なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 アズール・ファミリーのボスに対面した、その翌日。

 フィリップはいつものように、カルトの姿を探し求めて帝都を彷徨っていた。

 

 ほんの数分前までは。

 

 「──え?」

 「──は?」

 

 どこかの倉庫らしき暗室に()()()フィリップの困惑に、同種の困惑が返される。

 子供の声は突如として切り替わった視界に、大人の声は突如として現れた謎の子供に対するもの。

 

 散在する小さな蠟燭の明かりだけが頼りの暗所だが、しかし、両者ともに暗順応は済んでいた。

 

 両者が互いを認識し、誰何するまでもなく正体に気付いたのは、人数の多い大人たちではなく、反射的憎悪を抱いたフィリップが一瞬だけ早い。しかし声を上げたのは、フィリップから最も近い位置に居た男が早かった。

 

 「こいつッ──」

 

 悲鳴にも近い驚愕の声は、後ろ半分が音にならなかった。

 声帯も舌も口が、肺や気管から切り離されたせいだ。フィリップは薄汚れた黄土色のローブを認めるや半ば反射的に、すぐ傍に居た男の頸を刎ね飛ばしていた。

 

 「あ、しまっ……いや、まあいいか。あんまり遊ぶ余裕も無さそうだし」

 

 ギプスで固定され三角巾に吊られた左手に目を落とし、つまらなさそうに溜息を吐く。

 そして倉庫の中をぐるりと見回し、薄く裂けるように口角を吊り上げた。

 

 「この辺りは四番セルベッドの管轄じゃないの? それとも、もう補充されたのかな」

 

 広々とした──恐らく建物一つを丸ごと倉庫として使っている、だだっ広い暗所の最奥。

 そこに置かれた椅子に、何をするでもなくただ座っていたカルト。他の連中はいつも通り床に置いた羊皮紙や本を這いつくばって睨みつけている中で、そいつは一人浮いていた。

 

 ハスターの気配も薄っすらと感じるし、間違いない。

 セルベッド──ハスターの細胞を移植された改造人間、心の壊れた残骸だ。

 

 「そこで止まってじっとしてなよ。そうしたら、君だけは優しく──」

 

 言い終える前に、視界が一色に染まる。

 急拡大(接近)する黄土色の壁は、都合4条の触手の波だ。その一本ごとは騎兵槍(ランス)より太く、貫かれた人間の末路をただ一つに固定する。

 

 生存可能性をゼロにする大穴を、胴体のド真ん中にブチ開ける攻撃。

 それも四方向から包み込むような単独連撃は、しかし、全く動こうとしなかったフィリップを自ら避けた。

 

 山積されていた木箱が吹き飛ばされつつ貫かれ、中に入っていた沢山の瓶がけたたましい音と共に砕け散る。

 内容物は判然としなかったが、ケミカルな甘い匂いが倉庫の中に漂った。

 

 「……あ、そう。最低限、上位者に従うくらいの本能は残ってると思ってたんだけど。でないと集団行動なんか出来ないだろうし。……あぁいや、僕の臭いに気付いてないだけの可能性もあるか」

 

 善意を無下にされた形のフィリップは残念そうにしているが、怒りまでは見られない。

 むしろ、必殺の確信があった攻撃が逸れたことに驚いている矮躯のカルトを、痛ましそうな目で見つめていた。

 

 今度もまた10歳そこらの子供だ。四号より少し年上、フィリップと同じくらいか。

 ここまで偏っていると偶然ではなく、構成員の大半を占める大人を使わない理由があるのだろう。単にハスターの細胞が適応しないとか、心理的な拒絶感が大きいとか。

 

 自分たちが化け物になりたくないから子供を攫って使っているとか、そういうクソみたいな理由かもしれない。

 

 だが、まあ、なんであれ。

 やることは変わらず、ただ一つだ。

 

 カルトは絶滅させる。

 

 「──こっ、こいつだ! 教祖様が仰っていた、アズール・ファミリーの殺し屋だ!」

 

 一人のカルトが叫び、ローブの下からロングソードを取り出す。

 ナマクラの鉄棒は高い位置にある窓から差し込む日光と、薄暗い手元を照らすための蝋燭の明かりを受けて鈍く光った。 

 

 叫び声に応じるように、薄暗い空間に敵意が充満していく。

 

 敵意に殺意に憎悪に害意。

 肌を刺すような視線の数々を身に受けて、フィリップは不満げに口元を歪めた。

 

 「はぁ……。馬鹿すぎる。転移術式を起動してここに来て、ハスターの触手が自ずから避けるような相手が、ただのマフィアの殺し屋なわけないじゃん。存在が低劣なのは仕方ないけど、頭を使うことも出来ないんじゃあ、あまりにもお粗末だ。本能と感情だけで生きてきたのか? だとしたら驚きだよ。それが許されるのは社会性の低い動物と、吸血鬼くらいには強い上位存在だ。ヒトはその中間に位置するはずだから、普通はもっと考えて──」

 

