なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 開戦の号砲は常に華々しいとは限らない。

 アンバー・ファミリアとアズール・ファミリーの全面衝突、その嚆矢となったのは、マフィア傘下の人身売買組織の店舗の爆破だった。

 

 未だ奴隷たちさえ目覚めていない、深夜と早朝の狭間のような時間。

 夜通しカルト探しをしていたマフィアたちだけが、その襲撃に即応出来た。

 

 店舗一つが丸ごと吹き飛んだその一撃は、火薬を用いた爆弾の設置と発破による、所謂“爆破”とは違った。

 

 より詳細には“爆撃”。

 正確を期すのなら“投射”。

 

 襲撃者はたった一人だ。

 ただ一人、ハスターの触手を身に宿した十人長が飛来した。

 

 一キロ近く離れた位置から仲間の十人長の触手によってぶん投げられ、放物線を描いて飛んできたのだ。

 帝都の何処に居るか分からないマフィアの遊撃部隊を避けつつ、攻撃目標を確実に破壊する手腕は、後に調査をした兵士たちをも唸らせる見事なものだった。

 

 着地の衝撃を触手で受け止め、石造りの建物一つを粉砕したそいつは、周辺住民が飛び起きたときには姿を消していた。

 

 しかし当然ながら、マフィアたちは襲撃者を見ずとも、その正体を察していた。

 完膚なきまでに破壊された拠点に生存者はおらず、情報は殆ど無かったが、ぐちゃぐちゃに叩き潰された遺体には馴染みがある。

 

 その情報が伝わったとき、多少なりとも頭の回るマフィアはすぐに理解した。

 

 戦争が始まった。

 地下に潜っていたカルト共がとうとう堪りかね、表に出てくる気になったのだと。

 

 そのとき、フィリップは宮殿のベッドで寝息を立てていた。

 襲撃地点から宮殿まで三キロ近く離れているし、無理もない。しかも襲撃は非常に散発的であり、マフィア傘下の高利貸し屋と違法カジノが吹き飛ばされた第二次攻撃は、一次攻撃の四時間後だった。

 

 それはちょうど、フィリップがノアと共に朝食を摂っていた時のこと。

 怪我人用に初めから小さく切り分けられて出てくるようになったベーコンエッグトーストを齧っていると、部屋の扉がノックされた。

 

 使用人や兵士たちのような恭しさがない、どこか焦りすら感じさせる慌てた音だ。

 

 「……」

 

 食事を邪魔されたノアが顔を顰めて立ち上がり、応対のため扉の方に向かっていく。

 今まで喋っていた相手がいなくなり、フィリップは残りの食事を平らげて紅茶のカップに手を伸ばした。

 

 絢爛な窓枠から、広大な庭を挟んで広がる帝都の街並みに目を向ける。

 火事でもあったのか、遠く、煙が幾つか立ち昇っていた。

 

 アツアツの紅茶に息を吹きかけて冷ましていると、会話を終えたノアが戻ってくる。そして一言。

 

 「──戦争が始まったよ」

 

 静かな言葉に、フィリップは何ら感情を見せなかった。

 フーフーと繰り返し紅茶を冷まして、一口啜って「あち」と口を離す。そしてカップを置くと、ようやくノアの顔を正面から見据えた。

 

 「どことどこのです? マフィアとカルトの? 帝国と植民地の? 王国と帝国の? それとも人類と魔王の?」

 「マフィアとカルトの。……言われて気付いたけど、帝国(ウチ)って結構な火薬庫?」

 

 残りの朝食を食べ進めながら、ノアは「異民族の危険分子だけでも全員殺しておくべきかな?」なんて物騒なことを呟いている。

 

 彼女は少し黙って朝食を平らげると、改めて話を始めると示すように、ぱちりと手を叩いた。

 

 「まあ、いいや。ともかく、これから少し帝都が荒れる。そのうち騎竜魔導士隊にも出撃命令が出るだろうから、あんたにはここで大人しくしておいて欲しい」

 

