なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 話を終えてミナと合流すると、予想通り、彼女は不快げに顔を顰めた。

 

 「終わったの? ……うっ、相変わらず酷い臭いね」

 「今日は一段と臭いだろうね」

 

 いや、ナイアーラトテップの臭いが悪臭でシュブ=ニグラスの臭いは芳香、なんてことはないだろうけれど。

 だが単純に、香料AとBの混合を希釈したものが普段のフィリップの匂いだとしたら、今は香料Aの原液みたいなものだ。

 

 半ば諦めと共に予想していた通り、フィリップは水洗いされた。

 

 「……まあ、多少はマシかしら」

 

 魔術で服や髪の水分を飛ばしながら、ミナは「まだ足りないけれど」と言いたげな顔で言う。

 

 「ごめんね、なんか。僕は全然悪くないとは言い訳しておくけど」

 

 誰が悪いといえば……フィリップに寵愛なんていうクソみたいなものを与えたアザトースが悪い。ただ“在る”だけのモノに善いも悪いもないのだが、それが分かっているだけになお気分が悪い。

 

 「そういえば待っている間、衛士に声を掛けられたわ」

 

 どろどろと瞳を溶かしていたフィリップに気付いたわけではないだろうが、ミナが思い出したように言った。

 

 正確には隠密と魔術師を含む四人ほどに包囲され、ガチガチの警戒態勢を敷かれたのだが、ミナにとっては大差ない。

 

 「……殺してないよね?」

 「前にも言ったけれど、きみのお願いを忘れるほど薄情ではないわ。何をしているのかと聞かれて、ペットを傷つけた野良犬を狩りに出てきたと答えたら、納得して去っていったわよ」

 

 ギリギリセーフ、とフィリップは内心歓喜した。半日ほど前の自分に喝采したい気分だ。

 

 「……情報共有って大事だね」

 

 予め衛士団にグール、というか王都内に侵入しているナニカのことを伝えていなければ、今から事情聴取とか諸々面倒なことになっていたはずだ。

 最悪、ミナが人間を襲おうとしていたと勘違いされ……は、しないか、流石に。

 

 ミナは夜中を待ってコソコソ動くタイプではないし、その必要もないほど強い。

 まあ、「じゃあ何してたの?」という疑問は残るけれど。

 

 「そう? なら聞かせて頂戴。アレが何だったのか」

 「人間じゃなかったよ。哲学的ゾンビ……外部からの観測では人間のようにしか見えないけど、その内面に感情の動きを持たないモノ、だって」

 

 こんな説明で納得するのだろうかとフィリップが我ながら思うほど簡潔な説明だったが、ミナは「ふうん」と素直に頷いた。

 

 人間かどうかは気になっていても、詳細を知ろうとは思わない程度の興味だったらしい。

 

 「ふうん……味見くらいはしておくべきだったかしら」

 「吸血鬼にも判別できないって言ってたし、血の味も変わらないと思うよ。……それで、グール狩りだけど、指標みたいなものはあるの? どこから探すとか」

 

 ナイ神父に聞いたところ、グールは正真正銘この星の生き物であり、蛇人間や深きもののような邪神に連なるモノではないと言われた。

 まあ通常の進化を経た生物ということは、系統樹を遡れば原核生物に行きつき、その祖にはウボ=サスラが居るわけだが、流石にそこまでは考えなくていい。

 

 ナイ神父から得た情報はそれだけだ。

 となると、直接の交戦経験は無くとも、配下から戦闘報告を受けていたミナの知識を基に動くしかない。

 

 「取り敢えずは奴らの縄張り……墓地に行ってみるべきじゃない? 巣穴でもあれば、そこをそのまま墓穴にしてやりましょう」

 「そうだね。衛士団の目を掻い潜って侵入した方法とか経路とかは調べないとだけど、あいつらどう見ても人語を解せそうにないし」

 

 フィリップの拷問術──もとい、苦しめて殺すノウハウに、ミナの契約の魔眼と、情報を引き出す方法は無いわけではない。

 だがあの容貌では人語を話せないだろう。口の形がまず違うし、声帯も恐らく。

 

 まあ契約の魔眼で実演させるという方法もあるが、ミナの様子を見るに、それは面倒と切り捨てそうだ。

 

 墓地に着くと、フィリップはなんとなくウォードとモニカの墓がある辺りに足を向けた。

 特に何か当てや意味があってのことではなく、月と星の明かりを頼りに歩く夜闇の中で、無意識に馴染み深い道を選んでいただけだ。

 