 ネチネチとカルトを虐めていたフィリップは、視界の端で瞬いた黄土色に言葉を切る。

 再びの触手攻撃は焼き直しのように逸れ、今度はフィリップから小さな溜息程度の反応しか引き出せなかった。

 

 「悪いんだけど、ちょっと静かにしててくれる? ちゃんと最優先で殺してあげるから」

 

 落ち着けと剣先を振って示すが、しかし言い終わると同時に、再びの触手攻撃が繰り出された。

 

 結果は最早言うまでもない。

 ハスターの細胞は賢明にも外神の気配を避け、黄土色の波濤は聖人を前にした大海の如くに割れる。果たして、フィリップは一切の無挙動のまま無傷でいた。

 

 反応らしい反応と言えば、先ほどより億劫そうな溜息くらいのもの。

 

 「……あぁ、うん、オーケー。んんっ……『控えろ劣等。僕の意を妨げるな』」

 

 意図的に喉の調子を狂わせ、圧迫しながら無理矢理に捻りだした邪悪言語。

 ハスターの触手が本能的理性を有しているのは確実だが、言語まで解する知性を持つかは微妙なところだったが。

 

 「な、なんで!?」

 

 めげずに攻撃しようとしていた少女が、悲鳴にも近い困惑と驚愕の声を上げた辺り、効果はあったのだろう。

 

 そしてその声は、フィリップの()()……憐憫由来の強靭な殺意を収めるに十分だった。

 

 「……あれ? もしかして廃人化してない?」

 「わ、私は他の失敗作とは違うわ! 神様の力を正しく使えるし、人間一匹殺すことなんか簡単なんだから!」

 

 怪訝そうな声と視線に、少女は少し荒らげた声で怒りを示す。

 お前など容易に殺せるという脅しはフィリップには何ら情動を齎さなかったが、一見して会話が成立したように思える受け答えは、フィリップの次なる行動を介錯から思考に変えるくらいの成果はあった。

 

 「理性はある、のかな? 物事に対する疑問と理由の検討って、確か、結構高度な思考だったはずだし……。なら智慧が無いのか、感性が死んでいるのか。でも邪悪言語も解してなかったみたいだし……えぇ?」

 

 なんだこいつと言いたげな視線が交錯する。

 腕が触手に変わって伸びるバケモノに向けるにも、その化け物に平然と相対するばかりか格下扱いする子供に向けるにも、相応しい目つきではある。

 

 「……琥珀の長については何処まで知ってる?」

 「な、なんなのよお前! どうしてその名前を──いやそもそも、どうやってあの魔法陣を起動したのよ!」

 

 甲高い声に、フィリップは不愉快そうに眉根を寄せる。

 質問を質問で返されたのが不快というのもあるが、それが単にフィリップへの回答を拒否しただけなのか、発狂していて会話が成立し得ないのかが分からない。

 

 「魔法陣や刻印魔術は、魔術行使に必要な演算能力や魔力消費を大幅に低減し簡略化することを目的に作られた技術だ。領域外魔術は元々、現代魔術に比べて難易度が低い。それがさらに簡易化されていれば、いくら僕の魔術適性が非魔術師並みだと言っても起動できるさ」

 

 フィリップはこのアジトらしき場所を、自分で見つけたりマフィアから情報を貰ったりしたわけではなかった。

 ここにいるのは、半ば偶然と言ってもいい。

 

 次なる襲撃地点の候補を貰ったものの、どこを回ってもカルトには遭遇しなかった。フィリップが訪れる数分前に慌てて逃げ出したような痕跡はあるものの、人影の一つも見つけられない時間が続いた。

 

 慣れからか「まあそういうこともある」くらいの温度感だったマフィアたちと別行動を取り──少数になったところを襲ってくれないかと期待していたのだが、もうチンピラにさえ絡まれなかった──、数日前に四番セルベッドと遭遇した、潰れた酒場の地下を再び訪れてみた。

 

 光も差し込まず蝋燭も消えた暗闇を『魔法の火種(ファイアーボール)』の炎で探り、蝋燭に火を付け、その蝋燭を持ってまた別な蝋燭に火を付け、と繰り返して部屋の全容を照らし出して、尚も何も見つからない。あの日と同じく、放置された日用品が散らばっているだけだ。

 

 だがあの日、フィリップが踏み入る直前まで、それなりの人数がここにいたような気がした。

 あの日は確か、地下道か何かが隠れていると推測して、しかし追うことも探ることも出来ず仕舞いだった。挙句左前腕部開放骨折(この有様)なわけだが、それはもういい。

 

 床や壁を重点的に探ってみると、ごちゃごちゃと打ち捨てるように置かれた寝具の山の下に、直径一メートルほどの魔法陣を発見した。

 

 もろに邪悪言語で描かれたそれを解読するのに、教科書や辞書は必要ない。

 見ればどういう魔術か分かるし、魔法陣の性質が分かるなら、起動して良いものかどうかも容易に判別できる。

 

 その魔法陣は、「場所と場所を繋ぐ」もの──空間転移術式のものだった。

 

