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1985年に著名人が「未来」予測していた2010年を、2025年に「過去」として顧みる

40年前の東スポを見ていたら、興味深い記事を見つけてしまいました。今となってはもう過去になってしまった2010年の未来を予測するという企画で、著名人25人もそうそうたるメンバー。既に鬼籍に入られた方(※名前の横に★マーク)もいますが、予想がどう合致してどう外れたのか私が〝未来人〟の目線で検証してみたら……やっぱりその道のプロはさすがの慧眼でした。

まとめているうちに膨大になってしまいましたが、興味があるところだけ読むでOK。お時間ある方はぜひ関連記事や動画までご覧ください。(東スポnote編集長・森中航)

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1985年4月2日付の東京スポーツ

25年後を描いた『2010年』(ピーター・ハイアムズ監督)という映画がヒット中だ。素晴らしい希望がふくらんでいるように思える未来社会は、実際はどうなっているのだろうか? 折しも『科学万博つくば’85』も開催中――4月1日、東京スポーツ新聞社が創刊25周年を迎えたことにちなみ、各界の有名人25人に登場願っての特別企画をお届けしよう。題して「25年後の2010年を各界の25人が占う」。(敬称略)

プロレス・格闘技

ジャイアント馬場(全日本プロレス会長)★

これからはしっかりとした組織作りがされていく時期だと思う。21世紀のプロレスがどうなっていくかは私を含めたプロレス経営者の肩にかかっている。そのころは鶴田、天龍、藤波のあとに続く世代の時代になる。そのためにも我々は新しいしっかりとしたプロレスの組織作りに真剣に取り組まなければ…。

馬場さんは99年1月に死去。2000年に全日本プロレスの主力だった三沢光晴らが離脱してプロレスリング・ノアを立ち上げて、プロレス史に残る分裂劇が起きました。2002年に新日本プロレスを退団した武藤敬司が全日本の代表取締役社長に就任したのはびっくりでしたね。その後も秋山準が社長になったり、経営体制にいろいろと変化はありましたが、1972年に誕生した全日本プロレスは今なお〝王道プロレス〟でファンを魅了し続けています。

山下泰裕(柔道世界王者)

21世紀までにオリンピックは3回開催されますが、日本選手が世界で勝つことがますます厳しくなります。今までの技で力に対抗する柔道は通用しなくなりますから体力が必要です。柔道界自体もいま内紛が続いていますが、収まって一致団結してもらいたいですね。21世紀には西欧圏と共産圏がともに努力して五輪開催が可能でしょう。僕は52歳ですか? 柔道界がいい方向になるように、現場で働いていますよ。

1984年のロサンゼルス五輪で金メダルを獲得した山下さんはケガによって、この記事が出た翌月(85年6月)に28歳の若さで現役引退。その後はまさに有言実行で、国際柔道連盟の理事に就任したり、全柔連の強化委員長や会長など日本柔道界のために尽力されました。JOC会長として東京五輪の組織委員会副会長としてもたびたびニュースに登場したので若い人でも顔を知っている人は多いのでは。

北の湖敏満(大相撲元横綱)★

間近に迫った21世紀、経済が発展し文化が盛んになれば、それだけ国技・大相撲の存在はより大きな意味を持ってくるはず。今年は本格的にアメリカにも進出する大相撲、あと15年もすれば世界中から力士が日本に押しかけることになるかもしれないね。その中で国技を守り抜くことこそ、私たちの使命になってくるが……どんな天変地異が起こっても伝統社会を守りたい。

北の湖さんは2015年11月に死去。大相撲は90年代にアメリカ・ハワイ出身の曙や武蔵丸など外国人横綱が誕生しました。なかでもモンゴル出身の力士の活躍は目覚ましく、これまでに朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜、照ノ富士、豊昇龍の5人が横綱に。2000年代にはブルガリア出身の琴欧州やエストニア出身の把瑠都、ジョージア出身の臥牙丸などヨーロッパからやってくる力士も増え、大相撲の国際化を予見していたのはさすがです。

渡辺二郎(ボクシング世界王者)

