なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 帝城に入ってしまえば、フィリップは立哨の騎士や使用人たち、すれ違う貴族などにも一切止められることが無かった。

 身なり、というか服装だけはきちんとしているが、汗だくだし、所々カルトの返り血や土埃で汚れているのにも関わらず。

 

 帝城に入るなり声を掛けてきた、ルキアとステラのいる部屋まで先導してくれている騎士のおかげだろうか。城内を走っても文句ひとつ飛んで来ないし、中で働いている使用人や文官らしき身なりの人々もさっと道を開けてくれる。

 

 「こちらです。私は部屋の外でお待ちしておりますので、何かありましたらお声掛けください」

 「どうも!」

 

 普段のフィリップなら、その騎士のことをじろじろと観察していたところだ。

 フルプレートメイルに身を包んでいながら、フィリップが追い付けないほどの健脚。それでいて城内に不快感を振りまくことのない静かな動き。フルフェイスヘルムでくぐもって判然としないが、声からすると若い男性。

 

 そしてノア不在の今、フィリップが帝城内を歩くのに付けられた監視役であること。

 興味をそそられる要素は幾つもあったが、今はそんなこと、どうでもよかった。

 

 「ルキア、殿下──、っ!?」

 

 ノックも忘れて部屋に飛び込む。

 扉の外で控えているメイドが眉を顰めていたが、気を払っている余裕はない。

 

 部屋に飛び込んだ直後、爆音が連続し、熱気と衝撃がフィリップの全身を激しく打った。

 

 さながら暴風雨の中を歩いているような体感を味わい、フィリップは足を止めて両腕で顔を庇う。

 幾度もの閃光が閉じた瞼越しに瞬く。その間隙にどうにか目を開けると、想定していた“最悪”のうちの一つが実現していた。

 

 部屋はフィリップの居室と同じくらいに広く、絢爛で、そして──炎上していた。

 家具も、調度品も、内装も、全てが燃え上がっている。その中心には、大切な二人が互いを見据えて向かい合って──対峙している。

 

 ルキアが指先を向けると、その先から幾条もの雷撃がステラの顔を目掛けて横殴りに降り注ぐ。

 しかし、その電気エネルギーは獰猛な笑みを浮かべた彼女を焼くことなく、命中寸前で熱変換され、炎の蛇となって彼女の足元に這いつくばった。

 

 ステラは足元の蛇を撫でるような仕草を見せ、その手をルキアに向ける。

 炎の蛇は石の床を舐めるように這い進み、二択を迫る。同時に展開された数十の火球と、どちらに巻かれて焼死するかの二択を。

 

 そして当然、ルキアは解答を拒否する。炎の蛇は地面に空いた穴──いや、真っ黒な“点”に吸い込まれて消え、火球は全て光の弾丸が貫いて吹き消す。

 光弾はそのままステラの全身を穿つ弾道だったが、その肌に触れる前に揺らいで消える。強烈な熱によって光の直進性が失われ、弾丸としての機能を失ったのだ。

 

 その熱は不可視の砲弾となってルキアに襲い掛かるが、強烈に振動していた分子は超重力によって押さえつけられ、液体化した空気が重力に捕まって球形になった。

 

 ルキアが液体窒素の塊を重力操作で横向きに落とすと、ステラは炎の壁を三重に展開した。

 一つ目は爆発的に気化した窒素に呑まれて消え、白煙が二人の間に立ち込める。

 

 二つ目の壁が白煙を突き破ってきた雷撃を消し去ったのを見て、ルキアは不愉快そうに眉根を寄せた。

 

 「ちょっと?」

 「──二人とも!!」

 

 非難するような声と共に生まれた攻防の空隙。

 それを見逃さず、フィリップは炎が空気を喰らう轟々という音に負けないよう声を張り上げた。

 

 どちらが発狂して、こんなことになったのか──どちらの殺意が発端となった殺し合いなのか。それを見極めるべく真剣な眼差しを向けるフィリップに、二人は同時に気が付いた。

 

 「あぁ、カーター。狩りはもう終わったのか? ……随分と満喫したようだな」

 「フィリップ、こっちに来て座って。身嗜み、整えてあげるわ」

 

 二人は数秒前までの殺し合いが嘘のように、いつも通りの親しみの籠った微笑を浮かべた。

 

 ステラは服を軽く払って、まだ燃えているソファに腰を下ろした。

 いや──よく見ると、ソファは炎に巻かれてこそいるが、それそのものは燃えていない。赤々とした炎が幻であるかのようだ。

 

 ルキアも髪を手櫛で整えると、燃え盛るティーテーブルに歩み寄り、セットの椅子を引いてフィリップに示す。

 

 「……え?」

 「前にも見せただろう? 空間隔離魔術だよ」

 

 目の前の状況が分からないと書かれた顔で、フィリップは二人を交互に見遣る。

 明らかに困惑した様子に、ステラは揶揄い交じりに種を明かした。

 

