めめんと・もーてぃす!


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作:ああ
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プロローグ


 

 気が付いたら肉体があった。

 睦ちゃんのオトモダチ(IF)として残され、モーティスという名前を与えられ、終いには身体の主導権を握れるくらいにまで大きくなり、そしてついぞ消え去ったはずの私の手に、何故か空気を掴む感覚がある。

 

 自ら消滅()を選んだことに、特別な感慨はなかった。同時に、またモーティスとしての意識が立ち戻ったことに対しても。

 睦ちゃんのことが好きだからなのか、嫌いだからなのか、それとも私はあくまで睦ちゃんのオマケだからなのか。それは別にどうだっていいけれど、私にも欲はある。

 

 自分が(ほしいまま)に動かせる身体を貰えたのなら、今度こそ好きに生きたい。

 

『みなみちゃん、よく頑張ったねぇ。元気な双子だよ!』

 

 しかし、事実は小説よりも奇なり、だ。小説読んだことないけど。

 

 タイムスリップ? タイムトラベル? 睦ちゃんが昔読んでたマンガにそんなのがあったような気がする。

 

 睦ちゃんがまだ赤ちゃんだから(モーティス)が主導権を握れちゃったのかな、とかぼんやり考えていたけれど、私の隣のベッドに寝かされているのは睦ちゃんらしい。

 

 じゃあ逆行とかそういう問題じゃなく、私が一個の人格として生まれ直したということ? 

 

 考えているうちに知恵熱が出てきて、ぐにゃぐにゃとしか動かない手足をばたつかせながら私の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 ・

 

 

 

 枕も掛け布団もないベビーベッド生活もオムツ生活にもさよならして、立てるようになった瞬間に爆走して頭からすっ転ぶなんて醜態もホームビデオに収められ、髪も生え揃い、立派なおべべを着せて貰えるようになってしばらく。

 なんど洛陽を迎えても、どうやら私が睦ちゃんの双子の妹として生まれ直したことは覆らないようだった。

 

 そして、睦ちゃんは睦ちゃんだった。

 肉体を隔て、心で繋がらなくなっても、私には睦ちゃんが()()であることがわかった。

 

 みなみちゃんが恐れる化け物。

 若葉睦の芝居をするなにか。

 睦ちゃんの中には、きっと名前がつけられる前の(モーティス)だって存在する。

 

 私は、心底安堵した。

 睦ちゃんを助けなくても、私は生きていられる。

 睦ちゃんにならなくても、私は生きていられる。

 

 若葉(たまき)という名前を得た。

 孤独になった代わりに、好きに動かせる肉体を得た。

 以前は手に入らなかったそれが、ただ生まれ直しただけであっさりと手に入ってしまった。

 

 ううん、やっぱり、自由を手放した以前の睦ちゃんが信じられないかもしれない。

 身体があるってこんなに素晴らしいのに。自分が個であることは、完全なる一であることは、こんなにも喜ばしいことなのに。

 

 私のお姉ちゃんになった睦ちゃんは、私の記憶よりも幾分、睦ちゃんのままだった。本来は私に代わっていた場面を、()が矢面に立つことで乗り越えられたからだろうか。

 芸能人の娘らしくお利口さんな睦ちゃんと、芸能人の娘らしく溌剌な()。芝居を使い分けるまでもなく、私たちが入れ替わればそれで十分だった。

 

 たとえば、周囲からの期待も。

 私が子役の道に進めば、睦ちゃんが苦しむ必要はなくなった。

 大女優森みなみの娘にして天才子役の若葉環がいれば、引っ込み思案な睦ちゃんには誰も目を向けない。

 

 以前と同じようにギターと出会って、祥子ちゃんと出会って、睦ちゃんの中身はほとんど睦ちゃん(睦ちゃん)で満たされた。

 

「わ、環ちゃんだ、かわいい〜!」

「ほんと? ありがと〜!」

 

