なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 王国で一般的な正統派の一神教は、死霊術を忌むべきものとして研究や行使を禁じている。まあ実際に使ったからといって罰が下ることはないが、なんとなく皆、良くないものだと感じて忌避している。

 

 対して、帝国で広く信仰されている一神教の宗派、所謂帝国派では、死霊術の特殊性は解き明かすべきものとされ、むしろ積極的に研究されている。

 

 「話を戻すよ。死体の修繕も、人体の錬成も、魂の召喚や死体人形(フレッシュ・ゴーレム)も、死者の蘇生には至らなかった。死霊術なんか、知っての通りアンデッド系の魔物を作る技術だしね」

 

 魂の召喚はほぼ死者蘇生では? と思ったフィリップだったが、熱の入り始めたフレデリカの語り口調が口を挟ませない。

 

 「しかし、どれもこれも直感的には悪くないアプローチに思える。今まで生きていたモノが何らかの死因によって在り方を損なったのであれば、その部分を修復すれば元通りになるはずだ。だが違った。何か不可逆の変化が、“死”という現象に含まれている」

 

 ほう、とフィリップは興味深そうな息を漏らす。

 特に意識していたわけではないが、普通は「死は不可逆の現象だ」と捉えるだろうし、フィリップもそうだ。

 

 対してフレデリカの言は、“死”を単一の現象ではなく、幾つかの事象の複合として捉えるもの。これまでのフィリップの認識とは異なるものだ。

 

 “死”の不可逆性は、”死”が特別であるが故ではない。

 “死”と呼ばれるモノのうち、何かが不可逆であるのだと。

 

 真偽は定かではないし、フィリップには見当もつかない。だが面白い仮説だとは思った。

 

 「不可逆であるのなら、新しいモノを創ってしまえばいい。錬金術師としてその考え方には同意できる。しかし作られたモノは人体を模した水とタンパク質の塊でしかなく、そこに命は無かった。呼吸や心拍を外部から補助しようとも、それは心臓が動き、肺が動き、血の流れを持った肉塊でしかなかった」

 

 「人体」は作れても「人間」は作れなかった、ということだろう。

 生命活動と呼ばれるものを再現しても、生命は宿らなかった。

 

 心拍と呼吸が止まることを“死”と表現するからといって、心拍と呼吸が存在すれば“生”というわけではないのだ。

 

 「肉体面からのアプローチは間違いなのかもしれない。実際、私たちは直感的に、肉体より精神の方が高次のものであると考えている。魂の欠落こそが、死者の復活に係る最大の難関なのだ。──その考えは正しい」

 

 それは医者や錬金術師ではなく、死霊術師の考え方だ。

 彼らは死者との交信や召喚を可能にすると吹聴してはいるが、如何せん、王国ではマイナーでフィリップも詳しいことは知らない。

 

 だが死者蘇生が可能という話は聞いたことがないので、まあ無理なのだろう。

 

 「しかし、交霊術(チャネリング)降霊術(エンドリズム)によって魂を呼び出すことはできても、それを現世に留まらせることは不可能だった。人形や死体に憑りつかせる方法も取られたけれど、定着しているのは魔術をかけている間だけ。そんなのは蘇生とは言えないし、そもそも並の魔術師は数分で魔力切れになる」

 

 チャネリングとエンドリズムの違いさえ分からないフィリップだが、なんとなく、異なるアプローチを試みても不可能だった、くらいの理解で流す。

 

 というか、さっきからそんなのばかりだ。ずっと「多分こういうことだろうな」くらいの温度感で話を聞いている。

 完全に何も分からない部分は心のメモ帳に書き込んでおいて、後で纏めて聞くか調べないといけないけれど。

 

 「どの方法でも何かが足りないんだ。何か──私はその不足、生者と死者を隔てるモノこそ“命”ではないかと考えた」

 「それは……当たり前では?」

 

 仮説とも言えないような当然のこと。フィリップにはそう思える。

 命あるのが生者で無いのが死者。生きていない人体は、そりゃあ、死体だ。言うまでも無く、意識するまでも無く。

 

 「そうだね。そして魂だけの存在は亡霊、霊魂だ」

 

 実在さえ定かではないけれど、とフレデリカは補足する。

 死霊術によって「それっぽいモノ」を出現させることは可能であり、死人しか知らないはずの情報を引き出すことも可能ではある。しかし、それが死者本人であるという確証は、今のところ得られていない。

 

 “死人の情報を持った別物”である可能性を、学者たちは排除し切れていないのだ。

 

 そして仮に本人であったとしても、それはやはり亡霊でしかなく、実体、肉体を持たない死人の残滓だ。

 

 「では──“命”は、何処にある?」

 「……ん? え? あぁ……!」

 

 フィリップは一瞬困惑し、すぐに彼女の言わんとするところを理解して愕然とする。言われてみれば確かに、と。

 

