「海鈴ちゃんはさ、CRYCHICを見た時どう思った?」
「……良いバンドだと思いましたが」
「うん、私もそう思う。CRYCHICは『本物』なんだって」
「本物?」
「損得勘定で繋がったバンドでもなく、浅い感情のやり取りだけの傷の舐め合いでもなく、互いが互いの心臓に鎖を巻き付けたようなバンド。……私はね、祥子ちゃんとそうなりたかったんだ。まあ、上手くいかなかったんだけど」
「……私に関係の無い話でしたら失礼します。次が押しているので」
「ううん、海鈴ちゃんにも関係がある話だよ。今度はAve Mujicaを本物にしたいんだ」
「そうですか。またAve Mujicaに誘っていただけるのであれば、有難い限りです」
「お金稼げるもんね?」
「否定はしません」
「ね、海鈴ちゃん。CRYCHICを見たとき、羨ましいって思ったでしょ」
「……これだから天才は」
苦虫を噛み潰したような表情で、海鈴ちゃんが言った。
祥子ちゃんに連れられて、Ave Mujicaをやり直すと決めた翌日。その日帰ってこなかった初華ちゃんのことを気にしながら、海鈴ちゃんを呼び出した。
私なりに色々と動いてはみたけれど、今のところは事務所を変えないままにAve Mujicaをやり直した方が安牌な感じになっている。どうしたってみなみちゃんと祥子ちゃんの影響力を使える今の事務所の方が融通が効くからだ。あるいはインディーズだって私は構わないんだけど、私以外の4人にとってはメジャーレーベルに所属していることは大きなメリットだろうから、それを潰すのも憚られる。結果として、豊川のお爺様の対応待ち。祥子ちゃんに一旦の対応を託してしまった。
代わりに私には海鈴ちゃんと初華ちゃんを連れ戻す仕事が残っている。
「私が言いたいのはね、海鈴ちゃんとも
「取ってつけたように言いますね」
「ん、まあ、信頼度を稼いでいくのはこれからだよ」
海鈴ちゃんはかつて
CRYCHICをわざわざ観に行ったこと。あくまでビジネスライクを謳いながらも私の動向を気にしていること。そのくせ、一番最初に見切りをつけて去って行ったこと。
かつてAve Mujicaを復活させたいと言ったのが海鈴ちゃんだったように、私たちはきっと同じものを探している。
「では、三角さんの問題と電撃解散の原因を何とかしてから呼んでください」
「後者は解決済みだし、前者は今から全部丸く収まる予定。すぐに呼び付けるから、準備しといてね」
「準備、ですか」
「身軽にしとかなきゃ振り落とされちゃうかもよ」
海鈴ちゃんは訝しげに私を見下ろした。懸念の通り、初華ちゃんと初音ちゃんの事情が一段落しなければ、Ave Mujicaは賭けるに値しないバンドだろう。何せ、誰かの気まぐれに吹き飛ばされてしまった過去があるのだから。
海鈴ちゃんと別れて、初華ちゃんの姿を探し歩いた。
初音ちゃんと一緒にいるはずの姿がなかなか見つからない。すれ違う社員さんに尋ねてみても目撃情報は希薄だった。
トークアプリにメッセージを送って返信を待つ。
……入れ違いになったらしい。
タクシーを捕まえて、送られてきた住所へ向かう。初音ちゃんの住居になっているらしいマンションは、随分とご立派だった。初華ちゃん、もしかしてここで初音ちゃんと暮らすとか言う気じゃないかしら。
そうなると私の安眠生活も終わってしまうので、困る。
「あの、本当にごめんなさい!」
「いいよ別に、お互い様だし」
初音ちゃんのお部屋に上げてもらって、開口一番に謝罪を受けた。
初華ちゃんと初音ちゃんが互いを許しあったこととか、一晩中互いの不平不満を言い合ったことだとか、初音ちゃんのAve Mujicaに関する報告が豊川のお爺様を意図しない形で動かしてしまったことだとか。
結局初音ちゃんは自分の居場所を守るためでも愛憎入り交じる妹を突き飛ばせない子だったし、初華ちゃんは夢を潰されたって姉の痛みを受け止めて許しを与えられる子だったらしい。
拍子抜けといえば拍子抜けだった。もっと拗れると思っていたし……ああでも、姉妹喧嘩ってそんなものかもしれない。
「結末によっては、私がSumimiをひっくり返してたかもしれないんだから」
私自身、初音ちゃんに思うところはない。むしろ、私と初音ちゃんはよく似ている気がしていて、好感さえ覚え始めている。
どっちも紛い物で、どちらも欲しいものを手に入れられなかった敗北者。
……というのは失礼か。少なくとも初音ちゃんはSumimiという居場所を作って、それを守っている。
「ところでさ、私は初華ちゃんをバンドに迎えに来たんだけど……名前、どうすればいい?」
「あ、それはね、私が初音の名前を借りることにしたの」
「えー、紛らわしいよ」
「それは……そうだけど。でも私は初音と分け合いたいんだ。──今度こそ」
「……そう言われると、言い返せないなぁ」
何故か急に、睦ちゃんのことが思い起こされた。
私も、もっと話すべきだったんだろうな。……これからでも間に合うと思いたい、けど──
後ろを振り返った。私の指先に、もはや糸は結ばれていなかった。
ああ、もう私は自由なんだっけ。