なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 十人長を一人殺したところで、戦況はそれほど大きく変わらなかった。

 防衛線の一か所が持ち直したところで、屋敷を包囲したカルトの攻勢は緩まなかったし、十人長が健在な戦線は速やかに押し潰されていった。

 

 フィリップが十人長一人に拘り、時間を浪費したせいで。そう言えなくもない。

 もしもフィリップが全力で戦場を駆け回り、十人長を見つけ次第殺して──メイドに丸投げしていれば、もっと違った展開になっていただろう。

 

 しかし、フィリップのモチベーションは右肩下がりだった。

 今や男爵邸の庭の真ん中で、空気に座って不満顔だ。周りにはカルトの死体が幾つも散らばっており、溺死していたり、四肢を切り飛ばされて放置されていたり、ローブに袋詰めされて転がっていたりとバリエーション豊かな死因が並んでいる。

 

 その数は十を超えており、普段のフィリップなら満足そうにしているだろう。

 それだけ殺してもまだまだ獲物が残っているのだから、嬉しそうに駆け回っていてもおかしくない。

 

 だというのに、妙に弾力のある透明な椅子に座ったまま、戦場の只中で傍観している。

 何をしているのかと不審そうな目を向けてくる人間はカルト・マフィア問わず多かったが、圧されているマフィアはそれどころではなく、カルトとしても、ちょっかいをかけて良いことは無いと周りを見れば簡単に分かる。

 

 結果、フィリップは戦場のド真ん中で不機嫌そうにしながら、無為な時間を過ごしていた。

 ジャックは激戦区の方に向かってしまい、フィリップの近くには銀髪のメイドしかいない。

 

 「……つまんないな」

 

 不満たらたらといった声で、フィリップは独り言ちた。

 

 「そうかい? 獲物を探すのに困らない、獲り方に拘れる狩りが一番愉しいだろう?」

 

 メイドの言葉に、フィリップは「それはそうですけど」と呻くように返す。

 確かに獲物が溢れかえっていて、探し出す手間が無く入れ食いなのは嬉しい。結局、どこに居るか分からないカルトを狩り出すのは面倒なだけで、その後の惨殺作業という報酬が無ければやりたくもない作業だ。

 

 だからこの、どちらを向いても一人はカルトが目に入る状態のラズワルド男爵邸庭園は、狩り場として最高だった。

 

 しかし。

 

 「何かキメてるでしょう、こいつら。どう殺しても痛がらなかった」

 

 いよいよ最終局面と、相手方も悟ったのだろう。

 十人長以外の雑兵の動きまでもが明らかに変わった。それに戦士ではない、ただの宗教家らしい者まで戦線投入しているようだが、怯えて逃げ出す者が一人もいない。

 

 死を恐れず、痛みを感じず、多少の負傷は無視して戦い続ける。

 いつぞやフィリップと戦った死兵を思い出させる、捨て身の戦い方に変わっている。

 

 それはマフィアたちが気圧されるだけのものであり、フィリップはより苦々しく、鬱陶しそうに顔を顰めるほどの変化だった。

 

 別に、強くなってはいない。

 むしろ恐怖心という重大な危機管理のセンサーを失った彼らは、鈍重で、攻撃を当てやすくなったくらいだ。

 

 しかし──痛めつけても反応が希薄だというだけで、モチベーションが大きく削がれる者もいる。

 

 「あんな静かに死なれちゃあ面白くない。もっと苦しんで、恐怖と絶望に沈んで、自分のゲロと汚物に塗れて死んでくれなきゃ」

 

 フィリップは不満そうに吐き捨てる。

 かつては“啓蒙宣教師会”の上層部を全滅させる機会を、やはり「苦しめて殺したい」という理由だけで不意にした感情的殺人者だけはある。

 

 右を見ても獲物。左を見ても獲物。

 そんな楽園のような場所の真ん中で、心底つまらないと言いたげな仏頂面で座っていた。

 

 「殺した数より、殺し方の質を優先するのかい?」

 「そういう気分になっちゃって。……メインの獲物がいるからでしょうか」

 

 呆れ顔のメイドに、フィリップは静かに返す。

 

 まずは教祖を殺さなくてはならない。一度は取り逃がした獲物だし、手掛かりとしても重要だ。

 

 「……“啓蒙宣教師会”、だったかな」

 「知っているんですか」

 

