なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
戦闘終了からほんの数分で、戦闘の気配を察知した衛士の部隊がフィリップたちのところにやって来た。
殆ど音も立てなかったのに、とフィリップは驚き、衛士たちは一匹残らず斬り伏せられ串刺しにされたグールの群れを見て慄いていた。
とはいえ死体には慣れており、旅装のポケットを漁ってから死体を焼却する手際には淀みが無い。
まあ、成果は乏しかったようだが。
誰も身分証明書を持っているなんて期待してはいなかったが、所持品と言えるものは衣服だけで、王都に侵入した方法を探る手掛かりになりそうなものは何もなかった。
ただ、所持品からではなく、衛士たちの経験からはアプローチ出来そうだった。
「あっ!? こいつら!?」
他より遅れて死体の検分に混ざった──フィリップに「今回は当事者だし仕方ないけど、武装状態で王都内を歩いちゃ駄目だよ」等々形式的な注意をしていたから──衛士が、死体の顔を見るや声を上げた。
手応えアリかと他の衛士も寄ってくる。
「ご存知なんですか?」
「あぁ。えっと……クリスタル地下水道っていう、王都の水源の一つがあるんだが、その近くで稀に見かける魔物だよ。殺しても死体が消えないんで、厳密には魔物じゃないかもしれないけど」
衛士は言葉を切り、同僚が検分しているグールの死体を見る。
普通の魔物ならとっくに死骸が魔力に解け、風に散っている頃合いだが、一つたりとも消えていない。
「魔物や犯罪者なんかが地下水道を通って入らないように、王都までの各所には設置型魔術とか結界とか、色々と防衛設備があるし、俺たちも定期的に巡回したりしてる。その時にぶっ殺してやったことが何度かあるんだが……まさか、抜けてきたのか?」
それから衛士は防衛線を確認すると言って立ち去り、フィリップたちは詰め所に案内された。
ミナと一緒に仮眠を取って二時間ほど待ち、衛士が結果を持ち帰ると、詰め所内のミーティングルームに場所を移し、墓所近辺が担当の衛士も交えて話し合うこととなった。
王都内に二十体もの魔物が侵入したとあって、衛士団長が出てくるかとも思っていたフィリップだったが、残念ながら彼は一等地の警護に当たっているそうで、共同戦線とはいかなかった。
「結論から言うと、違ったよ。今だけじゃなく、カーター君が襲われたって話を聞いた直後……半日ほど前にも確認したらしくて、何なら一週間ほど前にも警報が作動したとかで確認してる」
衛士たちの何人かが「そういえば」と頷く。
だがフィリップは部外者だ。「警報?」と首を傾げると、衛士たちもそれを思い出した。
うっかりしていたのは、偶に彼らと一緒に先代に訓練を付けて貰っているからか、或いはさっきから自然に馴染んでいたからか。
「あぁ。刻印型の魔術で、近くを生き物が通ると魔術信号を放つ仕掛けだ。後から調整が利かない代わりに物凄くシビアで、ネズミにさえ反応する」
「え……不便じゃないですか?」
大山鳴動、というほどではないにしても、衛士たちはそれなりに武装して気を張って確認に行くだろうし、王城にも報告されるはずだ。そして鼠一匹というオチでは、なんというか、徒労感が凄そうだった。
それに、フィリップは地下水道がどんなところなのかは知らないが、ネズミなんてどこにでも居る生き物だし、一日十回は警報が作動しそうなものだ。
胡乱な顔のフィリップに、衛士は肩を竦めた。
「俺も全部を知ってるわけじゃないが、それ以前の防衛設備が鼠一匹通さないように組まれてるんだ。もし警報が反応したら、少なくとも鼠一匹を通してしまう程度には綻びがあるってことになる」
「……それはそれで、警報が鳴った時の確認作業が面倒じゃないですか?」
