 

 「カーター君……!? どうして!?」

 

 どうしてここにいるのか。どうして勝手に入ってきたのか。そんな問いには意味がない。

 フレデリカのプライバシーとか、人間的なマナーや常識とか、そんなものは状況次第で容易に無視できるのだから。

 

 「どうしても何も、僕じゃなきゃルキアかミナがこの役で──二人ともそれなりに不機嫌だったので」

 

 仕方ないなとでも言いたげに眉尻を下げ、フレデリカに手を差し伸べる。しかし彼女が空の手を伸ばすと、それはぺちりと払われた。

 フィリップは彼女を助け起こそうなどとは思っていなかった。

 

 「銃を貸してください。先輩が撃てないって言うなら、代わりに僕が撃ちましょう」 

 「っ……!」

 

 フレデリカの身体がびくりと震え、手元で金属の擦れ合う微かな音が鳴る。

 彼女に殺人経験があるのかは知らないし、祖父の似姿を失敗作、或いは人間モドキと割り切って撃てるのかも知らない。

 

 だからフィリップは、あくまで逃避先を用意しただけだ。

 彼女が無理だと言うなら、フィリップが撃つ。だが彼女が撃つというのなら、別にそれで構わない。

 

 強烈なストレスに追い込まれ、精神に異常を来しても困るからと、少し過保護気味に介入しただけだった。

 

 「先輩。コレは貴女の祖父じゃない。同じ姿をして、同じ言動をするだけのモノです。……まさか本人から申告するとは思いませんでしたが。凄い人だったんですね」

 

 フィリップは本心から呟く。

 それが切っ掛けになったのか、フレデリカは素早く立ち上がり──フィリップと祖父の間に立った。

 

 ペッパーボックス・ピストルの銃口を、フィリップに突きつけて。

 射距離は一メートルくらい。フレデリカの腕に関係なく、まあ当たるだろう距離だ。

 

 「ははっ……!」

 

 頭蓋を砕き脳漿をぶちまける武器を眼前にして、フィリップはぱっと顔を輝かせ、楽しそうな笑顔を浮かべた。

 

 フレデリカに殺意はない。憎悪もない。そのくらいは分かる。

 だが、そんなものが無くても、人は人を殺せる。フィリップはそれを知っているが、その上で、向けられた銃口に対する怯えは無かった。

 

 どころか、武器を向けられたことに対する嫌悪感すら感じさせない笑顔を浮かべている。

 

 それがフレデリカには恐ろしく、異質感を──結局、フィリップは戦闘や殺人に慣れた戦士であり、自分には人を殺せないのだろうという諦観を励起した。

 戦えば負ける、どころか、撃っても効かないのではないかとすら思わせる。銃を下ろせと言われたら、すぐに従ってしまいそうだ。

 

 そもそも銃を向けたのは半ば反射で、フィリップを撃つつもりなど無かったのだから。

 

 しかし──フィリップはむしろ、彼女の行為に肯定的だった。

 

 「いいですね! 先輩、昨日は僕が凄いみたいなことを言ってましたけど、先輩だって同じじゃないですか。死者(好きな人)のために、生者(どうでもいい相手)を殺す。僕と同じだ」

 

 楽しそうを通り越して嬉しそうなフィリップだが、フレデリカは頷けない。

 

 フレデリカはそもそも、戦うことに向いていない。

 自分のために、或いは誰かのために他人を傷つけ、殺す──フィリップやルキアなら当然のように出来ることが、フレデリカには難しい。

 

 ガスや気化毒のような非直接的な攻撃にさえ躊躇いを覚える。銃撃となれば尚更に。

 なんせ、無力化した“使徒”にトドメを刺せた場面でさえ、その選択をしなかったくらいだ。

 

 祖父を守るためなどであれば、もしかしたら迷いを振り切って撃てたかもしれない。

 だが、()()は違うのだ。祖父と同じ姿で、祖父と同じ振る舞いをするだけのモノ。心を持たない人間モドキ。

 

 それの為にフィリップを──仲の良い後輩を、恩も借りも情もある相手を害することはできない。

 

 「僕はその思考を否定できない。だから……うん、撃つなら撃ってもいいですよ。狙うべき場所はご存知でしょう? 腎臓、心臓、脳幹。貴女が教えてくれた」

 

 フィリップは笑いながら両腕を広げ、腹部、胸部、そして眉間を示す。

 フレデリカの迷いを見透かしたかのように、急所を──指先より小さな銃弾一発で致命傷になり得る位置を、順番に。

 

