ニットパンツで人類は本当の自由に出会うことができる
あなたは自由も求めていますか?
オッケー、そうだよね、誰だって自由を求める。自由な人生か、そうではない人生か、実に簡単な問いだ。自由を求める。それが人類ってものだ。自由を求めて我々は生きてきたんだ、それが人類の歴史だ。
あなたは狭いスペースに押し込まれている。
どう思う? きっと嫌だと思っているはずだ。そんな状況があまりないって。オーケー、わかりやす状況を提示しよう、そうだな、あなたは家を探しているとしよう。広い家と、狭い家、どっちを選ぶ。広さ以外の条件は一緒だ。
そうだよね、広い家を選ぶよね。
それはなぜだろう、簡単なことだよね、自由だよ。自由が欲しいから広い方を選ぶ。狭いといろいろ制限されて、自由とは程遠いことになるからね。広ければそこでなんだってできる。踊ってもいい、ぜひ私は君と踊りたい。広いから踊れるんだ。
家だけではない。
自由ってどこにでも存在する。それに気づけるか否かなんだ。自由を求めているのに、自分から自由を放棄する。それってどうかと思うな。自由があるのならば、我々は自由に飛び込むべきなんだ。それは人類の歴史を見てもあきらかだ。具体的には書かない。それを調べるのも自由、調べないのも自由。私は自由を与え続けたいんだ。
自由の定義? そういう考え方もあるね。
でも、自由を定義する時点で自由ではない、という考え方もできる。屁理屈と言われればそうかもしれないね。オッケー、ある程度ここでは示そうじゃないか。自由の定義は自由であることだよ、それ以外に示しようがない。
わかってるよ、それがズルいことは。
冗談だよ、定義しよう。たとえばあなたは右に曲がろうとする、曲がっていいんだ、それが自由だ。右に遮るものがないんだ、自由に右に曲がっていい。同時に左にだって曲がっていい。左にも遮るものないんだ。
もちろん締め付けるものがない。
あなたが右に曲がりたいと思った時に、体を押さえつけられていたとする。右に遮るものがなくても、体を押さえつけられているから曲がることはできない。自由とはそいういことなんだ。行きたい方向に何もないだけではなく、あなた自身に締め付けがないこともまた自由である、と言えるポイントになるんだ。
そう考えるとどうだろう?
自由ってたくさんあるのに、自分から自由を捨てていることはないかな。きっとあるはずだ。自由は同時に恐怖でもある。どうしていいかわからないし、自分の目が行き届かない範囲で何かが起きるかもしれないからね。ただ自由は大切って話は先にしたよね、僕はみんなに自由になって欲しいいんだ。
つまり「ニットパンツ」って話。
いま多くの男性がボクサーパンツを履いている。いろいろな調査があるけれど、ある調査では50%以上の男性がボクサーパンツを履いているという結果が出ている。ボクサーパンツは知っているよね、知っているはずさ、きっと今、あなたは履いているからね。
ボクサーパンツってどうだろう?
締め付けが厳しいよね。締め付けるよね。そんなことない? じゃ、裸の時と比べてみてよ。ボクサーパンツの中にあるものは自由に右に、左に、ダンスをしているかな? してないよね、右に行きたいのに、締め付けられる。そもそも右にスペースがない。自由がないんだ。
それがダメなんだ。
自由を求めているんだ、我々人類は自由を求めてきたんだ。それが歴史なんだ。それなのになぜボクサーパンツを履くんだろう。そこに自由はないんだ。自由が人を成長させるんだよね。自由なきところに活発なものは生まれないんだ。締め付けから出てくるものは本当の自由ではないんだ。自由が本当の自由を産むんだよね。
ニットパンツはすごいんだ。
まず自由だ。締め付けてというものが皆無だ。もちろん脱げてしまうから、腰のところはゴムになっている。それが唯一だ。ニットパンツで覆われた中は全てが自由と言っても問題ない。右にも、左にも、自由に曲がることができる。締め付けもなければ、遮るものもない。踊ればいい、自由に踊ればいい。実際に私はニットパンツだけを履いてきた人生だけれど、常に覆われた中はダンスを踊っている。自由だからだ。
私には締め付けを求める意味がわからない。
ニットパンツこそが人類が求める自由を与えてくれるものなんだ。もちろんそれだけではない。締め付けないので通気性もいい。風だって自由に吹き抜ける。風に吹かれながらのダンスは我々にエデンが存在することを示してくれている。
そして綿100%だ。
フワフワなんだよ。フワフワの良さがわからない? 簡単なことだよ。ゴミ箱に捨てられた硬いパンと、焼きたてのフワフワのパン、食べたいのはどっちだい? そう、焼きたてのシェフが焼いたフワフワのパンだよね。ちなみにゴミ箱に捨てられた硬いパンは、5日間手を洗ってない私が焼いたパンだ。明白だよね、焼きたてのフワフワのパンがいいよね。
どちらのパンに包まれたいかい?
5日間手を洗わず、泥に手をつけた私がレシピを2キロ先に置いて焼いた硬いパンと、三つ星シェフが最高級の小麦粉を使って焼いたフワフワのパン。
フワフワのパンだよね。
そういうことなんだよね、ニットパンツってそういうことなの。自由であり、フワフワ。ニットパンツを履かない意味がわからないんだ。もちろんどのパンツを選ぶのかは君の自由だよ。しかし、自ら自由を破棄することが私にはわからない。ニットパンツにのみ、人類が求める自由があるんだ。
今からでも遅くない。
ボクサーパンツを捨てて、ニットパンツを履けばいいんだ。自由はいつだってあなたを受け入れる。それが自由なんだ。自由の象徴とはニットパンツなんだ。ぜひ履いて欲しい。ニットパンツで失われた自由を取り戻して欲しいいんだ。心から私はそう願っているよ。
『自由との対話 第83章「楽園(ニットパンツ)の証明」』より



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