 これこそが逃走経路だと踏んだフィリップは即座に魔力を流し、魔法陣を起動。

 ……まさか逃走ルートを隠す“扉”ではなく、別のアジトに直通の“扉”だとは思わなかったけれど。

 

 そして今に至る。

 

 「あの魔法陣を解読したって言うの!?」

 「いや、さっき僕、邪悪言語で喋ったじゃん。……いやこれ会話してるのか? してる風なだけか?」

 

 どっちだ? とフィリップは眉根に深い皺を刻む。

 言葉を解して、返答として成立する言葉を選び、しかし愚かしさ故に会話が成立していないのか。それとも、言葉も解さず一方的に喋っているだけなのか。

 

 どうでもいい相手だったら、フィリップはその二つを区別しない。

 狂人だろうと、狂人じみて会話が成立しないだけの常人だろうと、振る舞いが狂人であるのなら狂人だと断じて殺す。

 

 しかし、こいつはそうではない。

 フィリップと同年代くらいの、この黄土色のローブに身を包みハスターの触手を操る少女は、普通なら惨殺対象となるカルトだ。

 

 慈悲をかけるべき相手なのか、憎悪を向けるべき相手なのか。

 その判断は正確にすべきだし、難しくても軽々に放棄するべきではない。だが──狂気から最も遠い位置にいるフィリップが、狂人か常人かを区別するのは難しい。

 

 顔を顰めて唸っていると、綺麗とは言えない鞘走りの音が複数、思考を妨げる。

 

 「──武器を捨てろ! お前はもう終わりだ!」

 

 気付くと、フィリップは包囲されていた。

 倉庫の中に居たカルトのなかで武装した戦闘要員のうち、五人ほどが。まだ戦闘員はいるようだが、少し離れたところで非戦闘員を背に庇っている。

 

 攻撃と防御で分かれ、敵と対峙し仲間を守る。

 いい連携だと、相手がカルトでなければ口元を緩めていたかもしれない。

 

 「いいの? 僕が魔術信号弾を一発打ち上げるだけで、帝城から一万人規模の援軍が送られてくるよ?」

 「見え透いたハッタリだな。それに、帝城からここまでどれだけあると思ってる? 援軍が来る頃には、俺たちは次のシェルターに移ってるし、お前は死んでる!」

 

 フィリップの適当なブラフに、求めていた嘲弄が返される。

 

 いや、100パーセントの嘘ではない。

 ここが帝都の何処であれ、帝城から見える魔術信号弾を打ち上げれば、ルキアかステラかヘレナかノアか、誰か一人は気付くだろうし、彼女たちならフィリップの魔力だということにも気付くだろう。

 

 そして一万人規模の──()()()()()()()()()()()()援軍がやってくる。……かもしれない。「何やってんだアイツ」と呆れ顔になって終わり、という可能性も無いではない。

 

 だからフィリップの言葉は所詮ブラフでしかなく。

 

 「──そりゃ有難い」

 

 たった一つの情報を引き出すための、婉曲な質問でしかなかった。

 

 現在位置。

 それさえ分かれば──ルキアやステラが安全な位置に居ることさえ分かれば、それでいい。馬鹿正直に「ここってどの辺?」なんて聞いて答えてくれるとは思わなかったが、この程度のハッタリに乗ってくれたのは望外の幸運だ。

 

 ここが帝城から遠いのなら。

 彼女たちを巻き込む可能性が無いのなら。

 

 そして周囲に敵しかいない、この状況であれば。

 

 「なら──僕が自分の足で走って、自分の手で殴る必要もないわけだ」

 

 フィリップの思考が冷めていく。

 同情も憐憫も愛着も戦意も、憎悪以外の全てが剥がれ落ちていく。枝葉末節、表層の全てが剥離して、本性がじわじわと滲出していく。

 

 「いあ──いや、待てよ?」

 

 詠唱を止めるべく飛び掛かってきた三人を、抜き放ちざまに鞭形態へ変えた龍貶しで斬り飛ばす。

 なるべく致命傷を避けたかったのだが、流石に三人同時でそこまでの制御は出来ない。不運にも二人、身体が上下に二分割されて転がり、一人は胸元を深々と切り裂かれて倒れた。

 

 噴き出す血。漂う内臓と内容物の臭気。まだギリギリ生きている人間の苦悶の声。臓物を垂れ流しながら這いずる上半身と、汚物を垂れ流して痙攣する下半身。

 

 たとえ戦闘に慣れていても怯んでしまうようなそれらは、フィリップに再び時間の余裕を与えた。

 

 「お前たちの神に会わせてやるのも、なんか癪というか、釈然としないな」

 

 恐怖と戦慄の視線を受けながら、フィリップは不満そうにぼやく。

 

 狂信者が神の手によって殺されるのは、考えようによってはご褒美っぽい。

 一神教にも殉死の概念があるし、そもそも神の意思による死、つまり運命による死は受け入れるべきものという思想は、どんな宗教でもありそうだ。

 

 それではつまらない。

 数も多いことだし自分の手で殺せないのは仕方ないが、満足した死、幸福な死を与えるのは流石に不本意だ。

 

 「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ほまるはうと──」

 

 

 

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