 態々言うまでもないことだけど、とでも言いたげな軽い口調でノアは言う。

 戦争、と言ったからには、これまでの小競り合いとは訳が違う大規模戦闘になるのだろう。或いはもうなっているか。

 

 店の一角に死体が散らばる程度では済まない。

 町の一角、或いは道のそこら中に血痕や身体の一部が落ちているような、人目に付く──他人を巻き込む可能性が大いにある場所での戦闘も予想される。

 

 そんな場所に、他国の客人をフラフラさせておけるはずはない。

 

 だからノアの言葉は当然のものであり──フィリップにとっては当然、従えるはずもないものだった。

 

 「……冗談でしょう? カルトが楽しげに歩き回る街で、静かに本でも読んでいろと?」

 

 殺すか? と物騒な思考がフィリップの脳裏を過る。

 聖痕者だろうが帝国の皇帝だろうが、カルト狩りの邪魔をするなら殺す。

 

 その存在が“邪魔になる”のは仕方ない。それならフィリップも彼らの生命や正気を慮ろう。

 だが“邪魔をする”のなら──カルトを庇うというのなら、そいつは暫定カルトであり、惨殺の対象になる。

 

 先日の帝国兵たちはフィリップのことを知らなかったし、あの状況ではフィリップの拘束が最適解に見えただろう。

 あれは仕方のないケースだ。

 

 だがこれは違う。ノアは違う。

 彼女はフィリップの激情を理解していながら、彼女自身すら軽視している建前なんかを理由に邪魔をしようとしている。

 

 怒りの滲む視線でノアを見据えたフィリップだったが、殺意はすぐに鎮静した。彼女の青い双眸の内に、自分と同じ激情を見て。

 

 「ね。ふざけてるよね。このあたしに、マフィアだのカルトだのを何年も見逃させて、挙句連中が暴れ出してもなお「待機」。……ホント、冗談みたいだよね」

 

 思わぬ怒気に面食らい、ぱちぱちと目を瞬かせるフィリップ。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔に、ノアもくすりと相好を崩した。

 

 「……貴女もなんですか?」

 「あたしが帝都で暴れたら、諸侯も異民族の代表者たちも、皇帝の失策として追及するだろうしね」

 

 うわめんどくさ、とフィリップは思わず口走る。

 王国人としては知ったことじゃない話だが、帝国が荒れて王国が全く無関係でいられる保証はないし、王国の問題はイコール、ステラの問題だ。

 

 顔を顰めたフィリップに、ノアも「ねー」と同意する。

 

 続く彼女の言葉は、予想の外にあるものだった。

 

 「そこであんたに提案が一つ。……ちょっと脱走してくれない?」

 「……はい?」

 

 想定外の言葉が耳を滑り、思わず聞き返す。

 まるで全くの別言語が挟まれたかのように聞き損じたのだが、ノアは言葉の意図を測りかねたのだと解釈した。

 

 「あたしの任務は名目上、あんたの監視ってことになってる。あたしや先輩方でしか対抗し得ないほど強力な吸血鬼を召喚する、あんたのね」

 「そう、ですね?」

 

 フィリップは取り敢えず頷いて先を促す。

 いまミナを呼び出したら勢い余ってフィリップ自身が斬り飛ばされる可能性があるのだが、それは今は関係ない。

 

 「そのあんたが脱走したとなれば、あたしが皇帝陛下の出頭命令に従わなかった言い訳にはなる。あんたもあたしも、帝都を存分に駆け回り、クソッタレ共を存分に殺せるわけ」

 「脱走。……なるほど」

 

 フィリップは背もたれに体重を預け、天井を見上げて考える。

 装飾華美な天井は思考に没頭させてくれなかったが、そもそも考える必要も無いような申し出だった。

 

 「待機」と「狩り」の二択。

 そんなもの、考えるまでもない。

 

 「……お互いの狩り場を決めて、互いの(僕の)邪魔をせず獲物を奪わないこと。互いの(僕の)手法を探らず口を挟まないこと。貴女の部下に僕を探させたりして、間接的に邪魔するのもナシです」

