性被害覚書

これは、誰にでも起こりうる話です。
でも、なかったことにされがちな話でもあります。

私は過去に、性犯罪の被害に遭いました。
それは、信頼していた友人の引っ越しを手伝った、ごく日常の延長で起こりました。

まさか自分が。
そう思ってしまうくらい、あまりにあっけなく、突然で。

世間では、こうした出来事を「運が悪かった」「自己責任」と片付けられてしまうことが多い。
でも私は、今ここに、その感情と記憶を記しておこうと思います。

なぜなら、私のように“名前のない被害”に苦しんでいる人が、きっと他にもいるからです。

この記事が、少しでも誰かの「一人じゃない」と思えるきっかけになればと願って。

※現在進行中の事件に関わるため、詳細は伏せながら綴っていきます。
2025年7月1日現在、この事件は和解をしたためリライトして公開する運びとなりました。

六月二日

私が事件のことを初めて誰かに相談できたのは、被害からちょうど一週間後のことでした。

その間、心の中はぐちゃぐちゃで、毎日がただ過ぎていくだけ。
何を食べても味がせず、何をしても笑えなかった。

身体はまだ日常を生きているのに、心だけがどこか遠くに置き去りにされているような感覚。
「自分がどう感じているのか」が、うまく掴めなくなっていました。

気分転換のつもりで遠出しても、景色の色が抜けたように見えて。
どんなに外の空気を吸っても、苦しさは何ひとつ薄まらなかった。

共通の友人に打ち明けることで、ようやくほんの少し、現実に戻ってこられた気がした。
その後、加害者を含めた三人での話し合いの場を設けたけど‪───

加害者に罪の意識はまったくなかった。
むしろ「こちらも弁護士を立てる」と一言だけ残して、その場を終わらせようとしました。

私はその時、頭の中が真っ白だった。
穏便に済ませたかったというより、どうしていいか分からなかった。

でも、あの場で私が我慢する必要なんて、なかったのだと思います。

犯罪が、話し合いで解決できるなら
きっと世の中に「法」なんて必要ないはずだから。

親告罪の壁と、調書の重み

性犯罪は、親告罪‪───つまり「被害を受けたこと」を自分の口で伝えなければ、何も始まらない。

その一歩を踏み出すのに、どれだけの時間と気力が要るか、想像できる人は多くないと思います。

初めてのカウンセリングでは、事件を語るだけで丸一日が過ぎた。
弁護士との相談に、また一日。

警察署では、相談に一日。
被害届を出して、調書を取るのにさらに二日。

一つひとつの行動に、まるで全身の骨を一本ずつ抜かれるような疲労感がありました。

調書を作るには、「どんな暴行があったのか」「どういう言動があったのか」を思い出して、言葉にしなければならない。
被害の全容を自ら再現する必要があって、警察官が加害者役を演じ、人形を使った再現もある。

それは、痛みの再体験でした。

私の場合は、共通の知人にも協力をお願いし、警察署に同行してもらいました。
「加害者の人となり」まで調べるためだと、刑事の方は丁寧に説明してくれました。

でも、どれだけ手順を踏んでも。
どれだけ勇気を出しても。

被害者の証言は、解離やフラッシュバックによって正確さを失いやすく、
そのたびに「証拠能力がない」と判断されてしまいます。

何度も何度も、聴取を繰り返される。
起訴するには、それだけの証言が「揃っている」必要があるから。

自分の言葉でなければ届かないのに、
自分の心がそれを言わせてくれない‪───

そんな矛盾の中に、私はしばらく、閉じ込められていました。

ギリギリ不義理

「男の家に上がった時点で、覚悟しておくべきだったんじゃない?」
「もともとその気があったんじゃないの?」

そんな言葉を、実際に言われました。

何が”覚悟”なのだろう。
17時にはもう、帰宅していた。
誘ったわけでもない。
期待を持たせるようなことを言ったつもりもない。

そもそも”気が合ったら”‪───
身体を許すことが当然なんでしょうか。

「合意があったかどうか」が問われるこの社会で、
被害者の”抵抗”や”言動”ばかりが注目される。

無言だったら同意?
抵抗できなかったから合意?

