なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 帝都の一角が吹き飛ぶ大事件から一夜明けて、宮殿に軟禁──いよいよ外出禁止を言い渡され、窓の縄梯子も没収されたフィリップのところに、色々と情報が入ってきた。

 

 結局、カルトが全部悪いということになった。

 帝都を吹き飛ばした“塔”はカルトの邪法によるものであり、それを為したカルトも自爆したか、ノアによって処刑された。──そういうことになった。

 

 ノア本人は帰還後、「化け物二匹は消滅した。探したが魔力の痕跡すら発見出来なかった」と報告したそうな。

 

 不幸中の幸い、と言っていいのかは分からないが、町の消失と“塔”の出現による直接的な死傷者は、一般市民には居なかったそうだ。

 ハスターに置き換わった場所とその周辺には、予め騎竜魔導士隊による避難勧告が出されており、マフィアとカルトしか残っていなかった。

 

 ただ、激甚な衝撃によって消失現象の外にあった建物が根こそぎ吹き飛び、その瓦礫によって、建物や市民に被害が出たそうだ。勿論、飛んでいったのは建物ばかりではなく、人間も含まれる。

 瓦礫に叩き潰された人間と、瓦礫に叩き付けられて死んだ人間の二パターンいたそうだ。

 

 それから、町並みのような模様の化け物を目にした者と、公式には「塔」とされた「脚」が動くところを──あれが全容の想像も付かないほど巨大な生き物の一部であると気付いた者の一部は、精神に重大な傷を負った。

 

 中には恐慌状態に陥って暴れる者や、世界の終わりだと絶望して自暴自棄になる者、混乱に乗じて暴力や略奪を行う者もいたが、連携した騎竜魔導士隊と治安維持軍によって速やかに鎮圧され、多少の死傷者を出す程度に収まったらしい。

 

 アズール・ファミリーは全滅した。

 本拠地防衛に集まっていた構成員は“脚”によって消し飛び、フィリップの狩り場に居なかった者はノアが刈り取った。

 

 そして同じく、アンバー・ファミリアも全滅した。

 マフィアとの交戦、ハスターによる掃討、そして“脚”による大破壊、ノアによる一掃。流石に生き残れるビジョンが無い。

 

 クレーターの範囲は帝都の約25パーセント。飛散した瓦礫の落下範囲で計算した総被害範囲は、帝都の約40パーセントにも及ぶそうだ。

 

 それほどの大惨事が王国と聖国の要人を迎えていた時に発生したとあって、帝国はそれなりに詰められている。

 皇帝が直接、聖痕者四名(うち一名は王国第一王女)と聖国王に苦言を呈されたとか。……ちゃっかり、ノアも「こんなことになるぐらいなら早々にあたしが暴れとけばよかったじゃん。無駄なセーブさせやがって」と詰めていたそうな。

 

 カルトを野放しにしていたと聖国と教皇庁から、治安維持を怠ったと王国から追及されて、しばらくは外交界における帝国の発言力は大きく低下することだろう。

 

 「というのが、今回の顛末になります。我らが王の大規模介入や外神の介入までは予想できず、魔王の寵児にご不快な思いをさせてしまったこと、深くお詫び申し上げます」

 

 そんな話を、フィリップは軟禁されている宮殿の自室で、跪いたアデラインから聞いていた。

 ティーテーブルに着いたフィリップは、メイドの淹れた──帝国が手配した本職だ。流石のフィリップもあの“脚”を見た後に、邪神を軽々に使うほど能天気ではない──紅茶を啜りながら、深々と頭を下げたアデラインを一瞥する。

 

 彼女はフィリップが明日には帝都を発つという話を聞きつけ、自らの足でここにやってきた。

 騎竜魔導士隊と治安維持軍によってガチガチに防護の固められた宮殿の、向かいの部屋にノアのいる、この部屋に。

 

 フィリップにも人間業ではないことは──彼女が人間ではないことは分かったが、それだけに、フィリップは警戒を解いていた。

 「魔王の寵児」という呼び方も、遜った態度も、彼女の素性を悟らせるには十分だ。元々、その存在だけは確信していたのだから。

 

 「どういう筋書きだったの?」

 

 外神介入とそれによる“気付き”の大拡散まで意図していたのなら、正直、ちょっと尊敬してしまう。

 

