なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
カルトの拠点となっていた廃墟を出るフィリップの足取りは、墓参りを終えた後のように静かで落ち着いたものだった。
その両隣をすれ違うように、慌ただしく荒々しい歩調の男たちが廃墟に雪崩れ込んでいく。彼らは全員が揃いの黒スーツと、青い宝石の嵌った指輪を身に付けていた。
「……浮かない顔じゃねえか。また取り逃がしたか?」
ただ一人、家に突撃していかないジャックが愉快そうに揶揄する。
フィリップは頭二つ以上高いところにある顔をちらりと見て、「いや……」と嘆息混じりに頭を振った。
不思議な反応に首を傾げるジャックだったが、何か尋ねる前に一人のマフィアが廃墟を飛び出して、彼の隣で直立不動の姿勢になる。
「兄貴! 十人長を含めて
「が?」
言い淀む彼に、ジャックは強い口調で先を促す。
彼はちらりとフィリップを窺い、おずおずと続けた。
「ひでえ有様です。誰も逃がしてない辺り腕は良いんでしょうが、スマートな仕事を心掛けるってタイプじゃありませんね」
「……だろうな」
苦笑と共に会話を切り上げたジャックは、再びフィリップに向き直った。
彼はカジノホールでの一件で、フィリップの強烈な憎悪とそれ任せの残酷な殺し方を目にしている。非戦闘員を虐殺した程度で、今更驚きも慄きもしない。
「姐御からの伝言が二つある。一つは約束通り、次の
ひょいと軽い仕草で投げ渡されたのは、四つ折りにされた羊皮紙だ。
開くと、地図らしき複雑な模様が描かれている。それが帝都の一ブロックを記したものとまでは、土地勘のないフィリップには分からなかったが、困惑顔を見たジャックが補足をくれた。
職人街と呼ばれる工業地帯の建物の一つに、赤いマルが付いている。
「連中がそこに移ったのは一週間ほど前。そろそろ移動する頃合いだが、探し出すのに手間取っちまった。今日明日で仕留められるか?」
淡々と語るジャックだが、一週間程度でアジトを移る習性があるとは初めて聞いた。
新情報を頭の片隅に留めつつ、フィリップは薄笑いで頷く。
「問題ないよ。今すぐ行こう」
歓喜と憎悪に満ちた笑みで催促するフィリップに、ジャックは硬く頷く。
廃墟の後処理を部下に任せたジャックとフィリップは、次の獲物を求めて昼日中を歩き出した。
夜闇に紛れるどころか、日は未だ頂点にも至らない。
街を歩く人々は活気に溢れ、それぞれの目的のために動いている。時間帯もあって、食欲をそそる香りがそこら中から漂ってきた。
店先に出てきてパンが焼き上がったと宣伝する店主の声に、フィリップも含めた数人がフラフラと吸い寄せられる。
ついでにジャックの分も買って戻ると、彼は二人分の代金をフィリップに押し付けた。
「そういえば、伝言の二つ目って?」
ふかふかアツアツのパンを千切って食べながら、ふと思い出して尋ねる。
隣で早くも半分を食べ終えていたジャックは、問いを受けて口の中のものを飲み込んだ。
「あぁ。一昨日の件、姐御だけじゃなくボスの耳にも入ったらしい。感謝を伝えてくれと」
ジャックは一度言葉を切って周囲を見回し、露店で飲み物を買って戻ってくる。
同じものを渡されたフィリップが財布を取り出すと、険しい顔で固辞された。
「それから、一度顔を見せろとも言われた。取り敢えず次のアジトが片付いたら、俺たちのボスに会ってくれ」
「え? なんで?」
いつの間にかパンを食べ終えていたジャックはコップを殆ど一息で空け、店主に投げ渡す。顔見知りなのか、店主は苦笑と共に一枚の銅貨を投げ返した。
一連の遣り取りが終わると、ジャックはフィリップに向けて肩を竦める。
その仕草だけで、なんとなく彼が答えを持っていないことは察せられた。
「まあ、だよな。俺たちもそういう反応だったが、まあ、俺たちの疑問よりボスの興味が優先なのは分かるだろ?」
ジャックの軽い問いかけに、フィリップは曖昧に笑う。
マフィアの上下関係の強さなんか知らないが、単純に店の主人と従業員だと思えば「そうかも?」とは思えた。
「別に、ぶっ殺されたりはしないだろう。ウチの構成員を殺してるとはいえ、そんなのは別に珍しいことじゃねえし、お前は姉御が使ってる駒だしな」
安心させるように──なんて理由ではないことが分かる、淡々とした口調のジャック。
それが逆に断定を感じさせ、フィリップから不安を拭い去ってくれた。
まあ不安と言っても「殺されたらどうしよう」なんて可愛らしいものではない。
むしろ「殺すようなことになったら情報源が減って辛いなあ」という、ジャックの予想の真逆だったのだけれど。
