なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
参戦直後の数回の遭遇を終え、カルトとめっきり出会わなくなってしまったフィリップは、民家の外壁に凭れてぼーっとしていた。
空に浮かんだ赤黒いトロフィーは8つ。まだまだ物足りないし、いい加減退屈してきた。
「おかしい。こっち側が激戦区のはずなのに……」
フィリップは帝都の西半分を狩り場に指定していた。
「僕の方が弱いのだから、当然僕に優先権がある」とまで言って──無能を武器に振り翳してまで勝ち取ったのだから、当然ながら適当に決めたわけではない。
帝都の西にはマフィアの本拠地であり、ボスの邸宅でもあるラズワルド男爵邸がある。
フィリップの予想した通り、今回の戦場の中心はそこだった。
先ほどから戦闘音は散発的に、そして頻繁に聞こえるものの、駆け付けたら既にマフィアしか残っていない。カルトは死んでいるのではなく、逃げている。
東側──ノアの狩り場へ逃げたわけではないだろう。
あちら側こそ死地だし、大っぴらに戦争を始めておいて逃げ出すとも考えにくい。まあハスターなんかが出張ってきたなら逃げるのが正解だが、ここにハスターはいない。
いるのは銀色の髪をした、形容しがたい顔立ちのメイドだ。
「屋敷を中心とした同心円上にマフィア防御要員が配置されており、カルトは散発的にそれを襲撃している。移動経路は家の外壁や道路上の目立たない場所に仕掛けた転移魔術の魔法陣だ」
一瞬だけ──文字通り瞬きの間だけフィリップの傍を離れていた彼女は、人間のものであること以外の情報が抜け落ちた声で語る。
「君が獲物を見つけられない仕掛けは空にある。私の遺骸を取り込んだ人間が一人、この町の上空から俯瞰しているのだ。その指示によって、カルトは敵対者の最も手薄な部分、最も少数の部隊を的確に攻撃し、応援が来る前に撤退している。緩慢だが着実に、屋敷を守る手勢は減っている」
飛べるのか、と思ったフィリップだったが、すぐに思い直して納得した。
なんせ
呆れたようなジト目に肩を竦めたフィリップは、わざとらしく咳払いをして思考を戻す。
「警備の厳重な屋敷に直接転移するのは無理でも、近くに仕掛けておけばよかったのでは?」
「君と同じスタンスなのだろうさ。……
「なるほど。……じゃあ取り敢えず、空中の監視を引きずり下ろして──、っ!?」
唐突に鳴り響いた破裂音に驚き、身を竦めて言葉を切る。
次にどうするかをフィリップが考える前に、すぐ傍らに重く湿った何かが墜落した。
それは地面と激突した衝撃で破裂し、内容物を辺りに飛び散らせる。
落着位置とフィリップの間に滑り込んだメイドは、フィリップの代わりに派手に汚れた。
赤く、そして鉄臭く。
「──それで?」
固形の何かをへばりつかせたまま振り返ったメイドから、フィリップは気色悪そうに二歩ほど離れた。
「……取り敢えず身体を綺麗にしてくれますか? 僕が隣を歩ける程度には」
彼女は滑らかな銀髪をかき上げ、付着物を振り落とすように頭を振る。
汚れが飛び散りそうで顔を顰めたフィリップだったが、汚物は元から付いていなかったかのように消え失せた。
「……で、えーっと。連中の動きを考えると、多分、アクティブに狩って回るよりは、男爵邸で待っていた方が効率的ですよね?」
「申し訳ないが、ヒトの行動予測は専門外だ。追い詰められた短命種の例に漏れず目的達成を焦る、というのは演繹的に正しく思えるが」
短命種、という大雑把な括りはともかく、予測内容にはフィリップも賛成だった。
長きに亘る雌伏を経て、とうとう動き出した組織。それも準備が完了したからではなく、予想外の敵に狩り立てられて。
目的達成のため、捨て身になっていても不思議はない。
最低限、狩人を避けるくらいの立ち回りはしていたが、その狩人から逃げ回るための手段はいま潰した。
あとは逃げるか、狩人と遭遇するリスクを呑んでランダムに動くか。
「その読みで屋敷を張り込むか、マフィアが展開している場所を順番に回っていくか。向こうが規則的に動く以上、こっちが闇雲に動くと遭遇率が下がりそうなんですよね」
「奴らの“目”は潰した以上、狙い澄ました
思った以上に的確なアドバイスをされて、フィリップは意外そうな顔でメイドを見つめた。
