なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
懐かしさすら感じる魔力制限の首輪を付けられ、背中に刃を添えられながら連行されたフィリップは、狭苦しい尋問室にぶち込まれていた。
両手を後ろ手に縛られ、両足を椅子の足に括り付けられて、抵抗能力を完璧なまでに奪われている。
しかし剣こそ取り上げられたものの、財布や懐中時計といった所持品は仕込みが無いか確認した上で、既に返還されてフィリップのポケットに収まっている。ヌルいというか、甘い対応だ。
退屈そうなフィリップの他に、部屋には兵士が三人。
誰も彼も室内だと言うのにヘルムも取らず、暑苦しそうな鎧姿のままだ。
「我々を馬鹿にしているのか? 我々はお前たちの中に子供が居ることも当然知っている。あの倉庫でどんな残虐行為が行われていたのか──お前が何をしていたのか、見て分からないほど愚かだとでも?」
怒声一歩手前の、強く険の籠った口調。
フィリップが拘束される前から再三繰り返している、「僕はカルトではなく、カルトを狩っていただけだ」という主張に対する、何度も聞いた返答だった。
しかし、それは異例だ。
普通、カルトと見做した相手の言葉になんか、彼らは耳を貸さない。
フィリップだけでなく帝国兵も、というか、余程温厚な人物でない限りは。
それでもボコボコにして喋らせたり黙らせたり出来ない程度には、フィリップの態度と主張は危ういものだった。
「合理的な疑いだね。確かに僕は物凄く怪しくて、しかも捕まってから「僕は王国からの客人だ」「聖痕者たちか聖十字卿に確認してくれ」なんて馬鹿げた主張を繰り返している。うん、傍目には狂人に見えるよね」
悲鳴が聞こえて向かってみれば、人間がぐちゃぐちゃのどろどろになって袋詰めされ吊るされた空間。
そこで唯一健在で、平然としており、しかも武装した子供という正体不明にも程がある存在。とっ捕まえたら「僕は他国の要人だ」なんて言い出す始末。
フィリップなら殺している。
狂人と見做して殺すし、実際に要人であったとしても知ったことではない。あとから問題になったら「だってカルトだったし」と主張するし、それでも問題にするならカルトを庇う暫定カルトとしてそいつも殺す。それが帝国の皇帝であったとしても。
だからフィリップの主張は「言ってみただけ」程度のものだったのだが、期待以上の威力を発揮していた。
フィリップはまだ一発も殴られていないし、拷問をチラつかせて脅されたりもしていない。
拘束こそされているが、まだ処刑対象だと確定されたわけではないようだ。
彼らは職務に忠実で、冷静で思慮深い。
よく訓練されているのだろう。いい兵士だ。
だが、そろそろ限界だ。
「僕は軍隊の職務に敬意を払っているし、お膝元でカルトが蠢動していたのに、お貴族様のくだらない命令で動けなかった貴方たちに同情や憐憫の念もある。でもいい加減にカルト扱いは止めてくれないかな。僕の我慢や忍耐力に、それほど期待はしないで欲しい」
この部屋に窓は無く、拘束のせいで懐中時計も見られないが、腹時計は夕食時だと知らせている。
まあ運動したので二時間くらいの誤差はあるだろうけれど、空腹か、眠気か、怒りか飽きか。どんな理由であれ、我慢の限界が来たら全員殺す。そして帰って寝る。
カルト扱いされることに対する怒りは、相手の言い分が正当であったとしても、忍耐力をガリガリと音を立てて削るようだった。
「随分と口が回るじゃないか。歯を全部折ってやろうか?」
捕まって以降、ずっと舐めた態度を取り続けるフィリップに、兵士の一人が威嚇する。
それは所詮威嚇であり、本気で実行する意思はなさそうだったが、フィリップは少し慌てた。
「待って待って、殴るのは本当にやめて。国際問題とかになったら殿下に迷惑だし、後から「あー全員殺した方が楽だったなー」なんて後悔したくないし」
正直、帝国兵が王国人をカルトと誤認して拘束し、殴った程度で国際問題になるかどうかは不明だ。
暴力よりマシな解決策として公権力を使おうと、「僕は王国の要人だ」なんて言ったが、フィリップは今のところ、ただの一般市民である。
将来的に爵位を与えられることが確定していても、今はただの平民だ。
王城の礎石に名を刻む救国の英雄ではあるが、それは一部の人間しか知らない。
ただ、ルキアやステラはブチ切れるだろう。