 外神を使()()()と考えるだけでも大したものだが、当然、「やれ」と言われて「はい」と応じるような可愛らしい連中ではない。目論見通りに動いたら奇跡だ。

 だからこそ、外神が居るだけで──そこに現れるだけで、多くの衆目に晒し、啓蒙を与えられるよう状況を誘導したのなら、その発想は賞賛に値する。

 

 そんなことを考えていたフィリップだったが、彼女は頭を振って否定した。

 

 「あの地下聖堂でラズワルド男爵をハリ湖の住人へと変貌させ、最後のアトラクションとして楽しんでいただくプランでした。その後に私が登場し、黒幕として名乗り出るのが美しい演出かと」

 「なるほど……確かに。まあ、アレは僕にも予想外だったし仕方ないよ。いや、本当なら予想して然るべきなんだろうけど」

 

 ハスターの力を取り込んだ化け物を前にしたら、フィリップはほぼ確実にハスター本人を召喚する。意趣返しとばかりに。

 そこに黒幕が現れ、最終決戦──なるほど確かに、物語としては王道で美しい筋書きだ。フィリップは過去に読んできた児童書や英雄譚を思い返し、頷く。

 

 フィリップがカルト狩りにハスターを連れ回し、剰え帝都の一部を丸ごと一つの化身に置き換えるなんて派手な遊び方をしなければ、きっと上手くいっただろう。シュブ=ニグラスが介入してくることだってなかった。

 

 誰が悪いかと言えば、フィリップが悪い。

 どうなってもいい街だからと言って、守るべき相手が傍に居ないからと言って、調子に乗り過ぎた。

 

 いつものフィリップなら、そんな自省をしたのも束の間「まあカルトが居たのがそもそもの原因だよね」なんて責任転嫁をしていたところだが、流石にルキアとステラが危険だったとなれば真面目になる。

 

 「君は……70点ってところかな。黄衣の王と琥珀の長の区別もつかないなんて、とハスターは言っていたけれど、つまり君は全部を教えてはいないってことだ。連中が思索と探求を通じて自力で見つけられるようにした。その途中だったんだろう、奴らは。……うん、教導者としては悪くない」

 「光栄の極みです。寵児よ」

 

 フィリップが横目で投げた賞賛に、アデラインは深々と頭を下げて身を震わせる。

 艶やかな女性に跪かれるのには慣れていないが、人外を跪かせることには慣れてきたフィリップは、無感動な一瞥だけを返した。

 

 彼女は程度の低い宗教的集合を智慧を持つ者の集まりへと昇華させていた。

 まあ大成功とは言えなかったが、失敗と言うほど結果が出ていたわけでもない。彼らが自力で“真実”に辿り着くには、或いは辿り着けないと判明するには、もっと長い期間が必要だった。

 

 現段階では、長い階段を数歩だけ上ったくらい。

 一歩目を踏み出していない人間が大半であることを考えると、ちっぽけな段差数個でも大きな意味がある。彼らに与えたその進歩を、フィリップは評価せざるを得ない。

 

 だが、まあ、それはそれとして。

 

 「まあカルトって時点で不合格だ。お前は死ね」

 

 吐き捨てるような言葉を受け、アデラインはすっと立ち上がる。

 そして、艶めかしいドレスに包まれた肢体が変貌を始めた。

 

 赤いドレスは朽ちたオレンジ色の襤褸に変じ、白い肌は包帯のように纏わりつくそれらで完全に覆い隠される。婀娜っぽい笑みを浮かべた美貌は、蒼褪めた色の肉のような仮面に隠された。

 

 数秒の後、そこに居たのは愛嬌を振りまく裏カジノ支配人ではなく、神話生物であり地球外存在、黄衣の王の廷臣だった。

 真の姿を露にしたそれは、奇妙に円を描く不自然な優雅さで首を垂れる。

 

 ヒトガタではある。しかし対峙すれば、その肉体の内側から滲み出る気配で、絶対に人間ではないと確信できる。

 

 星間航行能力を持つだけあって、肉体的には人間より強い存在だ。

 人類トップクラスというわけではない、全然ないフィリップでは太刀打ちできない相手。

 

 しかし、フィリップは立ち上がって剣を抜くどころか、卓上のお菓子に手を伸ばした。

 

