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漫画家に原稿料を払って連載する原作者もいる

こんにちは。ダ・ヴィンチ・恐山と申します。

ふだんはオモコロというメディアで編集やライティングをしたり動画出演をしたりしています。品田遊という名前で小説を書いたりもしています。


現在はネット記事や動画がメインの活動場所なのですが、私の仕事のルーツをたどると「マンガ」に行き着きます。

2011年、『くーろんず』というマンガをガンガン系列の雑誌で連載していました。

といっても私は絵がそんなうまくないです。絵で食っていこうと思ったこともありません。

にもかかわらず連載ができたのは、当時発売されたばかりの漫画制作ソフトである「コミPo!」を駆使していたからです。


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3Dモデルをはっつけるだけでマンガになる、革命的なやつですね。あんま流行んなかったけど……。絵を描かずにマンガを連載するという、けっこう異例なことをやっていました。

そして、全2巻で打ち切りになりました。

最終回までが収録された3巻が刊行されることもなく終了です。未完のまま放り出されるパターンは異例なので、よほど売れてなかったんだと思います。原稿の元データや掲載誌も紛失したため、2巻よりあとに何を書いていたのか、もう私にもわかりません。


あえなく打ち切られたものの、当時の担当編集者には「話は面白いのが書ける気がするから、原作者として何かやろう」と言っていただけました。そこから新連載の案を練る日々が始まります。2014年ごろです。

……が、制作は難航します。素敵な絵を描かれる作画担当の方を見つけていただき、読み切りを掲載するところまではいけたのですが、アンケート結果は芳しくなく、連載は難しいという結論に。そうこうしている間に担当編集者が別の出版社に転職。私も一緒についていく形になるも、その雑誌でも連載まではこぎつけられませんでした。

さらに1年後、担当編集者がさらに別の出版社に転職します。新進気鋭のスマホコミック専門誌でした。いろいろ原作案を考えたんですが、そこでも連載はとれず。

そして2018年ごろ、連載どころか担当編集者との連絡がとれなくなりました。完全に音信不通です。結果の出せない時間が長すぎるし、私も全然ちゃんと連絡を返せない人間だったので仕方ないと思います。


2018年以降も複数の出版社からお声かけをいただき、連載を目指していたりもしたのですが、いずれもまったく形になりませんでした。すでに小説を書いたり就職したりして他の活動自体はしていたので、生活は成り立っていたのですが。

2019年。何も形にならず。

2020年。何も形にならず。


そして2021年。

いまだ何も形になっていませんでした。


さすがに少ししんどいな……と思いました。


連載が打ち切りになったのが2014年なので、かれこれ7年間くらい、マンガ原作の案を考えては没になるサイクルを繰り返していることになります。

どうしてこんなにうまくいかないんだろう。

原因を考えたとき、大きく2つの理由に思い当たりました。


1つめは、掲載までに立ち塞がるハードル問題です。

商業誌におけるマンガ連載というものは、いきなり始められるものではありません。複数の関門が立ち塞がります。

まず、担当編集者という関門があります。彼が「面白い。これは売れそうだ」と判断してくれなければ話にならないわけです。

次に、編集会議という関門です。多くのマンガ編集部では、連載作品のラインナップをどうするかという会議が行われており、編集長がその判断を統括しています。これは担当編集者ひとりの意志決定とは別にある基準です。

つまり、担当編集者が「良い」と言っても、編集会議を通らなければ(編集長が首を縦に振らなければ)連載にはならないのです。

担当編集者が「これはいいですね! いけますよ!」と太鼓判を押してくれた数日後、「編集長が『イマイチ』とのことで……」と、肩を落として報告してくる。そんなことが日常茶飯事なわけです。直接関わることのない人の好みに合否が左右されるというのは、ダメ出しが妥当でも気分的にはなかなかしんどいものです。


うまくいかなかった理由の2つめが、だんだんと冷めていく「熱」問題です。

企画を出しても担当編集者や編集長に刺さらなかったとき、企画を微調整して再挑戦しようという流れになります。ただ、それが繰り返されると、最初に思い描いていたイメージから徐々にかけ離れて、やがて別物になっていくんですね。

編集者からの「もっとサスペンスが欲しい」とか「キャラクターを魅力的にしたい」といった指摘そのものはもっともに感じるんです。素直に従おうとするのですが、何度も何度も直しているうちに「あれ? 自分はこのアイデアの何を面白いと思ってたんだっけ……」と冷静になってしまう瞬間が来ます。

