なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 憎悪を晴らしてすっきりしたフィリップは、後始末を部下に任せたジャックと共に地上に戻ってきた。

 じき夕暮れの頃合いで、二人は目に刺さるような西日を避けて日陰に入り、大通りを目指して歩き始める。

 

 「……カスみたいな連中だったね。あんなので神に届くと思ってるならお笑い種だよ」

 

 彼らが一心不乱に読んでいた魔導書モドキは、一応は邪悪言語で書かれていた。

 いや、読もうとしていた、か。

 

 散乱した紙類の殆どは解読用らしき手記であり、しかも大半が間違っていた。あれでは魔導書モドキの内容なんか全く理解できていなかっただろう。

 

 そもそもの内容自体、かなり低劣だった。読まずに全て焼くように提言はしたが、たとえ解読されても問題なさそうなものしかなかった。

 

 解読作業によって邪悪言語を理解すること自体には、勿論意味があるけれど。

 

 つまらなさそう呟いたフィリップに、ジャックは苦々しい顔で振り向いた。

 

 「……前のカジノの時も思ったけどよ、ありゃやり過ぎだぜ。お前が過去にどんな経験をしたのかは知らねえし、やめろとまでは言わねえが……ウチの連中も怖がってる」

 「そうなの? そりゃ申し訳ない。次は目隠しと耳栓でも用意してあげて」

 

 苦言に、フィリップは眉尻を下げて応じた。

 言葉通りの表情からは、本気の謝罪、本気の配慮であることが窺える。

 

 それを感じ取ったジャックは「お前な……」と呆れ顔だ。

 

 「町を汚染するカルトは駆除するしかねえし、俺たちの抗争は、もうどっちかが全滅するまで終わらねえ所に来てる。けどな、ああまで惨く殺す必要があるのか?」

 

 問いに、フィリップは怪訝そうに片眉を上げる。

 さっき「やめろとは言わない」と言っていたのに、と考えて、遠回しな制止ではなく純粋な疑問なのだろうと一人で納得した。

 

 「まあね。僕がそうしたいってだけだけど」

 

 それから、フィリップはジャックに連れられてアデラインに引き合わされ、彼女の案内でアズール・ファミリーのボスが住むという邸宅に案内された。ジャックは入れないらしく、門の外で待っているそう。

 

 案内されたのは邸宅、というか、豪邸と言っていい建物だった。

 帝城に近い土地ではないが、町の中心部に近く、周りには貴族の別邸が並んでいるような一等地。絢爛な建物群の中に埋没し、しかし悪目立ちすることもない程度に豪奢な装飾の屋敷。収容人数は50人くらいだろうか。

 

 「ここよ」と言って、門兵に一瞥も呉れず堂々と門をくぐるアデライン。

 その後ろを、フィリップはぽかんと口を開けて続く。

 

 屋敷の中もそれなりに華美だ。

 流石に装飾の威圧感で政敵を殺すために作ったような宮殿や、華美さではなく精緻さという地味なのにより金のかかる方向に凝った公爵邸ほどではないが、フィリップに迂闊な動きを躊躇わせる煌びやかなもの。

 

 何にも触れないようにアデラインの後ろを忠犬のように歩き、通された応接間の柔らかなソファに尻を埋めた。

 

 「……そんなに緊張しなくてもいいわ。殺し屋とはいえ子供相手、多少の無礼無作法は見逃す度量のある人よ」

 「いや、緊張って言うか……僕はこれから誰に会うんでしたっけ?」

 

 きょろきょろと周りを見回していたフィリップに、アデラインは愉快そうに声をかける。

 

 返すフィリップの声には、緊張よりも困惑の色が多分に含まれていた。

 

 「ジャックから聞いていないの? 私たちアズール・ファミリーのボス、ヨーゼフ・フォン・ラズワルド男爵よ」

 「……犯罪組織のボスって言うから、てっきり秘密の地下室とか、誰も知らないアジトみたいなところに連れて行かれるのかと思ってたんですよ」

 

 なんなら、ちょっとワクワクしていたのに。

 裏路地から入る小さな酒場で注文に似せた合言葉を告げ、開かれた秘密の扉の奥に荒くれ者たちが整然と並ぶ。その最奥にはひときわ厳めしいボスが……とか、そういうのを期待していたのに。

 

 普通に帝都の別荘街を通って、普通に建っている屋敷に、普通に正面から入って。これでは何も面白くないと言うか、面白みの話をするなら、泊っている宮殿に入った時の方がまだ面白かった。

 

 「男爵様が“飼い主”なんですか?」

 

 フィリップはがっかりした様子を隠さず、退屈そうに尋ねる。

 問われたアデラインは苦笑気味だが、愉快そうでもあった。

 

 「いいえ、飼い犬たちのボス犬といったところね。手綱を握っておられるのは、家名までは出せないけれど、とある公爵家の方よ」

 「へぇ……」

 

 フィリップの反応は薄い。

 王国でも帝国でも最上位の爵位──大公と王族公爵は除き──である公爵は、所有する領地や軍事力、君主や諸侯に与える影響力や発言力は巨大だ。彼らはその気になれば、新たな国を作り上げることさえ出来る。