「……仰る通りだ。狩りの心得まであるんですか?」
「ゾス星系で少しばかり、ね」
「あぁ……」
行動を予測できるほど、人間という劣等種の生態に明るくはないだろうという予想は正解だった。
しかし本当に狩りの心得があるというのは意外であり、また少し考えれば分かることでもあった。
ハスターの敵対者、クトゥルフの故郷であるゾス星系。
そこの住民を狩り殺していた過去があったとしても、何ら不思議はない。
彼女は過去を見るかのように遠い目をして、小さく微笑んだ。
「君ほどではないが、私もそれなりに拘っていたものだよ」
「へぇ? 参考までに、どんな殺し方をしてたか聞いても?」
それなりに興味を惹かれたフィリップだったが、残念ながら、彼女は呆れ混じりに頭を振った。
「君が小惑星を爪弾いて遊べるようになったら教えてあげよう。それ以前では参考にならない。……それから、五秒後に獲物と遭遇できるよ」
「え?」
ついでのように付加された情報に、フィリップはきょろきょろと辺りを探る。
そして本当にぴったり五秒後、近くの路地から黄土色王のローブを着た一団が姿を見せた。
数は五人。
全員がロングソードで武装しており、うち二人は普段のナマクラではなく、マフィアから奪ったと思しき手入れのされた業物を持っている。
「居たぞ! 例の暗殺者だ!」
素早く展開した奴らは、二人を取り囲んで切っ先を向ける。
その一挙手一投足が気に障り、フィリップは口の端を獰猛に吊り上げた。
「……また丸めるかい?」
「いや、僕がやります。貴女は座ってお茶でも飲んでてください」
道沿いにカフェテラスを見つけたフィリップは、剣を抜きながら適当なことを言う。
単に「手を出すな」という意図だったのだが、メイドは腕を組んで「難しい命令だね」と唸った。
勿論難しい命令をしたつもりなんて微塵も無いフィリップは、カルトの動きを俯瞰的に観察しつつも眉根を寄せる。多少の不服従くらい見逃すが、カルト狩りの邪魔をするならその限りではないのだから。
しかし、メイドの嘆きはむしろ、命令に従おうとすればこそのものだった。
「従えば「主人が戦っているのに寛いでいる従者がどこにいる」と詰められ、従わなければ不服従を咎められる」
億劫そうな声だった。
詰めそう、咎めそうな、面倒臭い存在に心当たりのあったフィリップも、思わず「あぁ……」なんて同情の声を漏らしてしまうほど。
まあ予想の通りなら気にしなくていいのだが、確証があるわけではないし、アレも大概感情的だ。
「より怒られそうなのは後者ですけど、そもそも──ん?」
安穏と会話していた二人を他所に、カルトたちの動きは素早かった。
三人がフィリップを牽制し続け、残る二人がメイドの方に駆け寄ると、片方が彼女を羽交い絞めに拘束し、もう片方が彼女の首に刃を当てた。
押し付けられた刃が柔肌を僅かに裂き、赤い雫が垂れる。
「武器を捨てろ! こいつを殺すぞ!」
「ふふっ……」
恫喝に、フィリップは失笑を返した。
明らかな隙だというのに襲い掛かって来ない辺り、その反応はカルトたちにも予想外だったのだろう。しかしそんなことより、目の前の光景が愉快だった。
逆なら分かる。
フィリップを拘束して人質にするのは、弱いモノを利用して強いモノの動きを止めるという意味では正しい。
だが、ソレを人質にするのは無理があった。
「いやいやいや……僕でもやらないよ、それは」
外神の視座を以てしても、流石に選択肢に入らない。
まあ外神は人質なんてまだるっこしいことをせず、敵対者は叩き潰すからだろうけれど。
「すごい。完璧な擬態ってことですね。か弱い乙女にしか見えないんだ。顔面が判然としない時点で化け物確定なのに」
敵前、それも待ち望んだ獲物との邂逅だというのに、それを忘れたかのようにフィリップは笑う。
ゲラゲラと身体を揺らして、剣もだらりと下げたまま。
対して、首から流血しているメイドは呆れ顔だった。
「……これは見る者が美しいと思うように作った顔だ。それが判然としないということは、君の中に確固たる指標がないか、或いは、君の脳ではその“美”を再現できないのが原因だよ」
「へぇ? うーん、確かに言われてみれば、再現は難しそうですけど……」
人間の顔を正確に思い出すことは、そもそも難しい。
