なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

504 / 593
504

 空から何かが降ってきた。

 帝都の住民は一様にそれを見上げ、呆然と口を開けて眺めていた。

 

 帝都西部に巨大なクレーターを作り、天を衝き雲を突き破るほど巨大な何かが聳え立っている。遠目には、それは黒い塔に見えた。

 

 明らかな緊急事態に独自の判断で動いた騎竜魔導士たちは、接近し、それが塔のような人工物ではないことに気が付く。それは、どちらかと言えば生き物のようだった。

 

 宝石のような光沢と艶のある黒い毛に包まれた、脚だ。

 強い生命力を感じさせる毛並みに、偶蹄類の蹄。幾人かの魔導士たちは、それが山羊のものに似ていると感じた。

 

 「──なんだ、これは」

 

 独断で偵察を行っていた騎竜魔導士の一人が、飛竜から眼下を見下ろし、呆然と呟く。

 

 空から見下ろす帝都の景色。町並みも、駆け回る人々も、まるで見慣れないものになっている。

 狂乱したように不規則な動きで駆け回っているのは、カルト組織アンバー・ファミリアで間違いない。これまで何度も捕捉し、潰し、それでも根絶は出来なかった害虫だ。こんな数が居たのかと思うほどだが、民間人の姿はない。事前の通達が思った以上の影響力を発揮したようだ。

 

 そして、町並み。

 ブロックの形、屋根の色、道の幅や曲がりくねった模様まで、騎竜魔導士たちは目に焼き付いている。

 

 その様相が、完全に崩れ去っている。

 あるべきものがあるべき場所になく、道も家もありえない挙動で曲がりくねっている。クレーターの余波でめくれ上がったわけではない。

 

 それは──形容しがたいが、言うなれば()()だった。

 巨大な触手が何本も絡まり合い、その表面に町並みが描かれているようだ。建物の色、道の形、凹凸などを再現した立体的な模様だ。正しいものが正しい位置にあれば、その中を歩いていても、上空から見下ろしても気付けないほどに精巧な。

 

 しかし今や、それはレイアウトを崩している。

 天を衝く巨大な足に踏みつけられ、痛みにのたうち回っているかのようだ。

 

 「っ──!!」

 

 彼の判断は迅速だった。

 即座に信号魔術の花火を打ち上げ、帝都東部にいるはずの隊長へ緊急事態を知らせる。

 

 その色は赤。

 帝国軍内部では最悪の状況を示し、聖痕者の投入と神域級魔術による一掃を具申するもの。

 

 魔術の光は天高く打ち上がり──その途中で、地面に激突した。

 

 信号弾が。

 空に向けて撃ったはずの信号弾が、石畳の地面に。

 

 「な、ぁ──!?」

 

 地面は空にあった。

 町並みも、そこに。

 

 いつも上から見ていた屋根の並びが、道筋が、並木が、空を舞う飛竜を見下ろしていた。

 

 「……なんだ、これは」

 

 理解不能を口にして、彼は地面と地面に挟まれて叩き潰された。

 

 そして──元は地面だった裏返しの触手の上には、小さな触手が幾重にも重なった蕾があった。

 それはゆっくりと開花し、大切に守られていた中身を開帳する。そこには、その真下に埋まった騎竜魔導士と同じくらい色濃い困惑の表情を浮かべ、きょろきょろと辺りを見回すフィリップがいた。

 

 「は……? え……?」

 

 何が起こったのかまるで分からない。

 そう明記された顔は、天を衝く巨大な足を見つけると、苦々しく歪んだ。

 

 「彼女って、やっぱり彼女か……」

 

 改めて辺りを見回すと、町はぐちゃぐちゃになっていた。

 瓦礫の一つもないが、もうもうと立ち込める砂埃で視界が悪い。しかし近くに見える建物や町並みは崩れている。

 

 崩れている──というか、歪んでいる、と言った方が正しい。

 布地に描いた絵柄が引っ張られたように、たわみ、ひずみ、ねじれ、うねっている。

 

