なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 シャワーと着替えを済ませたフィリップは、メイドに案内されてルキアたちのいる応接間に戻ってきた。

 

 公爵邸の応接間は居室よりやや威圧的、つまり装飾華美ではあるものの、決して下品な飾り方はされていない。絵画や装飾剣といった調度品が少し多いくらいだ。

 

 そんな華やかな空間にルキアとミナとフレデリカがいるのは、さぞかし絵になる光景なのだろう……と、フィリップが少しばかりの期待を胸に抱いていたのは、扉を開けるまでだった。

 

 「……」

 「……」

 「……」

 

 沈黙があった。

 

 誰も何も話していない。

 ただ萎縮しきったフレデリカを、ルキアとミナがじっと見つめている。

 

 「……え?」

 

 見た目には華やかな空間なのに、空気が凍り付いていた。

 誰か死んだの? なんて軽口を自重するくらいには。

 

 「状況的には“生き返った”わけなんだけど……。あの、何かありました?」

 「……何があったのか彼女に聞いたわ。それで、今は行動の浅はかさについて問い詰めていたところよ」

 

 フィリップはトコトコとソファに向かい、ルキアが動いて空けてくれたスペースに座る。ミナとルキアの真ん中に収まると、ちょうど、フレデリカが対面になる位置だ。

 

 苛立ちを収めるような長い一呼吸を挟み、静かに答えたのはルキア。

 声に怒気は混じっていなかったが、フィリップは気持ちミナの方に身体を寄せた。 

 

 「浅はか? 先輩がですか?」

 「死者が蘇ったと聞いて「そうなんだ」なんて受け入れていたのなら、きみもそうね」

 「受け入れ……いや、うん、僕もだね」

 

 呆れ混じりのミナに反駁しようとして、やめる。

 受け入れていた、というのが「許容した」という意味ではなく「実現可能性を認めた」という意味だと察したからだ。

 

 「でもレオンハルト先輩が龍血まで使ったって聞いたら、「それなら」って納得できませんか?」

 

 フレデリカの発想力は凄まじい。

 これまで不可能な技術であった魔力中和装置を机上論で設計したのち、古龍の心臓を用いた実機を組んで理論を証明してみせた。

 

 それほどの錬金術師が「出来た」と言うのなら、常識に照らして即座に否定するのはナンセンスだろう。

 

 フィリップが同意を求めるように目を向けると、ルキアとミナは顔を見合わせ、再びフィリップに向き直った。

 

 「……錬金術で人体を作って、死霊術で魂を呼び出して、そこに“命”を付加して蘇生する。面白い発想だし、その方法では不可能だと言い切る根拠はないわ。実際、それらしいモノを生み出すことには成功したのでしょう。けれど……それが死者そのものである根拠もまた、ない」

 「そもそも、連続性のないものは、果たして同一存在と言えるのかしら?」

 

 あぁ、とフィリップが声を上げる。

 それはちょうど、フィリップも尋ねようとしていた命題だ。

 

 蘇生された死者の同一証明──蘇生された死者は生前のモノと同一であるか。

 

 「なんでしたっけ……テセウスの船?」

 「近いけれど違うわ。あれは一応、連続しているから」

 

 そんな逸話あった気がする、と絞り出したフィリップに、ルキアが頭を振る。

 

 船のパーツが古びていくたびに新しいものに取り換えていき、遂に全てのパーツが建造時と異なるものに置き換えられたとき、それは同じ船であるか。

 

 テセウスの船はそういう哲学的命題だが、今回のケースは連続性を欠いている。

 

 「あの逸話になぞらえるなら、海底に沈んだ船を、形状も性能も同じまま再現したものは同一存在であるか……と言ったところね」

 

 一度は沈んだ──はっきり言えば、一度死んだ人間なのだ。二人は。

 フィリップはその死を確認したし、死体は王都から街道沿いに600キロ離れたシルバーフォレストに埋まっている。

 

 いま王都二等地のレオンハルト邸にいる二人は、生前の二人と連続していない。

 

 その辺どうなのと目を向けると、意図を汲んだフレデリカが反駁する。

 

