なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 見事な不意討ちだった。

 

 ノッカーを繰り返し鳴らして苛立ちを募らせ、やや乱暴に扉を開けたところに、扉の隙間(半死角)から一撃。

 外開きの扉を開けるために重心は前傾し、利き手でドアノブを掴んでいるから咄嗟の反応が遅れる。

 

 攻撃の速度自体はそれほどだ。

 飛び掛かる野犬程度には速いが、きちんと警戒していれば、フィリップでも問題なく対応できる。

 

 何度もノッカーを鳴らす無作法に苛立ち、マインドセットや動きを乱していなければ。

 

 「──、っ!?」

 

 油断の代償は直ちに。

 フィリップの左肩口から腹部にかけてを袈裟に切り裂き、噴き出した血と激痛を以て支払われた。

 

 「──《萎縮(シューヴリング)》ッ!」

 

 激痛に対する悲鳴。奇襲に対する罵声。現状への不理解と困惑。

 その全てを呑み込み、鉤爪のついた腕を掴んで呪詛を叫ぶ。尻もちを搗くように後ろに倒れ込みながら。

 

 並の魔術師相手なら有効射程は10メートル。抵抗力の高い魔物相手ではゼロ距離だろうが通じない。魔術の性能以上に、砲台であるフィリップの性能が低いせいだ。

 

 いつもなら使わないカード。

 それが咄嗟に出たのは訓練の成果ではなく、状況のおかげだ。

 

 ウォードとモニカらしきものに対面し、死者を蘇生したと言われ、不快で不機嫌だったところに、コレだ。

 痛みと怒りで思考が止まり、『ブチ殺す』という一色に染まった結果、現時点で最も有効かつ最速の攻撃が選択されたのだった。

 

 要は、反射で動いたら思いのほか良い手を選んでいた、ということだ。

 

 「……?」

 

 手の中で、掴んだ腕の肉や骨が泡立ち炭化していく感触を味わいながら、フィリップは襲撃者の顔を見て眉をひそめた。

 

 人間のように長い四肢を持ち、酷い猫背ながら二本足で立ったヒトガタ。

 身を包んだ茶色い旅装のフードの下には、犬に似た顔があった。額が後退していてマズルが細長く、頬がない口には先鋭な牙がずらりと並んでいる。

 白目の少ない両目が驚きに見開かれ、即座に激痛に歪む。

 

 掴んだ腕の皮膚はゴムのように弾力があり、その下には野生動物じみた強靭な筋肉があったが、それらは手の中でぼこぼこと泡立ちながら脱水し、炭化していく。

 

 明らかに人間ではない。

 それだけ理解したときには、フィリップは尻もちを搗くように倒れ、襲撃者は完全に炭の塊になっていた。

 

 真っ黒なオブジェの腕はフィリップが掴んでいたために千切れるように折れ、胴の部分は閉じた扉の向こうに置き去りになる。

 

 ルキアに選んでもらった秋物のジャケットとシャツが、幾何学模様の刺繍が施された綺麗な玄関マットが、炭塊を捨てて押さえた手が、みるみるうちに赤く染まっていく。

 

 「クソ……!」

 

 品のない罵声が漏れる。

 傷は致命的な深さではない。重要臓器は肋骨が守ってくれた。

 

 しかし獣爪の一振りは三条の傷を刻み、負傷範囲と出血量が問題だ。それに、すぐに炭化したにも関わらず、腐臭にも近い饐えた臭いがした。死体か下水か、その両方に触れたような。

 

 ──これは、不味い。

 不潔さは毒になる。攻城戦時には糞尿を詰めた壺や病死者の死体が投石機で投射されることもあるし、破傷風はこの世で最も恐るべき病気の一つだ。

 

 何より不味いのは、負傷したという事実──負傷するに至る、襲撃を受けたという事実だ。

 しかも、あからさまな人外に。

 

 「フィリップ君? どうし──、っ!?」

 

 騒音に気付いて居間から顔を覗かせたのは、フレデリカではなくウォードだった。

 

 彼は倒れて血を流すフィリップに気付くと、死人とは思えない素早さで廊下を駆け抜け、まず真っ先に飛びつくようにして玄関の鍵を閉めた。

 

 「フィリップ君! 少し動かすよ!」

 

 どうした、とか、大丈夫か、とか、余分な言葉は一切無かった。

 

 傷に触らないよう脇を抱え、廊下を引き摺って居間へ搬入する。

 安全確保を最優先する合理性に、この突発的な状況でその選択が出来る冷静さ、そして、まだ危険かもしれないのに丸腰でフィリップに駆け寄った愚かさ──愛すべき愚かしさ。

 

 どれもこれも記憶にあるウォードらしい振る舞いだ、と、フィリップは激痛から気を紛らわせるように考える。

 

