なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
シナリオ20 『それは “呪い”か?』 開始です
必須技能はありませんが、高い魔術能力と知識の保有、またはそれを有する同行者の存在は強く推奨されます。
推奨技能は各種戦闘系技能、調査系技能です。
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ある日の昼下がり。
気怠い夏の空気のなか、フィリップは高級そうなアンティークのティーテーブルに着き、漸く慣れてきた高い茶葉と茶菓子に舌鼓を打っていた。
部屋は単に室内であるという理由だけではない、不自然ながら快適な室温に保たれている。
「カール殿下から聞いてるよ。最近、すごく充実しているみたいだね」
フィリップの正面に掛けたこの家の主、フレデリカが我が事のように嬉しそうに言う。フィリップは一瞬だけ、彼女の交友関係を意外に思ってしまった。侯爵家の跡取りであり、救国の賢者と称される彼女が王子と親密でも、何らおかしなことは無いというのに。
「はい、お陰様で。先輩が作ってくれたフリントロックも重宝しています」
冗談めかして上機嫌に、しかしリップサービス抜きで心の底から、フィリップは「お世話になっております」と頭を下げた。
漁村での一件から数か月。
冒険者パーティー“エレナと愉快な仲間たち”はC級の依頼を片手間に、カール王子から持ち込まれる高難易度の依頼を複数回こなし、着実に実績を積んでいる。彼が報酬として開示してくれたカルトを、フィリップ個人が狩って回ることも、パーティー内で認められてきた。
勿論、その大半は魔王や悪魔を崇拝するありがちで蒙昧なもので、偶にフィリップが手を下すまでもない自然な信仰まで混じっていた。この世のカルトは大抵そんなものだし、特に期待外れではなかったのだが、一度だけ“啓蒙宣教師会”の絡んだ本物がいた。
彼らの末路は、まあ、語るまでも無いだろう。フィリップは彼らとの遭遇をとてもとても喜んだ。
特に普段の依頼の中で予期せぬ人死にや人類領域外の存在との邂逅があったりもせず、フレデリカの言葉通り、この数か月はとても充実していた。
「そんな君に、私からも一つ依頼だ。実質無報酬、非公式だから実績にもならない。どうかな?」
「なんでやる気を削ぎにかかるんですか。先輩の困りごとなら、タダでもしんどくっても力になります」
フリントロック・ピストルの整備や弾薬の補給だけでなく、蛇腹剣『
勿論その都度報酬は支払っているが、それも殆ど材料費くらいだったし、恩を返す機会があるなら是非にといったところだった。
「……嬉しい言葉だけど、安請け合いは頂けないな。勿論、君を安く買うつもりはないけれどね」
言って、フレデリカは一度席を立ち、両手サイズの木箱を持って戻ってきた。
彼女は少しだけ勿体ぶった手つきで蓋を開け、中を見せる。
緩衝材に包まれた中身は、どうやらフリントロック・ピストルの親戚だ。握把の部分以外が金属で、銃身部が倍近く太くなっている。しかし許可を得て持ち上げてみると、重さは少し増した程度だ。
「……これは?」
「フリントロック・ピストルの改良……いや、改造版、だね。その試作品だ。ふと思いついて作ってみたはいいものの、私には実戦下での使い勝手がよく分からなくってね。君にはそれをテストして、レポートしてほしい。気に入ったのならそのまま使ってくれていいよ」
改良ではなく改造と言い直したことに、フィリップは多少の疑問を持つ。
しかしそれより、もっと大きい疑問点があった。
「それは構いませんけど……どうしてこれを? 先輩も冒険者になるってわけじゃないですよね?」
フリントロック・ピストルは過去に彼女が言った通り、