フィリップはルキアの行動を正確に予想できるわけではないが、ステラの感情の動きはほぼ直感で分かるし、行動もある程度は分かる。簡単だ。お互いを深く理解しているだけあって、思考トレースの精度は極めて高い。
ルキアやステラが帝国兵に殴られたと知ったら、フィリップは当然のように彼らを惨殺対象に加える。
ぐちゃぐちゃのどろどろにしてからボコボコにする。フィリップ同様に感情に素直なところのあるルキアなら、同じく反射で殺すかもしれない。
しかし、ステラはそこで終わらない。
敵を殺してハイお終い、でいいのは武力担当、冒険者や、精々が中隊の長くらいまで。
彼女はいずれ国の頂点に君臨する為政者であり、国益の奴隷だ。
国家の利益を最大化するためなら、自分の怒りや憎悪は一旦脇に置ける。ブチ殺したい相手を一先ず生かしてやるくらいの度量は見せられる。
最終的にフィリップを殴った人間が自死するように追い込む過程で、政治的アプローチと破壊工作を駆使して帝国内に内戦を引き起こすとか、それくらいはやる。フィリップには出来ないが、出来るならやるのだから。
フィリップが殴られたというそれだけの理由で──ただ殴られただけで終わらないように、その痛みを無駄にしないように、出来得る限りの利益を引き出す。
その個人ではなく“帝国”を殴り返し、今後の外交で王国が優位に立てるよう、徹底的に叩き潰す。
だから国際問題に「される」可能性は十分にあり──ステラが何もせずとも「なる」可能性も、実のところ多分にあった。
衛士団をはじめ、王国中枢に多い魔術師たちも、
王国人はそもそも身内に対する情に篤く、しかも「名誉を穢す」ことは、歴史上の戦争の理由としては珍しくない。
帝国の対応と運が絶望的に悪ければ、両国関係は戦争という最下層にまで転がり落ちる。
決戦は慣習に則った、国境付近の平野での会戦。
王国陣営には
……とまあ、これは最悪の想像だが、なんにせよ、魔王云々で考えることの多いステラに今以上の負担を与えたくはない。
「一応確認はしてるんでしょ? なら、僕を血祭りにあげるか決めるのは確認が終わった後でも遅くないよ」
王国要人ではないという確証が得られる前から本当に殴るわけもなく、それを分かっていたフィリップは、予想通り拳を握りもしない兵士たちににっこりと笑いかけた。
対して、脅しを読み切られた兵士たちは溜息を吐いたり頭を振ったりしている。
「ハァ……。お前の主張が本当で、あのぐちゃぐちゃにされた連中が本物のカルトだったとしよう。だがお前があれをやったのなら、どうやってだ? それこそカルトの邪法を使ったんじゃないのか?」
あれ──ぐちゃぐちゃのドロドロにして袋詰めにしたことだろう。
だが邪法だなんてとんでもない。フィリップはあんな素晴らしく便利な魔術は使えないのだから。
あれは言うなれば神の奇跡。或いは懇切丁寧な手作業だ。
まあ、どちらも他人に説明して理解されるものではないし、説明したくもないけれど。
「いい着眼点だけど、教えたくないな。貴方は真面目な軍人みたいだし、発狂させたくない」
「……カルトの術を使ったのなら、それはもうカルトじゃないのか? どう思う?」
余裕綽々の態度を崩すつもりか、一人の兵士がそんな質問を投げかける。
フィリップは彼の方に視線を向け、僅かに眉根を寄せつつも困ったような笑顔を作った。
「さあ? 僕とは判断基準が違うけど、そういう考えもアリかもね。とはいえ、その論理で僕をカルトと見做して殺しに来るのなら、僕は違うと主張するし、互いに異なる主義主張があり譲れないケースは、最終的に戦争になる」
戦争、という言葉から思い浮かべるものは、奇しくも両者間で一致していた。
本職の兵士と、魔王の寵児の思考が。
彼らは所詮“帝都の”治安維持部隊だ。
騎竜魔導士隊という強大な戦力が常に傍にあり、恐るべき外敵を知らない。帝国領内各所に設置された治安維持軍──異民族を押さえつけるための部隊より、経験に乏しい。
彼らの本分は喧嘩や強盗といった小規模な暴力への対処であり、隊規模の戦闘訓練はしていても、軍単位の訓練は受けていない。
だから戦争と言われても、あまりピンと来ない。
それはフィリップも同じだ。フィリップも、具体的な戦争は知らない。
悪魔と吸血鬼の、不死身同士の籠城・攻城戦は、あれは例外だろう。そもそも攻城戦自体が稀だし、あまり参考にならない。
だから彼らは皆、知識にある戦争を思い浮かべた。
