【感想】『魔法少女山田』全3話を観て
TXQ FICTIONの新作『魔法少女山田』全3話を視聴しました。
は〜。まだ余韻が残っていて溜め息しか出ない。は〜。
いつもながら、1話1話がすごい密度ですよね。
コミカライズはまだ始まったばかりなので、新たな情報が出てくるのかもしれませんが……
ドラマを観終えた時点での感想を綴っていきたいと思います。
ネタバレしてますので、未視聴の方は気をつけてください。
◎雑多な感想
・先のTXQ FICTIONの2作と雰囲気の違う始まり方、展開だな〜と思っていたら、まさか作中人物の三田監督の作品を『魔法少女山田』という番組として持ってきてたというオチで、急に放り出されたような感覚になった。凄い。
不器用なおじさんの一生懸命な生き様をエンタメ消費してしまった罪悪感よ……
・第2話で自暴自棄になって諦めようとしてる山田さんに、三田監督がハッパをかけるシーンは怖すぎた。
あの子供たちからの手紙って本物なのかな……とか邪推しちゃうね。
勉強教室のために公民館に来てただけの子供と三田監督が偶然にエンカウントして手紙を預かることってあり得る?
三田監督が子供たちを待ち伏せして、手紙を書くようお願いしたとかのほうがしっくりくるな。
・DVDの最後は「教員採用試験に落ちた魔法少女おじさん、絶望から這い上がって装いを新たに復活!」というキレイな終わり方をしてましたけど三田監督の思惑通りの終わり方だったんだろうな……
ハッパかけて手紙渡して軌道修正したように感じる。
・もし今作が全て三田監督の創作なら“「魔法少女おじさん」という可哀想な存在は実在しなかった……!?”と一瞬考えたけど、有名お笑い芸人を起用したテレビ番組に萌花さんが「魔法少女恐怖症」として出演してるのでその希望も無理筋ですね……🥲
・ネット上ではこの作品の考察で白熱してますが……
視聴者の考えすぎなのか、はたまた三田監督によるヤラセ演出なのか?
作品の構造上、考えるときりが無いので、私は脇に置いておきますね……
◎山田正一郎という人間
・本作の中心人物「魔法少女おじさん」こと「山田正一郎」の人物像について思いを馳せてみようかと思います。
・“魔法少女の格好をしたおじさん”という悪目立ちするインパクトある存在。
あのDVDの密着取材によって、視聴者は山田さんの善性を感じ取ることができましたが、彼の人となりを知らない一般人からしたら思いっきり不審者なんよね……(魔法少女着ぐるみを悪用した事案も実際にありますし)
人間、第一印象は見た目からしか判断できないから……ごめんね。
第1話しか観てない時点での偏見に満ちたイメージが、まさに山田さんのことをよく知らない人間から見た彼のイメージなんだろな。
・あとは小学校教諭時代のやり過ぎエピソードの危なっかしさにヒヤヒヤ。
山田さん本人はやましいことは何もなく、自分の正義と善意のもとの行為だったけれど、周りから見たら「怪しい」「少しおかしい」ように感じられたんでしょうね。
だから保護者から苦言を呈されるし、学校では白い目で見られ居場所を失った。
・やましいと疑われるような行動はすべきじゃないんだよね。
実際に何もなくても、人の噂が広まれば「やましいことがあった」ということにされてしまうのが現実。
だから奥さんと娘から距離を置かれたんでしょう。
・この作品は『恐怖心展』との絡みもあって恐怖心をテーマに据えてるようですが。
飲み屋で話してたエピソードが、山田さんを形成するものの片鱗に思えました。
・「子どもが怖い」
・「小3のとき学校に馴染めなかった」
→上記の情報と、いじめ児童へ熱の入った凸をした点から予想するに、幼少時いじめに近しい状態にあったのでは?
・「その時の先生に優しく受け止めてもらえて救われた」
→教職を目指す
かつての自分のように困ってる子どもを救ってあげられるような大人になる。
素晴らしい動機ですよね。
・学校に通いたくても通えない子どもへの対応に熱が入ってしまったのは、その子たちをかつての自分と同一視してしまってるのかな、とも感じた。
・一方で、「教育の枠にはめないと子どもと接することができない」という指摘。
いじめを受けた経験から、そのくらいの年代の子どもに対して無意識下で恐怖心を持っていたとしたら……
教師という職業を選択したことは酷にも思えます。
・最初のニコ生での配信授業は、コメント欄見るにおそらく大人ばかりの来場者だったろうし、非対面だから顔出しできていた。
でも、公民館での活動時は子どもと直に対面しなきゃいけないから魔法少女の仮面をつけることにした?
・日々の生活の中での気づきをメモに記し、いつかそれを曲にして子供たちに聴かせたいと言っていた山田さん。
でもその実、これは自分自身に対する励ましのための行為も含んでいたのでは?
公民館のマジカルレッスンで言っていた言葉たち。
「悔しさや失敗した時の気持ちは植物でいう根っこの部分。いつかきれいな花が咲く」「本当の魔法とは“真っすぐに生きること、人に優しくできること”」
これって、山田さんがそう思って生きてきて実践してることだよね。
その思いに共感を得ることができず子供たちがつまんなそうな顔してるんだからガックリもするよ……
教職を追われ、妻子に逃げられ、薄給で肉体労働の傍ら、細々とネットで授業をする日々。
これまでの苦しさに耐えて真っすぐ生きていれば、いつかは報われると信じている。というか信じないとやっていけなかったのではないか?
・教職復帰ならず、一度は絶望して無気力になった山田さんは再び魔法少女おじさんとしての活動を再開し、幼稚園の事務員として新たなスタートを切るが……
幼稚園での最後の映像。
山田さんは園児たちにずいぶん慕われている様子が声だけでも伝わってきた。
本人も楽しげにしているのに、どうして自死を選んだのか?
これね、山田さんずっとポジティブでい続けることに疲れてしまったのではないかと思うよ。
ゴールがどこかも分からずに、ずっと走らされてる。
自分の思い描いてる理想にいっこうに追いつけない現実に心折られてしまったのではないかな。
・魔法少女を辞めて普通のおじさんとして生きる人生もあったはずなのに、もはや魔法少女であることがアイデンティティになってしまい、仮面を脱ぐことができなくなっていたのでは?
「魔法少女おじさん」をやめたら、何もかも無くしてしまった「ただのおじさん」である現実を受け止めなくてはいけないから。
・子どもに勉強を教えるための“手段”でしかなかったはずの「魔法少女」が、いつしか山田さんを形成する一部となり、“「魔法少女」らしくポジティブに生きることを自らに課す”という呪いのようなものに変化してしまったのではないかな……
・無気力状態の山田さんに、三田監督が「子どもたちの前で、諦めてもいいよって言ってください(意訳)」って詰め寄ってたけど、それが意識の片隅にあって、幼稚園でのあの最期だったのかな……
「魔法少女おじさん」としてしか生きられなくなった山田さんは、その口で「諦める」とは言えなくなっていた。
「魔法少女」は諦めを口にすることはない存在だから。
だから「魔法少女」らしいポジティブ全開の歌に乗せて“行動”で意思を表明するしかなかった……?
・「子どもたち」のために良かれと思って空回って孤立していった善人が、最後は追い詰められて「子どもたち」の心に大きな傷跡を残していくことになる結末ってグロテスクよね。
……とか色々考えて、やるせない気持ちになりました。
モキュメンタリーだとわかってるのに、毎回登場人物の生き様に胸を打たれています。
次のTXQ FICTIONも楽しみにしていますよ〜!




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