なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
フィリップの最適な攻撃距離は勿論、鞭形態の蛇腹剣が最大威力を発揮する4メートル前後。
モニカがいたのはその内側であり、ロングソードの交戦距離よりなお近い位置だった。
それでも、いくらなんでも仕損じはしない。その確信がフィリップにはあり、それはミナやエレナ、ルキアやステラといった先生たちへの信頼もある。
この距離で少女一人獲り逃すような、ヤワな鍛えられ方はしていない。
しかし──。
「ッ!?」
振り抜いた刃が空を切る。
首を刎ねたはずの少女は間合いの外に。もう一人、彼女を抱えて跳躍した青年もまた射程外にいた。
──躱された。
それも反応さえ出来ていなかったモニカを庇い、フィリップの攻撃に遅れて動き、その上で間に合わされた。
流石は先代衛士団長の弟子、と、眼前の相手がウォード本人であればフィリップも賞賛していただろう。
フィリップは攻撃を重ねることはせず、二人を全体的に観察するように目を向ける。
回避一度で、大体の戦闘能力に察しがついたからだ。
厳しい相手だ。真っ当に斬り合っていたら、そして回避に徹されたら、かなり長引く。
「今の動きは人外のものじゃない。人間の、才能と訓練で身についた戦士らしい動きだ」
見覚えがあるし、模擬戦を通じて教わってもいる。
しかし再現は難しい、研鑽の年月が違うと分かる動きだ。
「……聞きたいんだけど、お前たちは模造品なのかな。それとも本人? 変に考えて嘘を吐かれると面倒だから先に言っておくけど、どうであれ殺すよ」
「……分からない」
冷たい声に、苦悩に満ちた答えが返される。
フィリップは愉快そうに口角を上げて肩を揺らすが、表情は一瞬で裏返る。不快感と殺意に満ちた、敵対者に向ける顔になる。
馬鹿は勝手に死んでくれと、僕の手を煩わせるなと言いたげな、冷たい表情に。
「ははは。僕がそんな面白回答を求めてるように見えたのか?」
「いや、本当なんだ! レオンハルト様に説明は受けたけど、正直、僕らには何が何だか分かんなくて……。えっと確か、そう、模造した肉体を魂の精髄で整形した、と仰っていたけれど、分かる?」
ウォードが慌てて弁解する。
その声色も、仕草も、表情も、何もかもに覚えがある。
しかしフィリップの胸に去来するのは懐かしさではなく不快感だ。
死者を真似た悪趣味なナニカに対するものではない。眼前の二人が魔物や神話生物の擬態、或いは何者かの変装であると決まったわけではないし、フィリップも断定はしていない。その要素も無い。
さっき二人に言った通りだ。
どちらでもいい。
どうであれ──彼らが何らかの原因で蘇生した死者本人であろうと、死者を真似たナニカであろうと、どうでもいい。
何にせよ不愉快であり、故に、殺す。
「いいや全然。ただ、まあ、先輩の作品だって言うなら、僕が問い詰めるべきは彼女だ。お前たちはもう死んでいい」
「フィリップ、どうしちゃったの……?」
モニカが声を震わせるが、フィリップの心は何ら動かない。
……いや、殺意を収めることには繋がらないが、心は動いた。
というか。
ここが王都でなければ、或いは帝都での一件が無ければ邪神を召喚しているくらいには。
人間一匹殺すのには過剰な連中ばかりだが、運動性能と戦闘技能が
いや、まだ魔術は試していないけれど、どうせ効かないに決まっている。
人間は死んだら生き返らない。──つまり、生き返ったモノは人間ではない。
生き返ったのか、生き返ったように見せかけられているのかは不明だが、どちらにしても人外であることは確実だ。
そして人外相手に魔術が通じるかは怪しい。7:3くらいだろうか。勿論、効かない可能性が七割で。
殺したいし、殺した方が良さそうな相手だ。なのに、純粋な剣技のみでは殺し切れない。
全く鬱陶しい。腹が立つ。気に障る。癇に障る。癪に障る。
なんかもう、いいんじゃないだろうかと、色々投げ出したくなるくらいに。
まあ何もかもを投げ出したとて、最後まで残るのはルキアとステラと衛士たちだ。彼女たちを危険に晒す可能性が高い以上、その選択肢は、今はない。
ではどうするかと再び考え始めたとき、リビングのドアが滑らかに開き、軽快な靴音と共にこの家の主が入ってきた。
「──お待たせ! カーター君、サプライズはお気に召した……おや?」
「……サプライズ?」
「あ、うん、えっと……説明するから、取り敢えず剣を置いて座ってくれるかい?」
剣を抜き冷ややかな目をしたフィリップに、フレデリカが身を震わせる。
彼女の持っていたティーセットがカチャリと危なっかしい音を立てた。
「……彼らが何者かを説明するには、まず、私が何をしたのかを説明するべきなんだろう。その上で、キミに判断を委ねたい。彼らが何者であるのか」
ティーテーブルに着き、フィリップが持ってきたお菓子とフレデリカの淹れた紅茶でいつものお茶会スタイルになった二人。
その後ろで、ウォードとモニカは所在なさげに立っていた。
ウォードは状況を理解したように神妙だが、モニカは美味しそうなお菓子を前に「動けば斬る」とまで言われて、羨ましいやら恐ろしいやらで複雑そうな顔をしている。
「前に、ウィルヘルミナさんが心臓の中にある血液が一番美味しいって言っていたのをキミに聞いて、一つの仮説を立てた」
覚えてもいないような雑談の内容を挙げられて、フィリップは「そんな話したんだ」と苦笑する。
お茶会には不似合いな血腥い話題だが、まあ、やりかねない自覚はあるし、フレデリカの高い記憶力も知っている。彼女が「した」というのならそうなのだろう。