 フィリップは意外そうに尋ねる。

 正しい智慧と正しい祈りを以て接すれば、この邪神は信徒に優しいということは知っている。

 

 しかし奴らはハスター信仰のカルトではない。というか、特定の信仰対象を持った集団ではない。

 アレは様々なカルトから合流した、様々な信仰と種族の入り混じるカルトの坩堝。智慧無き者に智慧を与え、蒙を啓き、この世から愚者の数を減らし賢者の数を増やすことを目的とした──自らの信仰ではなく、信仰とは何たるかを教え広める宣教師の集まりだ。

 

 しかし──いや、故にこそ、ハスターは彼らを知っていた。

 

 「私の信徒や臣下が何人か、そこに所属している。……意外そうだが、アレは別に、この星で芽吹いた組織ではないよ。以前にはセラエノやアルデバランにもいた」

 「……なるほど。どうりで智慧が深いわけだ」

 

 まあそうだろうな、とフィリップは小さく納得した。

 人間がアザトースと対面し、そして寵愛を受けたなんて、普通に考えて理解できないし納得も出来ないだろう。

 

 ただ、ハスターやクトゥグア、フィリップとしては認めたくないことだがカノン──正確にはミ=ゴといった、人類以上の智慧や知性を持つ存在は、その異常性の片鱗を理解している。

 

 それにそもそも、奴らの上層部は人間でさえない。

 奴らが接触してきたとき、シルヴァは「何が居るのか分からない」と言っていた。

 

 それはつまり、過去四億年を通じて、この星の森林に踏み入ったことのない生き物ということだ。そんな生物が地球上に存在するのか、フィリップには分からない。

 

 分からないが──そもそも地球外の存在であれば、「そりゃあそうだろう」と納得できる。

 

 「奴らの……教祖は誰なんです? 僕は神格じゃないかと疑ってるんですけど」

 「さあね。君は当然知らないだろうけれど、宇宙を見ればあんなのは山ほど──惑星ほどには居るし、神格が絡んでいることもある。敵対者でもないのなら、一々把握したりしない」

 

 メイドは静かに頭を振り、自らの無知を淡々と語った。

 

 それから数分ほど話していると、少し離れたところで大きな爆発があり、戦場が俄かに静まり返った。

 いや──所謂発火を伴う爆発ではない。何か速くて重いものが飛来し、庭の芝生を抉るようにして着地したその土煙が高く舞い上がり、着地の衝撃と轟音も相俟って爆発のように見えたのだ。

 

 「おっと、雑談は終わりですね」

 

 立ち込める土煙の中から姿を見せたのは、昨日取り逃がした老婆──アンバー・ファミリアの教祖だった。

 相も変わらず両手の触手を足代わりにした、奇妙な恰好だ。

 

 フィリップは立ち上がりこそしたものの、まだ剣は抜いていないし、その気配も見せない。

 

 「やはりお主が居たか、殺し屋。……侍女? 戦場に?」

 

 落ち窪み淀んだ目がメイドを捉え、怪訝そうに細められる。

 

 その視線に、彼女は小さく首を傾げてフィリップを一瞥した。

 

 「……ふむ。こういうとき、従者なら礼を示すべきなのかな」

 「ははは、クソみたいなジョークだ」

 

 笑い声を上げながら、フィリップの顔はにこりともしていない。

 別にハスターが誰に頭を下げようと勝手だが、()()()()()()カルトに頭を下げるのはフィリップの許容範囲外だった。

 

 「大方、対多数戦を見越した魔術要員と言ったところか」

 

 警戒心は見せつつも、老婆は身構えたり、先制する様子を見せたりはしない。

 自分が格上だという自負か、単に馬鹿なのか、或いはここで一戦交えるつもりがないのか。

 

 しかし老婆には無くても、フィリップには戦う理由も、殺したい理由も、聞き出したい情報もある。

 

 「確かに対多数用ではあるけど、うーん……キーワードが抜けてる。零点だ」

 「誰にも気付かれない化身を作らせておいて、気付けなければ落第とは。とんだ悪問だ」

 

 剣を抜いたフィリップに、メイドは呆れ混じりの苦笑を浮かべる。

 対するフィリップの笑顔は、待ちわびたメインディッシュの登場に対する歓喜で輝かんばかりだった。

 

 「いやいや、公正ですよ。至って公正に、この問題の点数は生死判定に影響しない」

 

