めめんと・もーてぃす!


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作:ああ
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ウェカもーてぃす!


 

 目の前で睦ちゃんがギターを弾いている。

 私は無音のままでにゃむちゃんの動画をつけて、思考に耽っていた。やっていることはほとんど、皮算用に過ぎないけど。

 

 ギターの練習として睦ちゃんのギターを見ている。にゃむちゃんと海鈴ちゃんを連れてきて、四人分のデータを持って祥子ちゃんにもう一度懇願する。それ以上は今のところ思い付かないから、そうなると祥子ちゃんの足元に縋り付く他ない。

 

「環」

「ん、なに」

「ギター、やる?」

 

 CRYCHICが戻ったことで、睦ちゃんは露骨に元気になった。

 他の人にはわかんないかもしれないけど、残念ながら私にはわかる。

 ギターの練習にも熱が入っていて、正しくバンドが充実している状態だろう。

 

 あーあ、羨ましい。

 本当だったら、私がバンドできてたはずなのに。

 

「どうして?」

「いつも見てる。……覚えようとしてる」

「ギターは睦ちゃんのでしょ」

「私にはCRYCHICがある、から。環になら、教えてもいい」

「惚気じゃん!」

 

 ギターのストラップを肩から外した睦ちゃんへ、首を横に振った。

 

「CRYCHICが無くなったら、睦ちゃんに何も残らなくなるよ」

「……祥、もうやめないって言ってた」

 

 CRYCHICに居場所があるから、ギターが睦ちゃんだけのものにならなくても平気? ひっどいマウントだ。でも言い返せないから悔しい。

 

「祥子ちゃんだって気が変わるかも。こわーいお爺様に連れ去られちゃったりして」

「そのときは、環が助けて」

「私関係ないでしょ」

「祥とバンド、できなくなるよ」

「嫌な睦ちゃん。祥子ちゃんも、すぐ人に言っちゃうんだから」

 

 豊川のお爺様が祥子ちゃんを連れ戻そうとしたとして、私にできることはほとんどないと思う。睦ちゃんが何に期待してるのかわかんないけど、私を過大評価しすぎだ。

 

「昨日、酷い顔してた」

「楽しそうじゃなかった?」

「……悪い顔。私に黙って、子役始めたときの顔だった」

「それは楽しそうな顔でしょ」

 

 睦ちゃんは首を振った。

 ピンクのギターが所在無さげに揺れる。

 

 睦ちゃんに黙って、って言うけど、私が子役を始めたことを睦ちゃんは気にしてたんだろうか。……気にしてそうだ。

 でも睦ちゃんと芸能界の噛み合わせが良いわけはないし、私を盾にしているところがある以上、睦ちゃんも私が芸能界に飛び込むことに反対はできなかっただろう。

 

「ギター貸して」

「ん」

 

 春日影弾いちゃお。

 それで懲りたら今度こそ私にギターを貸そうなんて言わなくなるだろうし。

 

 ほんと、良い曲だなぁと思う。

 それはそれとして、苦手な曲だ。

 

 この曲の中に私は入っていないから。

 ただそれだけ。

 

 地下スタジオに私のギターの音が響いて、私の色に染まる。

 ──でも、下手くそだ。分かっていたけど、私のギターは全然睦ちゃんに及ばない。私に分かるんだから、祥子ちゃんにはもっとあからさまに私が下手に聴こえるだろう。

 それはまずい。

 

「何が足りないと思う?」

「練習」

「それはそうだけど」

「反復練習で、たぶん良くなる。もう弾けてるから」

 

 指が追い付いていない感じがする。

 動きのトレースに、体の処理が追い付いていない感覚。昔は弾きなれた睦ちゃんの身体を使えていたから、あれはズルと言えばズルだったように思う。

 

「ギター買っちゃおうかな。睦ちゃんが気にしないって言うなら」

「環のは赤がいい」

「どうして睦ちゃんが決めるのさ」

「私が師匠、だから」

「師事した覚えはないんだけど?」

「でも、環の弾き方は私の」

 