「まあ、警報が鳴るってことは防衛設備が全部抜かれたってことだしな。誤作動じゃないなら切迫した状況だし、誤作動だったとしても、どこに不備があるのかも分からない。実際、警報魔術はもっと王都に遠い位置から沢山置くべきだって声もあったらしいんだが、先代が蹴ったそうだ」
先代衛士団長──中年の身ながら、今なお現役の衛士を圧倒する猛者の言葉は、それはもう鶴の一声だったことだろう。
だが、フィリップには今一つ理由が分からなかったし、そういう場合に「まあでも彼が言うなら」と盲目的に納得するタイプではない。その相手がステラだった場合を除いて。
「なんでです?」
理由を問うと、何故か衛士たちは顔を見合わせ、苦笑を交わした。
「『敵が来てるなら殺せばいい。魔術の不備ならそこまで走って来い』だそうだ。らしいよな?」
「飛んでるドラゴンを追い返す人の意見を参考にするのはどうなんですか……?」
らしいけども、とフィリップも彼らと同じ苦笑を浮かべた。
警報が鳴っても「まあ他の防衛装置があるし」とか思うのは油断だし、警報を複数段階に分けて設置すると、そういう慢心の元になる。
だから最後の最後にだけ置いて、対処に向かう衛士たちに注意を促す、という言い訳は、フィリップがいまなんとなく思いついたものだ。
実際の理由は定かではないが、まあ予算とか術者の数や技量なんかも絡んでくるだろうし、戦術ではなく物理的に不可能だったとかかもしれない。
「ま、その先代も防衛設備のテストをして、一月ぐらい入院したらしいから。地下水道ルートじゃないんじゃないか?」
「凄い話がどんどん出てくる人だ……」
呆れ混じりに笑いつつ、フィリップも衛士たち同様、グールの侵入経路予想一覧から地下水道ルートを消した。
大雑把な計算だが、強さは『防衛設備>先代衛士団長>成龍』といったところ。そのかなり下にフィリップがいて、グールはそのまた下にいる。突破は不可能だ。
「戦場での逸話も多いんだが、どうしても血腥い話になっちまうからな。与太話にはいい塩梅だろ」
「ははは……。それで、地下水道じゃないとしたら、どういう侵入経路が考えられるんですか?」
「一つは城門だな。常に六人以上の衛士が見張ってるわけだが、そいつらを欺くのは……まあ、城壁をブチ抜くよりは簡単だろ?」
そうかなあ、とフィリップはまた怪訝そうに眉根を寄せる。
そりゃあ、城壁は厚い石と錬金術製建材で組まれた、対砲撃・対魔術性能に優れた防衛設備だ。
ルキアやステラでも、穴を開けたければ強力な魔術を使うしかない。ミナの血槍は刺さりはするだろうが、貫通に何千発必要か分かったものではない。
だが、城門に立つ衛士たちだって相当に強い。
白兵戦担当と魔術担当がバランスよく編成され、門を潜る全ての人間を確認している。
お行儀よく待機列に並ぶ者ばかりではなく、まだ王都に向かってきている街道上の段階から、視力強化や魔力視などで観察している。
彼らの目を掻い潜るのは不可能だ。
ミナぐらい強ければ強行突破も出来ようが、フィリップ程度では広範囲魔術で跡形も無く消し飛ぶだろうし、フィリップ以下のグールなど。
「……ミナ、何か思いつくことない?」
「城壁を飛び越えたとか、穴を掘って潜り抜けたとか?」
水を向けられたミナの答えは適当だった。
自分なら出来る、かつ、ぱっと思いつく方法を挙げただけなのだろうけれど。
「城壁の上には衛士団の巡回がいるし、対空監視も、飛行型魔物の侵入を防ぐ結界もある。まあ、そっちは何度か抜かれてるし、有り得ないと強く主張できないが。……穴を掘るってのは盲点だったが……あの城壁、20メートルぐらいあるぞ? 基礎は相当深くまで組まれてるはずだし、掘れるものか?」
衛士の答えに、フィリップも頷いて同意を示す。
地中のことは知らないが、「何度か抜かれた」実例には心当たりがあった。
「何度かって、成龍とディアボリカですよね? ……そんなに上等なモノじゃないですし、そもそも飛べるとは思えないですね」