 言葉の裏にある“どうせ殺す”という真意が透けて見える、憎悪に満ちた声。

 なのに、跳ねるように楽しそうなのが不気味だった。

 

 「やはり、お主は妙だ。神の細胞がこれほどに怯える。だが──わざわざ戦ってやる理由は無い!」

 

 言うが早いか、老婆は触手を振るって地面に叩き付け、その勢いを利用して大きく跳躍した。

 衝撃や土くれから顔を庇っていた二人は、ぱらぱらと雨のように降り注ぐ土を払い、教祖の去っていった方向を一瞥する。

 

 目晦ましのつもりだったのだろうが、芝の敷かれた土は程よく湿っていて、砂埃や土煙を殆ど立てなかった。

 

 「──殺すかい?」

 「そりゃあ最終的には。でもまずは、“宣教師”の所在か現状を聞き出さないと」

 

 フィリップは漸く剣を抜き、教祖の向かった先──ラズワルド男爵邸の玄関を見る。

 妙なところで律儀と言うか、人間らしい。近くの窓を割るとか、壁をブチ抜いて侵入することだって可能だろうに。正規の入り口から入ろうとするのは、染みついた無意識故の行動なのだろうが、この状況では少し面白い。

 

 「僕が追う。貴女にはいつも通り、掃除を任せます」

 「いつも通り、ね。承ろう」

 

 振り返りもせず下された命令に、メイドは小さな嘆息と共に応えた。

 

 

 

 「アレが居るだろうとは思っておったが──。いや、もういい。ここに至ってはもう、何も」 

 

 教祖は屋敷の建物内に突入すると、ボスの部屋を探して屋敷中の扉を破壊していく。

 この手の建物でトップの部屋がある位置は、二つの傾向がある。防衛上の観点から最奥といえる最上階に置くか、普段から来客に対応するため玄関付近に置くか。

 

 だから目に入る全てのドアをブチ破る必要なんかないのだが、老婆は何かに憑りつかれたようだった。

 

 とはいえ触手を足代わりにした移動は極めて高速で、後から小走りに追う──不意討ちを警戒するだけの理性は残している──フィリップが追い付けないほどだ。

 

 そして遂に、最上階の最奥にある扉を叩き割り、威厳のある家具と華やかな調度品の並ぶ、ヨーゼフ・フォン・ラズワルド男爵の書斎へと踏み入った。

 

 「見つけ──、っ!?」

 

 男爵は椅子に腰掛け、肘置きにレイピアを立てかけていた。

 涙ぐましいほど貧弱な武装に目を留めた教祖は、部屋の中に居たもう一人の人物に目を留め──ぶん殴られたように言葉を失い、踏鞴を踏んで後退った。

 

 その驚きようたるや、男爵の滾らせていた戦意が思わず揺らいでしまうほど。

 

 老婆は暫し愕然としていたが、ややあって、ソファにゆったりと腰掛けていたアデラインに呼び掛ける。

 

 「……マイア」

 

 彼女の容姿は、かつて喪った教祖の盟友であり、アズール・ファミリーの先代ボスに斬られた女性と全く同一だった。

 

 記憶にあるまま、どころではない。

 薄れた記憶を呼び起こすほどに、そのままだ。

 

 老いていない。変わっていない。

 

 華やかなドレス姿は見たことが無かったが、それが違和感にならないほどに、記憶にある姿と一致している。

 かつての彼女が粧し込めば、目の前の彼女になるだろうと容易に想像が出来た。

 

 彼女は教祖の記憶にある通りに艶やかに微笑み、口を開く。

 

 「──えぇ、久しぶりね、()()()

 

 紡がれた名前は、もう誰も呼ぶことのなくなった、老婆の本名だった。

 

 「その姿、ほ、本当に……」

 「……どういうことだ、アデライン」

 

 熱病に浮かされた患者のように覚束ない動きで近寄ろうとした教祖は、ヨーゼフの鋭い声でここが何処かを思い出す。

 

 敵前と言うほど危険な場所ではないが、死人と再会できるほど神秘的な場所でもない。

 ここは敵対組織のボスの居室であり、敵の本拠地。それも中心地だ。

 

 そしてヨーゼフにとってはホームであり、アデラインは最も強力な手札であるはずだった。

 

 裏切りの気配はないとはいえ、では全くクリーンかというと、絶対にそうではない。

 眼前の二者に接触があったという報告はないし、そもそも、明らかに「前に会った」みたいな簡単な関係性ではないだろう。

 