 「……くそ、最悪だ」

 

 フィリップは吐き捨てるように独り言ち、キャンバスのように柔らかく変形しているのに石畳の感触を返す地面を蹴って、一直線に駆け出した。

 

 『──出来れば、彼女を宥めてから行ってくれないか』

 

 足元から聞こえた嘆願は完全に無視する。

 目指す先はカルトの集まる狩り場を出て、ノアの狩り場を抜けた先──帝城だ。

 

 「……っ」

 

 途中、逃げ惑うカルトを何人か見かけたが、フィリップは一瞥するだけで素通りする。ちょっと心が揺れていたが、それも少しの時間で、少しの揺れ幅だった。

 

 息を切らしながら必死に足を回し、帝都の中心に聳える荘厳な城を目指す。道中の町並みは、所々に激しい損壊の跡があった。

 

 “脚”の衝撃波が道の舗装や建物を引き剥がし、吹き飛ばし、残骸が砲弾となったのだ。

 途中、瓦礫の下から血液が滲み出ているのも見たが、フィリップは何ら気に留めなかった。というか、赤いものが血液であり、その下には血の通ったモノがあるということに思い至らなかった。

 

 そして。

 

 「おい止まれ! そこを動くな!」

 

 フィリップとノアの狩り場を分け隔てるように配置された兵士の一団が、道を駆け抜けてくるフィリップを見つけて制止する。

 ノアから話は聞いているはず──フィリップの素性や狩りのことは知らされているはずだが、あの“脚”のせいで色々と吹っ飛んだのだろうか。

 

 「……僕はノア聖下の協力者です! 貴方たちは命令があるまで待機しててください!」

 

 叫ぶだけ叫んで、フィリップは返事も聞かずに踵を返した。

 全員ブチ殺して突破するという案も脳裏を過ったが、ノアが手配した正規兵が弱いわけがない。剣一本での突破は難しい、というか、魔術で先制されたら普通に死ぬ。

 

 それに、争っている時間が惜しい。

 迂回して兵士のいない道を探す方が早いと判断し、さっさと脇道に入って姿を隠す。駆け出した直後くらいには「やっぱり殺すか?」という気分になっていたが、再び踵を返すのが億劫だった。

 

 次に会った兵士の安全は保障されないところだったが、幸いにして、そこに兵士は居なかった。

 代わりに海水の臭いのする潮溜まりや、身体が内側から爆発して半分しか残っていない死体が散見される。どうやら数分前まで、ここにはノアがいたらしい。

 

 これ幸いと境界線を抜け、帝城を目指して走る。

 

 道すがら町人たちが目に入るたび、フィリップの心に不安が積もっていく。

 “脚”を呆然と眺めている者は、まあいい。少しでも遠ざかろうとがむしゃらに走る者、怖いもの見たさで近づこうとする馬鹿と、馬鹿を制止する者も、まあいい。

 

 跪いて祈りを捧げている者がいた。なんかノリノリで歌ってる奴がいた。「あれなんだろうね。怖いね」と街路樹に話しかけている者がいた。地面を叩くほど大笑いしている奴がいた。道の隅で蹲って、譫言を漏らしながら震えている者がいた。周りの喧騒を逐一繰り返している奴が、喧嘩を売っているのかと聞かれてオウム返しして、とうとうぶん殴られていた。ぶん殴った奴は、今度は壁と戦い始めた。

 

 そして──何もせず、何もできなくなった抜け殻もあった。

 

 “脚”から何百メートルも離れて、この有様。脚なのか塔なのか、黒く巨大な何かとしか分からない場所まで遠ざかって、漸く「なんだろう」「見に行こうか」なんて安穏とした会話が聞こえてくる。

 

 帝城に近づくにつれ、そんな平和な野次馬が増える。

 しかし、フィリップは全く安心できなかった。

 

 ルキアやステラには魔力視がある。

 肉眼よりずっと多くの情報を得られるアレは、遠目に見たものが何であるのか、考える暇もなく理解させるだろう。

 