ボクシングはスポーツの原点です。21世紀になっても古代からやってるどつき合いに変化はないですわ。科学が進歩するにつれ、社会全体が豊かになり、ハングリー精神も失われがちやけど、逆にそんな時代やからこそ、ファンのみなさんも壮絶などつき合いに魅力を感じる。ボクシングはその進歩に反比例して原点の拳闘に近づくと思いますわ。医学も進み、いろんな事故やケガも阻止できますやろ。

生涯戦績は28戦26勝18KO2敗でボクサーとして華々しいキャリアを積みましたが、91年の現役引退後は複数の事件を起こすなどして世間を騒がせることに…。それはさておき、どつき合いに魅力を感じる人が出てくるという未来予測は、昨今の素人格闘技イベントの人気を考えるとあながち間違っていないのかもしれませんね…。

山田重雄(バレー日立監督)★

我々の苦労が実って、日本バレーの黄金時代が到来してほしいですネ。女子は宮島や中田が女子日本バレーの監督や強化委員長を務め、パワー、身長とも外人や男子に負けぬ選手達が出ている。作戦コンピューターを駆使しての情報戦になっているかもしれないな。とにかく25年後には科学とスポーツのドッキングの時代になってるだろう。

1998年に66歳で死去。生前の功績が称えられ、2006年にバレーボール殿堂入りしています。山田監督の予想通り、教え子の中田久美は2016~2021年の間、バレーボール女子日本代表の監督になりました。

岡本綾子(プロゴルファー)

21世紀になったら趣味でゴルフはしているでしょうけど、商売でゴルフはしてないでしょうね。そうねえ、きっと農業でもしてるんじゃないかしら。でも女子プロ界は賞金が高くなって選手達はいい暮らししていると思うわ、きっと。今はツアーのことで頭がいっぱいでそんな先のことはよく考えられない。本当、どうなるんでしょうねえ……。

1987年には、アメリカ人以外で史上初のLPGAツアー賞金女王になった岡本綾子さん。米国女子ツアーにおける日本人優勝者は20人にいますが、岡本さんの優勝回数17回を超える選手はいまだに現れていません。指導者や解説者としても活躍する傍ら、2008年からふるさとの広島県で農業も楽しんでいるそうです。

中島常幸(プロゴルファー)

社会的には今の時代よりも、いろいろな面で不安になっているんじゃないの。僕個人としては現役からは退いていると思うね。自分は特にニュースメディアに興味を持っているから、きっとそこで活躍しているんじゃないかな。例えば、解説者とか評論家とかでね。それから、歌も好きだから、レコードを出しているかも。講演なんかもやりたいね。

85年当時は本名の「中島」でしたが、のちに登録名を「中嶋常幸」に変更されているので、こちらの表記のほうが一般的かもしれません。2018年度に日本プロゴルフ殿堂入り。22、23年賞金女王になった山下美夢有の師匠として知られています。レコードを出したかはわかりませんでした(笑)。

谷川浩司(将棋名人)

25年後といえば私は47歳、大山15世名人が中原名人に名人を奪われたのが48歳の時。私もその年齢までは棋界の最高峰(名人位)を堅持していたい。世はコンピューター時代。将棋に関してはまだコンピューターはアマチュアの実力だが、25年後には奨励会員の実力までは追いつくと思う。が、それ以上はせいぜい香一枚強くなるかどうか、といったところだろう。

谷川さんも十七世名人を獲得するのですが、将棋界にはこのあと羽生善治(1985年プロ入り)と藤井聡太(2016年プロ入り)という2人の天才が現れました。ちなみに2010年に名人のタイトルを保持していたのは羽生さんです。一方でコンピューターは2000年代になると急速に強くなり、2010年にはほぼプロ棋士と互角の実力に。今ではAI研究が欠かせないジャンルになっています。

プロ野球

王貞治(プロ野球巨人監督)

ボク個人としては、868本(通算本塁打世界記録)は破られたくない。しかし、破る選手が出現したほうが野球界にとってプラス。21世紀のプロ野球は厳しくなる。全く新しいスポーツが誕生するし、大リーグ技術が導入され、手作りで選手を育てることが難しくなる。その時、自分の努力で自分だけのものをつかんだ選手が評価される。