 しかし、フィリップとて撃たれたいわけではないし、死にたいわけでもない。

 

 「でも……僕も死んであげるわけにはいかないんですよね。ルキアと殿下を悲しませたくないので。それに、痛いのも嫌だし……なので、脅迫をします」

 「え……?」

 

 それは流石に、フレデリカも言われたことがない言葉だった。

 思わず聞き返して、銃を下げてしまう。

 

 「撃ったら最後、三人とも死にますよ。僕が死に、二人が死ぬ。ミナにとってペットの報復は当然の権利だし、貴女を殺すことなんか手間でも何でもない。ルキアが怒りと悲しみのどちらを先に、どちらを強く想うのかは分かりませんけど、感情に浸るより貴女を殺すのが先だ」

 

 だろう、とは言わなかったし、思わない。フィリップには確信がある。

 知っている、と言ってもいい。二人の性格、思考速度、戦闘センスなどから、確信を持って未来を予想できる。

 

 フレデリカは死ぬ。

 

 「無意味、無価値、不毛の極みだ。僕を撃った場合、貴女たちの余命は……十秒とか? ちょっと多いかな。銃声を聞いたルキアやミナが魔力視を使い、状況を確認し、魔術を撃つ。三行程、どれも一秒以下で済ませるでしょうし、余命は二秒ぐらい?」

 

 大雑把な計算だが、フレデリカも概ね同意するところだ。

 ここでフィリップを撃ったって、フレデリカは祖父と共に家に帰り、家族と再会させたりは出来ない。

 

 今度この部屋を訪れるのは、フィリップのように、笑いながら言葉を交わしてくれるような甘い相手ではない。

 或いは、部屋を訪れることさえなく、なにかの魔術が死を意識させる時間も無く、瞬時にフレデリカを消し飛ばすかもしれない。

 

 しかし、そんな脅しに意味はなかった。

 ……フレデリカはもう、完全に心折れていた。

 

 「……意地が悪いな、キミは。私に撃つ覚悟がないことくらい、お見通しだろうに。……分かっているよ。これは祖父ではないし……きっと、居てはいけないモノだ」

 

 銃口が、銃を持った手が完全に下がる。

 フィリップが吐いた溜息は、死線上を離れたことによる安堵か、或いは落胆か。

 

 「脅迫に屈したことにすれば、自分との折り合いも付きやすいでしょう? まあ、最終的に自分から折れたんですから、僕は先輩を見くびっていたってことですね。……銃を向けてきた相手に謝りたくないので、その件と相殺ってことで」

 「え、いや──」

 「──銃を」

 

 それ以上フレデリカと言葉を交わすつもりはないと言うように、フィリップは再び手を差し出す。

 

 「っ! ……分かった」

 

 一瞬びくりと身体を震わせたが、フレデリカは素直にペッパーボックス・ピストルを手渡し、射線上から退いた。

 

 シリンダーには六発全て装填されていたが、引き金には安全装置が掛かっていた。

 

 「……最後に聞かせてくれないか。君の名前は?」

 

 燧石を確認していたフィリップは、正面からの声に目を上げる。

 フレデリカの祖父は相変わらず人形のような無表情でベッドに座っていたが、今は少しだけ、フィリップを見る目に人間味を感じた。

 

 好奇心、だろうか。

 フィリップも同じものが少しだけ含まれた、しかし的を見るように冷たい視線を返す。

 

 「死体モドキと喋る趣味はないんだけど……フィリップ・カーター」

 「そうか。カーター君……すまない。それと、ありがとう」

 

 は、と、フィリップは小さく笑う。

 そして左手で銃を持ち、身体に染みついた感覚で狙いを定めた。

 

 「心の籠らない謝罪も礼も要らない。けど、まあ、先輩のお爺さんの人となりがなんとなく分かったよ」

 

 銃声が響く。

 放たれた弾丸は狙い過たず脳幹を貫き、老人の首が衝撃に揺れる。一瞬で力を失った身体は弾丸の勢いに押されて後ろ向きに傾ぎ、腰掛けていたベッドに横たわった。

 

 弾丸は後頭部へ抜け、装飾の施された壁に埋まる。頭蓋の穴からは血と脳の一部が混ざり合って噴き出し、飛び散って壁を汚した。

 

 「……あ゛」

 