 アデラインは悪戯っぽく、ぞくりとするような色気のある笑みを浮かべる。

 

 「さあ? 貴方の思っているとおりの部分と、そうでない部分があるでしょうね」

 

 韜晦するような言葉。

 だがヨーゼフは動けない。レイピアに手を伸ばしたところで、『惨殺者』などという物騒極まる二つ名持ちの暗殺者に勝てるはずもないのだから。武器を持っていたって、脅しどころか牽制にもなりはしない。

 

 しかし内心の警戒や怯えは伝わったようで、アデラインは自分も動かないと示すようにソファに深く背を預けた。

 

 「今の私はアデライン・プレイオネー。アズール・ファミリーの武力要員統括者。それは真実よ。……だから貴方を殺させはしない。安心して頂戴?」

 「説明が足りんだろう、どう考えても。どういうことだ?」

 

 アデラインはちらりと、立ち竦む教祖を一瞥する。

 老いさらばえ、邪神の細胞に穢された顔に浮かぶ疑問の色を見て取った彼女は、二人ににっこりと笑いかける。

 

 「簡単に言えば、()()()()()()()()()()()()()

 

 誇るような、どこか達成感を滲ませる声だった。

 なにか重要な仕事や、心血を注いだ趣味が上手くいったような。頬は上気し、口元は歓喜に綻んでいる。

 

 「カタリナ・サルベイション……帝国の作った生温い救済組織に智慧を与え、蒙昧を取り払ったのは私。そしてアズール・ファミリーをアンバー・ファミリアの外敵に仕立て上げ、状況をコントロールし続けたのも私」

 「何を……いや、何の目的でそんなことを? どっちも潰そうとしてたわけじゃねえし、どちらかを潰そうとしてたわけでもねえ」

 

 何を言っている、とは、ヨーゼフは問わなかった。

 アデラインの言葉はすんなりと受け入れられるものではなかったが、のんびり聞き返している場合でもない。

 

 予想外過ぎて言葉が頭蓋の内側を滑っていくような錯覚すらあったが、言葉の意味するところをどうにか理解できた。

 

 しかしそうなると、新しい疑問が浮かぶ。

 敵対し、殺し合う二つの組織を両方とも存続させ続けるなんて、相当な労力の要ることだ。両方潰すのが目的だったとしても、二つを同時に潰さなくてはならない理由が無ければ、一つずつ順番にやればいい。

 

 「えぇ、そうね。私はアンバー・ファミリアに外圧を与え続け、知識の探求が停滞しないようにしつつ、彼らが過ぎた野望を持たないように制御した。神の力を使って世界征服、なんて言いだされたら困るもの。だからマフィア程度に抑圧される、無力な弱者の集団であることを教え続ける必要があった」

 

 教祖に向かって語っていたアデラインは言葉を切り、今度はヨーゼフに視線を向ける。

 

 「同時に、アズール・ファミリー側にはなるべく長期間、安定した成果を出し続けさせる必要があった。発狂者を出さず、それなりの死傷者を出しつつ総合的に勝ち続けさせ、復讐心というモチベーションと士気を保ち続ける必要があった」

 

 本当に面倒な作業だったと、彼女は深々とした溜息を吐く。

 しかし表情に嫌厭の色はなく、むしろ達成感に由来する心地の良い疲労を感じさせた。長いマラソンを走り終え、新記録を打ち立てた後のような。

 

 「……それもこれも、全ては智慧無き者の蒙を啓くため」

 「啓蒙とは、古の哲学者のようなことを言う。それに何の意味がある?」

 

 小馬鹿にしたような口調だったが、ヨーゼフは本気で不思議だった。

 それほどの労力を費やしてまでやることが、「他人に物を教える」。しかも何の報酬も無いだろうに。

 

 きちんとした教師だったら、給料や、教え子の成長を見られることが報酬と言えるだろうが、このケースにはそれがない。

 いるのはアデラインも含めたマフィア全員を殺そうとしている、帝都を汚染する狂人の群れだ。慕ってくれる可愛い教え子も、報酬や激励をくれる雇い主も存在しない。

 

 だというのに、何故、と。

 

 問われたアデラインは、変わらず艶やかな笑顔だった。

 

 「智慧を得ることを軽視し、天地万物に意味を見出そうとする愚か者が減る。世界から愚者の数が減り、賢者の数が増える。素晴らしいことでしょう?」

 

 

 

 

 

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