「人間の味覚は本来、娯楽用じゃない。苦さや酸っぱさは毒や腐敗を察知する危険信号であり、逆に甘さや旨味は食事という生存に必要な行為を促すための報酬だ。生存に必要な機能だから備わっている。例えば苦い野菜の必須量は少ないけれど、美味しい肉や魚から摂取できる栄養素の必須量は多い。……では吸血鬼の味覚は、何に反応する?」
「美味しいものには必要な栄養が多い、ってことですか? でも吸血鬼が食事をするのって、飢餓衝動を抑えるのと命のストックを増やすのが目的で、栄養とか考えてないと思いますよ」
質問に対する答え以前に、質問の前提に疑問を呈する。
確かにミナは栄養状態の良い人間の血液は美味しいと言っていたが、彼女はアンデッドだ。栄養を摂取して身体を維持しているわけではない。
その疑問は正しい。
しかしフレデリカは、それを理解した上で言っていた。
「そう。つまり人間にとっての栄養が、吸血鬼には衝動抑制であり、命のストックなんだ。それらに最適化された味覚が、吸血鬼には備わっていると考えられる」
なるほど、とフィリップは頷く。
吸血鬼の味覚にも感覚器としてきちんとした意味があり、飢餓衝動の抑制と命のストック増加に適した血液ほど美味しく感じると。
真偽はともかく、彼女はそういう仮説を立てたということだろう。
「私はこう考えた。心臓内の血液は命のストックを増やすのに適した、生命力に溢れた特別なものなのではないかと。そして様々な文献を漁り、実験を重ね、遂に、ある特殊な薬剤を作り出すことに成功した。完全に無色で無極性の生命力──第五元素の凝縮、生命の精髄をね」
フレデリカの声に、ほんの僅か、自らの研究の成果に対する誇りが混じる。
しかし、フィリップにはピンと来なかった。
「なんです、それ?」
聞いたこともあるような、ないような、と眉根を寄せて記憶を漁るフィリップ。
おそらく魔術学院の授業の雑談レベル、或いは教科書の隅に書かれたコラムレベルの知識だ。
フィリップの記憶走査を少しだけ待って、フレデリカは先を続ける。
「生命力と聞いて何を考える? 体力? 気力? 免疫力の概念は一般的じゃないけど、キミには前に話したよね。それから筋力や、血液量、肺活量、思考の速度や精度。命に係わる全てが“生命力”なんだ」
フィリップが頷いて理解を示すと、フレデリカはぱちりと指を弾いた。
「それだよ。物質化したそれそのもの。誰のものでもなく、何の情報も持っていない、ただの“命”。それが生命の精髄だ」
「えーっと……人工生命体、みたいな?」
「違う。生きてもいないし、死んでもいないただの物質だよ。このカップや、テーブルと同じね」
内臓機能の連動としての生命活動ではなく、概念としての“命”。それを物質化したもの……つまり、物質化した概念?
……全然分からなかった。
全然分からないので、フィリップは一旦諦めて、とにかくそういうものだと流すことにする。
「……それで?」
「……私の研究命題を、そういえば、教えていなかったね」
「はい」
フレデリカの言葉に、フィリップは意外そうにしつつも頷く。
実際聞いたことはなかったが、それ以上に、彼女が何か特定の研究目的を持っていたことが意外だった。
悪食と言うと表現が悪いが、彼女は好奇心の赴くまま、知識を得るために知識を求めていたような、好奇心を満たすために研究しているようなイメージだった。
面白そうだからフリントロック・ピストルを再現して、思いついたからペッパーボックス・ピストルに改良するくらいなのだし。
彼女は多才だし、色々な分野に造詣が深い。
戦闘魔術の適性こそ低いものの、魔術理論にも精通している。思い付きで銃器という別種族の文明に由来する産物を改良してみせ、古龍素材という希少なパーツを要する高度な装置を設計し、完成させた。
何か一つに拘って研究しているところよりは、一瞬で究め切って、興味を惹かれることはないかと関心を彷徨わせているところの方が想像できる。
彼女を集中させるほどの難題に想像がつかない、と言った方が正確か。
しかし──語られた彼女の研究命題は、フィリップの想像を覆し、納得させるものだった。
「私の研究が目指すもの。それは死者の蘇生だ」
死者、というか、彼女の祖父だろう。
研究で王都外に出ることが多く便利だからという理由で、一等地の快適な生活を拒むほどの考古学者だったとか。
“神を冒涜する書物”を探していることがカルト狩りの“使徒”に露見し、拷問の中で凄惨に死んだ。
あれはフィリップをして異常な、無知ではあっても幸福ではない死だと思ったほどだった。
思い出して眉根を寄せるフィリップだったが、フレデリカはむしろ笑顔だった。
不敵で誇らしげな、自らの成果に対する自信に満ち溢れている。
「そしてそれは、もう“成った”。……キミになら教えてもいいかな。でも勿論、他言は無用だよ」
真剣な声に、フィリップもしかつめらしく頷く。
フレデリカは信頼を示すような微笑と共に頷きを返し、先を続けた。
「死者の復活を目指した者は数多く、しかし、その全てが失敗している。私より優れた医師も、私より優れた錬金術師も、私より優れた死霊術師も──」
「え? 先輩、
思わぬ新情報につい口を挟んでしまうフィリップだが、フレデリカは気を悪くした様子も無く、「そう言えば言っていなかったね」と笑った。
「去年、帝国に技術交流に行ってきてね。その時に教わったんだ。死霊術はあっちの方が研究が盛んだから」
露骨な文字数切りですまない……