 足を止めたのはミナが先だった。

 背後でずっと鳴っていたハイヒールの靴音が止み、フィリップも倣う。

 

 「……巣穴はともかく、本体は居たね。全部で何匹いる?」

 

 気が付くと、辺りには幾つかの光点が浮かんでいた。

 墓石の陰、茂みの中、木陰に樹上。一対二つの光点が動き、夜闇の中から滲み出るようにして、幾つもの人影が姿を現す。

 

 いや、それは人間の身に付けるような黒っぽい旅装をしているだけで、中身は人間ではなかった。

 人間の目はここまで光を反射しないし、犬のような唸り声を上げたりもしない。

 

 ──グールだ。

 

 「全部で二十匹くらいね。何匹欲しい?」

 

 まさか本当にいるとは、と気だるげに笑いながら、ミナは武器も出さずに尋ねた。

 

 フィリップは腰に佩いた剣に手を添えつつ、姿勢を下げる。

 深く──通常の剣術では有り得ないほど深く。

 

 「行けるところまで」

 「そう。じゃあ見ててあげるわ。逃げそうなのは殺すから」

 

 ミナはふわりと宙に浮き、三メートルほど上で虚空に腰掛けた。

 

 「──!!」

 

 獣の群れが咆哮し、波濤のように押し寄せる。

 その機先を制するように、鋭い風切り音と独特な破裂音が鳴り響いた。

 

 龍骸の蛇腹剣『龍貶し(ドラゴルード)』。

 鞭形態で振り抜かれた先端部分は音速を超え、卑小な獣の首を一息に三つ、何の抵抗も無く斬り飛ばす。当代最高の錬金術師が設計製造し、宮廷魔術師の付与魔術によって仕上げられた人造の魔剣は、フィリップの手に肉を裂き骨を断つ感触を返さなかった。

 

 だが死んでいる。完膚なきまでに。

 横並びの三匹が頭部を失い、降り注ぐ星と月の明かりに鮮やかな赤を混ぜている。

 

 驚くような光景ではないし、見慣れないものでもない。低位の魔物なら血を噴き出す前に身体が崩れるから、駆け出し冒険者には少しキツい程度。

 

 吸血鬼にも、対人戦経験の豊富な──カルトを惨殺することに悦びを感じるフィリップにも、そして獣の群れにとっても、その鮮烈な警戒色は馴染み深い。

 

 だが獣の群れと一括りに語っても、要は個体の集合であり、各々には性向がある。

 仲間を殺されて怒りのままに飛び掛かってくる奴、予想外のリーチと速度に警戒する奴、仲間が殺されて怯む奴。

 

 差し当たって危険なのは一番目、面倒なのは二番目。ミナの援護があり逃走可能性がゼロの今は、三番目の奴らは気にしなくていい。

 

 「──!?」

 

 冷静に連携しながら攻撃してきたグールは三匹。相対位置を誤魔化しながら攻撃の隙間を潜り抜けると、内心の怯えを誤魔化すために攻撃を選んだ、動きに精彩を欠く個体が五匹いる。

 

 白兵戦で五対一と考えると絶望的だが、実態としては一対一が五つ──とまでは言わずとも、精々二対一が二つと、様子見が一匹。

 

 攻撃を透かされた驚きから早くも立ち直った冷静な三匹も合わせて、計八匹。

 

 「──ッ!」

 

 手近な個体の上半身と下半身を切り分ける。

 その隙を突くように、斜め後方の死角から冷静な一匹が距離を詰める。

 

 肌感覚で接近を察知したフィリップは身体を捻り、ジャケット越しに銃撃しようと脇に手を入れ、ペッパーボックス・ピストルが調整中であることを思い出した。

 

 「おっと……」

 

 慌てることなく足の位置を変えて身体を回すと、鞭形態の蛇腹剣が尾のように翻り、死角だったはずの位置を薙ぎ払う。

 狙った一匹と間抜けな一匹が斬線上に残り、腕が一本と首が一つ、ごろりと地面に落ちた。

 

 意外と目が良い、とフィリップは冷静に評価を下す。

 特に戦闘慣れしている冷静な方、“獲った”と確信した勢いで突っ込んできておきながら、反撃に対して凄まじい速度で反応した。

 

 姿勢が作れていなかったから最速ではなかったが、それでも先端速度は亜音速。見てから避けられるものではない以上、フィリップの動きを見て対処したのだろう。

 

 だが足を止めたのはいただけない。

 