 死体を修繕しても、或いは新たに錬成しても、死人が蘇ることは無かった。つまり、肉体に命は付随しなかった。

 心拍や呼吸といった生理機能を再現しても、やはり命を生むことはなかった。

 

 「肉体に魂を植え付けると、一応、魔力を補給する限りにおいては命があるかのような振る舞いをする。しかし──キミも実際に相対すれば分かると思うけれど、直感的に分かるんだ。それは人間ではなくアンデッドだと……ウィルヘルミナさんに対峙した時の感覚が近いかな。当然、心臓も動いていなければ呼吸していない。ここを補助してもなお、魂は定着しなかった──蘇生は成らなかった」

 

 死霊術によって作られた死体人形は、通常、知性を持たないゾンビ擬きになる。

 擬き、というが、違いは自然発生した魔物か人為的に作られたものかというところだけ。

 

 出来上がるのは知性のない、人間への憎悪と殺戮衝動に駆られた“敵”。それを使役するのが死霊術でいうフレッシュ・ゴーレムの術法だ。

 

 そこに魂を植え付けると、ある程度の知性が宿る。概ね人間相当の──魂の持ち主であった人間相当の。

 ただし記憶に大幅な欠落があったり、攻撃衝動に素直になったりと、生前の本人同然とはいかない。

 

 そして魂の定着は一時的で、魔力が切れたら死体に戻る。

 心拍と呼吸の欠落を死と表現するのなら、それは端から死んでいるけれど。

 

 それも、蘇生とは呼べない。生きているとは表現できない。

 

 つまり──魂にも、“命”は付随しないのだ。

 

 「どれほど考えても答えは出なかった。“命”の所在を、根源を、私は突き止められなかった」

 

 そう言われて、フィリップは他のアプローチを考える気にもならなかった。

 どうせ、というか確実に、いま数秒考えて思いつくような手段は検証しているだろう。フレデリカの思考の速度と深度は、フィリップなんかよりずっと上なのだから。

 

 だから「そうなんですね」と相槌を打ち、先を促す。

 フレデリカは頷きを返し、続けた。

 

 「しかし──錬金術師(私たち)にとって“無い”はつまり、“作れば在る”なんだよ。故に、私はそれを作り上げた。成龍の心臓から抽出した血液をベースに、錬成した」

 「……それが、さっき言ってた?」

 「そう。第五元素の精髄。物質化した生命、“命”の純粋形にして原型(イデア)。……実験中は便宜的にプリカーサー・エリクシル……略してプリクシルと呼んでいたのだけれど、響きが些か可愛らしすぎる気がするんだ。何かアイディアがあったりしないかい?」

 

 それがすごいこと、すごいものなのか、フィリップには判然としない。

 まあ龍の心臓から抽出した血液なんていう、とんでもなく希少な素材を使って作るモノなのだから、凄いものなのだろうという想像がつく程度。

 

 ちなみに第五元素の精髄、いわゆるクインタ・エッセンチアは、錬金術における究極形の一つとも言われる。

 同じく錬金術の極致であるとされる、物質変換を可能とする賢者の石、あらゆる傷と病を癒す普遍医薬(エリクサー)などよりも前に提唱された、歴史ある──つまりは、より多くの錬金術師が挑み、破れてきた到達点だ。

 

 「えっ? じゃあ……ライフ・エッセンス、とか?」

 「直感的過ぎると思って止めたんだけど……まあ、今はそう呼ぼうか」

 

 何も分かっていないフィリップと、何も分かっていない者にまで成果をひけらかすほど馬鹿ではないフレデリカの会話は、至って冷静だった。

 もしここに他の研究者や、魔術学院の選択科目で錬金術を取っていた者がいれば、大混乱だったろうに。

 

 「錬金術によって作られた魂寛容化模造人体と、死霊術で召喚した死者本人の魂、そしてライフ・エッセンスを用いて、私はついに、死者の完全な蘇生に成功したんだ」

 「……そんなことが可能なのかは、もうこの際置いておきましょう。事実として死んだはずの二人が目の前にいる以上、死者蘇生と言うべき現象が起こっているのは間違いないですからね」

 「うん。目で見たものだけが真実ではないけれど、目で見たものさえ受け入れられない、理解できないものは有り得ないものだ、みたいな思考でなくて助かるよ」

 

 フレデリカはフィリップの背後にいる二人を一瞥し、にっこりと笑う。

 しかし、その華やかな笑顔は、フィリップの冷たい表情を見てすぐに萎んだ。

 

 「……で、なんでウォードとモニカが?」

 「そりゃあ、理論は実証しなくては完成しないだろう? もう察しは付いているだろうけれど、私はこの技術で祖父を蘇らせる。二人はその先行実験だよ。別に誰でもよかったのだけれど、折角なら、キミに喜んでほしくてね」