 しまった、と、フィリップの顔が蒼褪める。

 

 人間を殺すのも人間モドキを殺すのも羽虫を殺すのも大差ないが、それでも、虫を殺すときは周囲に気を払う。振った手が人や物にぶつからないか、とか。

 

 それを思えば、今のフィリップは考えが足りなさ過ぎた。

 食卓上で羽虫を叩き潰して、衝撃でグラスを倒してしまった時くらいの後悔がある。

 

 「これ、壁の修繕とか血汚れの掃除とかしなきゃいけないんじゃ……」

 「……カーター君」

 「最悪だ……。完全に僕のミスだし……というか、まずルキアと公爵様に謝らなくちゃ……」

 

 せめて庭に出してから撃てば良かったと思うも、後の祭りだ。

 風穴の空いた頭蓋から流れ出す血が、じわじわとベッドシーツやマットに染みていく。

 

 「寝不足が……寝不足の影響がっ……!」

 「カーター君!」

 

 とんでもないミスをしたことに意識を取られているフィリップに、フレデリカはもう一度、強い声で呼びかける。

 「なんですか?」と振り返ったフィリップは、もう怒られることしか考えていなかった。……いや、「全部グールのせいじゃないかな」とか舐めた思考も、ちょっとだけある。

 

 それはともかく。

 

 フレデリカは祖父の似姿に歩み寄り、足を持ち上げてきちんとベッドに横たえる。

 弾丸の衝撃で見開かれていた瞼を閉じさせ、血に汚れて乱れた髪を魔術で整え、外観を繕った。

 

 そしてフィリップに向き直ると、神妙な顔で頭を下げた。

 

 「……ありがとう。ケリを付けてくれて」

 「は……? 僕はどちらかというと、先輩とお爺さんの再会にケチを付けたって感じでしたけど」

 

 頭でもおかしくなったのかと──強い精神的ショックで発狂でもしたのかと、フィリップは胡乱な目つきで観察する。

 

 しかしフレデリカの目に狂気の色はない。

 あるのは正常な悲哀と後悔、涙の気配だ。

 

 「いや……。今回の方法は、私に思いつく限り最善の死者蘇生術だった。そして、外部からの観察では判別できない瑕疵を、神父様が見つけてくれた──失敗だと判明した。これはとても有意義な結果だよ」

 「……別の方法とか試さないでくださいね? 特に時間操作。今度こそ死にますよ」

 

 不穏なものを感じて警告するフィリップだったが、フレデリカからは苦笑が返ってきた。

 

 「流石に、キミに愛想を尽かされるような真似はしないさ。無理なものは無理だ、という実験結果はね、私たちには有意義なんだよ」

 「……諦めが付いたのなら何よりです」

 

 まあ、人が死ぬこと、死んだことに対して、殊更に「諦めが付く」という状況は、あまり普通ではないけれど。普通は抗おうと思わないし、抗いようもない。死は絶対的で、故に、諦観もまた絶対的に付随する。

 

 ──それでも、これでようやく、フレデリカも普通に悲しめるのだろう。

 死を抗いようのないものとして受け入れて、悲しんで、じわじわと慣れて、“その先”を生きていけるのだろう。

 

 「うん。……でも困ったな、私の最大の研究命題が終わってしまった。胸に穴が開いた気分だよ」

 

 とめどなく溢れ出る涙を袖口で拭うフレデリカに、フィリップはそっとハンカチを手渡す。

 

 彼女を舞台俳優のようだと思ったことは何度もあるが、泣き顔まで演出的でカッコいいとは思えなかった。むしろ、フィリップでさえ胸がちくりと痛むような、儚げな脆さを感じさせた。

 

 「……そりゃあ、家族が死んだら、そんな気分にもなるでしょう」

 「あぁ……うん、そうだね」

 

 フレデリカは目元を覆い、へたり込むように泣き崩れた。

 

 ……本当に? と、フィリップは自分自身の言葉に、少しだけ引っ掛かりを覚えた。

 仮に自分の家族が死んだとき、本当にそんな感情を抱けるだろうか、と。 

 

 けれど──()()()()()()()、今は下宿先の一室に汚物をぶちまけてしまったことが気になっていた。

 




 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』
 シナリオ22 『死体蘇生者フレデリカ・レオンハルト』 グッドエンド

 技能成長:【剣術】等、使用技能に妥当な量のボーナスを与える。

 特記事項:なし
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