なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
シナリオ22 『死体蘇生者フレデリカ・レオンハルト』 開始です
必須技能は各種戦闘系技能、【クトゥルフ神話】です。
推奨技能はありません。
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王都に戻ってきたフィリップの生活は、これまでと大して変わらなかった。
大怪我をした左腕は二か月弱の旅路ですっかり治り、リハビリも済ませた。
べったりとこびりついていただろうハスターとシュブ=ニグラスの気配も時間と共に流れ落ち、一足先に王都に戻っていたミナは、久方ぶりのペットとのふれあいを存分に堪能した。
ちなみに彼女は三週間ほど師匠の下で訓練し、命のストックが
語るべきはそのくらいだ。
ミナが不在のタイミングで王都入りした冒険者が何人か、衛士団の忠告を忘れたか無視して絡んだ結果、当然のようにぶちまけられたそうだが……衛士団も冒険者ギルドも王国も、馬鹿が馬鹿なことをして死んだことに「馬鹿だなあ」以上の感想は持たなかった。
それから、帝都半壊という大事件にフィリップが居合わせたことを重大視し、爵位授与を前倒ししようと言い出す貴族や文官は居なかったそうだ。
むしろ「やはりカルトは危険だ」「半ば英雄殿の趣味とはいえ、カルト狩りの依頼を出していた第一王子殿下は慧眼だ」と、都合の良い意見が主流らしい。……「そうなるよう誘導したのだから当然だが」とステラが言っていた。
エレナとリリウムからは「自分だけ帝都旅行なんてズルい」というやっかみも受けつつ、無事の再会を喜ばれ、お土産を渡すともっと喜ばれた。帝都半壊の報せは王都にまで届いていたものの、聖痕者三人にミナまでいるのだから、まあ無事だろうとは思っていたらしい。
そして、帰還からおよそ一週間。
方々にお土産を配り、荷解きも済ませ、長旅の疲れも取れた頃。
そろそろ何か依頼を受けようということになり、フィリップはフレデリカを訪ねていた。
現在、フィリップは完全非武装だ。
王都内を武装して歩けないからではなく、そもそも手元に武器が無い。
ペッパーボックス・ピストルは不発現象の原因究明と改良のため、
「龍貶し優先で」とは伝えたしフレデリカも言われるまでも無く分かっていたが、どのくらいかかるかは聞かなかったし聞かされなかった。
別に誰も金には困っていないので、絶対に今すぐ依頼を受けなければならないわけではないけれど。
二等地のレオンハルト邸に向かったフィリップは、今日のおやつ……もとい手土産の茶菓子が入った紙袋をぷらぷらさせながらノッカーを鳴らす。
いつも通りの誰何を受け、いつも通りに「フィリップ・カーターです」と名乗り、いつも通りに開錠音を聞く。
「カーター君! ちょうどいいところに!」
そしていつも通りの──いや、出迎えてくれたフレデリカは、どこかいつもより上機嫌だった。
中性的に整った顔には明朗な笑顔が浮かび、訪問を歓迎してくれていることがよく分かる。
普段は来訪者に対する警戒が滲んだ顔で現れて、フィリップを見ると安堵に変わるのだが、今日は初めから喜色満面だ。何か実験が上手く行ったのだろうか。
「お茶の用意をしてくるから、リビングで待っていて。あ、龍貶しはソファに置いてあるから。ちゃんと整備しておいたよ」
「ありがとうございます。お菓子、開けておきますね。マドレーヌです。甘いやつ」
「アイン&アインスの! センスいいね!」
話してみると、心なしかフレデリカのテンションがいつもより高い。いや、やはり、と言うべきか。
台所に向かう彼女の足取りはいつもより軽く、笑顔も華やかだ。普段の舞台俳優のような整ったものではなく、どこかあどけなさも感じるような、本心の表出に見える。
余程いいことがあったのだろうと、フィリップもつられるように微笑みながら居間に入る。
玄関からリビングまで、あとトイレと台所までのルートは、レオンハルト邸の中でも何度となく通って慣れている。家主が案内無しでいいと信頼してくれるのなら、フィリップもそれに従うまでだ。
「──、は?」
居間の扉を開けるや否や、フィリップは呆けた声を上げた。
もう幾度となく訪れたレオンハルト家のリビングルームには先客がいた。
揶揄うような笑顔を浮かべた、フィリップより少し年上の少女。そして包容力を感じさせる落ち着いた笑みを浮かべた青年の、二人。
「やあ、久しぶりだね、フィリップ君」
「あはは、滅茶苦茶ビックリしてる! サプライズでしょ?」
揶揄うような二つの笑顔に、フィリップの思考が空白に染まる。