 「条件はそれだけ?」

 

 それほど難しいことを言ったつもりはなかったし、ノアも何も言わなかった。

 

 フィリップも特に何か吹っ掛ける必要を感じなかったから、さっと思考して思い浮かんだことをそのまま続ける。

 

 「あと、僕と貴女が共謀して狩りに行くことを、ルキアと殿下……ステラ第一王女殿下には伝えておいてください。不要な心配はかけたくないですし」

 「先輩方に? まあ、うん、分かった。いいよ」

 

 じゃあ一回は帝城に行かなきゃいけないじゃん、と顔を顰めたノアだったが、すぐに頷いて受け入れる。

 ひどくあっさりした条約締結に、むしろフィリップの方が心配になった。

 

 「……ホントにいいんですか? 最終的に帝都を守るためとはいえ皇帝陛下の命令に背くわけですし、聖人相手に懲罰は無いにしても、評価とか査定とか」

 

 天地万物が泡に過ぎないと知っているフィリップだが、それでも怒られるのは普通に嫌だ。

 ごく自然に「僕が嫌なんだから聖痕者でもそうだろう」なんて思考をしていることを自覚しないまま、フィリップは問いかけた。

 

 しかしノアは意外だと言いたげに目を瞠り、そしてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

 「ん? いやいや、あんたも初日に言ってたでしょ? ──“そんなのは知ったことじゃない”」

 

 酷薄な笑みを浮かべた彼女は、馴染み深い感情を滲ませて語る。

 

 「あたしは別に潔癖ってわけじゃない。騎竜魔導士見習いの時、敵の死体と並んで寝てたこともある。けどね──足元にいつまでも虫が蠢いていたら、踏み潰したくなるものでしょう?」

 

 同意を求めるような言葉に、フィリップは小さく肩を竦める。

 その口元はノアと同じ、酷薄で獰猛な笑みの形に裂けていた。

 

 フィリップが身支度をして“脱走”の準備を終えると、ちょうど部下への命令を終えたノアが戻ってきた。

 

 軽く手を振って窓から出ようとしたフィリップは、ふと動きを止めて振り返る。

 

 「……あぁ、そういえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 「あは。バレてた?」

 

 問いかける声は平然としている。

 返す声も笑っていて、悪びれる様子はない。

 

 フィリップとアズール・ファミリーの協力体制はノアも知っている。

 

 しかし、それはそれ。

 帝都で長く活動している犯罪組織をノアが殺し潰すのには、何の関係も無い話だ。

 

 そしてそんなことはフィリップだって承知の上だし、どうでもいいことだった。

 

 「まあ、そりゃあ。そちらの狩り場で誰を殺そうと勝手ですけど、僕が僕の狩り場でマフィアを見逃してたからって、首を突っ込まないでくださいね」

 「そりゃお互い様じゃない? あんたが情報収集に使ってるマフィアだったとしても、あたしの狩り場に居るなら殺す。そしてそれについては口出し無用だ」

 

 フィリップは肩を竦め、端的に同意を示した。

 特に異議はないし、恐らく、ノアの狩りに口を出す余裕も無い。

 

 「狩り場は帝都を半分こでいいですか?」

 「……これは交渉とかじゃなくて純粋な心配なんだけど、仮に帝都の半分を任せたとして、あんたに掃除し切れるの?」

 「……まあ、巻き添えを考慮しなければ、今日中にも。……あ、そうだ、僕の狩り場から一般人を全員そっちに避難させることって出来ますか?」

 

 “一応”。そして“今のところ”と但し書きは要るものの、フィリップは巻き添えを出すことを危惧していた。

 それはつまり、邪神召喚(はんいこうげき)を使う前提でいるということ。

 

 昨日は町の一角を吹き飛ばすのを避けるためクトゥグアを使わなかったが、今日は別だ。

 

