なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 自分の身の丈を優に超す触手を操る、少女のカルト。いや、カルトの少女、が正しいか。

 壁にめり込んでいた触手の大波が逆再生のように戻り、ローブの中に消える。安直に次弾装填が完了したと考えておいた方がいい。本当は詠唱が必要だったり、二発目までに魔力回復やチャージが必要かもしれないが、舐めた動きをしたら一発で死ねる。

 

 彼女はカルトだが、弄んで殺せるほど低劣ではない。

 ローブの下に垣間見える簡素なシャツや薄い身体には、何の苦も無く刃を通せる。だが触手は問題だ。あれには刃が通らないと、試すまでも無く分かる。

 

 「っ──!」

 

 駆け出したのは半ば反射だった。

 警告をくれたのは、またしても智慧でも本能でもなく経験。外神の視座にも人間の基本性能にも検知できない、僅かな空気の揺らぎを、ミナとエレナとの戦闘経験に照らして判断した結果だ。

 

 その判断は間違っていなかったと、チャージも詠唱もなく撃ち出された二発目の触手を見て確信する。

 

 しかし──。

 

 「こいつ──ッ!」

 

 拍奪の歩法を止め、床を転がって触手を躱す。

 柔らかなカーペットが受け止めてくれた直後、寸前までフィリップがいた正確な位置を触手の波が通り過ぎた。

 

 相対位置認識欺瞞が効いていない……いや、カルトの視線は感じなかった。

 触手が召喚なのか置換なのかは不明だが、視覚に頼らない自律照準能力を持っているのは確定だ。

 

 転がった勢いを殺さず跳ね起き、剣を構える。

 殺すべきカルトに背を向けて。いま警戒すべきはそちらではない。

 

 数秒前には勢いのままに壁に突き刺さった鈍臭い触手は、もうそんな無様を晒さない。獲物が回避したことを認めた瞬間に減速し、その突端を180度近く旋回させて再び突進してくる。

 

 学習している。

 部屋の広さ、自分の速度、獲物の動きを把握している。見た目からして有機的だが、動き──行動までもが独立した生き物のようだ。

 

 悔しいことに、フィリップの──人間の学習力は、それに負けている。

 つい数秒前に実現してみせた奇跡的な技、百人斬りの受け流しは、今のフィリップの技量では何度も連続してできるものではない。

 

 再度の回避も再加速も間に合わないと判断して掲げた剣は、ぬめぬめして見える触手と激突し、激しく火花を散らした。

 

 「くっ……!」

 

 腕に伝わる強烈な振動に、歯を食いしばっても声が漏れる。

 受け流すことは出来ている。触手の先端はフィリップの頭蓋を砕くことなく通り過ぎ、使役者のカルトをも通り過ぎたところでまた旋回して止まった。

 

 剣も無事だ。鎬から腹にかけて痛々しい傷が入ってしまったが、表面が少し削れただけで、切れ味や耐久性に問題はない。王都に戻ればフレデリカが直してくれるだろう。

 

 だが戦局は楽観してもいられない。

 やはりあの触手、付与魔術と錬金術で龍骸を加工した剣よりも硬い。

 

 あれを戦闘中に斬るのは難しい。巻き藁のように突っ立っていてくれるなら話は別だが。

 

 どうするか。

 ペッパーボックスで本体を狙撃するのは一案だが、ここには人が多すぎる。夜闇の中ならともかく華々しいほど明るいカジノホールでは、最速のクイックドロウでも見られるだろう。

 

 まあ全員殺せばいいだけの話ではあるが、マフィアからもカルトからも情報を引き出せていない。

 それに……ハスターに頼っていいものか、まだ確証が得られていない。

 

 フィリップが次の行動を決めかねていると、黄衣の少女は再び触手を収納し、腕をだらりと下げた。

 

 薄い、と、フィリップは目を細める。

 少女の身体つきもそうだが、存在感が異常に希薄だ。まるでハンガーに吊られたローブのよう。敵対者が詰まっているという実感が無い。

 

 それもそのはずだ。

 彼女には敵意が無い。仲間を大量に殺したフィリップを、敵であると認めていない。

 

 あるのは純粋な殺意。

 敵意や憎悪の混ざらない、純粋な実行の意思。部屋に入るのに扉を開けるとか、肉を食べるのに切り分けるとか、目的達成のための一段階として殺すという意思だ。

 

 素晴らしい。

 武器を持った人間を前にして、そいつを全く意識しないなんてことが出来るのは強者の証だ。ミナのような。でなければフィリップのような異常者か。

 

 「……彼らを殺さないの?」

 

 小さく囁かれた問い。

 彼ら、という代名詞が示すものに即座に思い至らなかったフィリップは、眉を顰めて少女の視線を辿る。

 

