なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 存外、帝都の人間は騎竜魔導士隊に従順だった。

 ずっと潜伏していたカルトとマフィアが戦争を始めたなんて公表できるはずもなく、「帝都に侵入したカルトが破壊活動を行っているため、騎竜魔導士隊が対処する」という名目だったが、それが良かったようだ。

 

 家に居れば安全だろうとか、自分の家財は自分で守るとか、そんな甘いことを言っている場合ではないと、誰もが理解できた。

 

 カルトは公共の敵(パブリック・エネミー)だ。

 見つけ次第、教会への報告か討伐が義務付けられている。

 

 そんな相手を軍が攻撃するのに、邪魔をしていいことは何もない。

 良くて拘束。最悪、カルトと見做されて抗弁の機会も無く殺される。

 

 故にフィリップがノアと取り決めた狩り場は、殆ど無人になっていた。

 

 「……やってるなあ」

 

 散歩のように穏やかな歩調で狩り場を巡っていたフィリップは、警告に従わず残っている人間の気配を感じて足を止める。

 

 家に遮られて姿は見えないが、一つ向こうの通りから音がする。

 怒声。罵声。剣戟音。魔術らしき爆発音。──戦闘音が。

 

 フィリップは足を止め、周囲を見回して向こうの道に繋がっていそうな路地を見つけると、小走りでそこを通り抜けた。

 

 戦闘音から察しは付いていたが、やはり、黒服と黄色いローブが戦っている。

 三対三。十人長はいないようだが、カルト側の一人が魔術師だ。

 

 「居たぞ、あいつだ!」

 「っ、例の殺し屋か! 加勢してくれ!」

 

 両者が同時にフィリップを見つけ、声を上げる。

 カルトは敵意と警戒を、マフィアは安堵を滲ませて。

 

 フィリップは勿論、にっこりと笑って快諾した。

 

 「あぁ、勿論構わないよ。目を閉じて耳を塞いでいるのならね」

 

 困惑するマフィアたちから視線を切り、カルトに向き直ったフィリップは、笑みの質を大きく変える。

 裂けるような、酷薄な笑みに。

 

 「■■■(吊るせ)

 

 邪悪言語による命令。

 カルトたちでさえ解せないその言葉が発された直後、彼らは激痛と共に空中に浮いていた。

 

 まるで胸の真ん中に穴が開いたような激痛が走る。

 その大穴から、内臓の半分が零れてしまったような喪失感に包まれる。

 

 勿論、もしそうなら死んでいる。

 しかし彼らの意識は鮮明であり、失血の気配は無かった。──本当に、胸に大穴が空いているのにもかかわらず。

 

 それを為したモノは見えない。

 穴の内側を強く圧迫する、透明な何か──穴を開けた攻撃の正体であろう何かが、ずっとそこに突き刺さって、彼らを空中に持ち上げていた。

 

 ──吊るしていた。

 

 フィリップは笑顔を少し落ち着いたものに変え、腰を下ろす。

 何もない場所に。空気椅子の状態で足を組み、何かに凭れるような姿勢で。

 

 透明な何かが彼を支え、きっと同じ何かが、彼の敵を吊るしている。

 マフィアにもカルトにも、分かったのはそこまで。何も見えないし、何も感じられない。

 

 「さて、と。前回は時間がある予定だったからぐちゃぐちゃにして遊んだけれど、今日は忙しいんだ。かと言って、君たちを即死させなくちゃいけないほどじゃない。ずっと生かしておくつもりもないけれど……」

 

 フィリップは遠くで聞こえた別な戦闘音を耳敏く聞き取り、飛び跳ねるように立ち上がる。

 既に狩り終えた獲物に対する興味関心は、もう殆ど失せていた。

 

 「まあ丸めて……そうだな、戦争が終わるまでそこに吊るしておいてください」

 

 “そこ”と言った言葉の通り、不可解な変形を経てローブに包まれた球形になった彼らは、何の支えも無く空中に浮かび続けている。

 もう少し小さくて綺麗だったら、祭りのときに使われる飾りのように見えたかもしれない。或いは遠くから見れば、今でもそう見えるか。

 