 否定し難いことを言う。

 お手本が睦ちゃんだから、実質的に師匠は睦ちゃんと言っても間違いではないんだけど……

 

 睦ちゃんって、こういうこと言うタイプだったっけ。

 (モーティス)とせめぎあいをしていた時には譲ろうとしない一線みたいなのがあったけど、普段の睦ちゃんは、祥子ちゃんやみなみちゃんの言いなりだったはずなのに。

 自分の思い通りにならなくても、言い返す労力や衝突を厭う性格だったはず。

 

 CRYCHIC再結成のときに心境の変化でもあったのかな。

 元が睦ちゃんに近過ぎたせいか、私は逆に睦ちゃんの変化に疎い気がする。

 

「じゃあ、赤にするけどさぁ……睦ちゃんって赤色好きだっけ」

「赤は、環の色。みなみちゃんが言ってた」

「あ、お洋服買うときの話?」

「私も、そう思う。赤いドレスが似合うのは環」

 

 睦ちゃんがどうしてそんなに嬉しそうなのか、よく分からない。

 

 

 ♦

 

 

「そよちゃんはどー思う?」

「睦ちゃん? 私にはあんまり、分からないかな。言われるとそんな気もするけど……」

 

 祥子ちゃんに聞くわけにもいかなかったから、私が話しかけたのはそよちゃんだった。以前よりも幾分か心配性になり、そして良い子の演技を浅くしたそよちゃんは、変わらず私の友達でいてくれている。もしもし、って電話を掛けても出てくれるだろうか。

 

「環ちゃんに分からないなら、それこそ祥ちゃんくらいしか……」

「だよねぇ。まあ、祥子ちゃんは睦ちゃんのこと、あんまりわかってないと思うけど」

「ふふっ」

「え、なに」

「いや、環ちゃんらしいなって思っただけ」

 

 私に都合が良い褒められ方でないことはわかった。

 子役時代からよく向けられてきたのと同じ類の視線だ。

 

「環ちゃんは祥ちゃんのこと、好きじゃない?」

「よく、わかんない」

 

 窓側の席、机に突っ伏した私の髪を、カーテンを背もたれに立つそよちゃんが撫でる。

 

「でも、祥子ちゃんはまだ友達じゃない」

「まだ?」

「まだ」

「祥ちゃんはきっと、悲しむと思うな。環ちゃんに感謝してたから」

「別に、何にもしてないし。そよちゃんが何とかしたんでしょ、CRYCHIC」

「睦ちゃんも、燈ちゃんも、立希ちゃんも。みんなでぶつかって色々考えたんだよ。その機会を作ってくれたのは環ちゃん」

「聞きたくない」

 

 目を合わせなくても、そよちゃんが困った顔をしているのはわかった。早くCRYCHICの練習に行けば良いのに。

 

 祥子ちゃんに会ったのはともかく、そよちゃんに豊川グループのことを教えたのは大きな間違いだった。そよちゃんの行動力を甘く見ていたところもそうだし、今になって思うけど、そよちゃん達は本来、豊川グループの被った損害を知らないままに中学を卒業していたのかもしれない。

 

「どうして? CRYCHICのために、祥ちゃんのことを教えてくれたんでしょ?」

「私が我慢できなかったからだよ。誰かって言うなら、私のため。皆が失敗して、CRYCHICが解散しても私は構わなかった。だから、その話はやめて」

 

 そよちゃんは呆れたように息を吐いた。

 

「わかった。けど、祥ちゃんとはもう一度話してあげて欲しいな」

「準備してからね」

「準備?」

「心の準備。……もう行くね」

 

 椅子を膝裏で押しのけながら勢いよく立ち上がる。机の横にかけっぱなしのスクールバッグを肩にかける。教室の出口を目指して歩き出せば、当たり前にそよちゃんはついてくる。歩幅の問題もあって、ただ歩くだけで振り払うことは難しい。

 

「睦ちゃんを迎えに行ったら?」

「睦ちゃんも校門にいるって」

「……じゃあ、部室寄ってくから。ごきげんよう!」

 