さらに、試行錯誤の時間が長引くと、メンツや媒体の入れ替わりが発生します。編集長が交代したり、担当編集者が退職して交代したり、雑誌が潰れたり新創刊したり……。そうなると、これまではOKだったものが一転して「雑誌のカラーに合わない」といった理由でダメになってふりだしに戻ります。

そのうち、当初はあった「熱」が、徐々に徐々に冷えていきます。いつのまにか、企画も「成立はしているけれど、なんかグッとこない」ものになっています。そして、得てしてそんな作品は客観的にも魅力に欠けます。

そうなると自分のモチベーションもどんどん下がっていってしまうんですね。おのずと企画提出は後回しになり、すでに回っている生活への対応が優先され、新しいプロジェクトそのものがうやむやになっていく。

そんな流れで私は、試行錯誤が長引いてグダグダになる悪循環にハマっていました。

一応言っておくと、編集部の対応が理不尽だとは全く思いません。商業連載をするなら普通のことです。当然、責任は私にも大いにあります。もっと説得力のある企画を出すことができていれば結果は違っていたはずですし。クリエイターはすぐ編集者を悪者にするという偏見を持っている人は認識を改めてください!

ただ段々と、小ハードルを連続飛びしながら微調整を入れていくサイクルがどうにも気質に合わない気はしてきました。なにより、何年かけようがボツになったら何も世の中に出せないという事実が無力感を苛みます。Twitterの「いいね」による即時的ドーパミン中毒になっている私にはキツい構造です。


そしてある日、ふと思いました。

もう商業連載を目指すのはやめよう。

勝手にやろう。


考えてみれば、マンガ連載というのは別に商業誌の専売特許でも何でもありません。継続的にマンガを発表することが「連載」なのであれば、継続的にマンガを発表さえすれば誰でも連載できるはずです。

そう気づいたきっかけのマンガがあります。


ちいかわです。

ちいかわはいま日本一売れているキャラクターコミックですが(調べてないけど絶対そうだと思う)、元をたどればナガノ先生によるTwitter上の自主連載マンガであり、出版社は絡んでいません。なんなら今だって一貫して「描けたら載せる」という形で勝手に連載されている作品です。

ネット上で勝手に載せる分には、誰の判断を伺う必要もなく連載ができる。当たり前の事実に今さら気づきました。しかし、私は今のところ原作としてマンガをやってみたい。そうなると作画をどうするか、という問題が出てきます。


……自分が原稿料を払えばいいのか。


と、気がつきました。作画担当の方に私から原稿料を払えば、好きな内容でマンガ連載ができます。お財布事情的には月に数十ページとかだと破産しそうですが、数ページならどうにかなりそうです。

この旨をそれとなくネット上に書いてみたところ、ありがたいことに複数の漫画家さんの方々から応募を頂きました。その中でも特に企画に合いそうな絵柄の作家さんと話を進め、「勝手なマンガ連載」が現実化していきます。

お互いのスケジュールを確認し、だいたい週に1ページくらいのペースで連載をすることに決まりました。

こうして2021年末、マンガ『そういう人もいる』の連載が(勝手に)始まります。作画は漫画家の南十字明日菜先生。


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私が描いたこういうへちょへちょしたネームが


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意図を完璧に汲んだうえで魅力的な作画になっている……。と感動しました。


『そういう人もいる』は、だいたい1ページ完結の日常ショートコミック。三角田美澄みすみだみすみ幾翔いくとという夫婦の生活を描いたフィクションです。なんの説明もなくいきなり連載を始めたのでフォロワーは困惑していました。

ロールモデルにしていたのは、やはり「ちいかわ」でした。

ちいかわは、誰も何も説明していないのにいつのまにか「いるもの」として受け入れられていたのが新しく、面白いなと思っていました。また、毎話最後に「終」と書いて終わるブツ切り感も良い。自分なりにそのスタイルを換骨奪胎しようと試み、特に何の説明もなく載せていく形式にしました。


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内容については、当初から「あるあるの向こう側」を個人的なキーワードにしていました。Twitter(現X)では、人の共感を集めるようなネタが評価を集めやすい傾向があるのですが、このマンガでもそういうポップなモチーフを扱って、一見するとエッセイのような内容にしつつ、だんだんその枠組みから外れた変なところまで実感を持って描写できないかな……いろんな人がいるわけだし……という思惑です。

そんな考えもあり、タイトルを『そういう人もいる』にしました。『ハンバーガーちゃん絵日記』みたいな、体験をキャラに仮託したSNS的なエッセイマンガも好きで読んでいたので、そういうスタイルを踏襲しつつ、より境界線の曖昧なフィクションのイメージです。