 

 ……まあ、王国でそれを目論んだ大公は、たった二人の魔術師による三度の魔術砲撃で、軍勢の大半を消滅させられて失敗したけれど。

 

 ともかく、ここは普通「公爵が?」と驚くか慄く場面だ。

 まあ交友関係からして普通ではないし、「どうやら将来的に公爵位か侯爵位は貰えるらしい」みたいなフワッとした意識だから、仕方ないといえば仕方ない。

 

 数分ほど待つと、応接間の扉がノックもなく開いた。

 ずかずかと無遠慮に部屋を横切り、フィリップの向かいのソファへ腰を下ろしたのは、礼服を纏いステッキを手にした紳士だった。

 

 ステッキは見せかけの装身具ではなく歩行補助具のようで、右足を庇うような歩き方をしていた。歩行自体は無造作だったから痛みは無いのだろうが、まだ足を悪くするような年にも見えない。40代前半くらいだ。

 

 「待たせたか」

 「えぇ、少しね。彼が今回の特別協力者、フィリップ・カーター君よ。既に十人長を二人殺してる凄腕」

 

 アデラインは流麗な動きでフィリップを示し、紹介する。

 二人に視線を向けられたフィリップは他国の貴族相手にどういう対応をすべきか測りかね、取り敢えず愛想笑いと会釈をしておいた。

 

 「そして、こちらが私たちのボス」

 「ヨーゼフ・ラズワルドだ。素晴らしい働きに感謝している。爵位は気にするな。我々に雇用や報恩の関係性が無い以上、私と君は対等だ」

 

 言って、スーツ姿の紳士は先んじて握手を求めた。

 殺し屋を握手の距離まで接近させるということは、相手にかなりの信を置かなければ出来ないことだ。単に豪胆なのか、フィリップにそれだけ信頼できる何かを見たのか。或いは、凄腕だというアデラインの守りを信じているのかもしれない。

 

 まあ、そもそも殺し屋ではないのだけれど──なんて思いつつ、フィリップは腰を浮かせて握手に応じる。

 握った手は硬く鍛え上げられており、戦士としての研鑽を積んでいることが窺えた。

 

 「知っての通り、連中の戦力の中核は十人長だ。我々は奴らの存在故に、忌々しい敵対組織を叩き潰すのに難儀していた」

 

 二人が座り直すと、ヨーゼフは徐に語り始めた。

 「ご用件は?」なんて訊きかけていたフィリップは口を噤み、こくりと頷く。

 

 「……君は連中の性質についてどこまで知っている?」

 「十人長の? それとも組織の?」

 「後者だ」

 

 問われ、フィリップは少し考え込む。

 ハスター云々は流石にぼかさなくてはならないし、あまり適当なことを言って「協力価値ナシ」と思われても──単純な武力要員扱いをされても、情報共有されなくなって面倒だ。

 

 「……アンバー・ファミリアは宗教色の強いカルトです。武装は貧弱、戦闘魔術師(火力要員)は僕が遭遇した限りゼロ。僕一人でも時間を掛ければ殲滅できそうな、お粗末な組織でした。ただ十人長の戦闘能力と、アジトを幾つも用意して点々とする周到さは厄介。そんな感じですね」

 「……そんなことは分かっている。俺たちがこの数十年、猿みたいにはしゃぎ回っていただけだとでも思ってるのか?」

 「え? うーん……」

 

 駄目だったらしい。ヨーゼフは露骨に眉をひそめ、不愉快そうだ。

 智慧を持たないという意味では、確かに猿みたいなものなのだが。

 

 とはいえそんなことを口にして機嫌を損ねるのも賢い行いではないし、フィリップは思考の深度を少しだけ深くする。表層から深層へ。人間的常識の範疇から、少しだけ逸脱する。

 

 「教祖かそのすぐ近くに、それなりの技術力を持ったモノがいます。そいつは恐らく人間ではなく、連中が神と呼ぶ化け物の遺骸の一部を人間に──拉致した子供に移植して戦力化している。僕たちが最優先でブチ殺すべきはそいつです」

 

 僕たち、とは言ったものの、そいつに関しては誰にも譲らないつもりだが。

 

 神格の細胞なり組織なり、或いはそのパーツなりを人間に移植して稼働させ、剰え人間部分を崩壊させず残しているとなると、まあ人間技ではない。

 フレデリカやステファンが正しい知識を身に着ければ可能なのかもしれないが、そういう特異なケースより、もっと可能性の高い想定がある。

 

 単純な話、人間業ではないのなら、実行者が人間ではない可能性が高い。

 ミ=ゴや蛇人間がぱっと思いつくが、ハスター曰く、人類以上の技術力を持った種族は珍しくないそうだ。

 

 そして──愚かな劣等種に智慧を与えること、蒙昧を払うことを目的とする酔狂な連中を、フィリップは知っている。

 

 確信に満ちた口調で断言したフィリップに、ヨーゼフは怪訝そうに目を細めた。

 