王さんの記録は2025年になっても破られていませんが、95年の野茂英雄を皮切りに日本人がメジャーリーガーになることは、2010年時点でも珍しくなりました。2018年に海を渡った大谷翔平が〝自分の努力で自分だけのものをつかんだ選手〟として、MLBでも二刀流というとんでもない偉業を見せてくれていると思うと、感慨深いですね。

中畑清(プロ野球選手会長)

選手会長としてプロ野球21世紀は〝夢を売る〟こと。一流選手は一般の人が夢に見るような豪邸に住まなきゃ。そのためには給料がもっともっと高くならなければダメよ。具体的には10年選手制度の復活とか複数年契約とかいろいろある。その夢を21世紀の子供たちにも与えたい。

プロ野球選手の平均年俸は86年に1000万円を超え、94年に2000万円台、98年に3000万円台へと上昇しました。 その後はほぼ横ばいだったが、2020年には4000万円となっています。1億プレーヤーが増えたという意味では中畑さんの予言は当たっていますね。

高田繁(プロ野球日本ハム監督)

フランチャイズの再編成が進むだろうね。今のように大都市にチームが集中していては、観客動員も苦しくなる。特にパ・リーグは新天地を求める必要があると思う。札幌に本拠地を移すチームが出てくるんじゃないかな。気候的な面はドーム球場建設でクリアできるし、東京からの移動も飛行機なら1時間程度ですむから問題は全然ないよ。

正確に当たりすぎていて、びっくりの予想です!日本ハムが北海道の札幌にフランチャイズを移し、北海道日本ハムファイターズになったのは2004年のこと。19年前にまるっとお見通しな高田さんすごすぎです。

公営競技

野平祐二(中央競馬調教師)★

25年後の競馬ですか? 中央競馬界が管理、運営する今の体制は変わっていないでしょう。しかし、外厩制の導入、騎手とオーナーとの専属契約など競馬の自由化が進み、レジャーとしてさらにエキサイティングなものになるはずです。レースも距離別の区分がより一層はっきりしてスペシャリスト同士の激しい争いが楽しめるでしょう。

2001年に73歳で死去。野平調教師の死後、今でこそ当たり前の3連複(2002年)や3連単(2004年)が登場して、ファンにとってはよりエキサイティングに楽しめるようになりました。野平氏が三冠馬に育て上げたシンボリルドルフが死んだのが2011年10月4日でした。

中野浩一(競輪王)

野球が屋根付き球場になるように、競輪も降雨、降雪に関係なく、いつでもファンを呼べるレース場になっているんじゃないかな。それと、ナイター競輪。これだって可能だと思う。土曜、日曜日はいいとしても、今みたいにウイークデーの真っ昼間にやっているようでは〝健全なレジャー〟とは言えないもんね。屋根付きナイター競輪――そうなればオレも一ファンとしてスタンドに顔を出すよ。

ちょっと意味合いは違うかもしれませんが、仕事終わりの人でも楽しめるようにと、1998年に函館競輪場で初めてナイター競輪が開催されました。さらに2011年4月からは20時~23時に行われるミッドナイト競輪もスタート。2025年現在、屋内の競輪場は前橋競輪場、小倉競輪場、TIP STAR DOME CHIBAの3施設があります。

芸能・芸術

森進一(歌手)

ウーン、25年後というと62歳ですか。まだ現役で歌っていると思いますよ。ひょっとしたらボクの二世と一緒にね。そうなったら最高だな。それとレコード界にも革命が起こって、今あるドーナツ盤にかわって、CD(コンパクトディスク)が主流を占める時代になっているでしょうね。ただ何年たっても演歌は不滅ですよ。日本人の心そのものを歌っているんですから。

CD売り上げのピークは1998年で、その後は配信が主流となりましたが、森さん、88年に産まれた長男のTAKA(ONE OK ROCK )さんと歌ってますし、94年に産まれた三男のHiro(MY FIRST STORY)もボーカリストになっています!まさに鳥肌レベルの予言的中ですな。

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長男(Taka)を抱く森進一と森昌子(1988年4月)