 ステラの空間隔離魔術『煉獄』は物理的な燃焼ではなく、概念の炎を出現させる。

 それは何を燃やし何を残すのか、術者が完全に制御できる超常の炎。中から外に漏れる音や、外から入ってくる光を燃やし、遮断することも可能だ。そして逆に、中にあるものを燃やさないという選択も可能なのだった。

 

 しかし、フィリップはそこに引っかかったわけではない。

 いやそこにも引っかかりはしたのだが、重要なのは別の部分だ。

 

 「あ、いや、そうじゃなくて……。今のって、もしかして模擬戦ですか?」

 「……というか、稽古だな。王国に帰ったら建国祭の時期だし、今年からは少し実戦的な──どうした?」

 

 答えを聞き終える前に、フィリップの膝からは力が抜けきり、床にへたり込んでいた。

 深く長い溜息は安堵に由来するものだ。

 

 尻もちをついたような形のフィリップに、ルキアは心配そうに歩み寄る。ステラはどちらかといえば怪訝そうだ。

 

 二人ともフィリップの血で汚れた姿を見た瞬間、魔力情報を見て負傷や不調が無いことを確認している。

 だから単に、二人の対応の差は性格の違いだった。ルキアはまずフィリップを慮り、ステラは再び視界のチャンネルを切り替えて理由を探る。その後、ステラもまたソファを立ったので、優先順位が違うだけだ。

 

 「大丈夫? 魔力を見る限り怪我はなさそうだけれど、疲れた? 立てる?」

 

 心配そうに手を差し伸べるルキア。

 フィリップはその手を取って立ち上がると、そのまま手を掴んで引き寄せた。

 

 思わぬ力に為すがままのルキアを抱きしめたかと思うと、フィリップはすぐに身体を離す。

 一瞬の、しかし何か切羽詰まったような抱擁には、ルキアに追求を躊躇わせるような必死さがあった。

 

 フィリップの動きには、ミナやシルヴァを抱きしめる時とは違い、愛情表現の気配が無かった。

 相手の存在を確かめるような──柔らかな身体に宿る熱を、生命と精神の健在を確認するような、そんな力が込められていた。

 

 「……熱烈じゃないか。私には無い──おい、本当にどうしたんだ?」

 

 揶揄おうとしたステラだったが、彼女もまたふらふらと近寄って抱き着いたフィリップに言葉を遮られる。

 ルキアの時とは違い、フィリップは彼女の肩に顔を埋めて離れようとしなかった。

 

 そして、ステラの背に回された手は縋りつくようでもあり、どこか甘えるような仕草でもあった。

 

 「……大丈夫だ。見ての通り空間隔離魔術に守られていたからな。私たちは二人とも無事だよ」

 

 宥めるように抱擁を返したステラは、肩にじわりとした熱と湿り気を感じて腕の力を強めた。

 

 数秒か、十数秒ほど静寂があった。

 ステラにとっては一瞬で、フィリップにとっては長い──十分な時間が。

 

 フィリップはしばらく抱き着いて顔を隠したままだったし、ステラも黙って受け入れていた。

 

 「……落ち着いたか?」

 

 身体を離したフィリップに問いかけるステラの声は、いつものように優しい。

 

 僅かに目を晴らしたフィリップには、その“いつも通り”が嬉しく、ありがたかった。

 

 「はい。……あ、ごごごごめんなさい、服が……」

 

 ステラの肩が微妙に濡れているのに遅ればせながら気付き、フィリップは慌ててポケットを漁る。

 しかしハンカチを取り出す前に、ステラは自分の手で濡れている部分を一撫でする。その後には、何かが付いていた痕跡は跡形もなく蒸発して消えていた。

 

 ようやく落ち着いたフィリップは、ルキアが淹れてくれていた紅茶を啜ってほっと一息つく。

 

 「ありがとうございます……」

 「どういたしまして。さあ座って」

 

 促されるままティーテーブルに着くと、ルキアはフィリップの激しい動きや風で乱れた髪や、汗や土や返り血で汚れた身なりを整え始めた。

 

 ステラは遊ばれる人形のように居住まいを正しているフィリップに揶揄うような笑みを向けつつ、再びソファに座り直した。

 

 「それで? 何があった? あれだけ焦っていたが、私たちの無事を確認して完全に落ち着いた。ということは状況は既に終わっているが、最後の最後に重大な問題が生じた、といった感じだな。……召喚物が暴走でもしたか? それともカルトが邪神を呼んだか?」

 

 流石に的確な推察を見せるステラに、ルキアは手を止めないまま感心の目を向ける。

 きっと正解だろうと視線を下げた先、フィリップはというと。

 

 「……まあその、えっと、あの」

 

 目を泳がせていた。

 正解なら「流石ですね」なんて笑いそうなのに。

 

 「……もっと悪いのか?」

 「本当に? 今のステラの想定、かなりハードだったけれど」

 

 状況の良し悪しでいえば、まあ、悪い。ものすごく。

 なんせ、今回の件はフィリップのミスではないのだから。

 

 何かミスがあったのなら、反省して次に活かせばいい。

 大切な誰かが死んだわけでもないのだし、「次は気を付けます」が十分に通じる。

 