 「《萎縮(シューヴリング)》」

 

 腕を落とされた激痛で動きが止まった個体に魔術を撃ち込む。

 以前の個体が偶々魔術耐性に劣るだけではなかったようで、そいつは苦悶の声を上げながら、体の内側からじわじわと脱水炭化した。

 

 凄惨な死に様を見せつけられて、残る六匹のうち二匹が目に見えて怯む。

 怯まなかったうちの一匹が手近にいて、フィリップは一先ずそいつの足を狙いながら、次の獲物に目星を付ける。

 

 怯んで動きの鈍いヤツから殺すか、自分から向かってきてくれる楽な首から獲るか。

 

 あまりガタガタ考えていては動きが鈍るから、対多戦では考えすぎないのがセオリーだ。そもそも白兵戦は状況の変化が早く、いま出した最適解が三秒後には覆っていたりもする。

 

 最優先事項と次点くらいに気を配っておけば、大体のことにはリカバリーが利く。

 

 今回は達成すべき課題が無い。

 ミナの援護があるから相手を逃がしてはいけないなんてことはなく、カルト相手ではない以上惨殺への拘りも無い。強いて言うなら、ルキアに心配をかけないよう怪我をしない、くらいか。

 

 なら簡単に考えていい。近い順だ。

 

 一番好戦的で、一番近い場所にいたグールの爪が虚空を掻く。

 そこに居るように見えたのだろうが、実際にはフィリップは半歩ほど右に居て、そいつの胸から延髄へ切り上げるような構えを取っていた。蛇腹剣は既に、直剣形態に戻っている。

 

 「ギャ──、」

 

 断末魔を途切れさせ、胸の上下で分かれたヒトガタの獣を遮蔽に、挟み込む位置に居た個体から姿を隠す。

 それと同時に、援護する位置に居た個体に『萎縮』を撃ち込んで炭の塊にした。

 

 背後のグールが、まだ立っていた仲間の死骸を押し退けるように前に出ると、フィリップはもうそこには居ない。

 犬らしく嗅覚に自信があるのか鼻を鳴らすが、辺りには仲間の血の臭いが立ち込めている。人間の臭いが混ざっていることは分かっても、方向までは判別できない。

 

 正解は後ろだ。厳密には斜め後方、そして拍奪の前傾姿勢故に、下方。

 押し退けられた死骸の影に潜むように、動きを合わせて回り込んだ。

 

 「敵を見失ったら、まずは背後を確認しなくちゃ……」

 

 それでも目線の高さには居ないし、もし発見しても、目視した通りの場所には居ないけれど。

 

 「──!!」

 

 獣の断末魔を上げ、縦に両断されたヒトガタが左右に倒れる。

 

 「──、」

 

 交戦の意思を見せていた最後の一匹は、戦えそうなのは最早自分一人と悟ったのか、低い唸り声を残して踵を返した。

 

 「あぁ……それ悪手だよ。この状況で一番やっちゃいけないことだ」

 

 フィリップの呆れ声は届かない。届いたって従わないだろうけれど。

 

 最初から逃げ腰だった個体や恐怖で立ち竦むしか出来なかった個体、まだ生きていた全てのグールが、フィリップに背を向けて散り散りに逃げ出す。

 

 それは分かる。

 戦うだけのガッツがあった連中──自分の戦闘能力に自信のあった個体を皆殺しにされては、残る選択肢は破れかぶれの突撃か、敗走かだ。

 

 だが逃げるのは駄目だ。この状況では絶対に。

 

 「だって僕より、そっちの方が()()()だ」

 

 そして一匹の例外も無く、一秒のラグも無く、地中から生え出でた血色の槍に串刺しにされた。

 

 苦悶の声が複数上がる。

 背中から胸にかけてを刺し貫かれ、内臓を垂らす個体のものだ。

 

 残りは股関節から脳幹部までを綺麗に貫かれて即死していた。

 

 「最後以外は及第点ね。成長を感じられて嬉しいわ」

 

 空中から降りてきたミナがフィリップを背後から抱きしめ、気だるげながらも言葉通りの感情が滲む声で褒める。

 照れ交じりに喜びつつも、最後に何かミスをしただろうかと思い返したフィリップは、自己採点では瑕疵を見つけられず首を傾げた。

 

 「獣相手に道理を説くなんて、不毛じゃない」

 

 それはその通りだと、フィリップは返り血の付いた顔で愉快そうに笑った。

 本当に、人間以外と話すことに慣れ過ぎていた。

 

 

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