 睦ちゃんと街を歩いたり、電車に乗ったりするとよく声をかけられる。存在が認められることが嬉しくて私はよくレスポンスを返すのだけれど、同時に、かつての睦ちゃんの絶望の正体に迫るような心地がする。

 

 所詮は子役であるところの私は、森みなみの娘であることに価値があるのであって、若葉環が求められているわけじゃない。

 結局私たちは、本当の親子の愛なんてものも知らないし、誰かに必要とされたこともないんだから。

 

 睦ちゃんが残ったのだってきっとそういうことだ。

 陰気なあの子も、聡明なあの子も、怒りん坊なあの子も、甘えん坊なあの子も、鈍臭いあの子も、歌が好きなあの子も、漫才が好きなあの子も、私と睦ちゃん以外はすべて淘汰された。

 勝敗を分けたのは「祥子ちゃんに求められたかどうか」。祥子ちゃんと出会えた引っ込み思案なあの子が睦ちゃんになって、いざという時のために備えて残された(モーティス)が最後に消えた。

 

 今回も引っ込み思案なあの子が生き残ったのは、やっぱり祥子ちゃんと出会うのがあの子だからだと思う。

 そして、私が祥子ちゃんを憎んでいるのも、同じ理由からだ。

 

 切り捨てられたことにもムカついてるけど、睦ちゃんと天秤にかけられて負けたことには納得せざるを得ない。でも、私が睦ちゃんになれなかったのは、祥子ちゃんに選ばれなかったからだ。必要とされることに飢えた私たちは、理不尽にこの世を憎んでいる。

 

 焦燥は募り続ける。

 人形生まれの私であればこそ、破綻はしていないけれど、状況はむしろ以前よりも悪いように思えた。

 私は私で勝手に孤立し、睦ちゃんは睦ちゃんで家族からも断絶している。

 

「……環」

「ん〜?」

「今日、練習だから」

「あっそう。じゃーね」

 

 でも、そんな我慢ももう少しだ。一週間前、睦ちゃん達がCRYCHICを結成した。あと一年も待たずして、Ave Mujicaが始まる。

 今度こそ上手くやれる、と思う。私は睦ちゃんよりもAve Mujicaに向いているし、私たちはもう二人で二つになったから、祥子ちゃんに天秤にかけられることもない。

 ネックなのはギターだけど、それだって睦ちゃんにバレないようにこっそり練習してきた分と、追い込みでなんとかなるはず。

 

 祥子ちゃんが睦ちゃんではなく私に利用価値を感じられるようにわざわざ知名度も手に入れたし、あとは祥子ちゃんと仲良くするくらい? 何度か話したことはあるけれど、やっぱり苦手意識がある。

 

 面と向かって「お前が死ねば良い」と言われる恐怖。

 睦ちゃんの意趣返しとして八つ当たりをした後ろめたさ。

 

 それらが混在して、私と祥子ちゃんは友達にはなれていない。

 そよちゃんは優しいのになー。

 

「環は、仕事、楽しいって思う……?」

「へ、急にどうしたの? 睦ちゃんも女優やる?」

「やらない」

「ざーんねん。仕事は楽しくないよ」

 

 別れ際、睦ちゃんは意味深に振り返った。

 お芝居をやりたいって言うとは思えないけど、じゃあなんであんな話をしたんだろう。

 たまに、よく分からない。

 

 重そうなギターを背負ったまま、睦ちゃんは園芸部の倉庫へ向かう道から外れていってしまった。

 

 園芸部に入ったのは、幽霊部員でも何も言われないからだ。仕事のせいで安定してシフトには入れないけれど、代わりに入れるときに当番を代われば感謝もされる。それと、睦ちゃんがずっと園芸部だったから。

 

「変なの」

 

