めめんと・もーてぃす!


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作:ああ
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おぶりびもーてぃす!


Q. この物語の着地点は?
A. さあ……
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 着信があって、スマホに表示された名前に安堵する。海鈴ちゃんからだった。めんどくさい相手じゃない。

 

『若葉さん、予定は日時を明確にして欲しいとお願いしたはずですが』

「分かるけどさー、頭が決まってないんだから仕方ないじゃん。予定立てようもないんだって」

『……いま、お時間ありますか』

「今日はムリ。今からキーボード担当を口説きに行くから」

『そうですか。では、明日は』

「んー、大丈夫」

『では、マネージャーと協議中のスケジュール案についていくつか話をさせてください』

「はーい。機嫌悪かったらごめんね」

 

 Ave Mujicaでの海鈴ちゃんの態度の変化に、私は関係なかったらしい。バンドが1度崩壊したから海鈴ちゃんが積極的に再結成に向けて動いたのか、それとも他の要因があったのかはよく分からないけど。

 

 特に交渉が難航することも無く、あっさりと加わってくれた海鈴ちゃんは、どうやらメジャーレーベルに所属すること──あるいは、それによって生じる金銭にメリットを感じているらしかった。

 その方がやりやすくて良い。

 

『今日の交渉如何でバンドの方向性が固まる、と理解して構いませんか』

「うん」

『では、健闘を祈ります』

「海鈴ちゃんはべつになんでも良いんでしょ?」

『……ですが、万事上手くいくに越したことはありませんから』

 

 では、と言って海鈴ちゃんは通話を切った。隣を歩いていた初華ちゃんが、人目を気にしながら私に肩を寄せる。

 

「ひとつ訊いてもいい?」

「ひとつじゃなくてもいいよ」

「それじゃあ……どうして、海鈴ちゃんとにゃむちゃんだったの? 二人とも、祥ちゃんと縁があるわけじゃないよね? 私のイメージだと、二人とも祥ちゃんと仲良くなるタイプには──」

「見えないよね。べつに、祥子ちゃんに都合が良いかどうかで集めてるわけじゃないけど……何より、祥子ちゃんにはCRYCHICがあるんだから、同じ路線で人を集めても意味ないんじゃないかなって思ってる」

 

 祥子ちゃんが本音のまま、着飾らずにいられるCRYCHICは、祥子ちゃんにとって何よりも居心地が良い世界だろう。損得で繋がらない、ありのままで永遠を誓い合えるような関係。

 

 Ave Mujicaは、居心地が良い場所にはならないと思う。

 損得で繋がる、いつ消え去っても不思議じゃない関係。束の間を永遠に引き伸ばしていたのがAve Mujicaだった。

 

「私はきっと、睦ちゃん(引っ込み思案なあの子)に勝てない」

 

 初華ちゃんと連れ立って、祥子ちゃんとの待ち合わせ場所へ向かう。

 初華ちゃんは私との雑談の裏で、思索に耽っているようだった。

 

 RiNGと看板が掲げられたライブハウスに足を踏み入れる。環になってからは初めてだけど、睦ちゃんと一緒に何度も訪れた場所だから今更感慨もない。感嘆している初華ちゃんの手を引いて歩いた。

 

「ごきげんよう、祥子ちゃん、そよちゃん」

「ごきげんよう、環……初華」

「久しぶりだね、祥ちゃん」

 

 立希ちゃんがバイトをしているはずのカフェに入って、四人がけの席に座る。そよちゃんが同席するなんて予想していなかったけど……ううん、一旦考えても仕方がない。

 

「CRYCHICはどう? 順調?」

「何をもって順調と言うのか分かりませんが、特に不満はございません」

「そっかぁ」

「誰かのお節介のお陰ですわね」

「いらないことしたなって思ってるんだけど」

 

 祥子ちゃんとそよちゃんはアールグレイ、私と初華ちゃんはブレンドコーヒーを注文しようとして……カウンターの裏側から立希ちゃんがちらりとこちらを見た。ホールに出てくるつもりはないらしい。