見覚えのある──よく知っている、よく知っていた、二人だ。
ウォードとモニカが、そこに並んでいた。
◇
──もしも、大切な人が死んでしまったら。
有り得ないなんてことは無く、むしろいつか必ず経験するだろう、それでも現実味が薄いと感じてしまう想像だ。
外神の視座を植え付けられてすぐのころ、フィリップはよく、そんな空想をしていた。
初めは家族だった。そこに衛士たちが、ルキアが、ステラがと大切な人が増えてきて、いつしかそんな想像をしなくなった。
それは外神の視座が馴染んできて、人間の感覚と邪神の感性がフィリップの中で完璧に並列したからだろう。
フィリップのその想像は、世の子供たちの「お父さん、お母さんが死んでしまったらどうしよう」という悪夢とは毛色が違う。
自分は精神的に異常だが、果たして悲しむべき場面で正常に悲しめるだろうか、という疑問だった。
そしてその精神的異常が当たり前になって、「自分はどこまで異常なのだろうか」なんて疑問も忘れ去って、そして人間の部分が成熟していくにつれて、子供じみた空想をしなくなった。
「大切な人が死んでしまったら」。
その空想には覚えがある。
しかし──「死んだ友人が蘇ったら」なんて想像は、流石にしたことが無かった。
その想定外がいま、目の前で起こっている。
「……おぉ、あのフィリップ君が硬直してる」
「上手く行ったわね!」
悪戯成功とばかり顔を見合わせて笑うウォードとモニカに、フィリップは持っていた茶菓子の袋を取り落とした。
「──は? え?」
バスローブのような服を着た二人は、呆然と立ち竦むフィリップを前に笑っている。
モニカは「こら、食べ物を地面に置かない」なんて言って、足元の袋を取り上げて手で払い、テーブルに置き直した。
近づいてくるモニカから無意識に後退っていたフィリップは、ソファに足をぶつけ、カチャリと音を立てた龍貶しに気付いて武器を取る。
その動きは戦闘を想定したものではない。
柄に手を掛けるでなく、ただ目に付いたから掴んだような無造作なもの。戦意よりは困惑に満ちた、甘い動きだった。
「……二人を知っていて、僕のことも騙せるような精密な幻影魔術が使えるのはルキアだけだ。でも、彼女はこんな趣味の悪いことは絶対にしない」
フィリップは譫言のように、或いは考えを纏めるように独り言ちる。
或いはそれは、目の前の二人に対する確認だったのかもしれない。
ついでに言えば、彼女が二人の性格や表情をここまで正確に演じられるかも疑問だ。観察すれば出来るくらい器用だとは思うが、では生前の二人の動きや癖まで観察したことがあるかと言えば、絶対にない。
モニカに至っては面識があるかさえ怪しい。会話の中で名前やエピソードを出したことはあるが、その情報から組み上げるのは流石に非現実的だ。
「ふーん? サークリス聖下のことは誰よりも分かってるってコト?」
愕然とした顔のフィリップに、モニカは悪戯っぽい笑顔のまま歩み寄る。
フィリップの視線が下がり、少女の全身を俯瞰するように捉える。そのごく僅かな一挙動、ただの一瞥で、ウォードの表情が凍り付いた。
「……モニカちゃん、下がって。どうやら、ちょっとアプローチを間違えたみたいだ」
「アプローチ? さあ、どうかな」
ウォードの言葉に、感情の失せた冷たい声が返される。
フィリップの手がゆっくりと下がり、龍貶しの鞘が左腰の辺りに──最速で抜刀するための適切な位置に置かれた。
「二人とも、
二人ともバスローブを着ている以外は普通だ。
覚えている通りの──いや、記憶よりずっと正確で、自然。記憶をそのまま絵に描いても生じるであろう齟齬が、目の前の二人には無い。
魔力情報は知らないが、少なくとも外見情報からでは、彼らを人間以外のものであるとは見做せない。
フィリップが彼らの凄惨な死体を見た記憶を持っていて、埋葬したことまではっきりと覚えていなければの話だが。
バラバラになった死体が再び完全な姿になり、蘇って歩き出すことなどない。
少なくとも人間は。吸血鬼なら簡単なことだろうけれど、まあなんにせよ、だ。
何にせよ──人間でないことは確実だ。
「……分からない。ただ──」
「──いや、今のはナシだ」
問いに答えようとしたウォードの言葉を、フィリップは硬い声で遮った。
彼らが本物──蘇った死者なのか。
それとも死者を模した、趣味の悪いナニカなのか。
そんなことは、何ら問題ではなかった。
彼らが本人であれ別人であれ、やることは変わらない。
「待っ──」
制止の言葉はウォードのものか、モニカのものだったのか。
青い燐光を纏う龍骸の刃が露になり、フィリップは怒りと不快感に任せた一撃を繰り出した。