投石紐より扱いが簡単で狙いが付けやすく、習熟すれば1秒以下で攻撃でき、携行性と奇襲性に極めて優れているが……突き詰めれば、ただの発射装置でしかない。フィリップが思いつく使い方は、人を殺すか魔物を殺すか獣を殺すか、後は物を壊すくらい。
錬金術や薬学、医学に使える類の道具ではないだろう。
「勿論。道楽で冒険者の真似事をする貴族は偶にいるけれど、大抵は怪我をするか、怖い目に遭って止めるからね。それに、私はそこまで暇じゃない。ただ……私たちのような学徒、研究の徒は、良くない癖があるんだ。仮説検証癖……思いついたら確かめてみたくなる、という悪癖がね」
「あはは……」
過去、フレデリカが王宮の宝物庫に納められていた龍の心臓を、発明品の試作機に使った挙句「じゃあ本番なのでもう一個下さい」と言いに来た──なんていう逸話をステラから聞いたことを思い出し、フィリップは苦笑するほか無かった。
尤も、そのお陰で“眠り病”は早期に解決でき、この国のみならず大多数の魔術師が救われたわけだが。
「じゃあ、仕様説明に移るよ。基本的な操作方法はフリントロック・ピストルと同じで、先端から火薬と弾を込めて、トリガーを引くと撃鉄が落ち、火打石が火種を作る。そして発射だ」
「えっと……どれが銃口ですか?」
言われて、いつもフリントロック・ピストルに弾を込めるときのように銃口側を上向けにして持ったフィリップだったが、銃口らしき穴が六つ、円形に並んでいるのを見て眉根を寄せた。
「全部だよ。それが今回の変更点その1で、最大の変更点だ。
戦士ではなく研究者の、謂わば机上論的な思考であることは自覚しているのか、語るフレデリカの声には僅かながら不安感がある。
だが問題ない。
フリントロック・ピストル最大の弱点は、その装填速度の遅さだ。特に「これを見たものは必ず殺さなくてはならない」という縛りがある現状で、一撃外した場合の不利は凄まじい。フィリップは蛇腹剣や領域外魔術、最悪の場合でも邪神召喚と他に手札があるから、その弱点を無視できているだけだ。
いや、他に手札があったから、これを持ち歩いているというべきか。これ一本で戦うことを、端から想定していないから。
しかし六連射できるのであれば、或いはこれ一丁でも十分に戦えるかもしれない。勿論、相手との距離や武装にもよるけれど。
「引き金を引くと、その丸い部分が回転するんだ。複数の銃身は回転することで順番に射撃位置に付き、順番に発射される。弾は入っていないから、動きだけ試してみて」
フレデリカの言葉に素直に従うと、装填されていないそれは金属的な動作音を立てながら、銃身部が段階的に回転する。さながら
引き金に連動して撃鉄が動くダブルアクション。
自分の手で撃鉄を起こしてからでなければ引き金を引いても意味が無かったフリントロック・ピストルとは、それだけで連射性能に差がある。
「凄いですね……。あれ? 導火薬はどこに?」
フリントロック・ピストルは銃身内部、薬室の炸薬に、銃の外側にある火皿へ注いだ導火薬を使って点火する。
しかしこれには、その火皿にあたる部分が見当たらない。
「それが変更点その2。調合を少し変えて、火打ち石の火種から直接着火できる反応性の高い火薬にした。撃鉄の真下にある穴から、炸薬へ直接火種を落とすようになっている」
撃鉄を起こして覗いてみると、確かに、銃身部に穴が開いている。
射撃順以外の銃身の開口部は銃自体の構造で蓋がされるようだが、そのせいでパーツ同士の噛み合わせがかなりタイトだ。日々のメンテナンスを怠れば、途端に主人に牙を剥くだろうと察せられた。
「ただ、撃鉄位置の関係で照星と照門を付けられなかったんだ。殆ど狙わずに撃っているって聞いたから、問題ないかと思ったんだけど……どうかな?」