 

「誰かに貸した傘が、巡り巡って貴方の雨を遮ることがあるかもしれませんわ」

「傘は一本だけ。濡れないでいられるのは何人?」

「詰めれば2人は平気でしょう?」

「どっちかの肩が濡れちゃうよ」

 

 さすが本物のお嬢様。

 紅茶を飲むさまが絵になる。

 私が幼いお嬢様の演技で絶賛されたのはきっと、祥子ちゃんの影響が大きい。

 

「ですが、今日わざわざ私と話す場を設けたということは、私になにか言いたいことがあったのではなくて?」

「うん、まあ、そうなんだけど」

 

 一呼吸。

 

「……そっちは長くなりそうだからあとでいいよ」

「そう……では、初華。改めて、お久しぶりですわね。私が小豆島を訪れていた頃ですから、凡そ六年ぶり?」

「うん。ほんと、また会えて嬉しいよ」

「いつ島を出たんですの?」

「本土に来たのは去年。結構最近だよ」

「そうでしたのね。あれ以来、島には伺えずにおりましたが、夏が訪れる度に初華のことを思い返しておりましたの」

 

 話題が初華ちゃんの方へ移ったのにあわせて、私もコーヒーに口を付ける。……苦い。初華ちゃんが好きだって言うから何度かチャレンジしているけど、どうしたって美味しいとは思えない。良い匂いだとは思うけど。スティックシュガーとミルクを全部放り込む私に、そよちゃんがにっこりと微笑んだ。

 

「そうしたら、テレビに初華が映るものだから驚きましたわ。テレビ越しでは雰囲気が変わったように見えましたが、こうして会ってみるとあまり変わっていませんのね」

「えっと、どう言ったら良いかな……。Sumimiのウイカは、私じゃないんだ。だから雰囲気が違うのも当たり前って言うか……」

「……どういうことですの?」

 

 話すんだ、と思ったけど、どうせどこかで話さなきゃいけないよね。実際に、私は初華ちゃんにそういう役回りを期待していたのだから、期待通りに動いてくれてありがとうと言うべきだろう。

 

 考える。

 私が初華ちゃんに少なからず同情しているように、祥子ちゃんだって初華ちゃんの事情を鑑みればどれほどかの助けになってくれようとはするだろう。

 話をどうやって組み立てるべきか。砂糖を溶かしたコーヒーが舌に引っかかる。

 

 初華ちゃんは詳細をぼかして、初音ちゃんとの事情と、私と出会ったところまでを話した。

 

「……あなたは、私と虫取りに出かけた初華ですわよね」

「うん。祥ちゃんは人形を持ってて……蜘蛛に怯えてた」

「では、夜に抜け出して、共に星を見たのも──」

「……それは、知らない。…………もしかして、祥ちゃんが帰る前の日のこと?」

「ええと、確か、そうでしたわ」

「初音、そんなに前から……。祥ちゃんが帰る前の日も遊ぼうねって約束をして、私は確か、風邪をひいて寝込んでた。それ以来祥ちゃんには会えなくて、嫌な別れ方になっちゃったなって思ってたんだけど……じゃあ祥ちゃんは、初音に会ってたんだね」

 

 祥子ちゃんは頭が痛そうに固く目を閉じて、それから、私の方を見た。

 

「環は、初華を手伝うためにバンドを組もうとしているんですの?」

「初華ちゃんのためって言ったら、協力してくれる?」

「私にできる限りのことは──」

「作曲ができるキーボード担当を探してるんだけど」

 

 ガタン、と椅子の脚がフロアに当たる音がして、立希ちゃんが祥子ちゃんの隣に腰掛けた。既にエプロンを脱いでいて、どうやらバイトはもうおしまいらしい。

 