 「いえ、聖下、魂と記憶は生前の本人と同一であると確認が取れています」

 「確認?」

 「はい。実家の位置や家族構成、パーティーメンバーの名前や戦形などを言い当てています。ウィレット君に関しては、カーター君がフリントロック・ピストルを持っていることも」

 

 フィリップは「へぇ……」と小さく相槌を打った。

 今ではペッパーボックス・ピストルに移っているが、ウォードが知っているのは確かに、フリントロックまでだ。

 

 特にそれ以上の反応を見せないフィリップに、ミナは興味深そうな目を向ける。

 

 「意外ね。きみはもう少し、本人かどうかに拘るかと思ったわ」

 

 シルバーフォレストで二人を蘇生しようかと尋ね、フィリップに強く拒否されたことを覚えていたのだろうミナが言う。

 ルキアはそんなミナを一瞥し、「何を言っているの?」と言わんばかりに薄く笑った。

 

 どうやらフィリップ理解度ではルキアが一歩リードらしい。

 

 「……そりゃあ、どうせ殺すからね。本人だろうと、本人っぽく見える何かだろうと。先輩には申し訳ないですが」

 

 敵意も無く、殺意すらも無い声。

 つい先ほどまでルキアとミナの敵意を浴びていたフレデリカには、その言葉はどうにも軽く聞こえた。

 

 そしてルキアにも、ミナにも同じく、フィリップの言葉は軽く響く。

 しかしそれはフィリップの意思を軽んじてのことではなく、人間を殺すこと自体に重みを感じないからだ。

 

 殺すと言うのなら、まあ、殺すのだろう。

 三人にとって人を殺すという動作は、字を書くとか紅茶を飲むとか、そういう日常動作の延長だ。殺す殺すと息巻くだけのチンピラとは根本から違う。

 

 殺人行為に特別性を見出さないし、「殺す」という言葉が強い脅しになるという意識も薄い。というか、脅しを吐いて相手の様子を窺う時間で5,60回は殺せるのだから、単純に時間の無駄だ。

 

 だからフィリップの言葉には、行動予定以上の重みがない。

 そのことに遅ればせながら気付き、フレデリカは小さく身震いした。

 

 「というか今の話だって、要は船に掲げる旗と乗組員が全く同じで、外見や動きが同じということでしょう? それは船の同一性を担保するものではないわ」

 「……確かに、完璧に同一の存在であるとは言えないかもしれません。ですが、あの二人は──」

 「本人っぽい言動ではありましたし、表面上は同一人物っぽく見えましたね」

 

 ルキアの言葉に、フレデリカはフィリップにちらちらと視線を向けながら答える。

 意図を汲んだようにフィリップも頷くが、視線の意味はそうではなかった。

 

 今や彼女にとって、部屋の中で一番怖いのはフィリップだった。

 ルキアとミナの恐ろしさは、戦闘に慣れていないとはいえ魔術師なら肌で感じる。この二人は明らかな化け物だ。内包する魔力の質も量も桁が違う。

 

 だがフィリップは今や非武装で、飼い主(ミナ)の傍に居るからか、或いはルキアの傍にいるからか、かなりリラックスしている。先刻までの静かな隔意はもはや無い。

 

 フレデリカのせいで、フィリップはパーティーメンバーを殺すとまで口にしたのに。──それが逆に怖かった。

 

 そんな彼女に気付かず、フィリップは腕を組んで悩んでいる。

 

 「夜になったら投石教会に連れて行って、本人かどうかを確認するつもりですけど……そもそも、確認なんか出来るんでしょうか」

 

 極端な話、いま目の前にいるフレデリカや、隣にいるルキアが本人である確証はないのだ。

 ルキアやミナの目を盗み、感覚を欺くほどの擬態能力を持った存在は、ナイアーラトテップ以外には居ないだろう。そしてナイアーラトテップが、そのようなフィリップが一瞬でブチ切れそうな悪戯はしないだろうという、二つの仮説に基づく推論は立つ。

 

 だが同一性や連続性を証明することは、少なくともフィリップには出来ない。

 