 近くで見れば、黄土色の布が内容物から滲み出る赤黒い液体で彩られたデコレーションなんて、およそ人の街にあって良いものではないと直感できるだろうけれど。

 

 フィリップはそれを見上げ、僅かに眉根を寄せて顎に手を遣った。

 

 「……なんか、意外とトロフィーを数えられそうかも? スコアレース出来たかもな……」

 

 ノアの誘いをにべもなく断る必要は無かったかもしれないと、若干の後悔と呵責が胸中に過る。

 首を残さくてはならないのは面倒だ、なんて理由で断った遊びだが、トロフィー自体の芸術性を採点基準に含めたら、聖痕者相手でもいい勝負になったかもしれない。

 

 まあ、後で言うだけ言ってみるのもアリだろう。

 フィリップがそんなことを考えながら踵を返すと、その背に追い縋る声があった。

 

 「待ってくれ! な、何が起こっ……いや、何をしたんだ? あれは魔術なのか?」

 「……目を閉じて耳を塞いでろって言ったはずだけど」

 

 救いようのない愚者を見る目で振り返ったフィリップは、マフィア三人が誰も言う通りにしていなかったことに気が付いた。

 

 別に、フィリップは彼らの上司ではない。

 ジャックやアデラインならともかく、その協力者程度の立ち位置でしかないフィリップの言葉に従う必要はない。

 

 だがフィリップがもう少し時間をかけるつもりだったり、今回の趣向が少し違っていれば、彼らは全員狂死していた。

 

 「いや、だって敵前で──」

 「……」

 

 無感動にも思えるほど冷たい視線を向けるフィリップに、マフィアの言葉が尻切れに消える。

 彼らにとってフィリップは単なる子供ではなく、残忍無比な殺し屋であり、今や謎の魔術を使う得体の知れない存在だった。

 

 その凍てつくような一瞥に、死の気配に敏感な暴力要員たちが怯む。

 謎の攻撃が飛んで来るかもしれないとまで思った彼らだったが、幸い、その予想は外れた。

 

 フィリップはにっこりと、先ほどと同じような笑顔を向けた。

 

 「……そうだね。その通りだ。じゃあ、僕はもう行くよ」

 「あ、あぁ。ありがとよ、助かった」

 

 礼に手を挙げて応え、フィリップは再び彼らに背を向ける。

 

 その数歩後ろに、銀色の髪を持つ侍女が影の如く静かに付き従っていた。

 

 

 幾つか空中にトロフィーを掲げたあと、フィリップは宮殿を出てから初めて、背後の侍女に目を向けた。

 

 「……それにしても、本当に便利ですね。前は冗談で言いましたけど、ホントに従者に欲しいです」

 「……君はきっと、自分がどういう存在なのかを理解していないのだろうね。だからそんな、徒に嫉妬を煽るようなことを言える」

 

 答えは人語で、そして音声を以て返された。

 これまでの言語を介さない直接の意思伝達や、邪悪言語ではない。

 

 淡々とした声も人間そのもの。

 いや──間違いなく人間の声ではあるのに、その個性が判然としない。気だるげに聞こえたのに、思い出すと怜悧で涼やかで、引っ掛かりを感じて再び考えると、今度は穏やかで母性的。複数の情報が完全に混在しており、形容しがたい。

 

 それは容貌も同じだった。

 均整の取れた美しい容姿、ではある。しかしそれ以上の情報が脳に入らず、頭蓋の上を滑って出て行くような感覚だ。

 

 マザーに似ている、と思った瞬きの後にはルキアに似ていると感じて、その数秒後にはステラに、ミナに、エレナにと印象が変わる。

 

 顔立ちそのものが変化しているわけではない。

 錯覚なのだろうが、そもそも錯覚を起こす顔というのが意味不明だ。全く以て、形容しがたいものだった。

 

 しかし、それ以外に明らかな異常はない。

 神威を纏っているなんてことは当然なく、手足が触手に変じていたりもしない。

 