「だよな?」
片や成長すれば神格を手に入れるトンデモ生物、片や魔王陣営にて一勢力を統べる吸血鬼の君主である。本人が面白おじさん……オネエさんだったので意識するのが難しいが、あれでも“王龍殺し殺し”、不等式にするなら『ディアボリカ>吸血鬼の始祖>王龍』となる、化け物の中の化け物だ。
流石に、グールを並べて語る気にはならない。
「ならやっぱり、警報が作動した以上、そちらが抜かれたと考えるべきではないの?」
「確認した奴らは何もなかったって言ってたし、誤作動だろう。防衛設備だって再確認したんだ」
ミナの問いに答えた衛士は、「話聞いて」と言いたげな──しかし彼我の実力差故に口にできない物悲しさを湛えた顔をしていた。
何かが引っかかったのかミナが眉を顰めるが、引っかかったところがあるのはフィリップも同じだった。
「……あの、設置型魔術って誤作動するんですか?」
聖人と化け物による超絶技巧で影の中に刻印魔術を仕込まれているフィリップだが、そんな話は初耳だ。
彫られているのは攻撃魔術ではなく拘束の術式だし、暴発したところでミナが不機嫌になる程度で実害は殆ど無いと言っていいが、それでも気にはなる。
「普通はしない。でも所詮は魔術だから、強すぎる魔力を受けるとおかしな挙動をしたり、壊れることもあるんだ。王都は、ほら、“強すぎる”方が大勢いらっしゃるから、たまにね」
話を聞いて、ミナは「脆弱な魔術ね」とでも言いたげに面倒臭そうな顔をしていた。
確かに「誤作動かもしれない」だけであって、「誤作動だ」と言い切る根拠がないのは面倒だ。防衛設備の強さについては説明を受けたが、誤作動でない可能性──つまり、宮廷魔術師と衛士団を上回る魔術能力を持った存在の侵攻を受けている可能性が残る。
尤も、そんな手合いは極めて稀ではあるが、その「極めて稀」の実例がフィリップの隣で深々と嘆息している。
「
「うーん、そう言われると、そうか……?」
ミナの言葉に、フィリップもうんうんと頻りに頷いて同意を示す。
しかし、衛士たちは懐疑的だった。
その差は、知識と経験の差だ。
フィリップとミナはグールとの交戦経験が浅く、能力をよく知らない。個体差の上限と下限、平均、特殊能力。そういったものを知らないのに、超常的なものを知っている。
ミナは出来る。ディアボリカも出来る。ミナの配下や、魔族や魔人と呼ばれる上位の魔物になら出来る。
なら、グールやその上位種──存在するのかは知らないが──、或いはミナの知る「出来る奴」が介入してきたと考えれば、辻褄は合う。
衛士たちは逆だ。少ないとはいえグールと戦った経験があり、戦闘報告書まで書いている。大体の能力については知っているが、逆に、既知の上限が低い。人間の中では上澄み、程度の強さまでしか詳しく知らないのだ。
まあそれ以上と戦ったら当然のように死ぬので、当然と言えば当然だが。
自分にもできて、出来るモノをよく知っているミナ。なんでもありの存在を知っていて、自分の知らない、想像も及ばないモノが居るということを知っているフィリップ。
二人の“想定”は、衛士たちにとっては行き過ぎて現実味のない“想像”の域と言える。
しかし二人にとっては、十分に現実的な仮定だった。
「……そういえば、だいぶ前の……ゴエティアの悪魔はどうやって侵入したんですか?」
三年前、フィリップも巻き込まれた悪魔襲撃事件。
魔王麾下のゴエティアが合計三体も現れた大事件だったが、そもそも奴らは何処から、どのようにして侵入したのか。
今更ながらそんなことを思い出して疑問に感じたフィリップだった。
「悪魔には召喚術っていう疑似的な空間転移があるからな。カルトが一匹でも紛れ込めば、後からどうとでもできる。カルト自体はあの事件より前にぶっ潰したんだが、そいつらの召喚した中位悪魔が地下の下水道に逃げ込んで、そこで更に上位の悪魔を召喚したっていう二段構造で……言うなればアレも城門からだな」