ありがたいことに、マンガは想像以上に拡散しました。回によっては数千以上リツイートされたような、いわゆる「バズった」ものも結構あります。


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(この回は、リプライや引用でこの人がたくさん怒られました)


ただ、マネタイズについては一切何も考えていませんでした。毎月、原稿料ぶんのお金が飛んでいくだけです。

しかしそのぶん「もっとバズる内容にしよう」みたいなことを考えなくて済みました。自分が勝手にやっていることなんだから何をやっても勝手だ、と傲慢に連載していました。

そもそもマンガを連載しようと思った理由が「なんか、やってみたいから」以上のものではありません。これは無欲というより失敗から学習した結果の行動だと思います。商業的に売れようと思うと「売れそうかどうか」を基準に作品をつくらねばならず、私はまさにその制約によって気勢を削がれてきたのです。「なんかわからんが、損しながら謎にマンガを連載している」くらいでちょうどいいと思っていました。


連載は、私の個人的事情による休載を挟みながら約3年ほど続きました。話数はおよそ80話ほどになります。

そして2024年、講談社の編集者さんから『そういう人もいる』を商業連載しないか、と持ちかけられました。もともとその人とは別の企画を進めていたのですが、例によって私がうまく形にできず、水面下で案をこねくりまわして難儀していた矢先のことでした。「もうできてるやつあるじゃないですか」と言ってくれたのです。

いろいろ考えた末、承諾することにしました。これまでの通らなかった連載企画と違い、この作品はすでに数十話の蓄積があります。コンセプトが変形することもなく連載を始められるのは大きな魅力です。また、単行本になれば物質的に残るし、より多くの人に読んでもらえるでしょう。なにより、打ち切られたとてまた「勝手連載」に戻ればいいのです。

結果論ではありますが、お金を使って勝手にやっていたからこそ得られた機会だな~と思いました。原稿料も出るし。

(余談ですが、単行本の打ち合わせで初めて作画の南十字先生と顔合わせをしました。これまでは対面はおろか通話すらせずに作業をしていました)


というわけで現在『そういう人もいる』はツイシリというウェブマンガ雑誌上に移籍する形で連載中です。

正直「勝手にマンガを連載する」というスタイルは、セルフプロモーションが主流になった現在ではそう珍しくもないです。とはいえ、多くはマンガを描ける人が自分の時間と手間を費やしてやっている手法で、原作者になりたい人で同じ事をやっている人は比較的少ないイメージがあります。

でも、好きなクリエイターにお金を支払って勝手に作品を発表するの、プロじゃなくても趣味としてオススメですよ、と伝えてみたくてこの記事を書きました。

メリットはいくつもあります。周囲の都合に関係なく、自分の意志だけで作品が形にできること。それによって、構想段階を超えて自分の強みと限界が明確にわかるようになること。商業化を狙うなら、完成品がそのまま自分自身を売り込むための実績になります。何より、見たかったものが形になって残ることが一番直接的かつ大きなメリットです。デメリットはお金がなくなることですが。

でも、最終的に商業化を狙うかどうかはどうでもよくて、それ自体が趣味のひとつとして面白いのではないでしょうか。たとえばマンガなら、月に1ページだけ発注するとかなら、不可能でもないと思います。「お金のかかる趣味」としての「発注」。オススメです。少なくとも私は、やってよかったなー、と感じています。そういう人もいます。



ところで、勝手な連載でなくなったということは、商業的な都合もちゃんと考えなければならない、ということでもあります。これからは出版社にも利益をもたらさなければなりません。

そこで宣伝をします。


7月30日に、『そういう人もいる』単行本の1巻が発売されます。

全ページの半分が原作者によるおまけページという割と思い切った形式になっています。ぜひお買い求めください。


南十字先生の新しい絵を見るたび「作画をお願いして本当によかった……」と思う。

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コメント

11
ネコネコノベル
ネコネコノベル

そういった方法があるのですね。
参考になりました。

wawawa
wawawa

この方法は今の時代、めちゃくちゃ正解だと思う。個人で作品を発表する手段のない時代にできた雑誌と編集部という仕組みに上流から乗っかり切る必要ってあんまなくて、先に結果を出して宣伝と印刷と流通に協力してもらうくらいの小ささがちょうどいい気がする。

増子勝
増子勝

すごいですね。古典研究家あがさクリスマス

大口むにゃむにゃ
大口むにゃむにゃ

すごい。おれもやってみます。

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漫画家に原稿料を払って連載する原作者もいる|品田遊(ダ・ヴィンチ・恐山)
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