「ダメ。祥子はCRYCHICのだから」

「立希! バイトはもう良いんですの?」

「ウチのリーダーが引き抜きに遭ってるから来ただけ」

「……流石にCRYCHICを辞めるつもりは御座いませんわ。それに、掛け持ちは正直なところ、体力的にも時間的にも金銭的にも──」

 

 立希ちゃんは絶対に譲らないだろうし、私が幾ら妥協案を出してもそれを跳ね除ける頑なさがある。

 悪足掻きにもそろそろ潮時が迫っているのを痛いほどに感じていた。

 そもそも、私の本当の望みは既に叶わない。

 

 ならせめて、祥子ちゃんじゃなくて私がAve Mujicaを作ってみせると動いてきたけれど、それさえ祥子ちゃんを引き込むというただ一つがこんなにも絶望的だ。

 

「メジャーデビューしてお金が入ってくれば、バイトはいらなくなるよ。時間だって、祥子ちゃんならなんとでも──」

「散々思い知らされましたわ。私の世界のなんと狭きことか。私の手が届く距離のなんと短きことか。……私の身の程の、なんと矮小なことか。……環、貴方に報いたいと思っています。初華の力になりたいとも思います。ですから、作曲に関しては引き受けても構いませんわ」

 

 ……恩に着せていれば結果は変わっただろうか。全くそんな気はしない。

 祥子ちゃんや睦ちゃん達にとってCRYCHICがどれほど重いものか知っている。

 

 祥子ちゃんは正しい。

 自分の身を危ぶめてまで他人を助けようとするのは、愚者の行いだ。

 

「環ちゃんは、どうしてそんなに祥ちゃんにこだわるの?」

「まあ、確かに。芸能人なら腕がある人いくらでも引っ張って来れるでしょ」

「二人には教えない。……祥子ちゃん、言質取ったから、私たちのバンド手伝ってよね」

 

 本当、馬鹿みたいだった。

 もっと祥子ちゃんの選択肢を狭められる手段なんていくつもあった。手段を選ばなければ、祥子ちゃんを引き入れることだってきっとできる。それなのにそうしていないのは、私がまだ夢を見ているから。

 

「構いませんわ。……ところで、私には教えてくださるの?」

「言っても分からないと思う。睦ちゃんにでも訊いたら?」

 

 コーヒーを飲み干して席を立った。

 話はこれでおしまいだ。祥子ちゃんが私を必要としてくれることはないし、私が祥子ちゃんをバンドに引き込むことだって不可能。

 

 駄々を捏ねたって、今かろうじて繋ぎ止めているAve Mujicaの断片をどこかに放り出してしまって終わりだ。足掻くことさえおぼつかない。

 

「祥子ちゃん、三人で話そっか」

「……構いませんわ。そよ、立希、先に練習に行っていてくださる?」

「過剰なお人好し、発揮しないでよね」

「心配しなくても、CRYCHICを危ぶめるようなことはできないから」

 

 そよちゃんと立希ちゃんが心配そうに席を外して、私たちは三人になる。これは学校で問い詰められそうだなぁ、と今からゲンナリ。

 

「私は心配ないと言ったのですが」

「大切に想われてるってことでしょ」

「……そうかもしれませんわね」

 

 祥子ちゃんも満更ではなさそう。

 あー妬ましい。

 

「それで、作曲ですが……どういったものを想定されていますの?」

「やりたいことはね、音楽劇団。ゴシックとヘヴィメタルを混ぜて、ロックな仮面舞踏会を作りたいの」

「…………勉強しておきますわ」

「あとで参考資料は送るね。……あと、このコンセプトでバンドやるなら、作曲者が実質的にバンドのプロデュースを担うことになるんだけど……」

 

 Ave Mujicaのことを端的に伝えるのって難しいな、と今更ながらに気が付く。先程までとは一転して頭が痛そうな表情になった祥子ちゃんに少し溜飲が下がる。

 