それなら、窃盗の被害者が犯人を止められなかったら、
「黙って見てたなら、盗まれて当然」ってことになるのでしょうか。

例えば、こう聞かれたとしましょう。

「鍵はかけましたか?」
「ツーロックでしたか?」
「警備をつけてましたか?」
「撃退するような行動をしましたか?」
「もしかして、盗られるのを望んでいたんじゃないですか?」

被害者が問われるのは、いつも「お前は十分に防衛したか?」ということばかりです。

だけど性暴力は、そもそも”力”の非対称な関係で起こります。

男と女、あるいは体格差。
上に覆いかぶさられた瞬間、声も出なかった。
腕をねじ伏せられれば、逃げようにも逃げられない。

「抵抗しなかったのが悪い」という人には、
一度、目を閉じて想像してほしい。

自分の体が、意思とは関係なく押さえつけられる。
自分の意見を口に出せないまま、終わっていく。

それを”合意”と呼ぶのは、あまりにも残酷すぎます。

私は、信じていた友人にされました。
それでも、最初は「穏便に済ませたい」と思ってしまいました。

だけど、彼の口から出た「弁護士を立てます」という一言だけで、
すべての幻想が終わりました。

加害者が”守られる”世界で、
被害者だけが「自己責任」を問われる。

それがこの国の、現実だと思い知らされました。

Playback Memories

思い返せば、事件のあったあの夜からずっと、眠りが浅くなりました。
夜中に何度も目が覚め、息が苦しくなる。
見えない誰かに追い詰められるような感覚で、胸の奥がきつく締め付けられる。

起きている間も、気を抜けば記憶が再生される。
あの瞬間の音、匂い、光。
頭では考えたくないのに、
脳が勝手に思い出してしまう。

こういうのを「解離」って言うらしいです。

頭のどこかが、スイッチを切ったように感覚を鈍らせる。
自分の声が自分のものじゃないみたいで、
まるで映像の中の登場人物のように、あえて思い出さなければいけない。

カウンセリングの場では、何度も「自分の口で話す」ことが求められました。
耐性をつけるために、あえて思い出さなければいけない。

でもそれは、傷口に何度も触れるようなものでした。
自分の言葉で語りながら、
頭が真っ白になっていく。

脳が、記憶と現実を混同する。
気がつけば、今の空間があのときの空間にすり替わってしまう。

眠れない夜が続く。
食欲がなくなる。
食べても、味がしない。

体重が落ちて、心配される。
無理に口に入れても、吐いてしまう。

そんな日々が続く中で、
外に出る気力すらなくなった。
歩くと足が震えてしまって、
時には車椅子や杖を頼った日もある。

「自分の体が、自分のものじゃない」
そんな感覚が、一番つらかった。

そして、笑っていないと保てませんでした。

笑っていれば心配されない。
笑っていれば自分を外側から切り離せる。

本当に壊れていたのは、心の奥のほう。

「どうして私が、こんな思いをしなきゃいけないの」
声にならない叫びが、何度も喉元でつかえて、それでも涙が出ませんでした。

泣いたら、何かが崩れてしまいそうでした。

こうして今、文字にしている私自身も、まだ完全には立ち直れていません。

けれど、書くことで少しずつ整理しています。

壊れてしまった記憶の破片を、
自分の言葉で拾い集めているような感覚です。

もしかしたらこれは、
私自身の「生きている証明」なのかもしれません。

グレーゾーンはオフホワイトじゃない

「被害にあった」と口に出すことは、とても勇気がいります。

自分の身に起きたことを信じられないまま、
それでも声をあげなければ、何も変わらない現実があります。

だけど‪───
裁判を起こすのは、自殺するよりも勇気が必要だと思いました。

何度も、何度も、同じことを聞かれる。
記憶の奥から、ひきずり出さなければいけない。
曖昧だった瞬間を言語化し、
拒絶や恐怖を、証明として提出しなければいけない。

でも人は、そんなに強くできていない。

解離で記憶が飛ぶ。
頭が真っ白になる。
涙も出ないまま、感情のスイッチだけが切れていく。

そんな状態で、どうやって正確な供述ができるだろう。

なのに、
立ち止まるたびに、
「嘘をついているんじゃないか」
「本当に被害なのか」
「あなたにも落ち度があったんじゃないか」
と、責められます。

被害者の方が、
いつも疑われ、いつも説明を求められ、
そのたびに、何度も心を削られていく。

どうして、加害者が守られて、
被害者が傷つけられるんだろう。

更生しましたって言えば許される?
時間が経てば、忘れてもらえる?