使用者のことをよく理解していると、フィリップは賞賛の意を込めて「大丈夫です」と応じる。フレデリカは「良かった」と頷きを返すが、まだ不安点があるのか、笑顔は微妙に硬かった。
「それから……これは変更に伴って生まれた
「かもしれない?」
妙な言い方だと首を傾げるフィリップ。
弾丸の大きさはつまり、破壊範囲と同義だ。そして破壊範囲が大きい方が、勿論、威力は大きい。弾丸が小さくなったのなら威力は下がるはずだ。
そんな疑問を顔に明記したフィリップに、フレデリカは説明を重ねる。
「連装化したことで熱伝導による暴発の危険や、暴発時の安全性に難があったんだけど、解決策を考えているとちょっと楽しくなっちゃって……フレームに最高級の錬金金属を使ったからね。火薬の威力も上げられたから、爆発の威力自体はむしろ上がっている。金属板標的への貫通性能は以前と同等なのだけれど……」
「生物相手へのダメージ……破壊範囲はどうしても小さくなる。なるほど、その変化が実戦下でどう影響するか、それを確かめればいいんですね」
漸く手の内の代物の性能に大方の想像がついたフィリップは、どんな結果になるのか想像を巡らせながら言う。
弾丸サイズは半分ほどまで下がり、重量も比例している。しかし炸薬の威力が上がったことで貫通能力は据え置き、連射性能は大幅に向上。
極論、どんな状況からでも一撃で脳幹部をブチ抜けるなら、六人連続で殺せるこちらの方が有用だ。
しかし勿論、戦闘とはそこまで単純な局面ばかりではない。敵に背を向けた馬鹿を守るため、敵の動きを素早く確実に止めるとき、クイックドロウで脳幹を狙う余裕なんてない。最速のドロウレスで胴体のどこかに当てる。
フリントロック・ピストルの口径であれば、胴体に当てればゾ・トゥルミ=ゴが倒れるくらいの
「連射性というメリットが単発威力の低下というデメリットを上回るか……。いや、キミが使う上で、どちらがより役立つか。それを確認してほしい」
「でも、僕の戦闘スタイルってかなり……あぁ、いや、そうですね」
かなり特異な戦形をしている自覚のあるフィリップは、果たして意味のあるレポートになるのかと疑問を抱くが、それはすぐに霧散した。
「うん。この武器を使うのはキミだけだ。念のために再確認しておくけれど、この武器のこと、仕組みや入手方法、製造者、その他全ての情報は絶対に秘匿するんだよ」
「はい、勿論。ルキアも殿下も、勿論先輩のことも、守りたいですから」
銃器という、仕組み自体は極めて簡易でありながら、奇襲性と携行性に優れた武器──暗器。
その蔓延が社会へ与える影響、いや悪影響を及ぼす可能性を、フィリップはフレデリカにしっかりと教わっている。そしてステラも、その危険性には同意していた。
それだけで、フィリップがこの武器の秘匿に全力を尽くすには十分だ。
「分かってくれているならいいさ。あぁ、そうだ、これも見て欲しいな」
フレデリカはもう一度立ち上がり、今度は一枚の紙を持って戻ってきた。
何も書かれていない真っ白な、王都製の錬金紙に見える。王都外なら珍しいが王都内ではそれほどでもないし、フレデリカのような優れた錬金術師にしてみれば手慰みにもならない製品だろう。
「えっと……紙、ですか? 薄いし、白くて綺麗ですね……?」
「そう、紙だよ。ただし、成分が違う。これは言うなれば、紙状の火薬……あぁいや、そう警戒しないでいいよ。流石に火種も無く爆発したりしないし、単純に燃えやすくて、燃やしたときに灰や煤が出ないってだけだから」
片手で適当に、普段メモやプリントを取るときのように持ち上げようとしたフィリップは、火薬と聞いて両手で、そして慎重に取り上げた。
その様子が可笑しかったのかクスクスと笑うフレデリカだが、その笑みも相俟って揶揄われているようにも思える。そのくらい、何の変哲もない紙だ。
「連射性の向上に、別方向からアプローチ出来るんじゃないかと思ってね」