 彼女が見ていたものは、バラバラにされながらも未だ息のある、しかし発話能力を奪われて転がっているカルトだ。

 

 「“彼ら”? あぁ……じき死ぬさ。苦しんでから、ね。他人事みたいに言ってるけど、勿論、君もだよ」

 

 虚勢を張る──というわけではない。

 相手がカルトである以上、その凄惨な死は約束されている。ナイ神父の言葉を借りるなら、フィリップの意思に基づく決定事項、というやつだ。

 

 こちらより強力な武器を持っていて、こちらの防御を掻い潜る技があるからといって、何も変わりはしない。

 

 「君は僕より強い。僕では君を殺せないくらいに。だったら僕は、僕よりも君よりも強いモノを呼び出そう。僕の中での最優先はお前たちの苦痛だけれど、それは最悪、僕の手で生み出すものでなくても……どうしようもないとか、でないと逃がしてしまうっていうなら、まあ、受け入れてもいい」

 

 本当に受け入れられているのか微妙に疑問だが、フィリップは自己暗示でもするように言う。

 ステラが聞いていたら苦笑でもしそうなセリフだったが、カルトの少女はフードの下で頷いたようだった。

 

 「そうだね。私の中の神様が、そう言ってる。貴方はとても弱いけれど、絶対に戦うべきじゃないって」

 

 フィリップは眉根を寄せ、目を細めて少女を眇める。

 

 「……ジョークとしては二点だね。百点中。君の中に神格はいないし、憑依させてるわけでもない」

 「いいえ。私の中に神様はいる。貴方には見えていないの?」

 「遺憾なことに視座が高くてね。小さすぎるものは見えないんだ。神様の名前を教えて貰ってもいいかな」

 

 明らかな嘲笑と共に挑発するフィリップだが、強ち嘘ではない。

 目の前の彼女は紛れもなく人間だし、神格が憑依しているわけでもない。妙に見知った気配こそすれど、神威は全く感じないのだから。

 

 そしてフィリップの感覚に狂いが無ければ、気配の主人はフィリップに敵対しない。何を考えてどういう行動原理で動くかは判然としないが、愚かでないことは確かだ。

 

 「教祖様は神様の名前を私たちにも隠している。呼ぶことは失礼に当たると」

 「あ、そう。名前も知らない神を信仰するなんて、本当に気色悪いね」

 

 笑顔で吐き捨てたフィリップに、少女は何故か首を傾げる。

 怒るなら分かるが、疑問を抱くような部分がどこかにあっただろうかと、フィリップも怪訝そうに眉根を寄せた。

 

 直後──。

 

 「突入! 一人たりとも生かして帰すな!」

 

 鎧と長剣で武装した一団が、カジノフロアのドアをブチ破って突入してきた。

 

 所属や目的の不明瞭な新手を面倒そうに眇めたフィリップだったが、すぐに味方だと分かった。

 彼らは健在なカルトを取り囲み、数で押し潰して倒していく。一人、また一人と、黄土色のローブを着たカルトを殺し、手負いのマフィアを庇って安全地帯へ移動させている。

 

 「十人長がいるぞ! 触手の魔術に警戒しろ!」

 

 鋭い指示の下、明らかに高度な訓練を受けた動きで、鎧姿の戦士たちがフィリップとカルトを取り囲む。

 フィリップがカルトの敵──敵の敵であることは見て分かるはずだが、幾つかの剣先はフィリップの背中を向いていた。

 

 正しい判断だ。現に、フィリップは敵の敵であっても味方ではないのだから。

 

 「……帰る。貴方に怪我をさせると不味そうだから、邪魔はしないで」

 

 少女は機械のように──或いは死人のように無感動な声で勧告する。

 邪魔をするなら今度こそ怪我をさせることになるという脅しは、ある程度の冷静さを取り戻したフィリップにはよく効いた。

 

 彼女は強い。

 あの触手は少女の視覚に頼らない自律照準が可能で、攪乱の歩法が効かない。その上、当たったらぐちゃぐちゃのバラバラになるであろう高威力だ。

 

 古龍の尾の一撃を思い出す。

 あれはキツかった。シルヴァとミナ、どちらかが居なければ死んでいた。

 

 そして今、ミナを呼ぶことは出来ない。シルヴァを戦闘に駆り出すのは信念に反する。盾扱いなんか論外だ。

 

 「……教祖の名前は?」

 「それも教えられていない。私たちの活動には必要のないことだから」

 「随分な秘密主義だね。それとも信用されていないのかな」

 

 機械じみているほど感情が表に出ない少女に、然したる効果が無いと分かっている挑発を投げる。

 いや……嘲笑と挑発で、フィリップは内心の怒りと憎悪を発散しているのだ。

 