こちらは、いまも夜に目が覚める。
人混みで、誰かに触れられそうになるだけで震える。
玄関の鍵を何度も確認しないと眠れない。

それでも「もう終わったこと」なんでしょうか。

世間の多くは言う。
「証拠がないとね」
「なぜすぐに警察に行かなかったの?」
「もっと騒げばよかったのに」

だけどそれは、
火災の現場で煙にまかれた人に、
「なんで逃げなかったの?」って聞くようなもの。

人は恐怖の中で、正常な行動なんて取れません。

逃げることも、叫ぶことも、
自分を守ることすら難しくなる。

それなのに、
黙っていれば「同意した」と言われ、
騒げば「嘘をついている」と言われる。

わたしは、
そんな社会の矛盾が、一番怖いと思いました。

だから言いたい。

グレーゾーンは、オフホワイトなんかじゃない。
それは、限りなく「黒」に近い「灰色」だ。

どちらにもなれずに、
被害者がずっと「疑わしさ」に閉じ込められる世界。

こんな曖昧さが、人の心を一番深く傷つける。

所詮僕らはアリスとテレス。

「怒らない人が悪い」んじゃない。
そう言いたいけれど、社会はそう教えてくれなかった。

小さな頃から、
怒るよりも、笑うことを求められてきた。
泣くより、耐えることを褒められてきた。

だからきっと私たちは、、
苦しくても、笑ってやり過ごす術だけを覚えたんだと思います。

たとえば痴漢にあったとき、
「嫌です」と言えないのは、優しさじゃない。
怖いから。

逆上されるのが怖くて、
誰にも助けてもらえないことが怖くて、
被害者は、ただ俯いて、電車を降りる。

誰かに話せたとしても、
「気のせいじゃない?」とか
「ちゃんと防犯してた?」とか
返ってくる言葉のほうがずっと多い。

悲しいけど、それが現実だった。

だから、
わたしは「怒る力」」がほしかった。
「違う」と言える勇気がほしかった。

でも、怒るには体力がいる。
伝えるには、言葉がいる。

傷ついて、疲れ果てた人間に、
そんな力がどれだけ残っているでしょう。

ネットを開けば、
「可愛げがない」
「そんな格好してるから」
「減るもんじゃないでしょ」

そんな心ない言葉が並んでいます。

だけど言わせてほしい。

わたしたちは、
減らないけど、削られている。

誰にも見えない場所で、
心がすり減っている。

被害にあったことを話すと、
「でもさ、男だって我慢してる」とか、
「女だからって守られすぎ」とか、
すぐに”対立の構図”にされる。

でも、そうじゃない。

わたしが言いたいのは、
「怒ってもいい」ってこと。
「泣いてもいい」ってこと。
「許さなくてもいい」ってこと。

加害者の未来を想像する前に、
被害者の”現在”を支えてほしい。

「やんちゃしてただけ」って言葉で、
誰かの人生を壊していいわけがない。

所詮、僕らはアリスとテレス。
同じ世界を見ているようで、
居る場所がまるで違う。

だからこそ伝えます。

あなたは、怒ってもいい。
あなたは、声を上げてもいい。
あなたは、あなたの感情を、取り戻していい。

それは弱さじゃない。
静かな、強さだと思います。

#MeToo #フラワーデモ #性被害者のその後

「声を上げる」って、ものすごく勇気がいることです。
それでも私は、この記事を通して伝えたい。

あなたは、ひとりじゃない。

わたしが言葉にできるようになるまで、どれだけ時間がかかったか。
どれだけ、怒ることも泣くこともできずに、ただ毎日をこなしていたか。

被害に遭ったことを「なかったこと」にすれば、楽になれるんじゃないか。
そう思って、口を閉ざそうとした夜が、何度もありました。

でもそれは、
「なかったこと」にできる痛みじゃなかった。
心も、身体も、ちゃんと覚えてしまっている。

だから、誰かに言いたかった。
あなたは悪くないって。

今の日本では、被害を受けた側が
「なぜ行ったの?」「なぜ断らなかったの?」「どうして抵抗しなかったの?」と、
まるで裁かれるように責められます。

そのたびに、傷が深くなる。

でも、だからこそ。
少しずつでも、社会の見方を変えていきたい。

「泣いてもいい」って思える場所を、
「怒ってもいい」って思える場所を、
「あなたは悪くない」って背中を支える場所を、

ちゃんと増やしていきたい。

#MeToo  や #フラワーデモ  のタグが生まれたのは、
きっと、同じ思いを持った人たちがいたから。

一人では声にできなかった思いを、
「わたしも」と言えるようになるための、
小さな勇気の灯だった。

あなたも、サバイバーです。

サバイバー‪───それは、被害を受けたけれど、生き抜いた人のこと。

被害にあった事実を、なかったことにしない。
苦しみの中で、なお生きようとする強さを、消さない。

わたしはこの文章を通して、
どこかで同じように傷ついて、言葉にならない想いを抱えているあなたに、
ただ、伝えたかった。

それでも、生きていてほしい。

あなたの人生は、誰にも奪えない。
あなたの尊厳は、誰にも汚させない。

もし、今も痛みの中にいるなら、
無理に笑わなくていい。
泣いていい。怒っていい。

そしていつか、
あなたが「わたしも」と声を上げられる日が来たら。

それは、あなたの光になります。

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