菅原文太(俳優)★

ひょっとしたら、スペースシャトルに乗ってるかな。でも、実際は今と全く変わらないんじゃないかな。オレにしてみればたった25年って感じ。まあ、これはオレの心情みたいなもんで、技術的な進歩やメカニズムの中に人間が埋もれてほしくないという気持ちがある。あでも、青い地球を見ながらジャン・ギャバンを気どる、そんな夢はあることはあるよ。

文太さんは2014年11月に81歳で亡くなりました。私は映画『仁義なき戦い』シリーズが大好きで、文太さんのインタビューこそかないませんでしたが、梅宮辰夫さんには話を聞けました。ほとんどのものが移ろうなかで〝変わらないもの〟に目を向け続ける男らしさ…令和の今でも大事なことだと思います。

中森明菜(歌手)

21世紀。そうですね、歌手の評価の基準も今とはだいぶ変わって、ヒットチャートはシングル盤じゃなくて、CD、ビデオ、レーザーディスクの売り上げ集計になってるんじゃないかな。コンサートなんかも車で入場して車の中で聞けたりとか。でもそのころには私は百恵さんや、都はるみさんのように芸能界を引退しているかもしれませんね。

5月1日にトリビュート・アルバム『中森明菜 Tribute Album “明響”』がリリースされるなど中森さんの人気はまだ続いています。最近は韓国や中国でも人気があるんだとか。2023年末にはYouTubeチャンネルを開設するなどまだ引退していませんし、ぜひ歌う姿を見せてほしいですね。


明石家さんま(コメディアン)

餓死してるんじゃないですか。最近、仕事をやり過ぎてドンドンやせていますから。たけしさんもボクもお笑いの世界から、まったく姿を消しているでしょうね。いまだけですよ、こんなに引っぱりダコなのは。近所の子供の過去の〝栄光〟をシツコく話して聞かせて、イヤがられているでしょうね。でも、そのころは戦争が起って、ボクは日本を脱出して、スイスで時計屋をやっているかもネ。

これはもうギャグですね!さんまさんは全然餓死していないし、テレビからまったく姿を消していません。

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明石家さんま(1986年)

松坂慶子(女優)

25年後? 結婚して平凡な妻でいるかもしれませんね。でも、昨年『化粧』(松竹映画)で共演しました京マチ子さんい大変あこがれていますし、できれば私も京マチ子さんのように華やかさを持ち続けて女優でいられれば、とも思っています。映画は将来、技術的な革新はあるにしても、最大の娯楽として残っていると思いますし、たぶん私もお芝居をしているんじゃないかしら。

松坂さんもご活躍中です。ずっとお芝居を続けてくださってありがとうございます!!貴重な写真も見つけました!

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王貞治監督と対談する松坂慶子(1985年12月)

早乙女貢(小説家)★

21世紀の時代がすべて科学によって支配されるような印象ですが、すくなくとも、人間の尊厳、その精神だけは自由であり、如何なる科学の力をもってしても左右されないと思います。文学の存在は、それだから意味があるのです。
文学の創造は人間個々の精神によって成されるもので、キカイにとって代わられるものではなりません。文学は依然として、現在のまま存在するでしょう。

1968年に『僑人の檻』で直木賞、88年に『會津士魂』で吉川英治文学賞を受賞した早乙女さんは2008年12月に82歳で死去されました。早乙女さんがおっしゃるように科学技術の進歩、特にインターネットの出現によって私たちの暮らしは大きく変わりましたが、文学の存在は21世紀の今もなお必要であることに間違いありません。

谷岡ヤスジ(漫画家)★

ウォッホン! 漫画界はこのワシが牛耳ってる。つまりなんだな、ド天才・谷岡ヤスジのあり余る才能に、ほかのヤツらが「おみそれしやした」と頭を下げる。あちこちからドンパチと声が上がってじゃ、ついに2010年4月1日、漫画界は統一され、その初代谷岡組組長をワシが襲名するというワケじゃ。どうだマイッたか。

赤塚不二夫と並ぶギャグマンガ界の巨匠は1999年6月、56歳の若さでこの世を去りました。最近ではナンセンスなことをわざという大人が減った気がしませんか? ナンセンスなことが一周回って意味を持つ、そういうことってあると思うんですよね。ちなみに谷岡さんは自身のマンガ『アギャキャーマン』の中で自分が死ぬのが1999年だと予言していました。これもすごい。