 祥子ちゃんが待ち構えてるパターンだ。教室が隣なのに、わざわざ校門で待ち合わせしてるなんておかしい。

 今はまだ祥子ちゃんに会いたくない。祥子ちゃんを引き込むだけの材料が準備できるまで、借りを返されたくないから。

 

 園芸部の部室へ立ち寄るフリをして、裏口から学校を出る。そよちゃん達が使う駅を避けて、バスで目的地へ。

 

 ホテルへ着くと、ロビーで初華ちゃんが待っていた。身体ひとつとキャリーケースひとつ。一つ歳下の女の子は、普段目にする中等部の子達よりも小さく見えた。私より背は高いけど。

 

「環ちゃん! 来てくれないかと思った」

「ごめん、色々乗り遅れた。……ねぇ、初華ちゃんもギター持ってないよね」

「……うん」

「今から一緒に買いに行こうよ」

「でも、お金……」

「気にしなくていいって。今は初華ちゃんに投資してるんだから」

 

 取り返すまでは逃がさない、という圧をかけたはずが、初華ちゃんはむしろ嬉しそうに笑った。

 ホテルの宿泊費の領収書のコピーが、初華ちゃんのキャリーケースに収まっている。もしかして、全部計算しておくつもり? 

 

 初華ちゃんに左手を取られて、バス停までの道を逆戻りする。楽器屋に行くには微妙な路線なので、そのまま通り抜けて駅まで歩くことにした。初華ちゃんの荷物を置きに一度家へ帰るべきか迷ったけど、調べたら楽器は配送して貰えるらしい。

 

 睦ちゃんが何度か訪れていた記憶のある楽器店に足を踏み入れると、店員さんの熱烈な歓迎を受けた。初華ちゃんはなんとかバレなかったみたいだけど、私はモロにバレてたし。

 

 私は睦ちゃんと同じタイプの7弦ギターを買って、初華ちゃんは同じメーカーの6弦を選んだ。

 

「環ちゃん、ありがとう。私の前のギター、失くしちゃったから……今度こそ大切にするね」

 

 初華ちゃんのクリアファイルに領収書が1枚増えたのを尻目に、楽器の発送手続きを終えた。

 

「演奏で返してくれればいいよ」

「……うん、練習しておくね」

「曲を用意するアテはあるから、そこからは初華ちゃん次第。初音ちゃんに届くかどうかも」

 

 ギターとアンプ、その他細々した道具で、びっくりするくらいの出費になった。数日分のホテル代と併せて、私の貯金が目に見えて動いた。まだ全然余裕があるから大丈夫なんだけど、ずっとホテル暮らしをしてもらうには流石に心もとない。

 

「曲は……環ちゃんが作るの?」

「私はムリ。祥子ちゃんに頼む」

「……大丈夫?」

「曲は多分お願いできる。私は祥子ちゃんにバンドをやって欲しいから困ってるだけで……」

「……それって、私で力になれるかな」

「さぁ。……でも、初華ちゃんがいないとスタート地点にも立てないから」

 

 せっかくギターを買えたんだから触りたい気持ちもあったけど、到着は明日になるし、それより初華ちゃんの生活環境を整える必要もある。

 

 初華ちゃんには、私達の家に住んでもらうことにした。正確には、私の隣の部屋が事実上クローゼットになっているから、そこを整理して初華ちゃんに貸すことになった。

 

 電車で家に帰ると、みなみちゃんも睦ちゃんも留守だった。

 もちろん事前に話は通してあるから、そんなに気にすることでもないだろうけど。

 

「お邪魔しま〜す」

「入って。みなみちゃん達が帰ってきたら一度会ってもらうけど、それ以外は基本関わんないだろうし、気にしないで」

「うん」

「荷物置いたら、日用品買いに行かなきゃ。服もあんまりないよね? 私のは入んないだろうし……」

 

 初華ちゃんは私よりも結構背が高いから、同じ服は着られないだろう。どうせなら買っちゃった方が良い。また領収書が増えることは、一旦考えないようにする。

 

「初華ちゃん、デート行こっか」

 

 初華ちゃんははにかむように笑って、こくりと頷いた。

 

 




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