 大っぴらに戦争が始まったのなら、もう何をしてもいいだろう。

 帝都が丸ごと吹き飛んだって、全部カルトのせいにしてしまえる。……いや勿論、ルキアとステラが居るのでそんなことはしないが。ものの喩えとして。

 

 「うえぇぇ……? まあ、ウチの部隊って機動力が売りだから、呼びかけ自体は簡単だけど……軍の命令だろうと聖人の言葉だろうと、従わない馬鹿って絶対居るよ。それに、呼びかけはカルトもマフィアも聞くだろうし、獲物まで離れちゃうんじゃない?」

 「確かに。でも、マフィアとしては離れがたく、カルトとしても是非、いや絶対に攻めたい場所があるんです。それに……呼びかけるのは僕の狩り場。つまり逃げたくても、逃げる先は安全圏じゃない。そこは貴女の狩り場なんですから」

 

 まあ獲物はどこが誰の狩り場かなんて知らないわけだが、だからこそ、掃討範囲から逃げた結果、より強力な狩人の掌に転がり込む可能性が高くなる。

 

 そして罠であると察せられた場合は、逆にフィリップが有利になる。

 

 「騎竜魔導士隊の掃討力も、貴女の殲滅力も、僕は知りません。だから勝手に近そうな人に置き換えて考えますけど……衛士団の掃討か、本気で殺しに来るルキアか。どちらが生き残れそうかと言われると、考えるまでも無く前者なんですよね。マフィアもカルトも、同じ判断をするんじゃないかと」

 

 少なくともフィリップならそうする。

 より弱い狩人の方、生き残る確率が高い方、或いは協力体制を敷ける方に逃げる。

 

 しかしこれは「バレたら」という仮定に、更に「逃げるなら」という仮定を重ねた場合の仮説だ。

 

 「まあ、そっか。……え? じゃあ、あたしが不利になるじゃん」

 「どうでしょう。帝都で何十年も……貴女が生まれる前から潜伏してた奴らが、ついに動き出したわけですからね。こうなったらもう、目的達成まで突っ走るような気もしませんか?」

 

 結局、獲物がどう動くか、確実な予測は立てられない。

 つまり警告しようがしまいが、やることは変わらない。“見つけて殺す”。それだけだ。

 

 「うーん……言われてみれば、確かに? そこで賭けようってこと?」

 「あ、いえ、そうじゃなくて」

 

 楽し気な笑みを浮かべたノアだったが、フィリップは頭を振って否定する。

 

 警告を聞いたマフィアやカルトまでもが逃げ出せば、ノアの取り分が増える。

 逆に聖痕者より騎竜魔導士隊の方がマシだと判断すれば、フィリップの獲物が増える。

 

 そういう賭けは、確かに成立する。

 しかしフィリップの意図したこととは違った。

 

 「というより、僕たちが設定した狩り場なんか無視して、連中は連中の計画通りに動くだけかと」

 

 ふむ、とノアは頷き、暫し黙考する。

 ややあって、彼女はにっこりと、と言うには邪気の混じった獰猛な笑みを浮かべた。

 

 好敵手との闘争を楽しむステラよりは、獲物を甚振るときのフィリップによく似た、残忍さの垣間見える笑顔を。

 

 「乗った。折角だし、取った首の数で競争でもしようか」

 

 提案するノアは楽しそうだったが、フィリップは眉根を寄せて苦笑した。

 

 「嫌ですよ。獲物が二種類いる貴女が有利すぎる」

 「じゃ、カルトの首数しかカウントしないから」

 「それでも嫌です」

 

 条件を合わせてもにべもないフィリップに、今度はノアが眉根を寄せた。

 

 「なんでよ? 楽しそうじゃない?」

 

 楽しそうというのは、フィリップも否定はしない。

 生きるための狩猟ではなく競技、娯楽としての「狩り」には、他者とスコアを競うという楽しみ方もある。これまでそんな相手は居なかったし、初めての誘いに惹かれる心もあった。

 

 だが。

 

 「それだと、首を残さなくちゃいけないじゃないですか」

 

 

 

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