三遊亭円楽(落語家)★

科学者は「21世紀は映像文化の時代に突入する」なんていってますがね、私はそうは思いません。この先も活字文化が続くと思いますね。それはそうと、良質な笑いを提供できる場としてコシらえた若竹亭は連日押すな押すなで、そのころには4億円の借金もすでに返済してまして、もう毎日がバラ色の世界でしょうな。アハハハ……。

馬顔のほうの円楽さんですね。若竹亭は5年後の89年に閉鎖され、2009年10月に76歳で亡くなりました。弟子の楽さんが10年に6代目三遊亭円楽を襲名しますが、その円楽師匠も闘病の末、2022年9月に亡くなりました。今年2月に三遊亭王楽(父は三遊亭好楽)が、7代目円楽を襲名したばかり。その襲名披露口上あいさつで、春風亭昇太が「もし大変なことがあり、苦しいことがあってどうしてもつらくなったら、落語芸術協会に入ってください」と勧誘してました(笑)。

マスコミ

梨元勝(芸能リポーター)★

四半世紀たてばコンピューターが全面的に導入されるでしょう。取材される側(逃げる側)はリポーターの特徴から過去の取材歴までをインプットして、その対応策をはじきだす。そして、リポーター側も追いかけるタレントの経歴(離婚、結婚、スキャンダルなど)のデータを分類してインプット。取材方法を検討してスクープ合戦に火花を散らすのです。まさに25年後はコンピューターを駆使した「芸能界〝スター〟ウォーズ」の時代に突入するのでは。

東スポにも多大な貢献をいただいた梨元さんは2010年8月、65歳で亡くなりました。私は東スポに入社したばかりの下っ端で、それほどお話する機会はなかったですが、お会いしたときは本当に「恐縮です」と言っていたことを覚えています。2010年以降、SNSの浸透によって芸能取材は大きく変わりました。今では芸能リポーターが絶滅危惧種になってしまいましたね。

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携帯電話を駆使して取材していた梨元さん(1989年11月)

古舘伊知郎(アナウンサー)

今は20世紀で私は30歳である。しかし、21世紀になると45歳である。よって20世紀と21世紀では決定的に15年ほど違うということがいえるのではないか。
もうひとついえるのは20世紀の最後はもしかすると夜であり、21世紀の始まりは、あたかも朝で始まるのではないか。この違いは意外に盲点である。ひとつ気がかりなのは私の好きなナシの二十世紀は15年後、名前をかえるのか? それではホテル二十一世紀はそのままなのか……。

この企画で一番何を言っているのか理解に困ったのが、この古舘さんのコメントでした(笑)。でもこれって〝進次郎ポエム〟の先取りじゃないかなと思ったんですね。小泉進次郎環境相(2008年当時)の発言がこちらです。「私の中で30年後を考えたときに、『30年後の自分は何歳かな』と発災直後から考えていました」。なんか似てません!?

学界・政界

青木茂(参議院議員)★

たとえばプロ野球。今やペナントレースを争う強力なチーム、広島カープが過去どうだったか振り返ってみてはどうだろう。弱小でセ・リーグの〝お荷物球団〟と呼ばれていたではないか。このデンでいくなら、今でこそ弱い立場にあるサラリーマン層が、25年後にこのままの姿であるとは考えられない。おそらく、パワーを結集し、サラリーマン層を抜きにして政治や社会は成り立っていかないはずだ。

私は存じ上げなかったのですが、青木茂さんは経済学者で1983年にサラリーマン新党を結成し、「給料日の怒りを国会へ!」のスローガンで同年の参院選で初当選したそうです。ただ、その後現実は〝失われた30年〟で、就職氷河期時代にはサラリーマンになることすら難しいほどに日本は疲弊しました。今もサラリーマンの悲哀は政治家に届いていないのかもしれませんね…。

糸川英夫(工学者、日本の宇宙開発・ロケット開発の父)★

未来社会を考える場合、米ソを中心とした第三次世界大戦があるのか、ないのかをまず想定しないと基本シナリオができず、架空の論理に終始してしまいます。この2つのケースで想定してみましょう。