 彼女はこの場では殺せない。カルトを一時とはいえ見逃してしまう。それも自分の意思ではなく、外部要因によって見逃さざるを得ない。

 

 それがなんとも腹立たしい。

 人間一匹殺すのに、こうも手間取ろうとは。

 

 奥歯を噛み締め、今にも斬りかかりそうなほどの怒気を放つフィリップだが、少女は相変わらずの無感動さだ。機械や人形じみているというより、自己保存則の欠落した死体のよう。

 

 「信用も信仰も、私たちの活動には必要ない。私たちはただ、アズール・ファミリーを一人残らず殺すだけ」

 

 少女は淡々と語る。

 しかし、なんでもないことのように語った内容は、フィリップの怒りを鎮めるほどのインパクトがあった。

 

 「……なんだって?」

 

 信仰が必要ない?

 アズール・ファミリーを殺すことが目的?

 

 それはおかしい。

 それはカルトという、信仰を主軸として形成された集団の根幹を否定する言葉だ。

 

 「君は……何なんだ?」

 

 フィリップが目的としていた、帝都に巣食うカルトではない?

 アズール・ファミリーと敵対している別組織なのだとしたら、少し厄介だ。標的が増える。

 

 こいつらが一般的にカルトと称される集団ではないにしろ、あの触手は間違いなく領域外魔術の産物だった。カルトというより「領域外魔術使い」とでも呼ぶべきなのかもしれないが、野放しにしてルキアやステラの目に触れさせたくはない。

 まあ帝都が平穏を保っている以上、大っぴらに動く手合いではないのだろうけれど。

 

 「私は『琥珀の眷属(アンバー・ファミリア)』十人長の四番セルベッド。教祖にはNo.4、或いは四号と呼ばれている」

 「……?」

 

 フィリップの問いに、彼女は素直に答える。

 その従順さも、答えの内容も、何もかもがフィリップに疑問を抱かせる。

 

 まず『琥珀の眷属』という名前は、ミュローの街でマフィアから聞いたカルトの名前と一致する。彼女は間違いなく、フィリップが虐殺目標としていた内の一人だ。

 十人長、というのが何を示すのかは判然としないが、概ね小隊長くらいの役職だと考えられる。これはまあいい。どうでもいい。

 

 彼女の言い方(アクセント)が、「十人長の四番、セルベッド」ではなく、「十人長の、四番セルベッド」だったことが気になる。単に無機質で無感動な声が聞き違わせたのでなければ。

 カノンが居れば培地(セルベッド)という言葉に心当たりもあっただろうし、それが人間の個体名ではないことも分かっただろうが。

 

 「貴方は怖い。私の中の神様が怯えている。だから、もう現れないで」

 「……」

 

 言って、少女は再び触手の槍を撃ち出し、カジノフロアの出口を遮る位置にいたマフィアを血煙に変え、素早い身のこなしで逃げ去る。

 鎧を纏った数人がその後を追ったが、すぐに階段を転げ落ちて戻ってきた。原型を留めているし起き上がっているので、単に突き落とされたか、触手の槍を避けたときに足を滑らせたか。

 

 フィリップは彼らを飛び越えて少女を追ったが、地上階の高級酒場を通り、道に出たとき、周りには誰も居なかった。

 酒場にも客は一人もおらず、店員の姿も見当たらない。かなり遅い時間だけあって道も暗く、繁華街でも営業を終えた店が多いくらいだ。だがカジノにあれだけの人が居て、上階の酒場が伽藍洞というのは流石に不自然だ。

 

 「事前に人払いをしたのか。……クソ、思ったより厄介だな」

 

 カルトは見つかれば即座に処刑される以上、基本的には隠密行動に徹する。地下に潜り、影に潜み、暗躍する。そしてじわじわと教えを広め、信徒を増やしていく。

 

 だが、『琥珀の眷属』は一般の範疇外らしい。

 一個組織を潰すことを目的とした襲撃に、あの戦闘能力。人除けをした上での攻撃と、劣勢と見るや迅速に撤退する判断。かなり戦闘に慣れているのは間違いない。

 

 しかもマフィア側の反応を見るに、あのレベルの襲撃は初めてでは無さそう……もしかしたら日常的なものかもしれない。

 

 連中は宗教家の集団なんかじゃない、まるきりテロリストだ。

 

 何か大掛かりな儀式のために人を殺している風でも無く、アズール・ファミリーを殺すこと自体が目的だとまで言っていた。

 

 フィリップは数秒ほどその場で思考し、結局、カジノフロアへの階段を降りることにした。

 怒気や殺意や諦観や、色々な感情を、吐き出した長く重い溜息一つに乗せて。

 

 

 

 

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