 

 いつものフレデリカならウインクでもしそうな台詞だったが、今はどこか恐る恐るの、顔色を窺うような調子だった。

 

 フィリップは背凭れに身を委ね、深々とした溜息を吐く。

 喜んで欲しいという気持ちは嬉しいが、正直、喜ぶ気にはならない。

 

 「ミナの血液を大量に分け与えると、人間は生きたまま吸血鬼(アンデッド)になる。死体に与えた場合でも下級の吸血鬼として復活するそうです。より複雑な手段と、龍の心臓から抽出した薬なんてモノがあるのなら、まあ、死者蘇生が叶ったって話は信じましょう」

 

 疑問はある。山のように。

 だがフレデリカが「出来た」と言うことを、理論や道理で覆すだけの知識はフィリップにはない。彼女がそう言うのならそうだろうという、半ば手放しに近い信頼もある。

 

 「……」

 「……何よ、不満なの?」

 

 フィリップの嘆息に、ウォードが居た堪れなさそうに身を竦め、モニカが彼女の方こそ不満そうに拗ねた声を出す。

 

 不満──まあ、そうだ。

 不満だし、不愉快だし、不機嫌だった。  

 

 叩き起こ(蘇生)されたのがウォードとモニカ()()だから、フレデリカはまだ生きている。

 もしもフィリップの大切な人たちが幸せな死を迎えて、その後に善意でも同じことをしたら、フィリップはフレデリカを殺している。

 

 それも恐らく、カルトに対するような陰険さを以て。

 

 そのくらい不満で、不快だった。

 

 「死者蘇生の技術は凄いものなんでしょう。それが実現したと言うなら、僕は貴方に最大限の賞賛と尊敬を送ります。その上で、僕はそれを認めない。死は終端であるべきだ。誰にでも開かれた逃避先であり、何者をも拒む安寧であるべきだ」

 

 滔々と語っているつもりのフィリップの声には、じわじわと危険な色が宿り始めていた。

 殺意とも敵意とも違うが、切っ掛け一つでそれらに転じかねない、危うい険が籠り始めていた。

 

 「ちょっと、無視しないでよ」

 「二人は強い魔物に襲われて死んだ。それは普通だ。僕はその死を否定しないし、幸福なことであると考える」

 

 背後からの非難を完全に黙殺し、フィリップは神妙な顔のフレデリカにのみ語り掛ける。

 

 死を尊べ──なんて言わない。

 生にも死にも価値は無いのだから。

 

 けれど。

 

 「この世に──、?」

 

 フィリップがフレデリカに突きつけようとした言葉は、玄関から聞こえた硬質な音に遮られた。

 よく響く、連続した音。来客を示すノッカーの音だ。

 

 感情のない、ただ金属同士がぶつかり合うだけの音で、フィリップは柄にもなく熱くなりかけていたことを自覚した。

 

 「……折角カッコいいことを言おうとしたのに」

 

 フィリップは身体に籠った熱を排出するように大きく息を吐き、へらりと気の抜けた笑みを浮かべる。そして、フレデリカより先にさっと席を立った。

 

 「あぁ、いいです。僕が出てきます」

 

 予定にない来客なのだろう、目の奥に怯えを滲ませたフレデリカを慮る。

 それはいつもの事だが、今は一度ウォードとモニカ()()()()()から離れ、冷静になるべきだという判断もあった。

 

 「君は……」

 「先輩。貴女がお爺さんを生き返らせるのは、貴女の勝手です。好きにすればいい。でもウォードとモニカから死の安寧を奪ったことを、僕は、貴女に感謝することは出来ない」

 

 何か言おうとしたフレデリカに一方的に告げ、居間を出る。

 

 来客対応をさっさと済ませ──と言っても、フィリップがやるのは相手の確認までだ。“使徒”とかだったら殺すが、近所の人や届け物とかだったらフレデリカに対応してもらうしかない。

 

 済ませたらあとは……いや、まずは、か。まずはアレらが本人であるかを確認し、その後で殺す。

 蘇った死人なら善意で、死人を真似たナニカだったら不快感に任せて殺す。だから殺すのは確定なのだが、どうやって本人確認をしようか。

 

 そんなことを考えながら廊下を進む途中、急かすように再びノッカーが叩かれた。

 

 「あぁ、はいはい! 今開けます!」

 

 無作法な奴だと眉根を寄せつつ、フィリップは廊下を小走りに突っ切る。ただでさえイライラしていたのに、無礼な来客のせいで苛立ちも倍増だ。

 

 鍵を外し、扉を開け──鉤爪の備わった手が開いた扉の隙間から滑り込む。

 

 「──っ!?」

 

 獣のような、或いは下水道のような饐えた臭いを纏った右腕は、驚きに目を瞠るフィリップを袈裟に切り裂いた。

 

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