まず、ないと考えた場合。これは現在の米ソの緊張度はさらに増すでしょう。アラブ抗争、バングラデシュ、中東など地球上、約40か所で紛争(極地戦争)が起こってますが、さらにエスカレートするのは必至。また、北半球の支配力がさらに強まり、石油を含めて、コーヒー、チョコレート、小麦、錫などは買い叩かれ、南半球はさらに貧しくなります。この南北格差を埋めるため、南は高額で売れるコカイン、マリファナなど麻薬を増産するから、ストレスのたまる都会派人間には、アル中、麻薬患者が増え続けます。

幸い、我が国は警察力で抑えているが、その代償としてピンク産業が増殖する。荒廃するのは当然で、つくば万博のような未来社会は一般化しません。
つくばで行われていると同様の「工業の発展はあるが、すべて儲け主義」に走り、不健全な発展となって、投機的な株価操作が横行。第二、第三の誠備グループや投資ジャーナルが飛び出し、全人類が近視眼的に目先の欲に捕らわれるサバイバルレースの展開となって、モラルは著しく低下します。老人、身体障碍者、難民などに送られている救援物資が、政府高官によって搾取されている現実をみれば、将来が暗澹たることは歴然です。本来、こうした社会では宗教団体が奮起せねばならないのですが、その宗教団体まで搾取側に回っている。こうした兆候は見えていますね。

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糸川博士

次に第三次世界大戦があったと仮定する。米、ソは死力を尽くした戦いを展開するのだから、多大なエネルギーを消費します。核戦争ですから、かなりの都市が廃墟なるが、苦しい時代は3年。その後には、ノイローゼ、ガンなども激減しているのどかな時代がくる。もちろん食糧難も一時的に迎えるが、ダイエットなど必要なくて、いいじゃないですか。戦争による人口激減はありません。

現在、地球上の軌道を飛ぶ百以上の偵察衛星が、ミサイル射程をキャッチするから、15分以内に核シェルターに逃げ込める。

第一、広島、長崎を考えればシェルターに入っているのは2、3日でいい。3日目に広島入りした調査団に後遺症が出ていないのがその証明。

また、現段階で核戦争が怖いのは空中における核爆発で、これはアメリカが1967年、太平洋上でやった実験時、ハワイのテレビ、通信網、コンピューター使用の交通機関など、すべてが使用不可となったことで実証済みです。

空中核爆発の場合、二次電流現象、つまり電磁衝撃現象を起こしてしまうので、トランジスタはすべて使用不可になってしまうのです。従ってコンピューターに頼った産業、交通運輸、生活はすべて破壊されます。これを回避するためには超小型真空管のコンピューターを開発しなければなりませんが、莫大な開発費用と制作費を必要とするから、誰も手をつけない。だが、ゼロからの出発ならやるでしょう。

第二次世界大戦後、兵器開発から始まった産業の開発は①原子力の平和利用、②レーダー技術からテレビなど通信網の開発、③自動車、飛行機からコンピューターなどのオート技術への発展と結びついたのですから。、

石油ショック時、右往左往したようなことのないよう、第三次大戦による〝アトムショック〟を未然に防ぐとするなら、今、必要なのは生活防衛のテクノロジーでしょう。さもないと第三次世界大戦がない時、つくばとは正反対の悲惨な世界が出現するでしょう。

す、すごい詳細なシミュレーションですよね。なぜ糸川博士だけこの文字数が許されたのか、編集者として不思議でなりません(笑)。ここから先は推測ですが、おそらく糸川博士に文字数を伝え忘れて、原稿が郵送されてくる(85年なのでインターネットはない)→短くしようと思ったけど、あまりにも理路整然と語られる原稿ゆえに削れる箇所がない→「もう無理!」となって整理担当者(紙面をレイアウトする人)になんとかしてと依頼する。きっとこんな〝事件〟が起きていたと思います。



カッパと記念写真を撮りませんか?1面風フォトフレームもあるよ

コメント

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東京スポーツ新聞社の紙面で過去に掲載された連載がまとめて読めたり、ココだけしか読めないコンテンツがあったりします。できる範囲で頑張ります。
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