不安が晴れると、フィリップの心中には疑問が浮かんだ。
「アデラインさんって、なんか幹部とかそういうポジションなの?」
ジャックの言葉は、まるでボスの意向をアデラインは無視できるかのような。或いはそこまでではなくとも、ボスが多少は我慢を強いられるような物言いだった。
彼女自身はカジノの支配人だと言っていたが、アズール・ファミリーの中で、それはそこまで強力な役職なのか。或いは他に理由があるのか。
果たして、ジャックは「あぁ」と端的に頷いて肯定した。
「あぁ。あの人は俺たち……まあ、暴力担当要員のトップだよ。王国にはそんなに知られてないらしいが、『惨殺者』アデライン・プレイオネーと言えば、泣く子も黙る殺し屋の中の殺し屋だぞ」
「……そうなの?」
とんでもなく物騒な二つ名に、流石のフィリップも目を瞠る。
殺し方がそのまま二つ名になったタイプは珍しくない。
『椿姫』はまだ洒落っ気があるが、知覚圏外からの超長距離狙撃を得意とする『サドンデス』、気化毒を使う『調香師』辺りは直接的だ。
しかし『惨殺者』は度が過ぎている。どういう殺し方をすればそんな直球で物騒に過ぎる二つ名が付くのか、全く想像できない。
「あぁ。帝都には元々、ウチ以外にも幾つかマフィアが根を張ってたんだが、姐御はそれを全滅させた。200人規模の組織を二つだぞ」
「え? 全滅?」
へぇ、なんて簡単な相槌を打ちかけたフィリップは、あまりのことに半笑いで聞き返してしまった。
全滅、というのが文字通りの意味、つまり鏖殺であるのなら、400人近くを一人で殺したことになる。相手の程度がどれだけ低くとも、単純に多すぎて難しい数だ。
「本人は「ボスを暗殺して自然消滅させた」なんて言ってるが、組織の頭が無くなることが必ずしも組織全体の死に繋がらないってことは、俺たちもよく知ってる。その上、復讐しに来る奴が一人もいねえと来た。これは……“全滅”だろう?」
「でなきゃ、完膚なきまでに戦意を折るような殺し方をしたかだね。ああいや、殺し方か、殺した後の見せ方かは分からないけど」
斬首や絞首といった効率的な処刑方法があるのに、磔刑や焚刑が未だに現役なのは、見せしめとしての威力が高いからだ。
凄惨な死に様は見る者に強い恐怖と忌避感を与え、抑止力となる。
報復を抑止するための惨殺は、より苛烈な報復を生み出すリスクを感じるが……まあ、成功したのだろう。
そう考えたフィリップだったが、ジャックは小さく頭を振って否定した。
「俺たちも初めはそう思ってた。だが恐怖は薄れると憎悪になるし、憎悪は敵意に変わるだろ? それが無いってことは──」
「……感情が変わる余地すらも無い死人に変えたって?」
そりゃあ報復を避ける最短最速の解は、報復しようのない状態に変えること。つまり完全に殺し切ることだ。
当人だけでなく、友人も家族も恋人も、近しい人間全てを殺せば報復心も芽生えようがない。
しかし──それは流石に非現実的だ。
要殺害対象を探す調査能力もそうだが、要求される戦闘能力も相当だろう。ルキアやステラ並とまでは言わずとも、フィリップ程度では不可能だ。
もしや、かなり腕の立つ戦闘魔術師なのか。
「色気のある美人が一人で酒を飲んでりゃあ、絡んでくる馬鹿がいることくらいは分かるよな? 前に俺が酔った馬鹿に絡まれて姉御の傍を離れたとき──ほんの二分くらいだ──床に右腕が四つ転がってた。血臭の中でグラスを弄びながら、いつもの声と笑顔で「お掃除、お願いね」なんて言われた時のことは、今でも鮮明に覚えてる。思わずチビりそうだったからな」
当時を思い出したのか、ジャックはぶるりと身震いする。
腕を落とすくらいは、龍貶しを使えば簡単だ。だが。
「……あの人の武器って?」
「いつもバタフライナイフを脚に留めていらっしゃるが……逆に聞くが、あんな玩具で人間の腕を落とせるか? その上、一部始終を見てた連中は……いや、見てたはずの連中は「見えなかった」と口を揃える。お前も大概だが、あの人はそれ以上のバケモノだよ」
フィリップは口元を吊り上げ、引き攣った笑みを浮かべる。
直剣とまでは言わずとも、優れた短剣でもあれば腕くらい落とせるだろう。だが携行性を重視した
正しい角度、正しい力、正しい動きで刃を通さなければ、筋肉に守られた骨は断ち切れない。
それに、ある程度は武器の性能で誤魔化せるが、四対一で。しかも上司を守ろうと動くだろう部下たちの目にも留まらぬ早業で、となると、要求される技量は計り知れない。
「……今後は失礼のないようにするよ。とんでもない達人じゃん」
「あぁ、そうしろ」
慄いたように言うフィリップに、ジャックは愉快そうに笑った。