 「……詳しく話せ」

 「いま言った以上のことは何も。化け物を生み出したのがそれ以下の人間であると考えるより、同類(バケモノ)だって考えた方がスマートでしょう」

 

 なんてことのない推測、想像に過ぎないというように、フィリップは肩を竦めてみせる。

 しかし、ヨーゼフは思いのほかに食いついた。 

 

 「……心当たりはあるのか? その化け物を倒す方法は分かるか?」

 「いえ全然。……というか、不思議な質問ですね。僕はいま、そこそこ荒唐無稽な話をしたはずですが」

 

 十人長の触手を、彼らは「特異な魔術」と言っていた。あれが本物の化け物だとは思ってもいないはずだ。

 人間の子供に化け物の一部を移植したとか、その化け物は神だとか、そう易々と信じられる話ではない。子供の空想にしてはダークだと笑うくらいが精々だろう。

 

 だがヨーゼフもアデラインも、フィリップの言葉が嘘や妄想だと感じている風ではない。どころか、二人の表情は真剣そのものだ。

 

 ほんの少しの沈黙のあと、ヨーゼフはソファの背凭れに深く身を預け、重苦しい溜息を吐いた。

 

 「……アンバー・ファミリアは元々、俺たちと同じゴミ溜めだった」

 

 徐に語り出したヨーゼフに、フィリップは怪訝そうにしつつも黙って続きを聞く。

 「まあカルトだしゴミの集まりだよね」という相槌なんだか茶々なんだか分からない言葉が喉元まで上がってきたが、どうにか押し留めることに成功した。

 

 「俺たち同様、国家が帝都の治安改善のために作った、はぐれ者の集積所だ。荒くれ者共をより上位の暴力で恭順させ、支配するのがアズール・ファミリー。暴力だの詐欺だのに手を染められない臆病者……或いは善人を集め、思想的アプローチで統一するのがアンバー・ファミリア。古くから同じ飼い主に繋がれた犬同士、協力体制も敷いていた。強いられていた、と言ってもいい」

 

 静かに聞きながら、フィリップの脳裏に「公爵殺し」の四文字が急浮上する。

 “カルトを教導するカルト(啓蒙宣教師会)”は、その理念には共感できた。カルトという存在そのものが相容れないので殺すが。

 

 だがカルトを作ったとなると、何も面白くないし、普通に殺す。カルト相手の普通とはつまり、ぐちゃぐちゃに惨殺するという意味だが。

 

 「昔の奴らは、あんな風じゃなかった。やや聖人信仰寄りだったが、セクトにもならねえような甘っちょろい連中だったし、だからこそ腑抜け共の受け皿になってた。だが先代……俺の父の時代、奴らは俺たちとこの国を裏切った。父を含めたファミリーの連中を何人も殺し、聖堂(犬小屋)を捨て地下に潜り、今のような本物のカルトに成り果てた」

 

 “公爵”を特定し、接近し、惨殺し、撤退する。よしんばそこまで可能だったとしても、国際問題に発展しそうで怖い。まあカルトを作った時点で神敵同然だし、それほど重い罰は受けないで済むだろうけど──なんて、物騒な思考が中断される。

 

 殺すべき相手は、どうやら当初の想定通りだ。

 カルトとも呼べないような蒙昧の無知を厭い、智慧を与え教導した何者か。

 

 間違いない。

 そんな酔狂なことをする連中は奴らしかいない。

 

 “公爵”がカルトを作ったことに関してはステラに告げ口しておけばいいだろう。彼女なら惨殺する以上の価値を見出し、上手く利用してくれるはずだ。

 

 フィリップがやることは変わらない。

 カルトの絶滅。はぐれ者の集団をカルトの域にまで押し上げた“宣教師”の発見と惨殺。

 

 いつも通りの狩りだ。

 

 行動指針を再確認し、微かに口元を吊り上げるフィリップ。

 対面のヨーゼフも、よく似た表情をしていた。

 

 「アズール・ファミリーは血を重んじる。俺たちが流したのと同じだけの血を、奴らにも流させる。トップの血は同じトップの血で、ってのが常だが──連中を唆した黒幕が居るのなら、あぁ、確かにそいつが最優先目標だ」

 

 話は終わりと、彼は席を立って示す。

 フィリップもすぐに続き、扉に向かった。

 

 「あぁ、そうだ。街の子供を助けてくれたそうだな。礼を言う」

 

 思い出したように背中にかけられた声に、フィリップは愉快そうに口元を緩めて振り返る。

 

 「……善人みたいなことを言いますね」

 

 アズール・ファミリーの──犯罪組織のトップにしては穏やかな言葉だ。

 高利貸しや違法賭博、人身売買なんかに始まって、暴行、恐喝、殺人、拷問、死体の遺棄までやる、万能な犯罪屋。金で雇われ、雇われた以上は聖人相手にでも喧嘩を売るイカレた集団。その頭目から出たと考えるだけで笑える。

 

 そんな内心が伝わったのか、杖突の紳士はニッと歯を剥き出すように笑った。

 

 「悪人にも故郷への愛着くらいはあるのさ」

 

 

 

 

 

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