 そのとき、「あれは脚だ」なんて理解では止まらない。

 シュブ=ニグラスとは何であるか、人間の脳が許容する限りの情報が一瞬のうちに流し込まれる。あとは理解して飲み干すか、理解して飲み込まれるか。理解できなかったら、物凄くラッキーだ。

 

 帝城の門が見えてくると、そこには大量の兵士が集まって防衛線を敷いていた。

 まさかあの“脚”から帝城を守るつもりではないだろうし、パニックに陥った民衆を鎮めるためだろう。

 

 だったら当然彼女もいるはずだと視線を彷徨わせると、兵士の一団に隠されるように──その中心に、やはり、その姿があった。

 

 「っ! ノア聖下!」

 「お、無事だったか! 流石!」

 

 いつもの軍服を着崩したラフな格好ではなく、騎竜魔導士隊の正式装備であるスケイルアーマーを身に付けた彼女は、さながら戦乙女のようだった。少なくともギャンブル好きのお姉さんには見えない。

 彼女の言葉は「流石に悪運が強い」みたいなニュアンスだったが、まあ、それは今はいい。

 

 「帝城に入れてください! ルキアと殿下に会わないと!」

 「うん、い──や良くない! ちょっと待って!」

 

 彼女が従えている兵士たちは「あぁ、彼か」くらいの温度感で見守っていたが、ノアが引き留めると即座に展開し、城門の前に壁を作った。

 

 その動きは素早く鋭く、強行突破は不可能だと確信できる。フィリップが殺す気で奇襲しても、一人殺せるかどうかだ。

 

 「何!? いま滅茶苦茶急いでるんです!」

 

 焦りと苛立ちに満ちた反抗に、ノアも同じくらいの焦りと苛立ちを露にする。

 

 「アレは何!? 近くで見た人がおかしくなってるって話もあるんだけど!?」

 

 アレ、と指差す先にあるのは、遠く離れてもなお異質な存在感を放つ“脚”だ。

 道中で見た大量の発狂者のことが既に伝わっているのは流石の伝達力だが、それが分かっているなら、フィリップが焦る理由も察してほしい。

 

 「だから二人に警告してケアするんですよ! 貴女も、発狂したくないなら魔力視は使わないでくださいね!」

 

 口ではノアの身を案じた警告をしつつ、右手は剣を抜いていた。

 「押し通る」というこれ以上なく分かりやすい意思表示に、その場にいた騎竜魔導士隊十数人が一斉に魔術を照準した。

 

 火球だの氷槍だの、分かりやすく威圧感のある間接攻撃もあれば、ただ手を向けているだけ──直接作用する魔術もある。高い魔術耐性を持つ魔術師相手には前者が有効、というか、レジストされにくいが、より致命的な影響を効果を発揮するのは後者。そして、フィリップにはどちらも極めて有効だった。

 

 脅しにしては過剰にも思えるが、彼らは至って真面目だった。

 

 強力な吸血鬼を召喚する、見るからに業物の武器を持っている、あのノアがカルト狩りに参加させると、警戒すべき要素は揃っている。

 それに何より、フィリップが纏う異質な殺意は、彼らに警戒を強いるには十分だ。

 

 ノアと同じ、羽虫を払うような殺意。

 敵意も害意も無く邪魔な下等生物を払い退けたら死んだけれど、その行く末には気を払ってさえいないような。そんな、無機質な殺意だ。

 

 「あぁもう! 分かったわよ! 通してあげな! 忠告ありがとね! それと、あとで話は聞かせてもらう、……は?」

 

 整然とした動きで道を開けてくれた兵士たちに「どうも! いい仕事ぶりですね!」と反応に困る捨て台詞を残して、フィリップは帝城の門をくぐる。

 

 しかし、その歩調が駆け足の最高速度に乗る前に、フィリップは轟音と地響きによって足を止めさせられた。

 思わずつんのめるような大きな地震。転びかけたフィリップは持ち直すと、音のした背後を振り返る。

 