その上、フィリップの中にある“確固たる基準”は、確実にマザーだ。人知を超えた美しさを、人間の脳が再現できるかは正直、微妙なところだった。
しかしそれはそれとしても、メイドの言葉は理解が難しかった。
そもそも見る者によって見え方が変わる顔なんてものがあるのか。
そりゃあ美醜感覚には個人差があるだろうけれど、それは価値観の部分、解釈が違うだけであり、物の見え方が実際に異なるわけではない。
なにそれ、と明記された顔をしたフィリップに、メイドは肩を竦める。首元の刃には一切の気を払わず、無造作に。
「錯視という現象を──」
「黙れ! 状況が分かっていないのか!?」
高圧的な恫喝に、フィリップはいよいよ膝まで震わせて笑い出した。
馬鹿も休み休みにしてくれないと、呼吸困難で死ぬ。
死後の外神化の可能性を考えても、遺されるルキアやステラのことを考えても、流石に「死因:笑いすぎ」では死にきれないのだが。
大爆笑のフィリップとは反対に、耳元で叫ばれたメイドは不愉快そうだった。
「……喧しいぞ、劣等種。その蒙昧さで他人の理解を問うとは片腹痛い」
怒りの表明は静かなものだった。
そして──背後のカフェテリアがふと消え失せ、直後、轟音と共にカルトたちは地面にへばりついた染みになった。
強烈な振動は笑いで震えていたフィリップの膝を折り、それでもなお笑いの収まらないフィリップは地面を叩いてまで笑っている。
羽虫を払い殺したメイドは、やはりフィリップとは対照的な表情だ。
「やってしまった」とでも言いたげな、失敗を悟った顔をしている。
「あぁ、すまない。だが小煩い羽虫は叩き潰すものだろう? 勿論、君が望むのなら蘇生させよう」
「いやいや、あははは……。演目を終えた道化は舞台から去ればいいよ。幸福な死はチップ代わりだ」
笑いすぎで痛む脇腹と表情筋をさすりながら、どうにか立ち上がったフィリップは鷹揚に手を振る。
その眼前、メイドの背後で、消え失せたはずのカフェテリアが滲み出るようにして再び現れた。
「君は馬鹿が好きなのか?」
「……そんなつもりは無かったけど、そうなのかもしれません。なんせ、僕はまだカノンを殺してない」
それからカルトを探して再び街を歩き始めたフィリップだったが、定期的に笑いの発作に襲われた。
幾つかのトロフィーを浮かべ、何人かを惨殺した後、またメイドを見て湧きあがった思い出し笑いの衝動に負けていると、彼女はとうとう呆れたように溜息を吐いた。
「いい加減、笑いすぎだよ。そろそろあちらで大規模な戦闘が始まろうとしている」
見るたびに色合いの変わる瞳の示す先へ、フィリップも目を向ける。
帝都の土地勘は王都ほどには無いが、そちらが貴族の別邸が並ぶ方──ラズワルド男爵邸のある方角だということは分かった。
「一つの家を取り囲んでいる。私の遺骸を移植したのも集まっているようだし、帝都に散っていた連中もだ。総力戦、そして殲滅戦になるだろう」
フィリップは待ちわびたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべ、侍女を従えて歩き出した。
500話です!!
他の作家様の作品で500話前後のものを見ると「うわ凄い」なんて思うのですが、自分の作品となると妙に実感が薄いですね。数字を見ると遠くまで来たと感傷も湧きますが、あっという間だったような気もします。
読者の皆様の応援、送っていただいたエナドリや、ギフト、評価や感想を燃料にして駆け抜けられたお陰です。ご愛読、本当にありがとうございます。
読者の皆様、そしてクトゥルフ神話という素晴らしい世界をシェアードワールドとして開放してくださったラヴクラフト御大に感謝を。
そして、ここ最近の更新頻度低下の言い訳を。一つは鳴潮。今汐と長離のエコー厳選です。滅茶苦茶沼だったんだ、申し訳ない。もう一つは……
新作が出来たぞぉ!!
https://syosetu.org/novel/350072/
https://kakuyomu.jp/works/16818093081810504699
新作タイトルは『魔女の楽園』です。サイトごとに内容の差異はありません。
あらすじにある通り「魔女に白騎士。みんなお好きでしょ? おねショタも添えておくね。私の性癖なんだ」って感じのお話です。