歴史上、時系列上で最も近い“戦争”。正確には内戦。
王国における大公の反逆。
ルキアとステラが魔術三発で殆ど終わらせた、一方的虐殺を。
「僕は今のところ、貴方たちを殺すとしても穏当に済ませようと思ってる。でも戦争になれば、僕は貴方たちを職務に忠実な兵士ではなく、僕の思想や行動を侵害する敵か、群れた害獣として殺すことになる。せめて戦って死にたいなら、その選択は避けた方がいいね」
言い切ったフィリップに、兵士たちは理解できないものを見る目を向けた。
そして三人集まると、ヒソヒソと囁きを交わす。
「……どう思う?」
「どうもこうも、狂人の戯言だ。だが……」
「あぁ、間違いなく貴族だな。所作は上手く誤魔化してるが、身なりで分かるし、何よりあの空気は生まれつきでしか出せん」
俺が上でお前が下。
言葉にせずとも、心の根底にあるその思想が、フィリップの態度の端々から滲み出ている。
それは単なる蔑視や差別とは違う、生まれたときから臣下を持ち、他人を使うことを教え込まれてきた貴種に特有のもの。殆ど貴族や王族にしか見られない、思考や思想よりもっと深い部分にある無意識下のものだ。
故に特別な育ちでなければ身につかないし、模倣することも難しい。
加えて、フィリップの所作は身近な人々の影響を多分に受けている。
ルキア、ステラ、ミナ、エレナ、フレデリカ。本人には癪なことだが、ナイ神父のそれも。
全部がそうではないが、一動作のほんの僅かな一部分、注意して観察すれば分かる程度の細部には、確かな礼節と気品が備わっているのだった。
そしてそれは、何も知らない帝国兵たちには、敢えて粗雑に振舞っているように見えた。
尊い生まれかどうか。実のところ、それは多少の経験があれば見ただけで分かる。
態度に滲む根底の優越思想、所作に垣間見える教養の深さと染みついた礼儀作法は、貴族と、貴族のフリをした一般人とでは明らかな差があるのだから。
帝都、帝国の中枢を警備する兵士たちには、それを見分けるだけの目がある。
……いや、少なくとも普段は、ほぼ完璧に見分けられる。
そして今、その観察眼は一つの結論を出した。
「確認を待とう。どうやら本当に王国貴族のお坊ちゃんらしい」
◇
迎えが来たのは、フィリップへの質問が止まってから一時間ほど後のことだった。
ステラの親衛隊員が四人、王国の紋章を掲げた馬車でやってきて、兵士たちに書類を渡すと、手続きが慌ただしくも速やかに進んで釈放となった。
後から聞いた話だが、その書類は「こんなこともあろうかと」ステラが弟に──つまりカール第一王子に書かせて送らせた、正式な印璽付きの身分証明だったらしい。カルトを殺すための
それなりに丁重に、そして「何ら疚しい対応はしていない」と示すかのように毅然とした態度で、彼らはフィリップを解放した。
拘置所を出ると、華やかさと威厳を兼ね備えた大型の馬車が停まっていた。
王家の紋章を掲げたそれに乗り込む前に、フィリップは見送りに出てきた兵士たちに振り返り、ずっと気にしていた質問を投げる。
「で、袋詰めにしてた奴らは?」
まだ殺せていないし、聞き出せていないこともある。
本来は彼ら帝国軍の獲物であるわけだし、流石に全員寄越せとは言わないが、発見者であり捕縛者であるフィリップも彼らの処遇を決める権利があるはずだ。
忠実な兵士である彼らの職務に敬意を払い、半分くらいはくれてやってもいい。それ以上はまあ、応相談。
そんな気軽さで尋ねたフィリップだったが、返答は予想された中で一番嫌なものだった。
「既に介錯し、埋葬してあります」
「あ、そう」
──いや、まあ、理由を聞くまでも無く納得は出来る。
そりゃあそうだろう。ぐちゃぐちゃのドロドロになって、それでも生きさらばえている人間なんか見るに堪えない。
たとえその中身がカルトであっても、あれを見たのが長く反目しあっているアズール・ファミリーでも、慈悲を以て死の終焉を与えてくれることだろう。
フィリップにもそのくらいは分かる。
自分は同じことをしないというだけで。
「……問題がありましたか?」
嘆息するでもなく、かといって肯定的な反応を見せるでもなく無言で見つめるフィリップに、気まずさを感じた兵士がおずおずと問いかける。
彼をじっと見つめたあと、フィリップは困ったような笑みを浮かべた。
「……いや、何も。素晴らしい仕事ぶりです」
そして、フィリップは“啓蒙宣教師会”に繋がる手掛かりを失った。