カルトが城門から堂々と入り、その後、召喚術で悪魔を呼び出す。
そういう手法であれば、王都内に人外を出現させられるわけだ。
そして、この手口は実行まで露見しない。
まさかカルトの教典だの、悪魔崇拝の儀式の手順書なんかを持ち込むはずもないし、カルトと言っても、要は低級の魔術師が一人。王都の豊かな暮らしを求めて訪れる魔術師は数多いし、危険物を持ち込む間抜けでもない限り、正当な手続きで門前払いには出来ない。
まあ、実際には怪しい人物には監視が付くし、王都内には巡回の目もあるので、悪事を働くのはかなり難しいのだが。
それに、悪魔は唯一神の対抗存在である魔王の配下であるとされ、反転した信仰の象徴とも言える。
だがグールは、歴戦の衛士であっても知らない者がいるほどマイナーで、しかも死体を喰うような汚らしい生き物だ。
「グール信仰のカルトっていうのは、流石にちょっと考えにくいですね。アレは信仰対象にするには低劣過ぎる」
フィリップがそう、嘲笑った時だった。
ミーティングルームの扉が開き、一人の衛士が顔を覗かせる。墓地に来たうちの一人で、グールの死体検分を担当していたはずの人物だ。
「おい! ちょっと来てくれないか! なんか人間みたいなのが居るんだが!」
一行は顔を見合わせ、ぞろぞろと死体安置所に移動する。
グールの死体は幾つかサンプルとして持ち帰っていた。その内の一つは死体安置所の隣、解剖室で今まさに腑分けられており、廊下には独特の悪臭が漂っていた。
ただ血の匂いが大半で、悪臭に敏感なミナは、むしろ一番慣れていて平然としている。
死体安置所に入ると、簡素な台の上にグールの死体が幾つか並んでいた。
そしてその中に、確かにヒトらしき死体もある。股関節から脳幹部までを綺麗に貫かれて死んでおり、一見した外観はそれなりに綺麗──少なくとも内臓が零れていたり、身体の左右が分かれていたりはしない。
ただ、頭頂部に赤い角が生えたままなのは可笑しかった。地面から生えた血の杭を伐って、そのまま持ってきたのか。
初めからあったものと混ざってしまった、なんて間抜けではないだろうし、そもそもその死体はグール同様、黒っぽい旅装を身に付けている。同じ集団の一員であることが直感的に分かった。
墓場は暗く、そもそも居るのはグールだけだと思っていたから人相確認なんてしなかったが、もしかしたら焼却した死体の中にもヒトのものがあったかもしれない。
「……不運にも巻き込まれたって風情じゃねえな」
困惑も露な衛士が呟く。
運悪く、たまたま深夜の墓地にいて、フィリップとグールの戦闘を傍観していたらミナの魔術に巻き込まれた──と考えるよりは、もう少し有意性の高そうな仮説が幾つかある。
「……可能性1、僕の考えが浅くて、こんな下等生物にも信仰を捧げちゃうくらい低劣な人間が居た。可能性2、こいつらは見た目より賢くて、恐怖または利益を使って人間を従わせ、または協力していた」
どちらにしても面倒だ。
人間の協力者がいるなら、王都に侵入した方法については察しが付く。召喚術だ。
しかし今度は、潜伏場所の候補が膨大になる。
どうせ地下下水道か人目につかない場所の空き家だろうと誰もが思っていたが、人間が協力するとなると、普通の民家に匿われていたっておかしくない。
経験豊富で、通行人が服の下に隠した短剣を見つけられる衛士たちも、家の中で化け物を飼っていることまでは見抜きようがないのだ。
そして──状況はもっと複雑だった。
「可能性3──こいつらは元は人間だった」
「……」
ミナの言葉を笑い飛ばせる者はいなかった。
彼女が剣先を器用に使って持ち上げた腕を見てしまったからだ。
男の両手はグールと同じく太くごつごつした指を持ち、鋭利な鉤爪を備えた獣のものに変化していた。