 「……構えないのですね」

 「アレを見た後でなお僕と戦おうとするほど馬鹿じゃないだろう? 僕としても、迂闊に邪神を介入させるのがどれだけ危険か分かったし、処刑役を用意するのも気が引けるんだ」

 

 黄衣の王の廷臣──本来はカルコサでハスターに仕えているはずの存在。

 どういう経緯で“宣教師”になったのかは知らないし、未だ忠誠心があるのかも知らないが、いつもなら「お前の王がお前を殺す。彼でなく、僕の意思によって」とか言って、ハスターに自分の家臣を殺させているところだが、流石に今は躊躇われた。

 

 切迫した状況ならともかく、演出目的でホイホイ邪神を呼んでいたら、また事故になる。

 

 「お前は自分で死ね。どうせ僕の剣も魔術も効かないだろうし、苦しめて殺せないのは不満だけれど……まあ、そういうこともある」

 

 フィリップはつまらなさそうに、そして残念そうに呟いた。

 表情の読めない黄衣の王の廷臣も、心なしか同質の感情を滲ませている。が、文句や反論は飛んで来なかった。

 

 「あぁ、そうだ。お前の()()ってアンバー・ファミリアだけ? 他にもあるなら先に教えて欲しいんだけど」 

 「はい。帝国内に、あと二つほど。アンバー・ファミリアほどの規模はありませんが──」

 

 フィリップはティーテーブルを離れ、部屋に備え付けの文机に歩み寄り、立ったままペンを走らせる。

 黄衣の王の廷臣が語った内容を書き留めた紙を扇いで乾かすと、適当に折ってポケットに仕舞った。

 

 「聞きたいことはそのくらいかな。じゃあ、死んでいいよ。今日の昼には帝都を出るから、今のうちにお土産を買いに行こうと思ってるんだ」

 

 魔王対策の聖痕者会議は帝都の被害を受け中断、新情報や状況に動きがあれば再開催となった。

 王国要人は速やかに王都へ帰還し……運が悪ければフィリップの冒険はここでお終いだが、まあステラ曰く「流石に今回は大丈夫だろう」とのこと。爵位授与の前倒しは、フィリップの冒険者活動が危険であるという認識によるものだ。そして今回、フィリップは表向きには何もしていないし、冒険者活動とも何ら関係ない。

 

 ミナとエレナとリリウム、あと衛士団とタベールナにも、とお土産の必要個数を指折り数えていたフィリップは、動いていなかった黄衣の王の廷臣に再び目を留めた。

 何をしているのか、早く死ねとばかり目を細めると、その一瞥を受けて漸く動き出す。

 

 彼女は乾いた音を立てて右手を胸に捻じ込み、今度は湿った音を立てて、自らの心臓を無理矢理に引き抜いた。

 両足から力が抜け、襤褸に覆われた身体がすとんと落ちる。

 

 黄衣の王の廷臣は再び跪き、引き摺り出した心臓を恭しく掲げた。

 

 そして──捧げられた痙攣する内臓を、死に体の生き物を、フィリップは嫌悪感に満ちた目で一瞥する。

 

 「要らないよ。気色の悪い」

 

 その言葉は届いたのか、もう聞こえてはいなかったのか、それは分からない。

 跪いていた身体は完全に力を失い、倒れ伏した肉体も、転がった臓器も、流れ出た血のような何かも、全てが朽ちて消えていった。 

 

 「……あ、レオンハルト先輩にも買って帰ろう」

 

 お世話になってるし、帰ったらペッパーボックス・ピストルの調整もお願いすることになるし、と打算も交えて考える頃には、フィリップの心中から黄衣の王の廷臣のことは綺麗さっぱり無くなっていた。その死骸と同じように。 

 

 なおこの後、フィリップは財布と剣だけ持ってフラフラと部屋を出ようとしたところ、当然のように見張りの兵士に止められた。

 

 まあ、お土産自体は帰る途中でギリギリ買えたので、良い旅だったと言っていいだろう。

 

 




 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』
 シナリオ21 『瑠璃と琥珀の戦争』 バッドエンド

 技能成長:【剣術】【拳銃】等、使用技能に妥当な量のボーナスを与える。

 特記事項:なし

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