 女性らしい起伏に富んだ魅力的な肢体ではあるが、厚ぼったい侍女服に包まれてボディラインは判然としない。

 

 顔を注視して造形を把握しようとさえ思わなければ、それはただの美しいメイドでしかなかった。

 

 彼女は肩を竦め、胡乱な目でフィリップを見つめる。

 使用人が主人を直視するのは文化によっては無作法とされるが、フィリップは気にしない。──フィリップと彼女の関係性に於いて、重視されるのはフィリップがどう思うかだった。

 

 「考えたことは無いのかい? 思考を持たないはずの白痴の魔王が指向したことの異常性を。時間の外側に居る外神が「儀式によって接触した君を」「命令されたから守る」ことの矛盾を。只の人間が万物の王に見初められるだなんてことが──たかだか儀式をした程度で、三次元世界なんかの、こんなド辺境の田舎銀河に目を向けるなんてことがあると思うのかい?」

 「なんで外神なんかの思惑を考えなくちゃいけないんです? それも無思考無理解無知無能の、盲目白痴の存在の思考なんかを」

 

 胡乱な問いに即答するフィリップの表情は、問いかけたメイドと同じくらい怪訝そうで、同時に不愉快そうでもある。

 

 自分が何者であるのか。どういう存在なのか。

 自己定義。自意識。自我。

 

 考えれば考えるほどドツボに嵌り、思索の海を揺蕩い、その果てに自死が待っているような命題だ。哲学的で、答えが無く、きっと答えを出してはいけない類の。

 

 しかし、フィリップは一つの正解を持っている。

 

 「アザトースの寵愛。外神の守護。どういうわけか、彼らは僕をただ守るのではなく、敬意を持って接してくる。明確に聞いたわけじゃないですけど、多分、命令権すら僕は持っている」

 「多分? 寵児よ、君は──」

 

 呆れたような声を、フィリップは片手を挙げて遮った。

 

 「ルルイエに行ったとき、深きものども(ディープワンズ)にも色々と言われましたよ。『盲目白痴の魔王の寵児』、『外神のナントカ』、『悍ましきナントカのナントカ』。流石に発声器官が違うらしくて、聞き取れない部分もありましたけど」

 

 アザトースの命令により、外神に守護される存在。

 “魔王の寵児”とは、恐らく、それだけのものではない。

 

 いや、まあ、そりゃあそうだ。

 

 フィリップの想像の通りなら、フィリップ自身も死後に外神化する。

 そして外神とは時間の概念に縛られず、むしろ弄ぶ側の存在だ。つまり──フィリップが将来的に外神化するのなら、()()()()それは存在する。いわば『外神フィリップ・カーター』である存在が。

 

 しかしシュブ=ニグラスに与えられた智慧の中に、そんな外神の情報は無い。

 

 まあこれに関しては、単純に教えられていないだけとか、或いは外神化した時点から全ての時間に存在するようになるのかもしれないけれど。

 時間の外で何が起こるかなんて、時間に縛られた三次元的思考では想像がつかない。

 

 それにハスターの言う通り、儀式による接触を切っ掛けとして寵愛を受けたことも不可解だ。

 相手がナイアーラトテップ辺りなら、そういう物語的な演出を用意して、フィリップに寵愛の何たるかを分かりやすく示すこともあるだろう。

 

 だが相手はアザトース。

 盲目にして白痴だが、最大最凶。アレが人間の思考に寄り添い、分かりやすく明示するなんて判断をするはずがない。そもそも「判断をする」ことが無いはずなのだから。

 

 しかし、まあ。

 

 「でも、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 フィリップはへらりと笑って、従者の疑問を無下にした。

 

 「僕が貴方のことを『風の王』と呼んでも、『黄衣の王』と呼んでも、『琥珀の長』と呼んでも、貴方の本質は変わらない。名状し難きもの、名づけざられしもの、僕の便利な従者。カルコサの王。邪悪の皇太子……どの名前で呼んだって、貴方は貴方だ」

 