 が、しかし──今回の最大の被害に、フィリップの意思や判断は介在していない。

 そしていつぞやの暴走事故より、もっと大きな──数十倍の被害規模となっている。

 

 「……この窓、帝都のどっち側を向いてますか?」

 「えっと……西側ね」

 

 フィリップは概念の炎に巻かれ、入ってくる光の悉くが焼き尽くされて外の見えない窓を示す。

 ルキアの答えは、今となっては都合よく感じる。空間隔離魔術が無かったらと考えると、また背筋が凍りそうだけれど。

 

 「空間隔離を解いてください。一応、先に僕が確認しますね」

 「……分かった」

 

 ルキアとステラが目を瞑り、部屋を覆い尽くしていた紅蓮の炎は幻のように掻き消える。

 窓から日の光が、眼下の町の喧騒が飛び込んできた。

 

 帝都の一部が竜巻に薙ぎ払われたかのように更地になっていることと、すり鉢状の巨大な陥没穴(クレーター)が見て取れる。

 

 「……大丈夫。見てくださ……えぇ……?」

 

 帝城の高い位置にある窓から見下ろす景色。

 それは当然、町の中に居たときとは違うものであり──予想していたものとも違った。というか、フィリップの記憶にある街の情報とは、見えるものが違っていた。

 

 確か、シュブ=ニグラスの一歩は衝撃で街の一部をすり鉢状に吹き飛ばし、クレーターを作ったはず。

 ……作ったのはただの穴あって、湖ではなかったはずだ。

 

 しかもその湖、大氾濫を起こして街の低部が浸水している。

 

 「……は?」

 「ノア……」

 

 フィリップに寄り添うようにして窓を覗くと、ステラは低く呻き、ルキアは呆れたように深々と嘆息した。

 

 「新しい観光地でも作るつもりなのかしら、彼女」

 「……何があった?」

 

 聖痕者によって水没した土地は観光地と言うか聖地だが、それはともかく。

 ステラに問われて、フィリップはキラキラ光る──なんてことはなく、土と瓦礫が混ざって濁った遠くの水面を指して頭を振った。

 

 「いや、僕が知ってるのは穴が出来たところまでです。ノア聖下は……あ、僕がカルトを譲ったから、遊んでるのかな?」

 

 一人で納得したのはフィリップだけだ。

 ノアが遊んでいることは、二人には見れば分かる。あれは本気の魔術行使だし、遊んではいても手を抜いてはいないことも。

 

 しかし、あのフィリップがカルト狩りを他人に譲る状況が分からない。

 ノアが虚空から生み出す大量の水が流れ込み、湖のようになっている大きな陥没穴も謎だ。

 

 二人の胡乱な視線を受けて、フィリップはなるべく情報を排しつつも分かりやすく説明すべく言葉を探す。

 

 「ハス……前に殿下に見せたやつ。アレを街に擬態させてカルトを一匹残らず殺そうとしてたんですけど、敵がそいつの……なんて言えばいいのかな、まあ抜け毛みたいなのを使ってたんですよね。教祖がその抜け毛を大量に取り込んで、力の塊みたいになって、同じ存在の気配がべったりついた僕に接触しようとして。でもそれだと僕が変性……人間から数段上の存在になるんです。それがシュ……ルキアと一緒に遭遇したやつの逆鱗に触れたらしくて、その……善意というか反射というか、とにかく僕が呼ぶまでも無く勝手に出てきて踏み潰したんです。……町ごと」

 

 語り終えて、フィリップは少し反省した。

 かなり要領を得ないというか、冗長な話し方をしてしまったと。

 

 要は町が消えたのはハスターの化身に置き換えたから。クレーターが出来たのはシュブ=ニグラスが介入したから。

 では何故介入してきたのかと言うと、ハスターの死骸から力を得るというカルトの使っていた術法が暴走し、フィリップを変性させかけたからだ。

 

 端的に換言すれば……「僕のせいではないです」といったところ。

 と、脳内ではきちんと整理できていたのだが。

 

 「……お前の制止を聞かなかったのなら、それは暴走じゃないのか?」

 「うーん……。制止する間も無かったというか、そもそも制御下に無いというか。僕の味方ではあるんですけど、召喚とか使役とか、そういう関係じゃないんです」

 

 そもそもシュブ=ニグラスがフィリップの変性に拘っているというのがフィリップには初耳だ。

 旧支配者なんかになるくらいなら外神にしたい、ということなのだろうか。それともフィリップを変性させるのは自分だという、また違った拘りなのか。それすら判然としていない。

 

 「面倒な関係だな?」

 

 呆れ混じりのステラに、ルキアはフィリップを窺うように一瞥する。

 

 しかし、ここに関してはステラとフィリップの意見は一致していなかった。 

 

 「そうでもないですよ。少なくともナイ神父たちの方がずっと面倒です」

 

 勝手に出てきて街に大穴を開ける奴よりか、と突っ込みたいところなのに、それを躊躇わせるくらい実感の籠った、重い言葉だった。

 ルキアが痛ましそうに目を伏せるほどに。

 

 「……そうか」

 

 ステラの相槌も、普段より優しく感じた。

 

 

 

 

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