 二人が居間に入る前から怒声やら何やらで異変には気付いていたらしく、フレデリカは席を立って、何かの小瓶を構えていた。

 

 「フィリップ……!?」

 「カーター君!? 退いてくれ、私が診る!」

 

 ウォードに引き摺られて戻ってきた、赤く汚れたフィリップを見て、モニカが小さく悲鳴を上げる。

 流石にフレデリカは血や負傷者を見るのに慣れており、素早く棚から幾つかの器具と薬品を取ってフィリップの傍に跪いた。

 

 「この傷……何にやられたの? まるで魔物か獣の爪だ」

 

 フレデリカは慄いたように疑問を口にする。

 

 ここは王都、それも二等地だ。

 高く堅牢な城壁に囲まれ、城門だけでなく街の中まで衛士団が警備している。彼らが魔物や獣に、侵入も繁殖も許すはずがない。

 

 その手の外敵に襲撃されるはずもない、安全地帯なのに。

 

 「獣っぽい魔物……でしたね。洗浄と消毒は強めにお願いします」

 「先生の教えが身に付いているようで、弟子としては喜ばしいけれど……痛むよ、かなり」

 

 獣傷──咬傷や引っ搔き傷は部分的に深くなりやすく、また汚染されている場合が多い。そのため傷を開くようにして洗浄し、強い薬で消毒しなければ病気や化膿といった悪い状態になりやすい。

 学院時代にステファンに教わったことだ。

 

 「龍尾の一撃よりマシ──、ッ!!」

 

 自分に言い聞かせようとしたフィリップだったが、フレデリカの処置はより迅速だった。

 傷に沁みて痛みに跳ねる体をウォードに押さえさせ、水属性魔術と錬金術の薬剤で傷口を洗う。

 

 「……範囲が広いだけで、傷は腹腔内までは達してない。……うん、大丈夫だ」

 

 フレデリカは消毒薬とは別の瓶を取り、どろりと粘度のある中身を傷に垂らすと、傷に練り込むように塗り広げた。

 

 嘘だろと叫びそうになったフィリップだったが、痛みが薄いことに気付くと、全身に込めた力を抜いて受け入れる。

 単に浸透圧の問題か、それとも人体との親和性が高いのか、異物を塗り込まれた感触や消毒液のような沁みる感じが無い。

 

 「止血補修材だ。二時間もすれば完全に塞がるよ」

 「何それ凄い……」

 

 ペタペタとガーゼを貼って包帯で固定すると、フィリップは血で汚れたシャツとジャケットを羽織って立ち上がった。

 

 「痛っ……! 鎮痛剤ありますか?」

 「あるよ。服用後3時間はお酒を飲まないこと」

 「はい」

 

 フレデリカに渡された小瓶を開け、小さな錠剤を水無しでそのまま飲み込む。

 そして傷を庇いながら、再び居間の扉に手を掛けた。

 

 「何処に行くんだい? 二時間は安静にしていないと駄目だよ」

 「王都に魔物が居たんですよ? 衛士団に報告しないと」

 

 まさか職務怠慢ではないだろうが、それだけに問題だ。彼らの防護をすり抜ける魔物の存在は、衛士たちだけでなく、彼らを通じて王宮に──ステラに伝え、警戒を促さなくてはならない。

 

 フィリップごときの魔術で倒せたのだから、戦力的な不安はない。

 それだけ分かれば、あとは都市防衛のノウハウを持った人たちの出番だ。

 

 「僕が行くよ。最寄りの詰め所も知ってるし──」

 「死人が彷徨い歩いてたら、それこそ衛士団の仕事だ。もしくは神父。王都に一人も知り合いがいないって言うなら、構わないけどね」

 

 ウォードの言葉を、言い終える前にバッサリと切り捨てるフィリップ。

 さっきはカバーして貰ったし、その判断や迅速な対応はまさしくウォードのものだとも思ったが、それはそれだ。

 

 死人は死人だ。

 

 善人であろうと。本人らしかろうと。本人であろうと。

 

 「確かに、この技術は公開したら大混乱を引き起こしかねないし、露見するリスクは取りたくない。……私が付き添おう。二人はここで待っていて」

 「えー!? また!?」

 

 フレデリカは当然のように、死者蘇生の技術は公表しないつもりらしい。

 公表されて広まっても困るので、説得の手間が省けて何よりではある。世界が死人で溢れ返るくらいなら、まあ、全員殺し直せばいい。蘇りたい、蘇らせたいなんて二度と思わないよう、凄惨に。

 

 しかし、幸せな死を迎えたのならそのままにしてあげたい大切な人たちは、残念ながら真っ先に蘇生されそうな貴人だ。

 そうなったら──フィリップは自分でも何をするか分からない。

 

