この記事の続きを読むためには琉球新報デジタルを購読してください。
有料
陸軍開発 県外では死者も 男性服用、医師が回想 愛楽園「虹波」使用
この記事を書いた人
琉球新報朝刊
この記事の続きを読むためには琉球新報デジタルを購読してください。
【名護】日本陸軍が開発を進め、戦中戦後にハンセン病患者に臨床試験で投与された薬剤「虹(こう)波(は)」が、名護市の沖縄愛楽園でも使用されていたとみられる資料が、30日までに見つかった。1953年に発行された同園の機関誌「愛楽誌」の第2号に「医局で『虹波』という新薬を試用した」との記述があった。(1面に関連)
虹波は写真の感光剤を合成した薬剤で、陸軍が寒冷地での兵士の凍傷対策など肉体強化を目的に研究したとされる。ハンセン病治療などにも用いられたが、激しい副作用を伴い、死者も出た。虹波の投与はこれまでに、県外の各療養所の機関誌などで確認されている。
虹波に関する記述が登場するのは「仏桑花(ぶっそうげ)」と題した「松田南海子」氏の回想録。松田氏が出会った、ある青年の弟が「太陽の出る前に服用しなければならぬというので、毎朝目をこすりこすり取りに来ていた」と、松田氏は回想している。虹波を服用した男性は「病気が軽く数年して無菌退園をした」という。投与されていた時期や人数などに関する記述はない。
同園交流会館学芸員の辻央(あきら)さんによると、松田氏は1938年の同園開園当初からの職員で、医務課長を務めた医師の故松田ナミ氏を指す。辻さんは「松田氏は沖縄戦当時も愛楽園にいた人物だ。松田氏の記憶がしっかりしている時期の資料で、虹波が園でも使われたという信ぴょう性が高まった」と意義を強調した。(武井悠)
この記事の続きを読むためには琉球新報デジタルを購読してください。