「初華と初音を引き合せるためにやるんですのよね。では、仮面を着けるのは逆効果なのではなくて?」

「まあ、そうなんだけど。私や初華ちゃんの顔でバンドの価値を上げるのは長期的に悪手かなって。事務所の押し出しがあったとしても、音楽で評価されたことがあるって実績は残しときたいでしょ」

 

 祥子ちゃんは実際、睦ちゃんやにゃむちゃん、初華ちゃんの知名度を使って売り出すことを後の手段として取っておくつもりだった。結局はにゃむちゃんが睦ちゃんの仮面を取ってしまったのだけど……その辺りのケアもしておかないと。

 

「リスクについては考えていますの? 仮面を外した瞬間の反応によっては、Sumimiと共倒れになる可能性だって否定できませんわ」

「だから遅らせるんじゃん。デビューしたてだったら潰されるかもでしょ? 最低限の地力をつけていれば──」

「……それは、一方的にSumimiの屋台骨を揺るがすことになりますわ」

「……。やっぱり、本物に勝るイミテーションは好きじゃないかな。私自身も含めて、だけど」

 

 隣の初華ちゃんがぴくりと反応した。

 

「祥子ちゃんは、初音ちゃんのことも庇いたい?」

「……ええ」

「じゃあ、そうしてあげて。私を上手く操作してね」

「ですが、それは、」

「人と人とが損得で繋がるのだもの。多少の衝突や不整合だって起こるでしょ? 上手くやった方が我を通すか、互いに角を削るのか、それはどうだって良いけど……祥子ちゃんが私をやり込めたって、なんにも悪いことじゃない」

 

 偽物は本物に勝らない。

 

 私はそう信じている。

 睦ちゃんの断片である私が、祥子ちゃんやそよちゃんから欠片を集めて組み立てられ、祥子ちゃんに名前をつけられた紛い者(モーティス)が、ついぞその居場所を築き上げられなかったように。

 

「……環がそう言うのなら、私も好きなように動きますわ。──ところで、結局私以外にキーボードのあてはございまして?」

「ないですけどー?」

 

 当てつけのように祥子ちゃんが言う。

 わざわざ言うからには誰か紹介してくれるのかな、という期待とは裏腹に、続く祥子ちゃんの言葉は全く予想外のものだった。

 

「では、環がキーボードをやるというのは?」

「へ?」

「ギターは初華が弾くのでしょう? ベーシストも確保できているのであれば、ギターの2本目よりもオルガンの方が必要だと思いますが」

「で、でも、私ピアノもやったことないよ」

「睦のギターを見て覚えたのでしょう? 私が教えて差し上げますわ。それに以前、ピアノを弾く少女の役を演じていたのではなかったかしら」

 

 そ、そんな無茶な! 

 

 

 

 


 

 睦ちゃんを護ってくれたのは祥子ちゃんだった。

 睦ちゃんに優しかったのはそよちゃんだった。

 睦ちゃんにとっての絶対的な存在はみなみちゃんだった。

 

 活発なあの子は、そんな彼女たちの真似をした。

 そうしたら、睦ちゃんを守れると思ったから。

 

 睦ちゃんを守る限り、自分が消えずに済むと思ったから。

 

 

 やがて私たちは、天秤の両端に載せられた。

 天秤を持つのは女神さま(アストライア)たる祥子ちゃん。

 

 睦ちゃんは、活発なあの子を疎ましく思った。

 睦ちゃんを守ることさえできない不出来な私は、ただの邪魔者だった。

 

 女神さまは、当たり前に睦ちゃんを守ろうとした。

 私に名前を付けたのは、私に生命を吹き込んだのは女神さまだったのに! 

 

 

 嗚呼、睦ちゃんを殺してしまえばよかった。

 底なしの暗がりへ落ちていこうとする睦ちゃんの手を掴むべきじゃなかった。

 

 私が本物に成り代わってしまえばよかった。

 

 何が悪かったんだろうって、今でも考える。

 

 私が偽物だから、全部上手くいかない。

 

 

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