 今のように殺そうにも殺し切れず苛立ちを募らせるか、意外と喜んで受け入れているか。それこそ、「もしも大切な人が死んでしまったら」という空想くらい、想像と実態は違うものになりそうだ。

 

 「モニカ。こんな間抜けな脅しはしたくないんだけど、勝手なことをしたら殺すよ」

 

 あぁ、全く本当に、腹の立つ状況だと、フィリップは内心で苦い笑みを浮かべる。

 モニカを相手に脅迫しなくてはならないのもそうだが、“殺すぞ”なんて、愉快なセリフを吐く羽目になるとは。

 

 「……行きましょう、先輩。この格好はアレですけど、まあ、緊急事態ってことで」

 

 血に塗れて剣を持ったまま王都内を歩くのは気が引ける。

 そもそも冒険者が帯剣等の武装状態で王都内を歩いていいのは、依頼を受けているときだけだ。

 

 が、まあ、衛士の目に留まって拘束されたとしても、状況を説明すれば咎められはしまい。まあみっちりと事情聴取されそうだが、そこについては全面協力する所存のファンボーイ、もといフィリップだった。

 

 「……待って、カーター君。魔物は倒したんだよね?」

 「えぇ。そこに腕が転がって……、え?」

 

 廊下に出ると、フレデリカが硬い声を上げた。

 フィリップは安心させるように、自らが惨殺したモノの残骸を示し──眉根を寄せる。

 

 何故──()()()()()()()()

 

 炭化しようがバラバラにしようが、魔物が死ねば身体を構成する魔力は解けて大気に還る。

 

 ドロップか? セイレーンのときは結構な時間がかかったが、妙な幸運に恵まれたのだろうか。

 ラッキーと喜ぶ気にはならないが。

 

 「……炭化してる。キミがやったの?」

 「えぇ、まあ」

 

 フレデリカは転がった炭塊の傍に膝をつくと、手袋をはめて慎重な手つきで取り上げ、検分する。

 肉だけでなく骨まで完全に炭化した腕は、粗雑に扱えばボロボロに崩れ去りそうなほど脆かった。

 

 だがそれだけに、得られる情報は限りなく少ないはず。

 なんせ炭の塊だ。いくらフレデリカが優れた医学知識を有するとはいえ、骨の形状や筋肉の構造を観察することは不可能だろうに。

 

 「……先輩?」

 

 いいから早く行こうと、まだ鎮痛剤の効かない傷を押さえながら急かすフィリップ。

 衛士団に警告するのは、早ければ早いほどいいに決まっている。もう殺した相手の素性に、その時間を無駄に長引かせるほどの価値は無いと。

 

 しかし──今回は違った。

 

 今回に関しては、フレデリカの検分には大きな意味があった。

 

 「……これ、魔物の部位じゃない。ここまで損壊された部位はドロップとして残留しないし、これは動物の肉に脱水作用のある強酸をかけたときの反応に近い。アシッド系の魔術を使ったんだろうけど、魔物相手じゃこうはならないよ」

 

 真剣な顔で炭塊を眇めていた彼女は、ややあってフィリップの方に向き直ると、手にした残骸の先端部を示した。

 

 「……でも、人間ってわけでもなさそうだ。指の形がおかしい」

 

 「ほら」と比較対象に並べたフレデリカの手は、指がすらりと長く、よく手入れされた肌や爪が滑らかで美しかった。黒い炭と比べると、透き通るような肌のきめ細かさがいっそう際立つ。

 

 対して炭塊の方はというと……フィリップの目には、やはり人間の腕に見えた。

 普通に腕があって手があって、五本の指がある。強いて言うなら指が太く頑強そうだが、炭化したときに鉤爪が崩れていて、もう特徴らしいものが殆ど無い。

 

 だが、まあ、フレデリカがそう言うのなら、そうなのだろう。

 

 そもそもアレが人間でなかったこと自体は、フィリップは顔を見て理解している。大型の肉食獣に引っかかれたような傷も、人間の指や爪では再現できないものだ。

 

 「じゃあ、僕は何を殺したんです? いや……王都に何が入り込んでいたんです?」

 「分からない。でも……」

 

 犬顔の、不潔な臭いを漂わせたヒトガタの怪物。

 アレが何だったのかは不明だが、それでも見当のつくことが一つある。

 

 「あぁ、そうですね。アレが何であったにしろ──恐らく、狙いは貴女でした。先輩」

 

 まあ、王都全域が大規模な襲撃を受けているとかなら話は別だけれど、そんな喧騒はなく、二等地はいつも通りの賑やかさだったし、この辺りはいつも通りの閑静さだった。

 

 

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