 ……が、連続性の外側にいる存在からであれば、観測による証明が可能だ。

 勿論、それに対しても「この者の証言は嘘ではないだろう」という推論は挟まるけれど。

 

 「どのみち殺すから確認不要って結論じゃなかった?」

 「まあね。でも好奇心はあってさ……って、そういえば、ミナも死者蘇生に興味があったの?」

 

 いつもなら下等生物の会話になんか耳を傾けず、フィリップを愛玩しているはずのミナだが、今日は気怠そうにしつつも普通に座って話を聞いている。

 

 加えて言えば、ミナは血を分け与えることで、死者を下級の吸血鬼として蘇らせることが出来る。死人そのままではないとはいえ、むしろ存在がグレードアップしていると思えば、フレデリカの手法より上等と言ってもいい。

 

 自分が片手間に出来ることを龍血まで使わなければ再現できない下等種族に、軽蔑と憐憫の眼差しを向けるのが精々かと思っていた。

 

 「興味があるのはグールの方よ。ペットを噛んだ犬が群れているなら、全部駆除しておかないと」

 

 ミナの声はいつも通り気怠そうで、淡々としている。

 しかしフィリップとルキアだけでなくフレデリカも、群れの最後の一匹まで探し出して殺すのだろうと察せられた。

 

 「群れるんだ。他に何か知ってることある?」

 

 がっかりした顔で尋ねるフィリップ。

 あの一匹だけが王都をフラフラ彷徨っていたという希望的観測は、これで潰えた。

 

 となると、衛士団の監視を掻い潜る知性と隠密性を兼ね備えた魔物モドキが、不特定多数、王都内に潜伏していることになる。

 

 ……正直、あまり大事ではない。

 

 不愉快な話だが、まあ、その程度。

 奇襲でフィリップ程度を殺し損ね、逆に領域外魔術なんぞで殺されるような劣等生物は、衛士団の敵ではない。

 

 防壁と城門、王都内の警邏をどうやって掻い潜ったのかは気になるが、行動レベルを巡回から索敵殲滅に引き上げた彼らなら問題ないだろうし、原因究明や対策はフィリップの役目ではない。

 

 ただ、どうしてフレデリカ個人が狙われたのかは未だに不明だ。

 時期を見れば死者蘇生技術を狙っていると考えるのが妥当だが、フレデリカは他にも優れた技術や知識を持つ学者だ。そもそもの価値が高い。

 

 それに、死者蘇生に成功したことを知っているのは、今のところこの部屋にいる四人だけ。

 

 街中で襲撃事件が起きたという話もなく、惨殺死体が見つかったなんて噂もなく、家の扉をノックして誘き出すような殺し方を──いや実際には殺されていないが──したから「フレデリカが狙いだ」と決めつけていたが、偶然という可能性もあるのか。

 

 行動原理の分からない相手は狩りにくい。

 フレデリカ狙いだと思って公爵邸で待ち構えていたら、全然違うところが襲われた──なんてことになったら、間抜けすぎて笑ってしまう。まあ全然知らない他人が襲われようが殺されようが、フィリップの知ったことではないけれど。

 

 何かヒントは無いかと尋ねてみれば、ミナは思ったより核心の情報を持っていた。

 

 「そうね……連中、墓場から死体を盗んだ人間なんかが居ると、追いかけ回して殺すことがあるそうよ」

 「へぇ? っていうか、なんでそんなこと……あぁ」

 

 ミナの城に墓場があったとすれば、それは残飯処理場のような場所。“牧場”から出荷された良質な人間(エサ)の最終処分場だ。

 

 そこから死体を持ち去りそうな人間を、フィリップはあの城で目にしている。

 その人間の家族や友人だった冒険者が、せめて骸だけでもと思ってのことだろう。戦術的に納得できるし、光景まで想像できる。

 

 ……で、だ。

 確からしい情報の内容は、「なんでそんなこと知ってるの?」なんてワンクッションを置きたくなるものだった。

 

 「先輩、墓場から死体を盗んだんですか?」

 

 

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