 銀髪のメイドを、フィリップは様々な異名で呼ぶ。

 それは称号であり、別化身であり、忌み名を隠す(あざな)であり、彼の存在の信徒や敵対者が畏怖を込めて呼ぶものだったが、フィリップの声には嘲笑と親近感が強く滲んでいた。

 

 「強大無比なる天地万物たるヨグ=ソトースから生まれ落ちながら、三次元なんかに納まっている劣等種。……これも、貴方の本質ではない」

 

 人間なんぞに劣等種呼ばわりされて、しかし、メイドの表情は変わらない。

 変わらず胡乱な表情で、語るフィリップをじっと見つめている。

 

 「僕が何か。そんな至極どうでもいいことに拘っているから、貴方は旧支配者なんかに納まっている……いや、これは流石に言い過ぎですね。因果が逆だ。貴方は旧支配者だからこそ──矮小なる三次元存在だからこそ、そんな些事に目を向け、さも重大なことであるかのように捉えられるのでしょう」

 

 フィリップは瞬きごとに印象の変わる、しかし一貫して美しいとは思わせる顔に目を向けて、にっこりと笑う。

 

 そしてここまで長々と語った話題の、唯一絶対の結論を口にした。

 

 「自分が何者か。存在の本質とは。その解決不可能な命題の答えを、僕はもう知っている。──僕も貴方も同じ泡だ」

 

 言い聞かせるような、或いは教授するような声だった。

 ハスターとて世界の様相は知っているし、フィリップもそれは承知の上だ。

 

 だからこそ、泡の表面に映る色模様に拘っているハスターが滑稽で、残念だった。

 

 「この無価値な泡沫の世界で、唯一絶対の本質とは()()でしょう? 他の情報は所詮、枝葉末節に過ぎない」

 

 外神も旧支配者も、神も人も、聖人も悪人も、王も奴隷も、何も変わらない。

 

 同じ泡だ。

 同じく無価値だ。

 

 ほんの瞬きの後に存在した歴史ごと弾けて消えるかもしれない、泡沫の存在だ。

 

 絶望と諦観に淀んだ目で笑うフィリップに、メイドは興味深そうに目を細めた。

 

 「……では、君は何故、人間などという脆弱な存在に拘るんだい?」

 「そんなの、僕が好きだからに決まってるじゃないですか」

 

 即答だった。

 

 話は終わりだと示すように端的に答えて、フィリップは再び獲物を探して歩き出す。

 その背に、人間の声であるということしか分からない、不自然に情報の抜け落ちた声が届く。

 

 「寵児よ」

 「……なんですか。いい加減喋り過ぎですよ」

 

 さっさと狩りを再開したいという内心の透ける、鬱陶しそうな声で不満を示すフィリップ。

 

 返すメイドの声は呆れ混じりだったが、反抗的ではなかった。

 

 「これで最後だし、君の便利な従者からの忠言だ。……好悪に忠実なのは結構だけどね、それはあまり理性的ではなく──君の思想になぞらえて言うのなら、あまり人間的ではないと思うがね」

 「……仰る通りだ。気を付けます」

 

 邪神が人間を語るとは、と愉快な気分になりかけたが、失笑するのは耐えた。

 忠言とまで言われては、流石に真面目に聞かないわけにはいかないだろう。

 

 実際、彼女の言う通りではある。

 感情的に動くのは馬鹿のすることであり、理性と思索を持つ人間らしからぬ行為ではある。それが許されるのはルキアやステラのような一握りの強者か、ミナのような化け物だけ。

 

 そしてフィリップはそのどちらでもない。

 その振る舞いをさせるだけの力が無い。故に、フィリップのそれは視座によるものであり──邪神のそれだ。

 

 今のところ思考の根幹部以外は汚染されていないつもりだが、染まり切ってしまえば、ルキアやステラのことも大切に思えなくなるだろう。

 

 それは()だ。

 

 「そうしたまえ。君が、君の好きな人間というペルソナを被り続けたいのならね」

 「うん、気を付けます。……本当に、いい従者ですね」

 「……出来れば、私が要らぬ嫉妬を買う可能性を増やすのもやめて欲しいが」

 

 

 

 

 

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