 私たちが二個になって、睦ちゃんのことが分からなくなってきた。

 睦ちゃんが考えそうなことも、好きそうなものも、嫌そうなことも分かるのに、睦ちゃんが私の思った通りに動かないことがある。私がいるから睦ちゃんが変わってしまったのか、モーティスにも睦ちゃんのことなんて理解できていなかったのか。

 

 分からないのに、保険をかけることもできない。

 例えば、祥子ちゃんにアピールするためにギターを練習しておくとか、Ave Mujicaのみんなのことを調べておくとか、そういう類のことも。

 ついでに言えば、にゃむちゃんがどうして私たちのことを好きって言ったり嫌いって言ったりしてたのかもよく分からないし、海鈴ちゃんが途中から私に優しくなった理由も分からない。初華ちゃんがどうして祥子ちゃんに執着していたのかも。

 

 せいぜい、そよちゃんと仲良くなっておくくらい? それだってクラスメイトよりちょっと演技の割合が減ってるかな、くらいのもの。

 

 花壇に水を撒きながら、ぼんやりと考える。

 お昼に水やりをするときゅうりは枯れてしまうらしい。蛇口の横の壁に貼ってあった。

 

 今日も雨を待っている。

 私が根を張ることを許される日に、今度こそ祥子ちゃんが私の手を取ってくれると信じている。

 

 

 

 ・

 

 CRYCHICが無くなってしまった理由は単純で、祥子ちゃんが続けられなくなったからだ。

 祥子ちゃんが作った、祥子ちゃんがいないと成立しないバンド。

 

 祥子ちゃんのお父さんのことも、豊川の家のことも、睦ちゃんを通して知っている。祥子ちゃんの心がどれほど傷付いていたのかも、今になって少しだけ理解できるようになった。

 

 だから、こうしてスタジオから逃げ出してくるだろう祥子ちゃんを迎えに来ることだってできる。

 CRYCHICを辞めると祥子ちゃんが宣言した日。傘を差してスタジオの前で待ち構えていた私は、無事に祥子ちゃんを確保した。

 

「……放っておいてください」

「そういうわけにはいかないでしょ〜?」

「構わないでと言っているでしょう!」

「泣いてるクラスメイトを放置して帰れって? 傘もないくせに」

 

 涙が雨に隠されていても、嗚咽が溢れては台無しだった。下手な強がりを無視して、祥子ちゃんを引っ張って歩く。

 

「離して」

「祥子ちゃんが私の立場だったら、手を離す?」

 

 ねぇ、睦ちゃん。

 祥子ちゃんが睦ちゃんに求めてたのってこういうことだと思う? 

 

「……そう望まれたのであれば」

「ふうん。まあ、私は祥子ちゃんでも睦ちゃんでもないから」

「大声で助けを求めでもすれば、貴方も困るのではなくて?」

「祥子ちゃんがそうしたいなら、やってみれば」

 

 抵抗は返ってこなかった。けれど、掴む力を緩めれば忽ちに逃げ去ってしまいそうな気配がある。

 

「知ってるよ、豊川グループに、祥子ちゃんに何があったのか」

「……貴方は本当に、睦とは似ていませんわね」

「そっくりだと思うけど」

「見た目の話ではございませんわ」

 

 祥子ちゃんが諦めたように力を抜いて、私を見る。

 

「……何がしたいのか、教えていただけます?」

「別に、何にも。睦ちゃんはこういうとき動けないだろうなーって思ったから、様子を見に来ただけ」

「では、そっとしておいてください。もう、学校でお会いすることもありませんわ」

「睦ちゃんとも、もう会わないつもり?」

「……ええ。貴方も火遊びは程々になさっては? また週刊誌に好き勝手書かれることになりますわよ」

「やな感じ〜」

 

 睦ちゃんと祥子ちゃんは、対等な友人じゃない。

 モーティスと睦ちゃんが対等でないように、睦ちゃんと祥子ちゃんの関係にも、祥子ちゃんに明確な主導権が存在する。

 祥子ちゃんが関係を断ち切ろうとすれば、睦ちゃんに抗う力はない。

 