 そこには、町が立っていた。

 恐らくは数百メートル向こうに居るのだろうが、如何せん巨大すぎて距離感が掴めない。

 

 ただ、石畳の道が、煉瓦や石の家が、街路樹が、布地の歪んだキャンバスのように歪な形でそこにある。

 見上げ──帝城よりももっと高くに視線を上げ、漸く“街”の全貌を捉えられた。

 

 無数の、そして巨大な触手が幾つも絡まり合い、ローブを着た人間のようなシルエットを象っている。

 500メートル近く高い位置にある頭らしき部位には、白い仮面を付けているように見えた。

 

 そして最悪なことに、地響きの原因はそれではなかった。

 それは至って静かに、海底を滑る蛸のように凪いだ動きで立ち上がっていた。

 

 地震の原因はもう一つの、触手の巨人よりなお大きな“脚”だった。

 

 「……おい、あれ──()()()

 

 騎竜魔導士隊の誰かが呆然と呟いた。

 

 蹄を持ったその“脚”は、ゆっくりとクレーターから引き抜かれ、どんどんと上昇していく。

 次なる一歩を踏み出すための前動作であると、考えるまでも無く直感できる動き。ほんの一歩で帝都の四分の一を陥没させた、その一歩が再び襲い掛かってくる。

 

 その直感を共有したのだろう、辺りから悲鳴と絶望の嘆きが次々に上がった。

 

 しかし、騎竜魔導士隊の面々は驚き、次なる一歩がどれほどの被害を生むかを想像して顔を歪めてはいたが、自分が死ぬことは想定していなかった。

 

 彼らには、最強の聖人がついているのだから。

 

 「動かなくていい。あたしの傍より安全な場所なんかないよ」

 「了解」

 

 淡々とした命令に、静かな答えが返される。

 隊長は自分の力と隊員の忠誠心を信じ、隊員は隊長の力と判断を信じているのが、今一つ団体行動の不得意なフィリップにも分かった。

 

 幸いにして、“脚”は雲を超え、高く昇って行って見えなくなり、それきり降りては来なかった。

 そして“町”も、空気に溶けるようにして消える。

 

 しかし、何事も無かったかのように──とは行かなかった。

 

 街中から、どうやら生き残ったらしいことに対する歓喜と、その数百倍の悪感情が聞こえてくる。

 それから怒号や戦闘音も。マフィアとカルトの戦争ではない。発狂者や、恐怖に駆られて暴徒化した半狂人が発端となった戦闘だ。

 

 「……何だったの、アレ」

 「まだ終わってないですよ! 発狂者をケアしないと、二次被害が! 残りのカルトも任せます!」

 

 呆然と呟いたノアに、フィリップはそう言い残して再び駆け出した。

 帝都内には何百、下手をすれば何千単位の発狂者がいる。ルキアとステラがそこに含まれないことを確認すること、もし含まれるのならケアをすることが、今は最優先だ。

 

 「あー、そっか! うわメンドクサぁ!」

 

 やることが多い! と頭を掻きむしるノア。

 しかし思考速度は流石のもので、その直後には自分が何をすべきか、部隊がどう動くべきかを計算し終えていた。

 

 「ヨシ。各分隊は民間人の保護。発狂者は一旦全員修道院にぶち込んで拘束。()()のも全部。普通にビビってる程度のは安全な位置にある教会、他は派出所とか駐屯地とか、管理しやすい場所ね」

 「了解。隊長はどうなさるんです?」

 

 いきなり落ち着いて指示を出す総隊長に、分隊長の一人が苦笑交じりに問いかける。

 

 ノアは答えるより先に、自分の騎竜に跨った。

 

 「あんな怪物、カルトの邪法が生み出したに決まってるじゃん。全員ブチ殺すんだよ」

 

 首を掻き切るジェスチャーまで付けて、帝国最強の魔術師は獰猛に笑う。

 

 「どうせクレーターになったんだ。湖に変わったって大差ないでしょ?」

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。