 私の打算は、睦ちゃんの力が及ばないこの瞬間に、祥子ちゃんと話しておくことにあった。

 

「……家に入れるつもりはありませんわ」

「うん、祥子ちゃんが角を曲がったら、私は引き返すよ。睦ちゃんを迎えに行かなきゃいけないし」

「……そう。では、さようなら」

「またね」

 

 祥子ちゃんは一度だけ振り返った。

 

 

 

 

 祥子ちゃんに貸した傘は、いつの間にか返却されていた。返却を催促することはきっとなかっただろうけど、祥子ちゃんと会う口実がひとつ減ったことは確かだ。

 一人少なくなった教室で、概ねいつも通りの日常が始まる。

 

 いつもと違うのは、そよちゃんの目の下にうっすらと隈ができていること。

 

 見ていられない、と思ってしまう。

 同時に、心の中で言い訳を探している。

 睦ちゃんが上手く動いてくれなければ、そよちゃんはずっとこのままかもしれない、とか。

 祥子ちゃんにすがりついて、ついぞ蹲ってしまったそよちゃんの姿を覚えている。睦ちゃんが上手く動けなかったら、そよちゃんはMyGOというバンドにちゃんと出会えないかもしれない。

 

 それはきっとそよちゃんにとっての不幸だ。

 

 そよちゃんへメッセージを一つ送った。

 ただのネット記事のリンクだと言い聞かせる。睦ちゃんが上手くやれなかった時の保険みたいなものだ。

 

「……環ちゃん。これ、なに」

「知らなかったの?」

「……睦ちゃんは、知ってるの?」

「わかんない。CRYCHICが無くなったって言ってただけだから」

 

 そう、CRYCHICは無くなった。

 祥子ちゃんがいなくなって、順番に人が減っていった。一人ではバンドと呼べないから、睦ちゃんが抜けた段階でCRYCHICは終わってしまったことになる。

 今回も同じ流れを辿ったに違いなかった。ギターを抱き締めた睦ちゃんが地下のスタジオで弾く曲は、もう春日影ではなくなった。

 

「祥ちゃんがCRYCHICを辞めるって言い出したのは……」

 

 私は緩やかに首を振った。

 涙を滲ませ、唇を噛み締めたそよちゃんの顔を見たくなくて、視線を逸らす。

 

 ほんと、何してるんだろうね。

 

 

 

 

 それからしばらく、そよちゃんは考え込むような難しい顔をしていることが多くなった。放課後になるとすぐに帰ってしまうことも多くなって、吹奏楽部にちゃんと顔を出しているのかもよく分からない。

 

 祥子ちゃんがAve Mujicaを作り始めるのにもまだ時間がかかるから、睦ちゃんの様子を伺っている。睦ちゃんは、ギターを弾いているところを私に見られていても気にしないようだけれど、私がギターを触り出したら嫌がると思うし、Ave Mujicaに備えて大々的にギターを練習するようなことはできていない。

 スタジオでこっそり練習するとか、仕事で会う人に教えてもらうとか、そういうところで細々と弾き方を覚えるくらい。

 

 だから、睦ちゃんのギターを見ることですら貴重な練習時間になる。以前のように身体が覚えてる、なんてことはないから、その分脳が覚えるしかない。

 

 ドラマに出演して、番宣のためにバラエティに顔を出して。

 マネージャーさんが取ってきてくれるモデルの仕事を合間に受けて。あとは祥子ちゃんが睦ちゃんでなく私を選んでくれることを祈るばかりだった。

 

 

 

 

 

 と、いうのに。

 再会した祥子ちゃんは清々しい程の笑みで、紅茶の入ったティーカップをソーサーに戻した。

 

「CRYCHICを、再開することになりましたわ」

「へ?」

 

 ──Ave Mujicaは? 

 

 ──Ave Mujicaは!?!? 

 

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